白蓮の香り さん プロフィール

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白蓮の香りさん: 法華経と共に!白蓮堂のブログ
ハンドル名白蓮の香り さん
ブログタイトル法華経と共に!白蓮堂のブログ
ブログURLhttp://magokoro18.blog.fc2.com/
サイト紹介文法華経をとおして仏様の世界を身近に感じていただきたいと思います。
自由文法華経の教えに結ばれるのは3000年に一度花が咲くという優曇華の華に遭うが如しといわれています。
そういう貴重で有難い法華経を学んでみたい。自分の魂を磨きたい、先祖を救いたいと思っていらっしゃる方法華経に触れてみませんか?
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供62回 / 365日(平均1.2回/週) - 参加 2012/07/31 14:10

白蓮の香り さんのブログ記事

  • 第27章 「妙荘厳王本事品」その1
  • 家庭の中で仏法を説くことは容易ではない。◎妙荘厳王本事品(みょうしょうごんおうほんじほん)※肉身に教えを弘める............. 妙荘厳王本事品は、これまでの「法華経」の各品とは、その教えが少し異なっている。それは親子とか夫婦の間で教えをどのように弘めるかということが説かれているからである。家庭の信仰というのはたいへんむずかしい。親が厳しい宗教者であるため子どもが親に反発してかえって放蕩(ほうとう)息子 [続きを読む]
  • 第26章 陀羅尼品(だらにほん)その4
  • 仏教に帰依(きえ)した鬼女たちの使命は絶大です。◎鬼子母の呪文(その3)鬼女たちが護るべきものが二種類ある。第一には「法華経」の名を受持(じゅじ)する者を護ること、第二には「法華経」を具足(ぐそく)し、受持(じゅじ)したうえ、供養する者を護ることである。第一の「法華経」の御名(みな)を受持(じゅじ)せん者」というのは、「法華経」の内容を充分によく研究し、その教えの内容がよくわかっていないが、ただ「 [続きを読む]
  • 第26章 陀羅尼品(だらにほん)その3
  • 仏の教えに帰依した鬼子母神。(かつては、人間の子を食らう鬼女)◎鬼子母の呪文(その2)※若(も)し我が呪(じゅ)に順(じゅん)せずして、説法者を悩乱(のうらん)せば、頭破(こうべわ)れて七分(ぶん)と作(な)ること、阿梨樹(ありじゅ)の枝の如(ごと)くならん。父母(ぶも)を殺(しい)する罪の如く、亦(また)油を圧(お)すつみ、斗秤(とうしょう)をもって人を欺(ご)おうし、調達(じょうだつ)が破層罪 [続きを読む]
  • 第26章 陀羅尼品(だらにほん)その2
  • 四天王に護(まも)られた人生は、最強です!!四天王とは........... 法華経を守護する毘沙門天(多聞天)・持国天・増長天・広目天の総称。帝釈(たいしゃく)天に仕え、須弥山(しゅみせん)中腹で四方を守る武神。◎毘沙門天の呪文     アリ、................................................................................................... 。※あまりにも、強い呪文のために控えさせていただきます。毘沙門天は四天 [続きを読む]
  • 第26章 陀羅尼品(だらにほん)その1
  • 法華経を受持(じゅじ)、読誦(どくじゅ)する人を守護する、最強の呪文(陀羅尼)!!(手のひらに置かれている(宝珠)は、あなた自身)◎「陀羅尼品」(だらにほん).............. 陀羅尼(だらに)ということは、どういう意味であろうか。陀羅尼とはダラニという梵語(ぼんご)に漢字をあてはめたもので、「総持」(そうじ)と訳されている。一般的には、すぐれた霊力をもつ呪文のことを陀羅尼というのである。薬王菩薩は質 [続きを読む]
  • 第25章 観世音菩薩普門品(かんぜおんぼさつふもんぼん)その3
  • 森羅万象すべて観世音菩薩の応現。(私たちは、日々観音さまの手のひらの上で試されています)◎一人の菩薩を拝もう一心に無数の菩薩の名前を心の中に刻み込み、飲食(おんじき)、衣服(えぶく)、臥具(がぐ)、医薬(いやく)など、供養すれば大きな功徳がある。多くの菩薩に供養しただけでも功徳があるのに、もし観世音菩薩の御名を思い、たった一瞬の間でも礼拝し、供養するならば、さらに大きな功徳があると説く。大ぜいの菩 [続きを読む]
  • 第25章 観世音菩薩普門品(かんぜおんぼさつふもんぼん)その2
  • 自分自身の内面を変えていくことが信仰である。◎一心称名(いっしんしょうみょう)一心に御名(みな)を称えることは、観世音菩薩と一体となることである。御名を称えることによって観世音菩薩がその相(すがた)を現してくれる。口で声を出して称えることが大切なのである。「南無釈迦牟尼仏」とか「南無観世音菩薩」と称名することによって、観世音菩薩が自分の心の中にあらわれてくる。それによって自分の悩んでいた心が明るく [続きを読む]
  • 第25章 観世音菩薩普門品(かんぜおんぼさつふもんぼん)その1
  • 世の中の人の悩みを観てくださる観世音菩薩。◎観世音菩薩普門品 .................. 観音経として独立したお経となった。観音さまはその容姿がたいへん美しい。聖観音(しょうかんのん)にしても千手観音(せんじゅかんのん)にしても如意輪観音(にゅいりんかんのん)にしてもその端麗な容姿をじっと見ているだけで、心の中まで洗われる気がする。どんな人生の苦難にも耐えうる勇猛心をそなえながら、あらゆる人々を救ってくださ [続きを読む]
  • 第24章 妙音菩薩品(みょうおんぼさつほん)その2
  • 死を自覚するときに、仏の道が目ざめることができるようになる。◎妙音菩薩の訪問釈迦仏に供養する .......... 仏の恩を感じてその恩に報いることである。法華経を聴く ..................... 法華経の教えこそ、真実の教えだからである。仏の教えを手伝う ........... 教えを世の中に弘めようとする立派な菩薩を自分のお手本にしようとしていること。この三つの心がけがなければ、悟りを開くことはできないのである。仏は妙音菩薩 [続きを読む]
  • 第24章 妙音菩薩品(みょうおんぼさつほん)その1
  • 仏の功徳は、あらゆる人に恵む力をもっている。◎妙音菩薩 ............. 三十四身に身を現じて衆生を救う菩薩である。東方におられる。◎観世音菩薩 ........ 三十三身に身を現じて一切の衆生を救う。西方におられる。三十四身や三十三身に姿を変えて現れるのは、さまざまな衆生がいるからである。その衆生の能力もさまざまである。これで三十四身に姿を変えて、それにふさわしい能力の衆生を救うことになる。※法華三昧(ほっけ [続きを読む]
  • 第23章 薬王菩薩本事品(やくおうぼさつほんじほん)その4
  • 「無生法忍」(むしょうほうにん)という最高の悟りを得たならば無数の諸仏が見えるようになる。◎無限の功徳薬王菩薩が自由自在に教化できるのは、難行苦行の結果なのである。「法華経」は一切衆生を救うものであり、一切衆生の苦悩を離れさせてくれる。人間は生きている限り苦しみから離れることはできない。どんな人にも人に言えない悩みがあるはずである。そのような苦悩を「法華経」の教えは離れさせてくれるのである。「法華 [続きを読む]
  • 第23章 薬王菩薩本事品(やくおうぼさつほんじほん)その3
  • 「法華経」を受持(じゅじ)するものは、一切衆生のなかでももっともすぐれた第一の人である。◎両腕を焼く薬王菩薩が自由自在に教化できるのは、難行苦行の結果なのである。腕を燃やして供養するとは、自分の身を苦しめ、難行苦行することを意味する。一切衆生喜見菩薩(いっさいしゅじょうきけんぼさつ)は、仏恩に感謝するかたい決心を大ぜいの人々の前で具体的に示すために腕を焼いたのであった。この一切衆生喜見菩薩の決意の [続きを読む]
  • 第23章 薬王菩薩本事品(やくおうぼさつほんじほん)その2
  • 法(法華経)の供養が最上の供養となる。◎焼身供養の意義薬王菩薩が自由自在に教化できるのは、難行苦行の結果なのである。一切衆生喜見菩薩(いっさいしゅじょうきけんぼさつ、この菩薩がすなわち薬王菩薩である)という菩薩や、声聞衆(しょうもんしゅ)のために「法華経」 をお説きになった。この一切衆生喜見菩薩は「法華経」 の教えを聴いて、よし自分もどんな苦しい修行でも耐え忍んで必ず成仏してみせると決心した。やがて [続きを読む]
  • 第23章 薬王菩薩本事品(やくおうぼさつほんじほん)その1
  • 法華経の教えを理解することはできても、実行することはむずかしい。◎教えを実行すること ......... 実例を示す教え「法華経」は「嘱累品」(ぞくるいほん)第22までで教えが完成し、ここで一段落ついたのであり、「嘱累品」まで読めば「法華経」の教えを理解することと、それを実行することの大要はすべてわかるのである。それならばどういうわけで 「薬王菩薩本事品」(やくおうぼさつほんじほん) 第23章から「普賢菩薩勧 [続きを読む]
  • 第22章 嘱累品(ぞくるいほん)その6
  • 教えを弘める使命感を仏ご自身から授かったことで、身がふるえるぐらい大いなる喜びに包まれた。◎大いなる喜びとはたくさんの菩薩たちは、仏がこのようにお説きになったことを聴いて、みな大いなる喜びに包まれたのであった。命がけで教えを弘めようと言われて、たいへんに喜んだ菩薩たちの体には、その喜びが満ち溢れた。仏に向かって恭(うやうや)しく頭をたれ、合唱して言った。「、世尊の教えの通りお心持ちにそむかないよう [続きを読む]
  • 第22章 嘱累品(ぞくるいほん)その5
  • だんだん教えを実行してゆくと、大いなる喜びが心の中から湧きおこってくるようになる。◎教えを実行するとは........... 示教利喜(じきょうりき)つづいて経文は未来において、もし善男子(ぜんなんし)、善女人(ぜんにょにん)があって、如来の智慧を信じる者があるならば、その人々のために「法華経」を説いて、その教えを知らせなければならないと説く。それはすべての人に仏の智慧を得させるためである。しかし末法(まっぽ [続きを読む]
  • 第22章 嘱累品(ぞくるいほん)その4
  • 施しのなかの最大のものは、一人の苦しみの人を救うことである。◎人に施すには .............. 慈悲心による(その2)自然(じねん)の智慧というのは、本来、人々がもっている仏性(ぶっしょう)のことである。この本来もっている仏性が花開いたのが自然の智慧である。この自然の智慧も、ただ修行もしないではったらかしにしておいたのでは、自然の智慧として花開くことはなく、潜在的にあるといわれる仏性になってしまう。自然 [続きを読む]
  • 第22章 嘱累品(ぞくるいほん)その3
  • 仏の智慧を与えられる人に。◎人に施すには .............. 慈悲心による(その1)仏が菩薩たちの頭を撫でて、なぜこのようなことを頼むのか。自分が苦心して得たものでも、大いなる慈悲心があるために、人々にそれを与えようとしたのである。仏はもの惜しみしないばかりではない。畏(おそ)れるものがないのである。「畏れる所なし」 というのは、どんな人にも同じ教えを説くことができるからである。相手によって言うことを変 [続きを読む]
  • 第22章 嘱累品(ぞくるいほん)その2
  • 教えを弘めるにはまず「法華経」の受持(じゅじ)が必要である。◎得難(えがた)き教え(その2)長い年月かけて得られた最高の悟りを弟子に与えようということが、また難中の難である。自分が苦心してやっと得られたことは、簡単に人に与えにくいものである。自分が十年かかって得られたものなら、弟子に十年かかってやればよいと考えがちである。芸道者でも武道家でも、奥義(おうぎ)はなかなか教えたがらないのが普通である。 [続きを読む]
  • 第22章 嘱累品(ぞくるいほん)その1
  • 最高の悟りは簡単にえられるものではない。◎得難(えがた)き教え(その1)「如来神力品」の教えをお説きになった世尊は、法座からお立ちあがになり、おごそこなお姿で、右の手でたくさんの菩薩の頭をお撫(な)でになって、次のように言われた。「私は無量百千万億阿僧祇劫(むりょうひゃくせんまんのくあそうぎごう)」という長い間にわたって、普通では到底得られない最高の悟りを得ることができました。今それをお前さんたち [続きを読む]
  • 第21章 「如来人力品」その6
  • 「法華経」の行者は闇をきりひらく光にならなければならない。◎この所こそ道場なり (その2)法華経の教えが弘まっているところ、この教えを信じて修行する者がいるところでは、園の中でも、林の中でも、樹の下でも、寺院の僧房の中でも、在家の人の家でも、あるいはりっぱな殿堂であっても、さらには山谷、広野においてでも、塔を建てて、供養しなければならないと説いている。山の中に入って修行するよりは、街頭に立って一切 [続きを読む]
  • 第21章 「如来人力品」その5
  • 天台大師が説いた「五重玄義」(ごじゅうげんぎ)とは。◎この所こそ道場なり (その1)仏は上行菩薩を始め人々にお告げになられた。「仏の人力はこのように不可思議である。自分はこの神力によってむげんの未来に向かってこのお経の口説くを説こうとしても、到底これを説き尽くすことはできない」と。この「法華経」の中に説かれていることをひとつにまとめていうと、この経文の中には「如来の一切の所有(あらゆ)る法」と「如 [続きを読む]
  • 第21章「如来神力品」その4
  • この娑婆世界が浄土になるために。◎十種の神力の意味するもの(その2)(6)普見大会(ふけんだいえ)............... 十方の世界のありとあらゆるもの、境遇も知識も能力もまったくちがってもたちも、仏の神力によって必ず娑婆世界の仏のすがたを見ることができるということを意味している。どんな人でもこの教えに従って修行すれば、将来においては、同じように教えをほんとうに知ることができることを「未来機一」(みらいき [続きを読む]
  • 第21章「如来神力品」その3
  • 十種の神力とは。◎十種の神力の意味するもの(その1)以上述べた「如来神力品」における仏が示した超能力については、昔から十種の神力といわれて解釈されているので、ここでもその十種の解釈をあげておく。(1)出広長舌(すいこうちょうぜつ).......... 仏が舌を出したというのは仏が説く教えが絶対に真実であることをあらわしている。釈迦仏が舌を出すとともに、無数の他の仏も舌を出したということは、その説くところはた [続きを読む]
  • 第21章「如来神力品」その2
  • 「法華経」が目指す世界とは。◎仏の神力とは(その2)同時に発した声と指で弾いた音の二つが十方の世界に届いた。と見るや、大地が震動した。この仏の神力によって、ありとあらゆる人々や生きとし生けるものが獅子座の上に坐っている仏を見ることができた。また、釈迦仏と多宝如来が宝塔の中にいるのも見えた。この光景を見た人々や、生きとし生けるもたちのは大いなる喜びを得て、いまだかつて味わったことのない法楽を得ること [続きを読む]