近代科学研究会 さん プロフィール

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近代科学研究会さん: 近代科学を切開する
ハンドル名近代科学研究会 さん
ブログタイトル近代科学を切開する
ブログURLhttp://gensenkeijiban.blog.shinobi.jp/
サイト紹介文近代科学は本当に信用できるもの?分析・追及しています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供182回 / 365日(平均3.5回/週) - 参加 2012/09/08 00:06

近代科学研究会 さんのブログ記事

  • あるいは、好機では
  • 長谷川様へ ご投稿を読んで、中村桂子氏の「生命科学と人間」の一節を思い出しました。以下、その一部の引用です。 「『科学と人間』といいますと、二つの反応が見られます。一つは疑い、時には嫌悪です。科学は分析的、還元的である。人間は有機的、総合的な存在として見なければ何も分からないものであり、科学的に人間を見ていくことは、いわゆる人間の尊厳をおかす行為であるという受けとめかたです。(中略) もう一つ [続きを読む]
  • 価値判断の転換(1)>藤岡さん
  • こんにちは、藤岡さん。>私たちとしては、やはり「現在の科学でたとえ安全といわれても、50年後100年後にどうなるかまでは保障できないような技術はよくないんじゃないかな」という、なんというか、動物としての直感みたいなものを、いかに価値軸にまで高めていくか(つまり観念化する)、そういうところに努力するのが近道なんじゃないかな〜、と私は自信なげに思います。確かに、価値判断を転換する必要があると思います。 [続きを読む]
  • 遺伝子組み替え食品の問題性 2
  • そこで、元の問題に戻りますが、『生きていない状態』はただの物質で、食品の場合はその直接的毒性が主な問題になるはずです。この問題は、物質の毒性と言う意味で化学物質(農薬など)という次元の問題として考えられるのではないかと思います。この判定は比較的容易で新薬開発のような基準で審査すれば大きく問題は出ないのではないかと思いますが、審査期間の延長により市場の優位性が落ちるという、お決まりの市場問題で制 [続きを読む]
  • 原爆をつくった星少年たち 2・・「科学者独自の倫理」
  • この価値判断は原爆をつくった科学者達にも当てはまります。原爆開発とはどのような分野の科学からなるのでしょうか。それは、原子核.宇宙線.星に進化.宇宙での元素起源などX線天文学やビックバン宇宙論と深く関連する分野です、原爆で起きる現象は宇宙で起きる現象の再現なのです、それを地上で実験.観察する科学が、巨大な素粒子加速器を利用する、高エネルギー物理学といわれる分野です。マンハッタン計画では、当時ア [続きを読む]
  • 原爆をつくった星少年たち 1・・「科学者独自の倫理」
  • 丸山ワクチン問題の分析から、専門家集団独自の行動規範は、普通に考えれば社会の期待に反し罪悪感を感じて然るべきものでも、それを捨象してしまうだけの強力な幻想観念の共認が集団内に成立しているのではないか?また、専門家集団の自己完結性とはそのような排他的で自己讃美性の強い「聖職者意識」に近い幻想観念共認が作り出しているのではないか?という仮説を立てました。今回は、科学者について同様の分析をしてみたいと [続きを読む]
  • 要素還元的科学信仰からの脱却 2・・「科学と医学」
  • ここで、近代医学側の攻撃要旨をまとめてみると、根拠に基づく医療(Evidence-Based Medicine;EBM)以外はえせ医療であり、ホメオパシー医学は治癒のメカニズムが解らないのでえせ医学である。また、その行為の結果治癒してるかどうかすら疑わしい、というところでしょう。日本でも丸山ワクチンが医師会の手によって同様の攻撃を受けました。癌にかかった身内に何とか投与したいと思うと、治験薬であるため、きわめて複雑なルート [続きを読む]
  • 要素還元的科学信仰からの脱却 1・・「科学と医学」
  • 藤岡さん吉国さんこんにちは。近代科学や近代医学が専門化集団の自己完結世界の中でゆがめられてしまっている点の問題を共有できて嬉しいです。>医学的あるいは科学的根拠が大事。根拠のないことはすべてえせ、嘘偽り。 「いまのところは根拠はないけれど、患者の治癒例がある」という「グレーゾーン」の事例はたくさんあると思うのですが、医師はそれに「手を貸」してはいけないらしい。4977藤岡さん>科学的とは人間に対しての [続きを読む]
  • 不変の真理としての数学2>石野さん
  • では、なぜ絶対価値としての『真理』が必要だったのかが、次の疑問です。まず、現実場面での充足が確かであれば、あえて『真理』などということを考えなくてもすみます。当然、何らかの不全があったはずです。かれらは私権闘争の勝者であり、物的な充足は十分だったはずです。しかし、共認充足と言う面では、闘争でばらばらになった私権主体でしかなく、常に相手を警戒するしかない心理状況だったでしょう。そういう私権主体を統合 [続きを読む]
  • 不変の真理としての数学1>石野さん
  • 近代科学につながる思考法の原点として、ギリシャ哲学(あえて科学と呼んでいません)とその中心をなす数学について議論してきましたが、現代的感覚からすると思想の中心になぜ『数学』か?と言うことが未だにすっきりしません。(この点については石野さんも同様の問題意識をお持ちと思いますが)この辺から掘り下げてみようと思います。現代に言う数学の起源はギリシャ以前にさかのぼり、メソポタミヤにはじまる算術(数を数えて [続きを読む]
  • 自然観と科学の役割
  • 吉国さん、数学の前にもう少し、自然観について。ギリシャにおいては、貴族・平民・奴隷という身分制度が確立している。制覇力は武力であるが、武力権力の共認とともに、その権力を正当化するための無数の表層観念とその共認によって社会は統合されている。古代のギリシャ哲学の自然観は、コスモスに意味されるように、人間をその中に含む秩序を持った全体としている。規則性を欠くカオス的な変化も、永遠に変化しない秩序の中にと [続きを読む]
  • もう少し、突っ込んで考えてみると>知の解体過程
  • 竹村さん、こんばんは。問題提起3の考察ですね。>>3.現在、科学(科学技術)の問題性が叫ばれているが、その根本原因は何なのか。果たして、キリスト教にあるのか。あるいは、パラダイム論的な専門集団性にあるのか。あるいは他に原因はないのか。<<(4416) > 根本原因についてはどこまで遡るかで見解が分かれそうですが、私としては「市場社会の拡大による村落共同体の解体・都市化 → 社会における専門分化・核家族 [続きを読む]
  • ギリシャ科学、その2
  • 4517に引き続きギリシャ科学についてです。ギリシャ科学の特徴を前回述べましたが、それでは、ギリシャの科学の誕生は、その引き金はどこにあったかかという問題です。具体的には、紀元前6世紀から登場した万物の根源についての思弁。タレスの「水」、ヘラクレイトスの「水」、ピタゴラスの「数」、デモクリトスの「原子」etc。これらの自然学は、自然の秩序、その統一性と合理性を追及して、宇宙の構成要素は何か、万物の根源は何かという [続きを読む]
  • ギリシャ科学、その1
  • 本田さん、早速の考察ありがとうございます。 >>1.近代科学は、なぜ他の宗教ではなくキリスト教から生まれたのか。キリスト教の影響のない地域での科学はどうなっているのか。逆にギリシャ哲学(科学)との関連はどうなっているのか。<<(msg4416) >ギリシャ哲学とキリスト教と近代科学の関係について考えてみたいと思います。< >近代科学に及ぼしたキリスト教とギリシャ哲学の影響の共通点を考えると、両者ともまず先に『 [続きを読む]
  • 科学者の自己完結性について
  • 『科学的世界認識と日常のずれ』を読ましていただき、科学者の自己完結性の問題については共鳴するところがあります。しかしながら、以下の点については少々異論がありますので内容を展開してみたいと思います。>実現論と比較して考えてみると、実現論が現実社会での不全感や問題点を出発点にしているのに対し、科学はある専門家の興味・問題意識などから出発するという相違点があげられます。(引用4310 より) 科学者の研究対象 [続きを読む]
  • 懐疑と実証
  • 蘆原さんのいうように、現在、「科学」はそれだけで肯定的に捉えられています。「非科学的」という形容が意味するものと比較するとより明瞭である。この肯定性は何によって支持されているのでしょうか。例えば、ニュートン力学は、物質の世界を質点に還元し、その振る舞いを運動法則で決定づけることで、生起する現象を網羅的に把握できます。高い精度で応用を可能にする「確実性」や「有効性」でしょうか。文化や時代を超えた [続きを読む]
  • 実証主義を超えて2
  • まず、科学的(近代科学という範疇で)であることは、観察や実験に基づく自然科学の方法により対象を記述すること(=実証主義)であるということですが、実証主義自体の妥当性が議論されることなく、無批判に(近代)科学は実証主義的方法によっており、よってそれが正しい(問題解決には最良のと言う意味で)方法であると言うことにはつながりません。そこで、実証主義の諸学における現在的位置付けを見てみると、現代の自然 [続きを読む]
  • 近代科学におけるキリスト教の影響1>本田さん
  • レスありがとうございます。現在に至る科学史について分かりやすくまとめていただき、ありがとうございます。ギリシャ哲学 → 近代科学の黎明期 → 市場との関わりの中での科学の問題、それぞれについて考えるところがありました。補足したい問題点があるのですが、それは近代の自然観におけるキリスト教の影響についてです。旧約聖書の創世記には、こんな意味のことが書かれているそうです(*要約です)。>第一日目、 [続きを読む]
  • 近代科学について
  • はじめて投稿させていただきます。3986 『近代科学と知の体系、再考』の問題意識に基本的に賛同いたします 。だた、多少意図が不鮮明に感じた部分があリますので、その点について少し考えてみました。>現在(近代以来)のパラダイムの上で「科学的である」ということは、大きな偏りを含んでいると思っています。誤解されると困るのでお断りしておきますが、近代科学の成果を全面的に否定するわけではありません。重要な部分を切 [続きを読む]
  • 客観世界と「科学」
  • 「科学」を巡るやり取りは、形而上学的な色彩を帯びながら、パラダイム論まで拡大しそうな雰囲気ですね。ところで、私の素朴な疑問、飯野さんに確認してみたいのは、科学についての広辞苑の定義を飯野さん自身はどう受け取っているのですか。なぜその事にこだわるかといいますと、広辞苑の定義が余りにも表層的過ぎるからです。しいて言えば、素人の辞書編集者の手になる整理だという事です。それをたたき台に提案するのですか [続きを読む]
  • yamazaki56さんにお応え(1)
  • yamazaki56さんより、私の投稿について言及戴きましたので、お応えしたいと思います。 投稿の趣旨は、実在しない「純」客観的認識などを理想化する必要もなければ、不可避的なジレンマでもなかろうということです。我々の認識が多かれ少なかれ、yamazaki56さんの仰る主観性を帯びたものであることを直視するのも特段、無理難題ではないと思います。 認識の根拠が絶対でないといって、判断や決断を留保し続けることは、生き物 [続きを読む]
  • 『生命と場所』より…生命観
  • 知人に勧められた本=清水博先生が1992に出された『生命と場所』(NTT出版)の序文に、とても共感したので、ご紹介させていただきます。 004Pより >新しい時代はまだ完全にその姿をあらわしていないが、地球規模の大きな変革期の今ほど、変化をリードする哲学や思想が必要とされるときはないであろう。その哲学や思想が、生命、さらにいえば「生きているシステム」の深い把握を基盤にして成立するものであることには疑問の余地が [続きを読む]
  • 事実についての議論
  • 私は科学とは実証主義のみに陥っても危険であるとは思いますが、実証主義は自然科学において極めて重要な態度であると思っています。 以前述べたことの繰り返しになりますが、科学や認識はどこまでいっても漸進的なものであり、その意味でどんな説でも仮説といえてしまうものですが、その根拠の有無や、論理の整合性などによってその「確からしさ」は全く異なります。 そのなかで現代科学がもっとも重要視している根拠として [続きを読む]
  • 実現論への提案
  • はじめて投稿させていただきます。みなさんの議論を興味深く拝見させていただきました。 私は「科学」に非常に関心があり、そこでここの会議室に投稿しようと思ったわけですが、はじめのうちは、「実現論がトンデモであることをどうやって理解させようか」と頭をひねっておりました(失礼!)。しかし、実現論は学者ではない素人が皆でわいわいと作りあげていくものなんだなあ、と思ったとき、「叩き台」としては非常に優れて [続きを読む]
  • 人間が生きている現実に適応するための「知」の体系
  • 理系の専門家に多い、「科学的に検証された事実」のみを絶対視する傾向について、私はこう思います。 「科学的な事実」とは、「いまのところ人間が知り得る限りでは」という限定付きの事実に過ぎません(それを否定するひとつの反証によって覆されます)。科学という方法論も含め、人間の認識にはある意味で本質的に限界はあると思います。  本質的には、「科学的な事実」も「人間の五感で観察されうるものごとの全てを論理整合せ [続きを読む]
  • 問題は仮定条件
  • 分子生物学的な発見によって、生物がミクロな部分で分かってきているのも事実です。それが本当に事実であれば取り入れて整合する論理を組み立てていくスタンスが大事だと思います。 しかし、実験室、飼育室での実験がどのような仮定条件でどのような観察実験がされたのかが重要ではないでしょうか。その仮定条件が現実(実際の自然条件)とかけ離れていれば、とても事実とは認められないということでしょうね。 吉国幹雄 [続きを読む]