vivamusical さん プロフィール

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vivamusicalさん: 旧東海道旅日記
ハンドル名vivamusical さん
ブログタイトル旧東海道旅日記
ブログURLhttp://blog.livedoor.jp/vivamusical-tokaido
サイト紹介文歩くのが好きです。休みを利用して旧東海道を下り始めました。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供19回 / 365日(平均0.4回/週) - 参加 2012/08/14 12:02

vivamusical さんのブログ記事

  • 矢倉沢往還:伊勢原駅から関本、大雄山へ(2017年6月24日、その2)
  • 5月の中山道歩きで傷んだ靴をあきらめ、今回は新しい靴で歩いてきましたが、さすがに30?を越えると、足の疲れが顕著になってきました。そこで、大雄山駅前(関本宿)で昼食をとった後は、大雄山を参詣してから帰宅することにしました。 大雄山最乗寺は、曹洞宗のお寺です。仁王門からアジサイの咲く参道を進みます。仁王門とアジサイさらに、道了尊のバス停から三門に向かう急な階段を上りました。三門への階段瑠璃門をくぐると本 [続きを読む]
  • 矢倉沢往還:伊勢原駅から関本、大雄山へ(2017年6月24日、その1)
  • 2014年11月に大山街道を歩きましたが、今度は、大山街道から先、東海道の裏街道と呼ばれた矢倉沢往還を歩いてみることにしました。小田急伊勢原駅で下車し、まずは、大山街道との追分になる市米橋に向かいました。この橋の際にある咳止め地蔵をお参りしてから、いよいよ矢倉沢往還を歩き始めました。咳止め地蔵矢倉沢往還に入ってすぐ、右手にあった耕雲寺の境内には、かつての追分に置かれていた道標が移設されていました。耕雲寺 [続きを読む]
  • 中山道:南草津駅から京都三条大橋まで(2017年5月21日)
  • 草津から先は、東海道と中山道が一緒ですから、前回に訪問したところもスキップしながら、京都へ向かいました。彦根を引き払ったのでリュックを背負っての歩き旅です。南草津駅から中山道に戻り、野路の玉川、弁天池、瀬田の唐橋と順調に歩みを進めました。野路の玉川弁天池瀬田の唐橋瀬田の唐橋を渡ったところで、石山寺の名前を見たので、折角なのでちょっと立ち寄ることにしました。写真正面の山のふもとが石山寺です。当日は丁 [続きを読む]
  • 中山道:近江路散策(2017年5月20日、その2)
  • 中学校の修学旅行以来となる彦根城を訪ねました。まず、堀際にあった埋木舎へ。ここは、藩主になることなど考えもしなかった若いころの井伊直弼が過ごした公館でした。埋木舎を出て、佐和口から天守に向かっていくと、重要文化財に指定されている貴重な馬屋を見ることができました。時代劇の舞台でたびたび使われる天秤櫓の橋の下を通りました。国宝に指定されている天守閣です。天守閣の上からの眺めです。右手の山が石田三成の佐 [続きを読む]
  • 中山道:近江路散策(2017年5月20日、その1)
  • 天候にも恵まれ、予定以上のハイペースで中山道を飛ばしてきたため、予備日を使って、近江路の城跡巡りをしてみることにしました。まずは、JR安土駅へ。織田信長の安土城ができる前に、近江佐々木氏(六角氏)の拠点であった観音寺城を昔から訪問したいと思っていたのでまたとない機会でした。JR西日本がネットに公開していた「滋賀を歩こう」から、二つのコースを選定し、この二つを逆回りすることにしましたhttp://www.biwako-vi [続きを読む]
  • 中山道:高宮宿から南草津駅へ(2017年5月19日)
  • この日は、高宮宿から京に向けて、ひたすら歩き続けた一日でした。高宮は、近江鉄道の多賀線がここから分岐しているように、中山道から多賀大社へ向かう分岐点にあたり、その参道には大きな鳥居が設けられていました。(多賀大社は翌日に別途訪問することにしていました)近江鉄道の豊郷駅の近くの中山道沿いには、伊藤忠商事の創業者である伊藤忠兵衛の記念碑(くれない園)と記念館(忠兵衛の家)がありました。くれない園伊藤忠 [続きを読む]
  • 中山道:関ケ原古戦場から高宮宿へ(2017年5月18日、その2)
  • 関ケ原古戦場を過ぎると、琵琶湖までは山間の道を進むことになります。今須、柏原、醒井、番場、鳥居本とそれぞれ歩いて1時間から1時間半ほどの短い距離に宿場町がおかれていました。関ケ原を出て少し行ったところに、牛若丸(義経)を生んだ常盤御前の墓がひっそりとありました。東国へ逃げる途中でなくなったのでしょうか?一里塚を過ぎると間もなく今須宿です。本陣跡のあたりで右手に入ったところの妙王寺には、家康腰掛岩があ [続きを読む]
  • 名電各務原駅から垂井宿へ(2017年5月17日)
  • 犬山からの初電で名電各務原に移動し、中山道歩きを再開です。中山道は、自衛隊の岐阜基地の北を西に向かいます。基地の周りには多くの関連工場がありましたが、その中で、川崎重工の構内には国産のロッキードT-33機が展示されていました。各務原市の那加交番の駐車場にグロテスクな置物がありました。ネス湖のネッシーにからめて、近くの池田湖のイッシーを作り、さらに那加のナをつけて「ナッシー」と名付けられたこの恐竜は、交 [続きを読む]
  • 中山道:太田宿から名電各務原駅へ(2017年5月16日、その2)
  • 木曽川を渡りました。太田宿には、脇本陣の林家などが残っていました。この宿場にあった中山道会館で、モーニングセットを注文して一休みしました。(☆☆)太田宿から、次の鵜沼宿まではほとんど日本ライン(木曽川)にそって、あるいは堤防上の木曽川ロマンチック街道を進みました。ただ、鵜沼の手前で木曽川が大きく蛇行することあり、うとう峠を越えますが、その手前には、川が迫る岩場に岩屋観音堂があり、岩場に沿った細く険 [続きを読む]
  • 中山道:細久手宿から太田宿へ(2017年5月16日、その1)
  • 大黒屋さんにお願いして朝食はおにぎりを握っていただき、これを持って日の出とともに出発しました。次の御嵩宿まで、いくつかの坂を上り下りしなければなりません。平岩の辻を過ぎて、秋葉坂から山道が始まりました。鴨の巣の一里塚を過ぎ、諸の木峠が最後の上り坂でした。鴨の巣の一里塚諸の木峠この諸の木峠の西側には、LaProvinceというカフェがありました。おいしいケーキやランチで足を運ぶ人も多いそうですが、まだ、早朝の [続きを読む]
  • 中山道:大湫宿から細久手宿へ(2017年5月15日、その2)
  • 大湫(オオクテ)宿の旧森川家住宅は、瑞浪市が観光案内所兼休憩所として公開していました。お茶を頂き、お話を伺いましたが、折角の施設ですから、もう少し訪問者を増せるといいですね。担当の方が、ちょっとかわいそうでした。大湫の本陣跡の近くに、なかなかかわいらしい皇女和宮とその御付きの女官たちの陶製の像がありました。大湫の町は、宿場の雰囲気を少しでも出そうと、街道沿いのブロック塀を板塀に変える運動を進めてい [続きを読む]
  • 中山道:中津川宿から大湫宿へ(2017年5月15日、その1)
  • 1年ぶりの中山道ですが、中津川から京都まで、今回、一度に踏破することにしました。前日まで雨だったため、晴れてくれることを祈っていましたが、前日に中津川に到着した際、夕日を浴びた恵那山を見て、幸先の良さを感じました。泊まったホテルの人に教えてもらった居酒屋「もん爺」で、岐阜名物のケイチャンとビールで翌日からの快適な旅を祈りました。この日は、中山道の難所の一つと言われている「十三峠」を越す道程のため、 [続きを読む]
  • 旧青梅街道:御嶽から奥多摩(2016年2月24日、その2)
  • バスの終点から急な坂を100mほど登ったところにケーブルカーの駅がありました。「SUICAやPASMOが使える」とノボリまで使って表示してあったので、多くの人が切符を買わずにそのまま乗っていました。片道が590円ですから往復で1,180円です。しかし、実は、自動券売機を使って往復割引切符を買うと1,110円と70円もお得でした。ちょっとトリッキーですね。もちろん自動券売機でSUICAやPASMOが使えました。ケーブルの御岳山駅に到着し [続きを読む]
  • 旧青梅街道:箱根ヶ崎宿から御嶽(2016年2月24日、その1)
  • 1年ぶりに青梅街道に戻ってきました。箱根ヶ崎駅の改札を出て北に少し上がって、青梅街道に合流です。東禅寺は、本堂も含めて実に質素な佇まいでした。東禅寺をさらに150mほど進んだ右手に、都の指定有形文化財になっている、旧吉野家住宅がありました。ただし、残念ながら、開館前でした。さらに150mほど進むと、小さな公園がありました。そして、ここは、時代劇の虚無僧でおなじみの普化宗の大本山の一つであった鈴法寺の後で [続きを読む]
  • 府中街道:登戸から川崎大師(2017年1月12日)
  • 年が明けて、そろそろ川崎大師の初詣客も減ったと思い、府中街道を登戸から再開しました。登戸からは駅沿いの旧道と思われるくねくねした道を東に進みました。宿河原八幡神社にお参りしてスタートです。二ケ領用水の両岸は、きれいな公園として整備されていました。川沿いに不思議な建物があり、覗いてみたら、神明国上教会という新興宗教の本部でした。さらに東に進み、東名高速道路の下に、徒然草第百十五段の石碑がありました。 [続きを読む]
  • 府中街道:JR新秋津駅から登戸(2016年12月24日)
  • 2016年も押し詰まった12月23日、府中街道を歩こうと急に思い立ち、HPで旧街道の地図などを探しましたが、それらしきものが見つからず、結局、現在の県道、都道に沿って進み、旧街道の面影のある所はそこを歩いてみることにしました。日の出直前のクリスマスイブの朝、JR新秋津駅をスタートです。久米川町の交差点から、いよいよ府中街道が始まります。久米川辻の交差点で、「新田義貞公遺蹟、重要文化財 元弘の碑 300m」の看板を [続きを読む]
  • 五日市街道:武蔵小金井→武蔵五日市(2016年6月18日)
  • 快晴のなか、JR武蔵小金井から商店街を北に向かい、小金井公園の南西角、小金井橋の袂から、五日市街道を再び歩き始めました。玉川上水は、江戸時代の桜の名所で早速、小金井桜の碑にお目にかかりました。少し行くと右手に海岸禅寺が現れました。明治天皇も行幸されたそうですが、元々小金井の桜は、新田を開発したものの凶作が続いたため、糊口をしのがせるために始めた公共事業で植えられたものだそうです。玉川上水の北側に沿 [続きを読む]
  • 五日市街道:高円寺→小金井公園 (2016年5月21日)
  • たまたま、この日の午後に、武蔵境に行く用事があったので、今年1月に青梅街道を歩いた時に見つけた「五日市街道」を歩いてみることにしました。JRで高円寺駅まで行き、南に10分ほど行くと、五日市街道の入口に着きました。街道は、入ってすぐに西に折れます。並行して走る青梅街道の脇街道として使われていたようです。しばらく行くと善福寺川を渡りますが、付近は公園になっていました。橋を渡ったところに曹洞宗の法昌寺があり [続きを読む]
  • 中山道:三留野宿(南木曽駅)から中津川宿へ(2016年5月3日)
  • 本来は、南木曽から自宅に戻る予定でしたが、天気も良く行程も予想外に伸びたので、一泊余分にとって中津川まで行くことにしました。電車の時間の関係もあり、田政旅館でゆっくりと朝食をとってから出発です。木曽福島駅を出て少し行ったところにあった振袖松は巴御前に由来するものです。一方、その先の、かぶと観音は木曽義仲に由来するものだそうです。上久保の一里塚を過ぎて少し行き、右手に入っていくと妻籠城址に至ります。 [続きを読む]
  • 中山道:福島宿から三留野宿(南木曽駅)へ(2016年5月2日)
  • 朝一番の列車(と言っても、7時20分発です)で木曽福島へ向かいました。途中のトンネルが通行止めで、国道19号を通っていく必要がありました。道の駅「木曽福島」の駐車場からは、雪をかぶった御嶽山も見えました。木曽の桟は、紅葉の頃にまた来てみたいところでした。上松宿では、玉林院を訪ねたのちに、宿泊予定の田政旅館に立ち寄り、荷物を置かせてもらいました。材木役所跡横にあった諏訪神社は、参道が小学校のグラウンドで [続きを読む]
  • 中山道:日出塩駅から福島宿へ(2016年5月1日)
  • 宿泊先の塩尻駅からの始発に乗り、日出塩駅から中山道を進みました。左右の山々が迫ってきたころ、木曽路の標識が現れました。木曽路入口の碑もありました。木曽地方は平安時代から美濃の国と信濃の国の二つを行ったり来たりしていたそうです。今は長野県に属していますが、江戸時代は尾張藩が管理していました。というわけで、木曽路入口=尾張藩領入口だったのですね。木曽の谷は新緑で埋まっていました。贄川宿には大きな関所が [続きを読む]
  • 中山道:下諏訪宿から日出塩駅へ(2016年4月30日)
  • 甲州街道に引き続き、2014年7月以来の中山道を、木曽路を抜けて進むことにしました。中山道と甲州街道の合流点から、中山道を少し戻って、まず諏訪大社下社春宮をお参りしました。ついでに、万治の石仏もお参りしました。いよいよ中山道を再スタートです。ところで、街道にもどり、富士見橋で砥川を渡ったところで、旧街道の道幅は、90?位に狭くなります。地元の世話好きの方から教わったのですが、砥川の河川改修で流路が変わっ [続きを読む]
  • 甲州街道:日本橋から上諏訪までのまとめ
  • カッコ内はGPSでの実際に歩いた距離です。1日目:2013.9.7 日本橋から日野宿へ    約38?2日目:2014.4.25 日野宿から上野原宿へ 約35?3日目:2014.7.12 上野原宿から阿弥陀街道宿へ 約35?4日目:2014.9.13 阿弥陀街道宿から勝沼宿へ 約16?5日目:2014.11.22 勝沼宿から韮崎宿へ 約30?6日目:2014.11.23 韮崎宿から蔦木宿へ 約26?7日目:2016.4.29 蔦木宿から上諏訪宿手前へ 約23? [続きを読む]