黒田裕樹 さん プロフィール

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黒田裕樹さん: 黒田裕樹の歴史講座
ハンドル名黒田裕樹 さん
ブログタイトル黒田裕樹の歴史講座
ブログURLhttp://rocky96.blog10.fc2.com/
サイト紹介文受験対策にも万全!現役高校教師による「分かりやすくて楽しい」歴史ブログです。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供390回 / 365日(平均7.5回/週) - 参加 2012/08/07 01:21

黒田裕樹 さんのブログ記事

  • 歴史講座60回を迎えて その16
  • 「歴史修正主義」の意味ですが、実はもう一つあります。それは以下のとおりです。「改訂と称して歴史を歪曲(わいきょく)すること。批判的文脈で使われた場合は、通例この意味」。ひょっとしたら、例のHPは、こちらの意味で私を非難しようとしたのかもしれませんね。しかし、もし仮にそうであるとするならば、第56回歴史講座のように、具体的な調査などで明らかになった「事実」を示していることがなぜ「歪曲」となるのでしょうか [続きを読む]
  • 第60回「黒田裕樹の歴史講座」東京講演の報告と大阪講演のお知らせ
  • 5月14日に行いました第60回黒田裕樹の歴史講座「日本外交史 その壱」(東京講演)は、直前のキャンセルなどの影響もあったのか、8名の参加者を集めることとなりました。人数的には決して多いとは言えないものの、初めての参加者の方もいらっしゃいましたし、何よりもアットホームな講演ができたのではとないかと思っております。素晴らしきご縁に感謝いたします。次回(5月27日)は大阪講演を行います。多数の皆様にお越しいただ [続きを読む]
  • 歴史講座60回を迎えて その15
  • 「歴史修正主義」の本来の意味は「歴史の通説を再検討し、正当な改訂を加えること」です。例えば、第56回歴史講座「日本文明の誕生」において、私は我が国の伝統たる記紀と地質学的な知識との一致や、較正(こうせい)炭素年代法など最新の調査で明らかになった事実を紹介していますが、これも「歴史修正主義」の一環といえるでしょう。従って、歴史修正主義という言葉自体は、決して否定的な意味でとらえられるわけではないのです [続きを読む]
  • 歴史講座60回を迎えて その14
  • 私がブログを始めて8年以上が経ちますが、先述した「ヘイト」呼ばわり以外にも様々な批判を受けており、例えば「日本だけを礼賛する、いわゆる“歴史修正主義”の立場に立つ黒田裕樹氏」と、複数のHPで紹介されています。そもそも第59回歴史講座「東條英機」において、昭和の軍部が「統帥権干犯問題」を持ち出したことで、最終的に我が国が機能不全に陥ったことを厳しく批判している私が、なぜ「日本だけを礼賛する」と単純に断定 [続きを読む]
  • 歴史講座60回を迎えて その13
  • 先述したように、ヘイトスピーチを嫌悪する私(黒田裕樹)ですが、なぜか相手から一方的に「ヘイト」呼ばわりされた経験があります。第59回歴史講座の「東條英機」は、平成27(2015)年1月に尼崎都市美化推進企業組合様の主催で行った講演をもとに構成しておりますが、その尼崎市での講演を前に、以下の流れで主催者に電話がかかってきたそうです。「今度そちらが主催する講演者の黒田裕樹という男は、ヘイトスピーチをする奴やか [続きを読む]
  • 歴史講座60回を迎えて その12
  • さて、当然のことではありますが、私はいわゆる「ヘイトスピーチ」を決して許すことはありませんし、またヘイトスピーチを許容するような個人あるいは団体と与(くみ)したくもありません。そして何よりも、私が日本国民として心より尊崇(そんすう)している、天皇陛下あるいは皇室に対するヘイトスピーチは、何があっても絶対に許せません。しかし、現状では外国人を対象とするヘイトスピーチへの非難が声高に叫ばれる一方で、以 [続きを読む]
  • 歴史講座60回を迎えて その11
  • 私の歴史講座の大きな特徴に、芝居がかった(?)セリフを述べたり、独特の口調で流れを変えたりすることがしばしばあり、こうした言動は周囲から「黒田節」と呼ばれ、親しまれています。この時ほど、自分の名字が「黒田」で良かったと思うことはないのですが(笑)、黒田節の多くは「笑い」をとる場所でもあり、ともすれば単調にもなりがちな講演の引き締めにもつながっています。その一方で、ご参加の皆様に大きな感動を与えたり [続きを読む]
  • 歴史講座60回を迎えて その10
  • また、当講座では、歴史以外に「公民授業」を行っていた時期がありました。これは、前半で現在の高校での典型的な授業を行い、後半でいつもの講演を行うというユニークな企画でした。第1回目は「民主政治と基本的人権」と題して平成26(2014)年11月に大阪のみで行い、第2回目は「明治憲法と日本国憲法」を平成27(2015)年2月に、第3回目は「平和主義」を同年5月に、大阪と東京でそれぞれ行いました。私は関西大学法学部を卒業し [続きを読む]
  • 歴史講座60回を迎えて その9
  • 先述しましたが、私の歴史講座の中では、江戸時代と明治以降の近現代史の割合が、比較的多めとなっております。なかでも江戸時代に関しては、徳川家康に始まり、徳川綱吉・徳川吉宗・徳川宗春・田沼意次・松平定信・遠山景元と人物中心の講座が多く、また忠臣蔵についても深く考察しています。江戸時代は世界史上でも例を見ない、「一つの政権が200年以上も続き、しかも大きな内乱や対外的な侵略が起きていない」平和な時代として [続きを読む]
  • 歴史講座60回を迎えて その8
  • 私が講演を行った際、よく聞かれるご質問に、「黒田先生が得意な時代はいつですか?」というのがあります。私自身が好んで扱うのは、江戸時代以降が多いのが事実ではありますが、基本的には、普段は教師として授業を行うという立場からも、どの時代でも同じレベルでの講演が可能であると自負しております。実際に、60回を数える歴史講座で取り上げた時代は、古代から現代まで、ほぼすべてを網羅(もうら)しております。私の講演を [続きを読む]
  • 歴史講座60回を迎えて その7
  • ところで、60回を数える歴史講座の中には、変わった企画もありました。例えば、平成26(2014)年7月〜8月に行った第43回「文部省唱歌の世界」では、歌手の山口采希(やまぐちあやき)さんをゲストに迎え、私自身が文部省唱歌を中心に歌った後は彼女のステージとなり、参加された皆様に大変喜んでいただけました。実は、この企画が実現するまでに、私が山口采希さんのLIVEにゲスト出演して、ミニ歴史講座を行ったり、歌を歌ったりす [続きを読む]
  • 歴史講座60回を迎えて その6
  • 私の講演は、平成23(2011)年7月以後は、原則として奇数月に行うようにしております。それまでは毎月のように行っていたのですが、同年4月より、大阪府内の公立高校に常勤講師として勤務することになり、日頃の授業づくりや校務分掌(こうむぶんしょう)の職務などで多忙になったからです。昨年(平成28年)4月からは、新たに大阪府内の公立高校で非常勤講師として勤務しておりますが、当講座をきっかけとして、全国各地の様々な [続きを読む]
  • 歴史講座60回を迎えて その5
  • 1月(もしくは2月)の講演は、振り返れば色々なことがありました。平成26(2014)年1月25日に第40回歴史講座「西郷隆盛」を東京で行った後、当時27年近くも二人で同居していた祖母が、急に病を得て入院しました。懸命の治療も虚(むな)しく、祖母は同月29日に満97歳で大往生しました。その後、31日までに野辺の送りを済ませましたが、大阪講演は翌2月1日に迫っていました。「いつまでも悲しみに打ちひしがれていては祖母に叱られ [続きを読む]
  • 歴史講座60回を迎えて その4
  • 60回も講演を行っていると、結果的に「偶然としか思えないような出来事」に遭遇(そうぐう)することがあります。前々回(第58回)の「日本と韓国のほんとうの歴史」では、半年以上前から今年(平成29年)の1月に行うと決めていましたが、ちょうど我が国が駐韓大使の一時帰国を決めた時期と重なったこともあり、急きょ原稿を追加するなどして、結果的に非常にタイムリーな内容となりました。また、一昨年(平成27年)1月に行った、 [続きを読む]
  • 歴史講座60回を迎えて その3
  • 第59回「東條英機」は、5つの章に分かれていますが、そのうちの2番目の「日米開戦を導いた『アメリカの思惑』」に関しては、東條氏の名前は最後の文章に一回出てくるだけで、それ以外はすべて「当時の我が国とアメリカをめぐる歴史」に終始しました。今までにない大胆なまとめ方ですが、なぜこうなったのかと言えば、第1章の「『軍人』東條英機が政治の舞台に登場するまで」で紹介したように、内閣を組織した昭和16(1941)年まで [続きを読む]
  • 第60回「黒田裕樹の歴史講座」(東京&大阪講演)のお知らせ
  • いつも「黒田裕樹の歴史講座」をご覧いただきまして有難うございます。我が国では日常的に活発な外交が繰り広げられていますが、当講座では、今回から数回に分けて、我が国の外交面における様々な歴史を振り返ることにしました。第一回目となる次回(第60回)は「日本外交史 その壱」と題し、古代から聖徳太子による遣隋使に至るまでの歴史を時系列にたどりながら、我が国が「自主独立の国」となった流れをご紹介します。 (クリ [続きを読む]
  • 歴史講座60回を迎えて その2
  • 私がこれまでに行った60回の歴史講座は、たまに公民的な内容となることがありますが、多くは歴史の事実を追求するものとなっています。なかでも、いわゆる「人物史」が多く含まれていますが、私が普段心掛けているのは、いかに人物の歴史といえども、伝記的な内容に終始しないようにまとめることです。もちろん、第27回の田中久重(たなかひさしげ)や、第35回の山田方谷(やまだほうこく)、あるいは第39回の樋口季一郎(ひぐちき [続きを読む]
  • 歴史講座60回を迎えて その1
  • お蔭様で、当講座も明日(5月14日)の東京講演で第60回を迎えることになりました。これまで数多くの内容について紹介してまいりましたが、なかでも歴史上の人物に関して、あまり知られていなかった「事実」について、できる限り分かりやすく解説してきたつもりです。一方、そんな私の姿勢に対して、外部から様々な意見が出されており、今後の講演やブログ運営の参考となるものも存在します。今回は、60回目を迎えた当講座のこれま [続きを読む]
  • 東條英機元首相の遺書 その10
  • ※東條英機元首相の遺言の全文です(7回のうち7回目)辞世我ゆくも またこの土地に かへり来ん 国に報ゆる ことの足らねばさらばなり 苔の下にて われ待たん 大和島根に 花薫るとき散る花も 落つる木の実も 心なき さそうはただに 嵐のみかは今ははや 心にかかる 雲もなし 心豊かに 西へぞ急ぐ」※下記の映像は5月12日までの掲載分をまとめたものです。(※第59回歴史講座の内容はこれで終了です)(※黒田裕樹の [続きを読む]
  • 東條英機元首相の遺書 その9
  • ※東條英機元首相の遺言の全文です(7回のうち6回目)今回の処刑を機として、敵・味方・中立国の国民罹災者の一大追悼慰安会を行われたし。世界平和の精神的礎石としたいのである。もちろん、日本軍人の一部の間に間違いを犯した者はあらう。これらについては衷心(ちゅうしん)謝罪する。これと同時に無差別爆撃の投下による悲惨な結果については、米軍側も大いに同情し憐憫(れんびん)して悔悟(かいご)あるべきである。最後に [続きを読む]
  • 東條英機元首相の遺書 その8
  • ※東條英機元首相の遺言の全文です(7回のうち5回目)日本を属領と考えるのであったならば、また何をかいわんや。そうでなしとすれば、米国は何等(なんら)かの考えがなければならぬ。米国は、日本人八千万国民の生きて行ける道を考えてくれねばならない。およそ生物として、自ら生きる生命は、神の恵みである。産児制限の如きは神意に反するもので、行うべきでない。なお言いたきことは、公・教職追放や戦犯容疑者の逮捕の件であ [続きを読む]
  • 東條英機元首相の遺書 その7
  • ※東條英機元首相の遺言の全文です(7回のうち4回目)米英の指導者は、これを救済する責任を負うて居る。従ってトルーマン大統領が再選せられたことは、この点に関して有り難いと思ふ。日本は米国の指導に基づき、武力を全面的に抛棄(ほうき)した。これは賢明であったと思う。しかし、世界全国家が、全面的に武装を排除するならばよい。然(しか)らざれば、盗人がばっこする形となる。泥棒がまだいるのに警察をやめるやうなもの [続きを読む]
  • 東條英機元首相の遺書 その6
  • ※東條英機元首相の遺言の全文です(7回のうち3回目)実は東亜の多民族の協力を得ることができなかったことが、今回の敗戦の原因であると考えている。今後、日本は米国の保護の下に生活していくのであらうが、極東の大勢はどうであらうか。終戦後わずか三年にして、亜細亜大陸赤化の形勢は斯(か)くの如くである。今後のことを考えれば、実に憂慮にたえぬ。もし日本が赤化の温床ともならば、危険この上ないではないか。今、日本は [続きを読む]
  • 東條英機元首相の遺書 その5
  • ※東條英機元首相の遺言の全文です(7回のうち2回目)天皇陛下の御地位および陛下の御存在は、動かすべからざるものである。天皇存在の形式については、あえて言わぬ。存在そのものが絶対に必要なのである。それは私だけでなく多くの者は同感と思う。空間や地面のごとき大きな恩は、忘れられぬものである。東亜の諸民族は今回のことを忘れて、将来相(あい)協力すべきものである。東亜民族もまた他の民族と同様、この天地に生きる [続きを読む]
  • 東條英機元首相の遺書 その4
  • ※今回より、7回に分けて東條英機元首相の遺書の全文をご紹介します。「開戦当時の責任者として敗戦のあとをみると、実に断腸の思いがする。今回の刑死は、個人的には慰められておるが、国内的の自らの責任は、死をもって贖(あがな)えるものではない。しかし国際的の犯罪としては、無罪を主張した。いまも同感である。ただ力の前に屈服した。自分としては国民に対する責任を負って、満足して刑場に行く。ただこれにつき、同僚に [続きを読む]