大空澄人 さん プロフィール

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大空澄人さん: 続 いのちの波動
ハンドル名大空澄人 さん
ブログタイトル続 いのちの波動
ブログURLhttp://susanoo1948.blog.fc2.com/
サイト紹介文自分とは何者か、人は何のためにこの世に生まれてくるのか。
自由文自分の体験をもとに楽しみながら真理の探究をしてきました。人生も後半にさしかかりこれから出来ることは限られてくるとは思いますが、自分がこれまでに見つけたものを大切にして生きていきたいと思っています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供95回 / 365日(平均1.8回/週) - 参加 2012/08/14 17:58

大空澄人 さんのブログ記事

  • 地上のモヤ
  •       伊勢神宮外宮 古殿地人間は肉体によって地上世界に繋がれている故に清浄な気分になれても一時的なものであり長続きしない。いずれは常にその清浄な気分で生きることが出来るようになる。この世特有のモヤモヤしたものは離れていく。モヤモヤしたものは地上の霧、濁りであり、肉体を離れるとそういうものも離れていく。地上は常にモヤに覆われているがそれは人の心の濁りが生んだものである。 [続きを読む]
  • 大きな目標に向かって
  • (叔父より)小さな出来事に目を奪われることなく自分の大目標に向かって進め。小さなことに心を奪われていると自分の一番大切なものを見失ってしまう。大半の人はそうなっているが小さなことは放っておいても自然に収束していく。 [続きを読む]
  • 自分が主、周りの出来事は従
  • 人間は主体性を持って人生を生き抜くことが大切である。周りの出来事は回り灯籠のように次々と流れていくだけ。その中に没入するのではなく自分なりの価値判断をしていくことが大切。その中で本当に自分にとって大切なものは多くはなく、限られている。静かに見ていれば良いものが殆どであろう。 [続きを読む]
  • 霊界は愛と調和の世界
  • 父よりこちらの生活と地上の生活との大きな違いはこちらが愛に溢れた世界であるのに対して地上は愛よりも争いやいがみ合いの世界になっていることだ。地上生活では常に利害関係が絡んでくるので人々はどうしても自分を守る為に身を固め、外に対して身構えていなくてはならない。だからなかなか愛を素直に表現することが出来ない。その原因は一人一人が異質な者同志なのでお互いを調和させることが難しいことにあるだろう。対して [続きを読む]
  • 高いものを目指す
  • 常に高いものを目指す事。過ぎ去った事、低いものを見ていてはいけない。それは自分を低い所に留めることになる。過去の事や嫌な事を回想する暇があるなら先のもの、高いものを見ていくように。 [続きを読む]
  • 現れては消えるもの
  • この世の出来事は永続性が無いのが特徴である。現れては消えるのであり、その事にこだわっている間もなく別のものが現れる。だから今のこの問題は何時まで続くのだろう等と案じる必要はない。一つ一つの出来事に対していちいち感情移入している暇はないのである。いつまでも一つの事を根に持ったり恨みに思ったりすることは無意味であり、それは自分で時間を止めているのと同じである。過去にしがみついていてはいけない。一つ一つ [続きを読む]
  • 自分の守備範囲の事を考える
  • 世の中は複雑化してあまりにも気を揉むことが多すぎる。しかし人間は自分の守備範囲の事を考えていればそれでよい。色々と気にしても何にもならない。それはそれぞれの道の者がすることである。無用の心配をして自分の心を蝕むのは愚かな事である。考え過ぎは摂理の働きにそぐわない。殆どの者が無駄な事を考えて毎日を過ごしている。すなわち取り越し苦労を続けている。考え過ぎは雑念の海に自らを投じることである。 [続きを読む]
  • 不要なものを切り離す
  • 多くの人々はどうでもよい事に神経を使いすぎている。今の世の中あまりに雑多なものが多すぎる。人々はそれに心を奪われて肝心なものがおろそかになっている。少しずつ大切なものを失っている。出来るだけ不要なものを切り離すこと。 [続きを読む]
  • 真理に忠実に生きる
  • いかなる時も自分が悟った真理に忠実に生きる事。そうすれば常に平和な心で生活できる。それによって自分が定まる。世の騒乱に巻き込まれることがない。真理を知らずに生きることは自分が世の中の騒乱に巻き込まれることである。 [続きを読む]
  • 瞑想とは自分を霊の統制下に置くこと
  • 瞑想とは精神と肉体を霊の統制下に置き自分を神に委ねること。何故雑念が湧いてくるのか?霊が精神を統制出来ていないから。精神が肉体を統制出来ていないから。全体の流れ肉体とそこから生まれる煩悩を一時抑え込むことが必要になるので次の事をイメージする。あくまでもイメージであって直ちに瞑想状態に入れる人は以下のような手順は必要がない。一時的に肉体を切り離す、次に精神を切り離す、すると最後に霊が残る。地上世界 [続きを読む]
  • コンパスのない航海
  • この世はコンパスを持たない航海、方向が分からない、先が読めない、そして道に迷う。そういう環境で自分自身を発見する、自分を磨き神性を見出す。霊界では方向性が常に示されている。迷う事がない。自分の進むべき道がわかる。神の威力を感じているので目標が定まっている。進歩と向上が命題であることを知っている。人は霊界で生活しているうちに自分の足りないところを発見しそれを学び取るためにこの世に来る。この世でし [続きを読む]
  • 霊界の意志
  • 夕方の犬の散歩に城山に出かけてみた。国民宿舎から見る夕日は絶品であり駐車場にはよくカメラを構えてシャッターチャンスを待っている人を見かける。城山の遊歩道の傍に浜松市から送られた舘山寺桜が植えられている。二十四の瞳の映画監督である木下恵介氏は浜松市の出身であり彼の生誕百年を記念して小豆島に送られたものである。景色を眺め咲き始めた桜を見ながら道を進むと昔から花見で知られた場所に出る。私が子供の頃か [続きを読む]
  • 思念は生き物
  • あちらからのメッセージはテレパシーで飛んでくるのでそれを受信できる人間は少数かもしれない。守護霊からは頻繁に指導の為のテレパシーを受けている筈だが殆どの人は気が付かない。反面テレパシーの送信は誰でもが出来ていて自分の出した思念は地上界、霊界の隔てなしに飛んで行き誰かがそれをキャッチしているのである。思念による意志交換は物質の影響を受けないので自由自在である。時間の制約も受けない。私たちが他の誰か [続きを読む]
  • 高峰秀子さんと壺井栄さん
  •          映画二十四の瞳私は妻と二人で2月22日「二十四の瞳映画村」を訪れた。ひな祭りの展示をしていると聞き一度見に行こうということになったのである。映画村の古い家屋の中に昭和初期の雛壇が展示されていたが私自身が戦後生まれで子供の頃に見慣れたものであったので特別なものは感じなかった。土産物店で妻が封筒を買って外に出ると「あちらにもお雛様が展示されていますよ」と声をかけてくれた人がいたの [続きを読む]
  • 霊と精神と肉体の調和
  • どうでもよいことばかり頭に浮かんでくる時は霊と精神と肉体とがバラバラな動きになっているから。調和が取れていないから。肉体が精神のコントロール下に置かれ、精神が霊の支配下に置かれている状態が理想である。それらの調和が取れている時には雑念は湧いてこない。調和を乱す動きは肉体から始まる。肉体の欲求が精神の不安定を招き霊にまで及んでいく。五感を通して気分のいいものや不快なものが入ってくる。実に様々なも [続きを読む]
  • 導きの糸
  • この世の悩み事は自分を磨く磨き粉。怖れるものは何もない。不安に思えるものも何もない。唯導きに従って生きればよいだけ。導きの糸が見えるか見えないかそれはあなた次第。 [続きを読む]
  • 重いもの
  • 自分の中に何か重苦しい塊のようなものがあると感じることはないだろうか?理由もなく常に何か重いものが存在しているように感じる。祈りや瞑想に入ると次第にそれが消えていき爽やかさに満たされる。重く感じるもの、それは地上世界の波動である。それが肉体を通して入ってくる。肉体が活動を停止すればそのエネルギーは弱まり清浄な気分になる。人間は肉体を通じて地上世界とつながっているので地上世界の重さや暗さが肉体 [続きを読む]
  • 夢の暗示
  •        妖怪も泣いている先月末、私は意味ありげな夢を見た。それは次のような内容であった。私は以前乗っていた車で旅をしている。ホテルの中のような場所を道路が走っていて進行方向左側が川になっていた。走行中、突然前方に金属製の大きなシャッターが降りてきて進路を塞がれてしまった。これは困ったと思い仕方なくバックし始めた。すると今度は後ろ側もシャッターが降ろされてしまった。閉じ込められて、にっ [続きを読む]
  • 本当の幸せとは
  • 人間は神(大霊)の意志に調和して生きることによってのみ本当の幸せを感じることが出来る。それ以外のものはもろくも崩れる。永続性のあるものはそれ以外に何一つ無い。 [続きを読む]
  • 何事にも摂理が働く
  • 何か問題が起きた時には何事にも摂理が働くことを思い出すべき。自分の努力と摂理の働きという相互作用によって物事は動いていく。自分の力だけで動くのではない。そこにはそういう機構が働いている。人の出来る事は摂理の働きによって制限を受けるので何事も精一杯のことをして後は摂理の働き(神の働き)に身を委ねれば良い。そうするしかないのである。 [続きを読む]
  • 真理に目覚める時
  • 一生のどこかで人は真理に目覚める時が来る。霊的自我は表面に出てくる機会を窺っていてその時期は一人ひとり違う。肉体の活動を鎮め精神活動も鎮めて日頃の雑事から自分を疎開させると自然に霊的意識が表に出てくる。何一つ形式的なものは必要としない。形式や儀式は地上の人間が考えたものである。 [続きを読む]
  • 境界線を越えて
  • 心を静かにすると物質と時間の影響を受けない世界が存在することがわかる。人間はその境界線を行ったり来たりしている。境界線を越えればそこは平穏な世界、戻ると騒がしい物質の世界。両方の世界は背中合わせになっていて人は両界を行ったり来たりしているが殆どの者は気が付かない。人はやがては物質界での勤めが終わり平穏の世界に戻っていく。地上は故郷ではなく一時の生活の場、本当の故郷は平穏の世界、すなわち霊界にあ [続きを読む]
  • 井の中の蛙大海を知らず
  • 肉体に宿り物質世界という環境で生活するとどうしても意識がその中に限定される。見えないところでは大きな霊としての意識が働いているがそれは自覚されることはない。為に物質界で体験する事が限定された意識で捉えるとことさら重大な事として捉えられる。一人一人の人間は霊界という大きなものに包まれているがそれがわからない。自分の姿がわからない。「井の中の蛙大海を知らず」なのである。 [続きを読む]
  • 真理は静かに浸透していく
  • 真理の普及においては社会の中で目立たないほうが良い。目立つと必ず反対勢力が抵抗して来てそういう者との対応に追われることになる。無駄な労力を使う事のないようにしなければならない。真理の一片を聞いた者はその時に受け入れられなくても必ずいつかはその事を実際に思い知るようになる。その時にあなたの渡した真理の一かけらが生きてくる。心のどこかに残っているからである。真理とはそういうものであり、その人にとっ [続きを読む]