龍村啓 さん プロフィール

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龍村啓さん: 枯れたブルースを聴きながら
ハンドル名龍村啓 さん
ブログタイトル枯れたブルースを聴きながら
ブログURLhttp://ameblo.jp/tady1011/
サイト紹介文新宿の地下ファイトクラブを舞台としたハードボイルド小説です。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供8回 / 365日(平均0.2回/週) - 参加 2012/05/15 08:47

龍村啓 さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • 慶応三年の水練侍
  • 来る12月7日に㈱朝日新聞出版社から弊著が発売になります。慶応三年の水練侍、略してケイスイ侍。江戸時代のスポ根もの、時代スポーツ小説という新しいジャンルに挑戦した意欲作です。水が嫌いな砲術師範が水泳エリートに対抗せざるを得ない状況になり、忍者の力を借りる、といったなんとも荒唐無稽な内容です。一読するとあり得ないような設定ですが、時代考証はかなりきっちりやった積りなので、一概に「あり得ない」とは言い切 [続きを読む]
  • 再びキャラクターについて
  • 「キャラが立っていない」などと物知り顔のコメントを見受けることがある。けれども、この「キャラが立つ」とはどういうことなのだろう。この件については、正直、私自身もよく分からなかった。でも、いまはある程度はっきりと言える。ニュースでは、何か事件を起こした人の感想を近所の人に聞くというケースがある。その答えは「あの人が、と驚いた」というコメントが多い。これがキャラが立っていない状態。ニュースで「いかに [続きを読む]
  • 受賞・続報
  • 9月6日の朝日新聞紙にて、受賞が正式に発表されました。 興味がある方は、下記のリンクを してください。 今回はたくさんの方々のおかげで受賞できたと思っています。 ありがとうございました。 朝日時代小説大賞 ↓ よろしかったら、 お願いします。 にほんブログ村 [続きを読む]
  • 受賞
  • まだ正式発表になっていないので、賞の名はまだ公開できないのだけれど、とある小説大賞を受賞した。ブログもゲン担ぎのために桜のバックをずっと使用して来た。その甲斐があったのかどうかわからないが、めでたく受賞できた。やっとスタートラインに立てたような気がする。これから一年。今までにもまして精進していかなければならないと気を引き締めているところだ。今後も叱咤激励のほど、よろしくお願い申し上げます。↓ よ [続きを読む]
  • 時代考証とデスマッチ
  • 浅田次郎氏は、当節で第一の名文家だと思う。その浅田氏の言葉は厳しい。「尊き母国語の司祭たる小説家は、その記す一句一行に責任を負わねばならぬ」最初、この文を読んだときは引用であって、この部分しかなかったので、語の選び方だとか、語句の使用方法について述べているのだと思っていた。そう読んでも、実に味わい深く、厳しい言葉だ。だが、この文は続く。「全きものをめざすのであれば、時として史実にそむくこともあり [続きを読む]
  • 日本語の作文技術(本多勝一著)〜小説の観点から
  • 本多勝一の「日本語の作文技術」は息の長いベストセラーである。レジェンドに近い扱いを受け、喧伝される部分が勝っている気がしないでもない。それでも、役に立つアドバイスは多い。ただ、助詞の使い方だとか、句読点の打ち方といった文章上の技術は、本来は本人が書きこんで行く中で修得すべきものだ。何度も失敗を重ねながら、気づいていくものなのである。数学の公式を覚え、実際の計算をするほうが効率的であるが、文章を書 [続きを読む]
  • 坂口喜咲氏のブログ
  • HAPPY BIRTHDAYというバンドがあった。「あった」と過去形なのは、いまは解散してしまったからだ。独特のボーカルスタイルを初めて聞いたときには、キワモノっぽく思ったのだが、聴きこんでくると、不器用なくらい自分たちの感情だとか、音楽性に対して真摯に向き合っていたバンドだと思うようになった。作詞、作曲を手掛けるボーカル担当のきいちゃん、こと坂口喜咲氏のブログを読むと、痛いくらい、その感情が伝わってくる。小 [続きを読む]
  • キャラクターについて
  • 親の敷いたレール、という言葉がある。ネガティブな意味で使われる場合が多い。子供の意思だとか、考えがなく、人生を歩かされている感じがするからだ。小説において、作者は主人公にとって親である。だからといって勝手に主人公を動かすと「親の敷いたレール」を歩かせているような感じになる。もっとひどくなると、大根役者がセリフを口にしているかのような小説になる。そうならないためには、主人公の人格を尊重することだ。 [続きを読む]
  • 男のタフさ〜丹野智文さん
  • 「男はタフでなければ生きていけない。やさしくなくては、生きていく資格がない」(If I wasn't hard, I wouldn't be alive. If I couldn't ever be gentle, I wouldn't deserve to be alive.) レイモンド・チャンドラー原作「ロング・グッドバイ」で主人公・フィリップ・マーローが言う名台詞だ。男にとって、タフ(hard)だとか、やさしい(gentle)というのは、いったいどんなことを指すのだろう。アメリカでは長い間、ジョン・ [続きを読む]
  • 尾崎豊と加山雄三・2
  • 尾崎豊が純文学的で、加山雄三が大衆文学的というのは、加山雄三が、「ボクはキミといるときが一番シアワセなんだ」と謳い、尾崎豊が、「真実なんてそれは共同条理の原理の嘘」などと謳っているからではない。加山雄三については、歌唱力も演技力も天稟の才としてそれほど優れたものだとは思われないが、センスのよさは、人並み外れていて、運にも恵まれた。一方の尾崎豊の歌唱力は、はっきりと才能と分かるものだが、運に恵まれ [続きを読む]
  • 尾崎豊と加山雄三
  • 暑くて書けない。暑さが少し弱まってきたら、今度は暑かったときの疲れがどっと来た。物書きとしたら、この好ましくない状況すら、チャンスとして、物語にしたらどうか?その発想は、私的な見解としては、純文学的である。私には4人の師匠がいると思っているが、最初の師匠が、光瀬龍氏である。氏は、徹底した純文学嫌いで、私にもその嗜好は遺伝したと思っている。光瀬氏の徹底したサービス精神は、今読んでも十分に面白いので [続きを読む]
  • 「忘れないと誓ったぼくがいた」から学ぶSF小説作法・3
  • 青春小説は一人称で語られることが多いのだが、私はどうもこの一人称が苦手だ。「忘れないと誓ったぼくがいた」も、一人称を採用している。文体も合わず、途中までは本を閉じたくなるくらい、読むのが苦痛だった。だが、途中から急にシフトが変わる。一気に流れがよくなり、小説に入り込めるようになる。映画では、あまりにもご都合主義だった点が、小説ではよく説明されていて、もやもや感も少ない。特に、主人公・葉山タカシの [続きを読む]
  • 「忘れないと誓ったぼくがいた」から学ぶSF小説作法・2
  • 高校三年生の織部あずさは、会った人の記憶から消えてしまう少女。主人公・葉山タカシは、そんなあずさに恋をする。しかし、タカシの頭の中からも、あずさの存在は消えて行く・・・。この映画には、青春映画の「典型」的な点がいくつもある。まず、主人公がフツーの男の子(実はイケメンなのだが)であり、ヒロインが美少女である点。フツーの男の子が、美少女に一目惚れする点に関して、説明はいらない。この点は、小説より、映 [続きを読む]
  • 「忘れないと誓ったぼくがいた」から学ぶSF小説作法・1
  • ジュブナイルの分野において地位を確立した光瀬龍氏は、SF小説と推理小説について、「SFも推理も最初はできるだけ風呂敷を広げて行ったほうがよい。しかし、SF小説は風呂敷を広げっ放しにして終わっていいが、推理小説では最後はきっちり風呂敷を結ばなければならない」と言っている。またもや下手な例を挙げる。街に奇妙な死体が発見された。とても人間が手を下したものとは思えない。捜査の途中、またもや死体が見つかる。警戒 [続きを読む]
  • 人物を描く
  • 今回のテーマは、特に自省の念を込めて。ある人が何を行ったか、を描くのはノンフィクションで、ある人がなぜ行ったか、を描くのが小説だ。ストーリーの展開ばかりに気を取られていると、ついつい、登場人物を将棋の駒のように使ってしまいがちだが、これは作者の思い上がりである。小説だから、作中の人物は、ときに突拍子もない行動をとることもある。そのとき、行動した理由が明確になっていないと、読む人は従いてきてはくれ [続きを読む]
  • 知らないことは書かない。
  • 小説を書く際に、いろいろ調べ事をしていると、「調べた」という努力に自己満足してしまって、煩雑になるから書かないほうがいいようなことまで、つい書いてしまうときがある。それだけならいいが、調べてもよく分からなかったことや、不確かなニュースソースから調べたことまで書いてしまったことがある。?寛政元年七月、幕府は隠密任務で両番格庭番の古坂政次郎と吹上添奉行の明楽銕之丞の二名を、上方筋に遣わしている。(中 [続きを読む]
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