いかさま さん プロフィール

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いかさまさん: いかさまトラベラー
ハンドル名いかさま さん
ブログタイトルいかさまトラベラー
ブログURLhttp://ikasama-traveler.cocolog-nifty.com/blog/
サイト紹介文北海道発、鉄道・旅行・本・ココロの旅人、いかさまの思いつきブログです。鉄道旅行・雑感・読書記録など。
自由文[趣味・話題の範囲]
鉄道 旅行 汽車旅 本 読書 北海道 札幌 日常 ココロ 思考 雑感 海外 国内 食べ物 その他いろいろ
[好きな本のジャンル]
・近現代日本政治史
・一般小説(村上春樹・森見登美彦・山崎豊子・清水義範 など)
・推理小説(島田荘司・東野圭吾 など)
・紀行文学(宮脇俊三・阿川弘之 など)
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供66回 / 365日(平均1.3回/週) - 参加 2012/06/25 23:56

いかさま さんのブログ記事

  • 子供たちのそれぞれの冒険の夏【その3】
  •  8月15日、長らく我が家を留守にしていた子供たちが相次いで札幌へと戻ってきた。 まずは2週間のシンガポール生活を終えた上の坊主。14日の深夜便でシンガポールを発ち、羽田経由で新千歳に到着。バスで札幌へ入り、昼頃に市役所前で解散となった。 迎えに行った際のニコニコ顔からして相当楽しい生活を送って来たのだろうとは思っていたが、話を聞くとかなり上流な家庭で、たいそうなもてなしを受け、いろいろなところへ連れて [続きを読む]
  • 子供たちのそれぞれの冒険の夏【その2】
  •  下の坊主が岐阜の実家へ向けて飛び立ってから6日目。普段はお盆の15日を挟んで2日だけの休みとなるわが社だが、今年は「山の日」効果と曜日並びの良さで、私は今日から連休に入った。今日の午後には旭川から自宅へ帰り、15日まで嫁と2人で過ごす予定になっていた。 というのは、下の坊主に先立つこと5日、8月1日から上の坊主も別口で2週間の旅に出ているからである。こちらの行き先は日本を飛び出してシンガポールである。市の [続きを読む]
  • 子供たちのそれぞれの冒険の夏【その1】
  •  湿気がまとわりつくような暑さで夜も寝苦しかった7月から一転、ここしばらく、やや乾いたさわやかな暑さと涼し気な夜が続く、ようやく北海道らしい夏の雰囲気になった8月の北海道。本州と比べてやや短い4週間あまりの子供たちの夏休みも始まっている。 こうした中、今日、我が家の下の坊主が、私の実家である岐阜に向けて旅立った。 昨年秋の旭川への来襲以来、ひとりで行動することにいくらかの自信を見出したらしい坊主は、 [続きを読む]
  • 2009年世界の旅【72】ドイツ〜オランダ 国際列車で国境越え
  • これまでの経過は ⇒こちら。 デュッセルドルフでの日本食三昧を終え、次なる目的地は、オランダのローゼンダール(Roosendaal)である。直通列車はなく、アムステルダム(Amsterdam)行きICE(国際特急列車)に乗車して、途中のアルンヘム(Arnhem)で乗り換えることになる。 オランダでの列車乗り継ぎには苦い思い出がある。前年、今回と同様にデュッセルドルフからアムステルダム行きのICEに乗り、ユトレヒト(Utrecht)乗り [続きを読む]
  • 2009年世界の旅【71】ドイツ・デュッセルドルフの「ニッポン」(2)
  • これまでの経過は ⇒こちら。 翌28日から29日の昼までは、取引先の現地出張所のH所長の同行で、レクチャーを受けたり近隣の視察をした。ホテルから車で走ることものの10分、市街地の西側、ライン川を渡ってすぐの河岸で、H所長が車を止めた。河原の緑地へ降りると、緑の河原の上に、もこもことした白い塊が無数に見える。塊はゆっくりとしたスピードで、時折移動している。「羊の放牧ですよ。」 H所長が教えてくれた。よくよく [続きを読む]
  • 2009年世界の旅【70】ドイツ・デュッセルドルフの「ニッポン」(1)
  • これまでの経過は ⇒こちら。 フィレンツェから帰った翌日、ミラノ近郊のノヴァラ(Novara)のメーカーと近隣の視察を済ませ、翌10月27日火曜日、朝6時にタクシーに乗ってミラノ・カドルナ駅へ向かった。6時57分発の空港行き「マルペンサ・エクスプレス」は、3日前と違って程よく乗客があり、妙な歌声も聞こえてこなかった。 マルペンサ空港からは、9時05分発のルフトハンザ航空2657便で、スイス上空を飛び越えて、ドイツのデュ [続きを読む]
  • 2009年世界の旅【69】イタリア・フィレンツェへの旅(4)
  • これまでの経過は ⇒こちら。 市街地に戻り、ミケランジェロをはじめとする多くの芸術家が祀られるサンタ・クローチェ教会(Santa Croce)に近いチョンピ広場(Piazza dei Ciompi)で、月末の日曜だけ開かれるフリーマーケットを眺める。雑多に並ぶ古本やアンティーク家具、絵画など、誰が買うのだろうと思うが、なかなかの盛況である。 再びシニョーリア広場に戻り、10ユーロの入場料を払ってウフィツィ美術館に入る。この美術 [続きを読む]
  • 2009年世界の旅【68】イタリア・フィレンツェへの旅(3)
  • これまでの経過は ⇒こちら。  お腹が満ち足りたところで、市内の散策を再開する。店を出て南へ向かい、まずはシニョーリア広場(Piazza della Signoria)に立つ。L字型の広場のちょうど欠けの部分に立っているのがヴェッキオ宮殿(Palezzo Vecchio)。14世紀初頭にフィレンツェ共和国の政庁として建てられ、メディチ家の住居として使用された後、現在ではフィレンツェ市庁舎として使用されている。褐色の宮殿の上には大きな時 [続きを読む]
  • 列車愛称に思う【1】「ライラック」「カムイ」コンビの復活
  •  先日、旭川から札幌へ向かうために、駅のホームで特急「ライラック」と「カムイ」の並びを見ていて、ふと思った。  今年3月のダイヤ改正から、北海道の二大都市、札幌と旭川を結ぶ特急列車は、「ライラック」と「カムイ」の2本立てとなった。列車の使命や停車駅などに差はないが、グリーン車を連結した6両編成で、一部の列車が宗谷本線・石北本線特急との接続を担う「ライラック」の方が、Uシート連結とはいえモノクラス5両編成 [続きを読む]
  • 2009年世界の旅【67】イタリア・フィレンツェへの旅(2)
  • これまでの経過は ⇒こちら。さらには ⇒こちらもどうぞ。 フィレンツェSMN駅で私に最初に声を掛けてきた横浜の看護師、Sさんと、彼女がイタリアまでの飛行機で知り合った長野出身の女子大生Yさん、それに私の3人で、市街地をドゥオモ(大聖堂)へ向かって歩く。 両脇に4〜5階建ての建物がびっしり並ぶ細い石畳の道路を歩く。途中から道路の両脇に露店が目立ち始めた。Tシャツやサッカーのユニフォームなど、衣料品関係の露店 [続きを読む]
  • 2009年世界の旅【66】イタリア・フィレンツェへの旅(1)
  • これまでの経過は ⇒こちら。 ところで、アメリカやヨーロッパ各国には「サマータイム」というものがあって、夏の期間、時計の針を1時間進めるルールになっている。 このサマータイムは、ヨーロッパでは10月25日の日曜日に終了となる。午前2時を期して、時計の針が1時間戻され、1時59分の次が再び午前1時になる。現地の人々には毎年のルーティンだから当たり前のことなのだろうが、旅行者の私には不安で仕方がない。サマータイ [続きを読む]
  • 2009年世界の旅【65】イタリア・ミラノ(4) とてもストレスフルな夜
  • これまでの経過は ⇒こちら。 大聖堂から広場に向かって右手には、「ガレリア・ヴィットリオ・エマヌエーレ・Ⅱ(Galleria Vittorio Emanuele Ⅱ)」と呼ばれる巨大なアーケード街がある。 19世紀後半以来の歴史を持つガレリアの天井は、3〜4階の雑居ビルがすっぽりとおさまるほど高く、開放感がある。2本のアーケード街が十字に交わる交差点で見上げると、ガラスの大きなドームが天井を覆っている。アーケードの内部には、高級 [続きを読む]
  • 2009年世界の旅【64】イタリア・ミラノ(3) 大聖堂(ドゥオモ)
  • これまでの経過は ⇒こちら。 スフォルツェスコ城から15分ほど歩くと、大聖堂(ドゥオモ Duomo)を背景にした大きな広場の前に出た。19世紀にイタリアの統一を成し遂げ、「王国の国父」と呼ばれたヴィットリオ・エマヌエーレⅡ世の銅像を中央に、石畳の広場が広がり、人ごみでごった返している。  イベント用のステージとたくさんのパイプ椅子が置かれた並ぶ広場のいちばん奥に、ゴシック建築の大聖堂がどっしりと鎮座してい [続きを読む]
  • 2009年世界の旅【61】ノルウェー・異文化交流(その2)
  • これまでの経過は ⇒こちら。  15時半過ぎ、礼を述べてG社のオフィスを辞去。L部長の運転でスタヴァーンへ戻り、ホテルに立ち寄った後、夕食をご一緒するために隣町のラルヴィク(Larvik)へ向かう。 その途中、用足しのために、L部長の自宅に立ち寄った。白い木造の住宅は門構えも立派だが、家自体は愛らしいという言葉が似合う。庭ではノルウェーの国旗が風になびいている。 海を見下ろす芝生の庭では、背の高い女性がベンチ [続きを読む]
  • 2009年世界の旅【60】ノルウェー・異文化交流(その1)
  • 少し落ち着いたので、久々に2009年世界の旅を再開。これまでの経過は ⇒こちら。 スウェーデンの短い滞在を終えてノルウェーへ入り、オスロの南140kmほどの街、スタヴァーン(Stavern)へ入った翌朝、ホテルで腹いっぱい朝食を食べ、昨日に続き取引先G社のL部長の車で、35kmほど離れたポルシュグルン(Porsgrunn)へ向かう。 車は深い山道をおよそ40分かけてくねくねと走り、ポルシュグルンに到着した。内陸の盆地にぽっかりと [続きを読む]
  • 最近思うこと〜「伝わる」ことの難しさ
  •  私が好んで使う言葉に「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」というものがある。江戸時代の肥前国平戸藩主、松浦静山の著した剣術書「剣談」に残された言葉であるが、プロ野球の元監督、野村克也氏が用いているのを聞いて知るところとなった。 すなわち勝負に負ける際は必然としてどこかにその原因が潜んでいる。また勝つ際にはそうしたミスを犯しながらも外的な要因などで偶然に勝つこともある。道に従えば勇まし [続きを読む]
  • 国鉄改革を復習してみた【5】JR北海道は何もしなかったのか
  • これまでの記事はこちら。⇒【その1】 【その2】 【その3】 【その4】  厳しい収支予測の中スタートしたJR旅客6社だが、バブル初期の好景気に支えられて順調なスタートを切った。それはJR北海道も同様である。三島会社中最大の6,822億円の経営安定基金の運営益による赤字補てんという、とりわけ厳しい環境下であったが、高金利に支えられ、経営安定基金の運用益は498億円(利回り7.3%)を確保した。初年度の経常損益こそ赤字 [続きを読む]
  • 国鉄改革を復習してみた【4】長期債務37兆円の行方
  • これまでの記事はこちら。⇒【その1】 【その2】 【その3】  国鉄が解体される際、国鉄が残した「借金」、いわゆる長期債務は25兆600億円に達していた。国鉄が残したこの膨大な借金は、分割後の旅客会社と、国鉄の清算法人である日本国有鉄道清算事業団が承継して返済するスキームが組まれた。 JR各社の負担については、それぞれの会社の経営シミュレーションにより、営業収支の1%程度に相当する経常利益を生むことができるよ [続きを読む]
  • JR北海道の決算と利用状況
  •  5月9日、JR北海道は平成28年度決算をプリスリリースした。 ⇒JR北海道によるプレスリリースはこちら 営業収入については、台風被害による減収があったものの、北海道新幹線の開業と札幌圏の利用増などにより55億円の増加となった。その一方、営業費用については、主として北海道新幹線に関する修繕費・減価償却費の増加などにより107億円増加した。 これにより営業損益は前年より51億円悪化して498億円の赤字となった。これを [続きを読む]
  • 国鉄改革を復習してみた【3】その分割は正しかったのか
  •  国鉄改革復習、第3回。⇒その1 その2  国鉄改革における「分割」は、大枠で観れば旅客鉄道会社の地域分割であるが、詳細にみると、鉄道輸送以外の分野については、通信事業を担うJR通信(のち日本テレコム→ソフトバンクテレコム)、情報処理事業を担うJRシステム、研究開発を担うJR総研などに機能分割されている。 また、JR貨物については、貨物輸送に関する「機能分割」でありながら、旅客鉄道会社が保有する線路上を使用料 [続きを読む]
  • 二十間道路の桜並木と日高本線の今
  •  今年のゴールデンウィークは、最後の2日間、雨と風で若干崩れたものの、総じて良い天気の日が続き、気温も高くなった。札幌や函館を中心に道内南部の桜の名所もほぼほぼ見ごろとなり、花見客でにぎわったところも多いと聞く。 我が家には花や風景の美しさを愛でるタイプの者は誰ひとり存在しないのであるが、それでも「桜」と聞くとなぜか鑑賞せねばならん、という気持ちになるらしい。自宅近くのバス通りの桜並木も見頃で大変 [続きを読む]
  • 国鉄改革を復習してみた【2】なぜ「分割」だったのか
  •  国鉄改革を子供の視点で眺めていた私にとって、最大の疑問は、「なぜ分割しなければならなかったのか」である。この疑問を抱いていた人は意外と多かったように思う。 各種の文献によれば共通しているのは、組織を再建するためには全国一元の企業体はあまりにも巨大すぎる、ということであった。わかったようなわからないような論理である。 国鉄の少し前に民営化された電電公社(NTT)や専売公社(JT)は、その後はとも [続きを読む]
  • 国鉄改革を復習してみた【1】なぜ「民営化」だったのか
  •  前回の実質的な続き。 国鉄分割民営化当時、まだ中学生だった私にとって、国鉄に対する思い入れはそれほど強かったわけではないが、全国一元の鉄道網にメスが入るという歴史的事態は少なからず衝撃的であった。 国鉄改革の背景や内容は複雑である。当時、私も鉄道雑誌や各種の単行本から少なからず学習したが、あれだけの巨大組織を解体に追い込んだプロセスは簡単には理解できなかった。まして中学生や高校生の浅知恵ではなお [続きを読む]