nana さん プロフィール

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nanaさん: 「創価ルネサンスの思想」の旅
ハンドル名nana さん
ブログタイトル「創価ルネサンスの思想」の旅
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/soka2012siso
サイト紹介文創価仏法の研鑽ブログ
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供16回 / 365日(平均0.3回/週) - 参加 2012/07/04 00:42

nana さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • 池田先生の入信時の心境
  • 池田先生の入信時の心境が、正直に語られています。先生の心境が、真正直すぎて、思わず笑ってしまいました。なんだか、ほんわかします。一部引用します。↓↓------------------------------------創価大学における池田研究の現状と課題神立, 孝一どういう理由で信仰したのかというと、理由は三つあるんです。「第1に、これから長い人生を生きていく上において、明日の命も分からない、一寸先は闇ではないか。君には10年、20年先 [続きを読む]
  • 仏教のヒューマニズム
  • P237(池田)さらに、私が強調したいのは、仏教と儒教のヒューマニズムが、ともにドグマ性や宗派性を排して、万人に開かれたものであるということです。釈尊は、こう明確に述べています。「聖者はこの世で諸々(もろもろ)の束縛を捨て去って、論争が起ったときにも、党派にくみすることがない。かれは不安な人々のうちにあっても安(やす)らけく、泰然(たいぜん)として、執(しゅう)することがない」(『ブッダのことば』中 [続きを読む]
  • 「苦」を生み出す元凶
  • P89釈尊の出家の動機については、おそらく次の経典の一節(『アングッタラ・ニカーヤ』)が、その消息をかなり正確に伝えるものでしょう。「わたくしはこのように裕福で、このようにきわめて優しく柔軟であったけれども、次のような思いが起こった、愚かな凡夫は、自分が老いゆくものであって、また老いるのを免(まぬが)れないのに、他人が老衰(ろうすい)したのを見ると、考え込んで、悩み、恥じ、嫌悪(けんお)している−− [続きを読む]
  • 如実知見(にょじつちけん)
  • P154(テヘラニアン)人間の知識は時間と空間に限定されています。対話だけが時空を超えることを可能にします。(池田)同感です。カントの精神は私たちが語り合った「永遠なるもの」を希求する「宗教的精神」と呼応(こおう)しあうでしょう。さらに、ここで私は、仏教とカントの「認識論」の類似点について、もう少し述べさせていただきたいと思います。人間の理性は"もの"そのものを認識することができず、それに「名前」をつけ [続きを読む]
  • サイレント爆弾
  • P309(エスキベル)同時多発テロが起きた9月11日のその日に、私たちは、大きなマスメディアも見落としていた、ある情報に驚愕(きょうがく)しました。国際連合の食糧農業機関(FAO)が、その日も含めて毎日、世界で35,615人の子どもが飢餓(きが)で死んでいるという報告を発表したのです。しかし、どのテレビ局も、この報告を報道しませんでした。国連も、国家首脳も、宗教団体の指導者も、そのほとんどが、この恐ろしい [続きを読む]
  • 地湧の菩薩(じゆのぼさつ)の四つの力用
  • P322大乗仏教の真髄である法華経では、だれもが「宇宙生命」という大地の子どもであり、尊厳なる存在であると説きます。そうした人間本来の姿を、法華経では、人々を救うために大地から湧(わ)き出た大菩薩(だいぼさつ)として描き、「地湧(じゆ)の菩薩」と表現しているのです。この「地湧の菩薩」には、「地水火風(ちすいかふう)」という四大(しだい)に代表される宇宙の働きが、四つの力用(りきゆう)として備わってい [続きを読む]
  • 四大不順と依正不二
  • P154(池田)仏法では、食生活や小児マヒなどのウイルスや心の病、遺伝の問題まで含めて、中国の天台大師が、人間の病気の起こる原因を六つの角度から総合的に述べています。第一に、「四大(しだい)が不順で、調和しないゆえに病む」。仏法では、「地(ち)・水(すい)・火(か)・風(ふう)」の「四大」が仮に和合(わごう)し、人間の身体を構成していると考えます。"四大仮和合(しだいけわごう)"と言います。四大とは、性 [続きを読む]
  • 縁起(えんぎ)
  • P178日本文化の基盤となった仏教では、人間と自然の関係を考えるうえで、大切な真理を説いています。たとえば、「縁起(えんぎ)の法」です。「縁起」とは、「縁(えん)によって生起(しょうき)する」という意味です。人間にせよ自然にせよ一切のものは、それ自体として単独で存在するのではなく、互いに縁となりながら、すべて他との相依相資(そうえそうし)(相依り、相資ける)あいより、あいたすけるという関係で成り立って [続きを読む]
  • 衣座室(えざしつ)
  • P403法華経では、菩薩がそなえるべき特質として、「衣座室(えざしつ)」の三点をあげています。第一の「衣(え)」とは、「忍辱(にんにく)の衣(ころも)」という意味で、どのような苦難にも忍耐強く勇気をもって挑戦する強靭(きょうじん)な意志をさします。第二の「座(ざ)」とは、「空(くう)の座」とされます。本質を見据(みす)える智慧(ちえ)をもち、大空のごとき自由自在の大境涯をさします。ここから、「柔軟な精 [続きを読む]
  • 戒定慧(かいじょうえ)の三学
  • P221池田)仏法において、"生命の質"を高めるものとして提示しているものは、大きく三つあると私は考えます。一つは、自律です。これは「戒(かい)」と呼ばれます。飽(あ)くなき欲望を制御し、正しい方向へと向かわしめる力です。次に、常に真理を見つめ求める姿勢です。これは「定(じょう)」と呼ばれます。生きている限り、さまざまな周囲のできごとに遭遇(そうぐう)しても、把握し守るべき真理、自ら進むべき道をしっかり [続きを読む]
  • 人間革命
  • p205御本尊に唱題することにより、私たちの生命に仏界が涌現する。こんどは涌現した仏界の生命を根底に、九界の衆生を済度するべく、化他行の実践に出ずる。再び、自行の題目を唱える。そして化他へ出ずる。この連続行動のなかに、私たちの内なる仏界の生命は次第に深化し、開拓されていく。私がかつて“生命の開拓作業”と呼んだのは、このダイナミズムをさしていたのです。このことを“人間革命”とも“人間変革”とも名づけて [続きを読む]
  • 教学
  • p34今日、“法”を存在とか真理といった哲学的な次元で捉える傾向が強いようですが、おそらく釈尊が最初に悟達し発見したとされる“法”は、もっと動的で、生命的な躍動と歓喜にあふれたものであったにちがいありません。そのように把握しないと、どうも仏教の宗教性が浮かびあがってこないように思えるのです。ところで、宇宙生命と個々の生命との密接不可分な関係によって森羅万象を把握する視点に立てば、日蓮大聖人の仏法の重 [続きを読む]
  • 中道とは
  • 中道とはp85進歩・活力も、調和も、原点も、私たちの唱える南無妙法蓮華経に収まることは間違いない。この南無妙法蓮華経の仏法を中道と称するのは、宇宙一切の森羅万象の根源と究極に到達した生命哲理であるからです。中道の“中”というのは「道に中(あた)る」と読むように、けっして中間の中でも、真ん中の中でもありません。道、すなわち宇宙の理法、生命の根源の法に中(あた)る、究極に到達するというのが中道の本義です [続きを読む]
  • p24日蓮大聖人の仏法に限らず、釈尊の仏教も、人間苦の克服というきわめて実践的な目的のもとに、一切衆生の救済という実践のなかで磨(みが)かれ、説法されたものであった。したがって、仏教というのは、最初から宇宙生命の発動、そして、そこから己が生命にこみあげてくる躍動と歓喜を発見し、それを一切衆生に教えようとした宗教であったといえるのです。たとえば、「空(くう)」という仏教思想の重要な概念にしても、生命を [続きを読む]
  • 世界広布新時代
  • 創価教育 第9号地球時代の哲学:池田・トインビー対談の今日的意味佐 藤   優(一部引用)-----------------------------------それから皆さんも、去年からマークシート方式になったと思います。創価学会は、教学試験に力を入れているでしょう。(笑い)これは宗教改革者のルターと一緒です。万人祭司説です。全員が教学を知って、全員が僧侶と同じレベルになったら、お坊さんはいらなくなります。こういった点では、我々プ [続きを読む]
  • 指導
  • 私が感動した池田哲学 ─その深さと温かなまなざし─高村 忠成「一部引用」-------------------------------------池田先生から人生の極めて大事なことを、あらゆる角度から教わりました。青年の育成のし方、学生の激励のし方、人生のあり方、世界のものの見方、このような様々な観点からの話を伺いました。私は折にふれ、それぞれの話をメモにとっておきました。やがて私が晩年になるにしたがって、このまま池田先生の様々な貴重 [続きを読む]
  • 若き日の100万遍題目の挑戦
  • 学会再建の当時、私も地区幹事をやりました。いまの地区部長の前称です。やはり、なかなか、思うように、折伏も指導もできなかった。皆さん方の苦労もよくわかります。だが、つぎに部隊長となり、支部長代理となり、参謀室長となり、総務となり、会長となって、自分のなすべき責任のコースだけは、必ずまっとうしていくことに、全魂を打ちこんできました。また、戸田前会長が事業難で苦しんでおられたころ、私もひじょうに苦しかっ [続きを読む]
  • 宿命転換論の結論
  • 願兼於業(がんけんおごう)とは、仏法における宿命転換論の結論です。端的に言えば、「宿命を使命に変える」生き方です。人生に起きたことには必ず意味がある。また、意味を見いだし、見つけていく。それが仏法者の生き方です。意味のないことはありません。どんな宿命も、必ず、深い意味があります。それは、単なる心の在り方という次元ではない。一念の変革から世界の変革がはじまる。これは仏法の方程式です。宿命をも使命と変 [続きを読む]
  • 乞眼(こつげん)の婆羅門(ばらもん)
  • 乞眼(こつげん)の婆羅門(ばらもん) ──釈尊の十大弟子の一人である舎利弗が過去世において、菩薩道の修行として布施行に励んでいた時、婆羅門が訪ねてきて眼が欲しいと言った。舎利弗が眼を差し出したところ、感謝の言葉さえないばかりか、その臭いを嫌って地面に捨てられ、足で踏みにじられた。愕然(がくぜん)とした舎利弗は、 “こんな人を救うことなどできない” と、長年続けてきた修行をやめてしまった──という話で [続きを読む]
  • どん底からが、真の信心の戦い
  • 師・戸田城聖先生の事業を支えて、 私も何度となく 「これで万策(ばんさく)尽きたか」 という局面に立たされた。そのどん底からが、 真の信心の戦いの始まりである。師子蕾迅の力を奮い起こして、 師をお守りし抜いた。我らには、 一 切を踏みこたえ、 断固として活路を切り開いていける「法華経の兵法」 があるのだ。(中略)どんな壁に突き当たっても、 題目を唱え抜いて、智慧を出(いだ)し、創意工夫を重ねて、 粘り強く誠心誠意 [続きを読む]
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