縄文人 さん プロフィール

  •  
縄文人さん: 日本人と縄文体質
ハンドル名縄文人 さん
ブログタイトル日本人と縄文体質
ブログURLhttp://blog.livedoor.jp/gensenkeijiban-joumon/
サイト紹介文縄文時代にまで遡り、日本人の特性分析・追及し、現代の日本人のあり方をさぐっています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供232回 / 365日(平均4.4回/週) - 参加 2012/09/07 23:10

縄文人 さんのブログ記事

  • 日本語は、感受性と理解力と創造性を育てる言語
  • 日本語は、感受性と理解力と創造性を育てる言語として、将来の世界共通語になる可能性があるという。どうしてそう言えるのだろうか?リンクからの引用です。__________________________________日本語という言語には、他の言語には見られない特徴があります。 第一は、外界を人間化してとらえる母音言語という特徴です。日本語では、自然の音を左脳の言語脳で把握します。「雨がザーザー降って [続きを読む]
  • ち のはなし   血液型と食の歴史①
  • つれづればなリンクより転載します。-------------------------------------------血は体内を流れ、酸素と栄養素を体のすみずみまで運び、その帰り道に老廃物を拾って捨てる。生体が命を閉じるまで昼夜を問わずこれを繰りかえす。血流が鈍ると冷えや凝りがおこり、汚れが溜まって生体は力を失う。また、血の通り道たる血管が狭まるか詰まるかするとその先は補給を絶たれた戦場のようになる。血は流れているからこそ意味がある。た [続きを読む]
  • ち のはなし   血液型と食の歴史②
  • つれづればなリンクより転載します。-------------------------------------------日本人の祖上の説を日本古代史と重ね、やまとことばを手灯りにつらつらと考えてみた。筆者の推測も含まれているため一つの読み物として楽しんでいただければ幸いである。氷河期、凍てつく海の水位は低かった。大陸と列島は陸続き同然か、小舟を使い島伝いに自由に行き来ができた。この頃に大陸から牧畜を経験せずに東進し日本南西部に到達したのが [続きを読む]
  • ち のはなし   血液型と食の歴史③
  • つれづればなリンクより転載します。--------------------------------------A型の現代人が渡来系である、ましてやO型の現代人がすべて土蜘蛛の子孫であるなどという話は論外である。今の我々の血液型は先祖の血を確かに反映してはいるが、その先祖とは単一系統ではありえないのである。例えば大陸からの渡来人はヤマトの地で権力者となると縄文系の豪族の娘たちを次々に妃に迎え、その子孫たちはみな朝廷貴族となった。これは何代 [続きを読む]
  • 漆と縄文文化③
  • 大和心を語るねずさんのひとりごと より続き以下引用ですリンク中略さらに続けます。おもしろいことに、河姆渡(かぼと)遺跡をはじめとする、支那の揚子江一帯にある水稲栽培や漆の遺跡ですが、ここでも、初期の頃の遺跡群からは、対人用の武器が発見されていない。さらに住居は、農作物を守るための高床式住居であり、このあたりも7000年前頃の日本の縄文遺跡群と酷似しています。つまり、日本の縄文文化が、揚子江流域にまで [続きを読む]
  • 世界に通用した江戸時代の日本人
  • リンク世界に通用した江戸時代の日本人現代と江戸時代の日本人を比べて、どちらが世界に通用する国際人が多かったか。私は無条件に江戸時代だったと思う。この場合、国際人というのは、国外で外国語を使ってあるいは専門家として仕事ができるという意味ではない。たとえ言葉が下手でも、宗教や文化の異なった国、異なる文明圏においても「人物」として敬意を払われるだけの人格や見識を有しているということだ。江戸時代では、地方 [続きを読む]
  • 漆と縄文文化②
  • 大和心を語るねずさんのひとりごとより以下続き引用です リンク朝鮮戦争が起きました。韓国の初代大統領の李承晩は、北朝鮮軍に追われて、朝鮮半島中部のソウルから、なんと朝鮮半島南端の釜山まで逃げてきます。その逃げる過程で、彼は、同国人(韓国の普通の庶民)がみんな北朝鮮のスパイに見えた。だから彼は逃げる過程で、武器を持たない何万人もの韓国人を、一方的に虐殺しています。その関係で、戦後間もなく起こった朝鮮戦 [続きを読む]
  • 漆と縄文文化①
  • 漆の木は日本固有種で約1万2600年前の縄文時代草創期からあった。その後、日本の漆文化は東南アジアの連携で培われ、ヨーロッパにも輸出されていた。まさに縄文の奇跡。大和心を語るねずさんのひとりごとより以下引用です リンク2011年10月13日に、福井県若狭町の鳥浜貝塚から昭和59(1984)年に出土していた漆のの木の枝が、約1万2600年前の縄文時代草創期のものであることが、東北大の鈴木三男教授(植物学) [続きを読む]
  • 『 日本語 』と言う優れた『 高度技術や理論を発達させる言語 』
  • 日本語を日常的に使っていると気づかないが、海外の人から見れば非常に不思議な面がある。「3月1日は日曜日で祝日、晴れの日でした」おそらく日本語を使う皆さんほとんど読めたと思いますが実はこの文、海外の日本語学校では超難問です。気づかれましたか?「日」の字の読み方全部違うのです。また日本語は対象が生命(動くもの?)であるかどうかも使い分ける。日本語:虫がいる。(動くものをいる)    花瓶がある(動かない [続きを読む]
  • 八百万の神の形成時期
  • 農耕文化がおこりやがて都市文明へと進化するという人間の歴史における普遍的な価値をもって周辺地域へと拡大していく凹型文化によって形成された文明の時代に、日本列島では、その影響をうけることなく、堂々と独自の文化がつくられていくことに着目するのです。その「ただならぬ発達」にこそ、外からの文化を受容するすさまじさがあると、とらえています。それが「凹型文化」のエネルギーと彼はとらえようとし、その核心に、後の [続きを読む]
  • 凹型文化と凸型文化
  • 哲学者上山春平さんは「神道とよばれる自然宗教」という原始信仰(もしくは固有信仰)が、弥生文化以降の農耕文化にはじまるというこれまでの通念に反して、縄文時代にまでさかのぼることができないかという問題を提起しました。今日まで伝承されている自然宗教は、もともと狩猟採集文化に生まれて、弥生時代の農耕文化に適応するように変形されたものではないかと想定しました。〜・中略・〜上山さんによりますと「凹型文化」とは [続きを読む]
  • 「頭(言葉)では分からないが、なんとなく体がわかる」ということの重要性
  • 「頭(言葉)では分からないが、なんとなく体がわかる」この感覚に長けていたのが日本人のようです。「背中で語る」「芸は盗め」などなど、言葉化することなく様々なことが「体」で知ることで継承されてきたことが、これまでの日本を支えてきたように思います。□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□リンク○言葉にならないものを伝えるには:身体知身体知には、「身体を知ること」と「身体が知ること [続きを読む]
  • 日本が一神教に侵食されない意味
  • 古来より自然を敬い、独自の発展を遂げた日本人に一神教は好まれない。リンク宗教学者の島田裕巳氏は、「キリスト教が日本で広まらなかった理由」というウェッブ上の論文で「世界の国々のなかで、これほど一神教を信じる人間が少ない国はほかにない。日本は一神教が浸透しなかった最大の国なのである」と語り、「日本は一度も一神教に席捲されなかった国として、これからも独自の宗教世界を維持し続けていくことになるのかもしれな [続きを読む]
  • 基層文化としての縄文文化
  • ブナ帯に生きた人々の世界観−1(リンク)より引用します。私は日本の基層文化を縄文文化に置き、弥生以後の日本文化も又この基層文化である縄文文化に大きな影響を受けたが、この日本の縄文文化は日本の周辺、特に東北日本の文化に、なかんずくアイヌ文化に残っているという見解を数年前から持ち始めました。(〜・中略・〜)■アイヌ文化、日本文化、琉球文化の同祖性について今までの殆どすべての日本論は、意識的或いは無意識 [続きを読む]
  • 倭食と和食
  • 縄文時代からの「粉食」を倭食、弥生時代に伝わったコメを炊いた「粒食」を和食と考えると、日本食の歴史やあり様が見えてくる。日本食は、倭食から和へと移ったものではなく、むしろ両者が絡み合って発達させていったものであるようだ。以下、倭食と和食 日本食文化の2つの層(リンク)より転載します。 ==========================================================青谷上寺地(あおやかみじち)遺跡は鳥取市にある弥生時代の [続きを読む]
  • 今もアジア各国に響く日本語の歌。世界で愛される日本の先人たち
  • 私たちに伝わって来る「アジアの人から見た日本人」のイメージというと、どうしても韓国や中国目線ものが多くネガティブなイメージがつきまとうもの。しかし、日本人を愛する他国の方々は想像以上に数多く存在しているようです。今回の無料メルマガ『致知出版社の「人間力メルマガ」』では、長年アジアを訪れている池間哲郎さんと井上和彦さんの対談を通して、世界で日本の先人たちが愛され続けている証拠とも言えるエピソードが紹 [続きを読む]
  • 「共認の国 日本」  1/3
  • 「和の国 日本」=「共認の国 日本」を感じさせてくれます。・・・・・・・・・・・・・小さな島国・ニッポンから、多数の「世界一」が誕生する歴史的背景 リンク より●「和の国」日本の世界一〜田中英道『日本史の中の世界一』から日本列島は世界の陸地面積のわずか0.2%、それもユーラシア大陸の片隅だ。そこに住んでいる日本人は世界人口の約1.7%に過ぎない。それなのに、なぜこんなに世界一が沢山あるのか。これが『日本 [続きを読む]
  • 「共認の国 日本」  2/3
  • 「和の国 日本」=「共認の国 日本」を感じさせてくれます。・・・・・・・・・・・・・小さな島国・ニッポンから、多数の「世界一」が誕生する歴史的背景 リンク より●延べ260万余人が参加した奈良の大仏建立国民参加という点では、天平勝宝4(752)年に完成した世界最大のブロンズ像・奈良の大仏も同様である。大仏建立を志された聖武天皇は詔(みことのり)を出されて、「生きとし生けるものがことごとく栄えることを望む [続きを読む]