タフちゃん さん プロフィール

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タフちゃんさん: 目白の風景、40年前と見比べると
ハンドル名タフちゃん さん
ブログタイトル目白の風景、40年前と見比べると
ブログURLhttp://mejiro.asablo.jp/blog/
サイト紹介文70年代を過ごした目白に40年ぶりに戻って来ました。写真を交えながら目白の今昔を綴って行きます。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供92回 / 365日(平均1.8回/週) - 参加 2012/05/07 00:36

タフちゃん さんのブログ記事

  • Nゲージ鉄道模型レイアウトの設計
  • 鉄道模型のジオラマ製作って、簡単に言えばレール(線路)を敷設した「箱庭」の製作です。その箱庭の、どこにどんな風景を当てはめるかのアイデアが、およそ半分ほどまとまってきたのが最初の画像です。航空写真を切り貼りして作っています。いわば「二次元ジオラマ」ともいえるかな。これが三次元的に完成するのは数年後になりそうです。一応、線路を適当に区分して路線名を付けました。・山手線(A)・坂下線(B)・隣町線(C)・ [続きを読む]
  • 無改造ベビーローライに35mmフィルム2
  • (前回)からの続きです。この写真は、二眼レフの「ベビーローライ Baby Rollei」に35mmフィルムを装填して撮影したものです。当時の競合機である「プリモジュニア」や「ヤシカ44」に、35mmフィルムを装填した例は散見されます。ところが、このベビーローライの例はありませんでした。その理由としては、・貴婦人のように美しいカメラなので、畏れ多くて改造できない。・フルオートマットであるが故に、撮影コマ送りが勝手にならな [続きを読む]
  • 無改造ベビーローライに35mmフィルム1
  • クラシックカメラ好きは、自分の愛機を「貴婦人」と呼ぶことが多いようですが、本当にその名にふさわしいと私が思うのが、次の写真の二眼レフ" ベビーローライ Baby Rollei "です。127フィルムという今ではレアなフィルムを使い、4x4cmの真四角な写真が撮れます。この規格の二眼レフは、60年ほど前に何種類か発売されたものの、実用性の低さからすぐに廃れたそうです。その実用性の低さも、現代においてカメラ遊びをするのには、逆 [続きを読む]
  • 祖母の名はフク富久婦久
  • 母が亡くなって早や7年、住む人のいなくなった家を手放す事になりました。今度は遺品の整理というよりも、一切合切の処分です。そんな処分品の中から、また現れた古い写真の束。どうしたものかと悩みました。写真の一枚一枚が人生の記念碑だった時代には、このような遺品の写真は捨てるに忍びず、次の人へ、そしてまた次の人へと、人が亡くなるたびに、遺族の誰かへと引き継がれていったのでしょう。だから、古い写真の束の中は、 [続きを読む]
  • 日光東照宮陽明門で111年前の祖父に会う
  • 陽明門の大修理が済んで、昨日から一般公開されたそうです。東京新聞の夕刊に載っていました。実は、つい10日ほど前、昔の写真の束からこんなものを見つけました。日光「東照宮陽明門」の前で畏まる祖父(写真右側の人物)の写真です。私は最近まで実の祖父母4人の顔を知りませんでした。ところが、幸いな事に、母の遺品の写真を整理するなかで、二人の祖母の写真と思われるものは見つけました。それでも、二人の祖父については相 [続きを読む]
  • 無い知恵絞って鉄道模型レイアウト
  • (前回)からの続きです。90cmx60cmのパネルを3枚接続して、畳一枚分の大きさのレイアウトを作れるはずでした。ところが繋げた後に作業を続けてみると、重さ以上に大きさによる障害が出てきました。組み合わせ後のパネルを、両手両腕ではさみつけるように持ち上げてみると、わずかに傾いただけでも結構あおられます。両手に加わるモーメントがとても大きくなり、制御不能に陥りそうになります。これでは何回もセットしたり片付け [続きを読む]
  • 運搬可能なタタミ一枚の鉄道模型レイアウト
  • (前回)からの続きです。大昔にちょっとだけ鉄道模型を楽しんでいた頃は、いわゆる「お座敷運転」でした。遊ぶ時だけ畳の上で線路をつなぎ、終わったらまた分解するわけです。手間ですね。今回はベースとなる木製パネルの上に固定するので、思い立ったら直ぐ遊べるはずです、快適に。しかし課題があります。それは畳一枚分の大きさのレイアウトを常設する場所はないので、運転が終わったらそのまま持ち運び、どこかの部屋の片隅に [続きを読む]
  • 鉄道模型レイアウト検証中
  • (前回)からの続きです。鉄道模型の楽しみの一つは、これから製作する「レイアウト」について、まさにその線路の敷設計画を練ることです。少年時代は、頭の中で何度も何度も計画を練りましたが、結局一度も実現できずに終わったわけなので、今回が記念すべき第一号です。次の絵がおおよそのレイアウト図です。第一号にしてはちょっと欲張りすぎかな。これを実現するには、当初購入した線路だけではとても足りないので、追加で色々 [続きを読む]
  • ジオラマ材料買いました
  • (前回)からの続きです。鉄道模型って、不思議なことに円形路線上を電車が走るのを見ているだけで楽しいです。とはいえ、その楽しさを知ってから五十年経った今、せっかく車両と線路を再び手にしたからには、もう一段階先に進みたいものです。そんなわけで、昔は果たせなかった夢を実現することになりました。「レイアウト」の製作です。縮小された風景の中を電車が走るアレですね。最近は、「レイアウト」という言葉より、「ジオ [続きを読む]
  • 50年前の物欲が目覚める
  • 前回ちょっと触れた鉄道模型について、過去の記憶を手繰り寄せてみました。1.小学校低学年の頃、おぼっちゃまくんの家で Oゲージのおもちゃ列車が走るのを見た。2.小学校高学年の頃、 HOゲージの電車と線路を買ってもらった。 (多分、クリスマス・お年玉・誕生日・全部まとめて) 電車は真鍮無塗装の組み立て式だったので、 ハンダごての扱いに慣れぬ小学生には難儀だった。 それでも動力部分は一応組み上げて、 単純な長 [続きを読む]
  • 斜めってる?風景
  • 今年に入ってから、唐突にNゲージ鉄道模型にはまってしまって、フィルムカメラと写真がおろそかになっていました。それではいかんと、久しぶりに取り出した「ローライ35」をぶら下げて、西早稲田・目白・池袋などを散策。その後も暫くこの撮影済みのフィルムを放っておいたのち、やっと昨日、現像・スキャニング終了し眺めてみたところ、大量の傾き写真が発生していました。確かに、この " Rollei 35 " は愛らしい小ささゆえ、やや [続きを読む]
  • コンデジで今井浜の星空撮影
  • 年末の伊豆・今井浜海岸の風景。右手遠くに伊豆七島が見えました。眺めが良いのは、宿泊したホテルが海沿いのオーシャンビューだったから。バカの一つ覚えのように、パノラマにしてしまいます。朝の光も、ちょいドラマチック。そして日が沈んでも、またまたパノラマ。使ったカメラは昨年買ったオリンパスの"STYLUS TG-4 Tough"普通のコンデジです。夜になりました。ライトの当たった椰子くらいしか写らないだろう、と思いながらも [続きを読む]
  • 秘境駅「稲梓」に無人の名刹(2)
  • (前回)からの続きです。地元の女性の言った通り、約10分ほど歩くと「米山薬師」の案内板が出てきました。入り口近くの縁起書によれば、この伊豆・稲梓の薬師は、日本三薬師の一つに挙げられる名刹とのことです。ともかく、国道から細い階段を登りました。20段ほど登ったところに、次の写真の雨戸の閉まった家屋がありました。住職さんの住まう「庫裏」というにはちょっとみすぼらしい感じ。物置小屋かな、と思いました。その小屋 [続きを読む]
  • 秘境駅「稲梓」に無人の名刹(1)
  • 昨年末に、伊豆の今井浜温泉の周辺を遊んできました。河津桜が有名なエリアですね。年の暮れにゆっくり温泉につかるのは悪くないですが、それは夜のこと、日中はどこか近くに出かけることにしました。ガイドブックの地図を眺めると、今井浜温泉駅と下田駅の間に「稲梓」なる駅がありました。伊豆には何度も来ているし、だから伊豆急にも乗っているのに、恥ずかしながらこの駅名は正確には読めませんでした。「イナズサ」なんですね [続きを読む]
  • 旅のつれづれ:目次
  • (カッコの中は備忘録的なキーワードです)01.阿蘇と桜島(西郷隆盛銅像、城山観光ホテル、月廻り公園、根子岳、熊本城)02.一面の菜の花のゴルフ場(大宮国際カントリー)03.目白のゴルフ環境(川越グリーンクロス、向原ゴルフセンター)04.取込まれた光(パンテオンのクーポラ、Santa Maria Sopra Minerva、Sant'andrea Della Valle)05.旅に活用EXILIMのGPS(フォロ・ロマーノ、カンピドリオ広場、インペリアリ通り)06.バブル [続きを読む]
  • 吉祥寺の弁天湯
  • (前回)からの続きです。今から28年前の3月に、青山「こどもの城」と吉祥寺パルコ前で友人達との写真を撮った長女が、その日の最後に撮影したものは、次の二枚の風景でした。家の近くの五分咲きの桜と、吉祥寺「弁天湯」の煙突です。何を考えてこんなものを撮ったのかは分かりません。敢えて言えば、自分専用のカメラを買ってもらったばかりの小学生にとっては、カメラで写真を撮る行為自体が楽しいのであって、その結果として写 [続きを読む]
  • 吉祥寺パルコ前の昭和の少女達
  • 1989年3月25日の写真が何枚かありました。1989年と言えば、この年1月に昭和天皇が崩御され、元号が昭和から平成へ改められた年ですね。「そんなこと私達には関係ない」とばかりに、ピースサインで写真に収まっているこの少女達は、我家の長女とその仲間、全員昭和生まれの10歳です。仲良し同士でどこかへ遊びに出かけた時の写真と推測されます。「撮影場所はどこかな?」との疑問を解決するために、彼女達の後ろの看板を拡大して眺 [続きを読む]
  • 大晦日の池袋walk_&_shoot
  • 大晦日恒例の池袋街角スナップ。前回の「年越しそばを売る少年」の撮影が主目的なのですが、それ以外に撮ったのは次のような写真。・鬼子母神参道で飛び跳ねる少年・大晦日の鬼子母神・東池袋の交差点これで手持ちのブローニーフィルムは終了。次に買えるのは競馬で儲けた時です。 [続きを読む]
  • 年越しそばを売る少年
  • 「今年」は買いましたよ。ついさっき、もう「去年」になってしまったけど。年越しそばです。この少年達から買いました。毎年、大晦日にはこの街角を通り過ぎて、「遊び盛りの子がお手伝いしているな」と感心して、スナップ撮影するだけだったのです。例年のように、少年達にカメラを向けたら、「年越しそばはいかがですか?だし巻き卵もありますよ!」と声をかけられました。フィルムカメラでの Walk & Shoot の途中だったので、「 [続きを読む]
  • 「みやび」が集う青葉公園
  • (前回)からの続きです。これまでの考察をまとめると、「青葉公園」の昔の遊び場にあった各種の遊具やお砂場は消失し、その代わり樹木が成長して森のようになった、と言えます。でも、遊具が完全になくなっちゃった訳ではありません。敷地の南側の端から反対側を見てみると、ケヤキやコナラや桜の樹間に、カラフルな工作物が見えました。近づけば、それは昔に比べると、とっても色鮮やかな滑り台、その手前に鉄棒そしてブランコで [続きを読む]
  • 森になっちゃった青葉公園
  • (前回)からの続きです。この写真は、昔私が住んでいた吉祥寺北町のアパートから、「青葉公園」へ至る道の、現在の姿です。道路右手の茂みは、昔の国鉄北町アパート、現在のJR北町住宅です。左手の民家に覆いかぶさるように聳えているケヤキの大木があるでしょう?ここが現在の青葉公園です。昔の写真をみると、こんな森のような場所ではありません。その35年前の青葉公園の姿が明瞭に読み取れる写真が何枚か見つかりました。Niko [続きを読む]
  • 35年前の青葉公園に遊んだ日
  • (前回)からの続きです。公園の滑り台を、ズリズリと滑っている娘の動画があります。35年前のものですから、原板は8mmフィルムです。それをデジタル化して保存しています。また、母とブランコに揺られているものもあります。その他、全部合わせても、わずか2分ほどの動画です。フィルムのリールには「81年7月青葉公園」と書かれていました。だから、この公園が撮影場所であることは当然です。ところが随分と昔のことなので、・動 [続きを読む]
  • 40年前の北町こども広場
  • (前回)からの続きです。吉祥寺ムーバスのバス停名にもなっている「北町こども広場」、ここは、私の住まいから至近距離にある遊び場でした。そのため、ここで遊ぶ娘の写真を何枚か撮影していました。1980年頃のことです。その写真と現在の様子を比較しようと思います。まず、その数年前の1975年の空撮を見てみると、こども広場は国鉄アパートと共に造成中であることが分かります。武蔵野市の中でも北に位置するこの周辺は低層の住 [続きを読む]
  • 国鉄時代の吉祥寺テニスクラブ
  • (前回)からの続きです。ムーバスの停留所「北町こども広場」は、「JR東日本吉祥寺北町社宅」という大団地の一角にあります。幾つかの区画ごとに複数の中層住宅が建っていて、総棟数は両手でも数え切れないぐらい。上の写真の門標には、正確な団地名が記されていますが、この南側の区画には、次のような案内板が残っていました。初めの二文字「国鉄」は私が勝手に復元したものです。不自然に二文字分の空白があったので、推測で入 [続きを読む]
  • 子育ての記憶を辿るムーバス
  • どこの家にもある、子供の写真。我が家では、驚異的な?私の整理探求能力のおかげで、その多くについて、撮影時期と場所とが特定できています。そして、その識別が何によっているかというと、その写真が収められていた袋の書き込みとか、写真自体への裏書きメモなどが主です。あとは、子供の成長度合いや着ている服で、年代が推測できたりしますね。でも、場所については、曖昧なこともあります。改めて眺めてみて、これはどこかな [続きを読む]