鬼雷 さん プロフィール

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鬼雷さん: 玄徳道
ハンドル名鬼雷 さん
ブログタイトル玄徳道
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/sinnkiraifukukirai
サイト紹介文古今東西、道を語るブログです。
自由文坐は坤地の道なり、誠は乾天の道なり。そして天地の真神、真心を受託すは人の道なり。天地人合一して純陽、いづのめの働きと申すなり。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供5回 / 365日(平均0.1回/週) - 参加 2012/04/29 00:42

鬼雷 さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • 覚神への道。
  • 己を立ち返る。見返す。自分の意思は何か。天意とは何か。己の内なる声に、耳を澄ます。自分の足で、立つこと。自己を信じること。目先の我欲に囚われず、まずは、周囲を見渡すこと。真に求めるものは、「己」の内にあり、故に外に求めても手に入らない。外的要因は、内なるものを考えることは、できない。己の洞を埋めるに足らない。外から寄せ集めたもので、足場を作れば崩れ去る。昇ることは、できない。外的武装を整えても剥が [続きを読む]
  • 先天坐道雑記4
  • 何故、道院が発祥したのであろうか。人類を救済するためである。何故、人類を救済しなければならないのであろう。人類が地球を滅ぼさんとするからである。何故、人類が地球を滅ぼすのであろうか。文明の進歩による汚染と破壊。人々の行いによる悪想念とカルマの急激な蓄積による自然災害、天変地異、により滅ぼすなり。至聖先天老祖は、何を以て人類を救おうとしたのか。先天坐を以て救おうとされたのである。そして、老祖自ら、教 [続きを読む]
  • 先天坐道雑記3
  • 三十歳を過ぎてから、毎朝、間断なく、坐して、十年以上。飲み会で飲み過ぎて、二日酔いでも、風邪や、熱がある体調が悪い日でも、仕事の現場が遠く、朝五時に出発する日でも、台風の日も、貫き通して、坐しました。何せ、私は、無能なり。頭も悪く、人付き合いも下手、何の取り柄もなく、人嫌い。そんな、私が生きて行く上で、何が出来るのか。坐あるのみです。私には、先天坐しかなかった。根本誠乾師は、満州国の生まれだったっけ [続きを読む]
  • 先天坐道雑記2
  • 二十代は、先天坐をしたり、しなかったりと。本気で先天坐を間断なく行ったのは三十歳を過ぎてからでした。道院の教えは、易経からの例えが多く、坐の境地も、水と火が交わる「水火既済の卦」により発展します。水と火が交わらない「火水未済の卦」では、先天坐とはいえません。南雲暉芝さんは、「禅は臍下丹田に意識を向け、瞑想は、自己の潜在意識に意識を向ける。笹目先生の先天坐は、宇宙からエネルギーが額から入るをイメージ [続きを読む]
  • 先天坐道雑記1
  • 私は、至聖先天老祖の不肖の弟子である。先天坐を覚えたのは、今から、二十数年前であります。私が、二十二歳の時です。当時は、東京総院と多摩主院と分裂しておりました。道院紅卍字会は、フウチと云われる、神からの自動書記がありました。中国が赤化の劫により、共産化し、中国の共産主義の劫火に太刀打ち出来ずに中国道院紅卍字会の本部は、香港に退き、世界の紅卍字会の総本部は香港に移行されました。ゆえに香港宗母総と言わ [続きを読む]
  • 磐笛道
  • 正道に不思議なく、大道に奇なし。磐笛は、奇道。奇道と称する由縁は、文字を分けると「大」いに従い「可」に従うからである。大は、「人」、可は、不安定であります。ゆえに人の能力を超える神妙であり不可思議な道でもあります。磐笛。そして、磐笛道とは、本質を語れば、無益な道であり、無益な作業であります。多くの人は、磐笛、岩笛、石笛は、吹けば、神秘的な、働きがあり、善い事が起きるとか、神が懸かり、超能力を得ると [続きを読む]
  • 天命道
  • 天の命ずるをこれ、性といい、性にしたがうをこれ、道といい、道を修めるをこれ教えと謂う。天命を覚らず、占法や神術ヒ─リングに秀でても聖賢や覚者となることは出来ない。道徳や秩序、規則を守らない人は、社会人には、成れない。礼儀作法を知らない者は、世で、出世する事は出来ない。人の言動をみて、正しいのか正しくないのか、判断する事のない人は、善悪正邪を見抜くことは出来ない。多くの人は、規則や秩序、礼儀作法、善 [続きを読む]
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