マスコミを研究 さん プロフィール

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マスコミを研究さん: マスコミの暴走
ハンドル名マスコミを研究 さん
ブログタイトルマスコミの暴走
ブログURLhttp://gensen7keijiban.blog.fc2.com/
サイト紹介文現代社会の事実はどこにあるのか?マスコミの情報では分からない事実を追求・発信しています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供366回 / 365日(平均7.0回/週) - 参加 2012/09/09 00:57

マスコミを研究 さんのブログ記事

  • テレポリティクスの危険性
  • > そう考えると共認原理へと時代が変わったにも関わらず、ごく一部のマスコミや教育機関によって肝心の社会の共認内容が決まっている事に現在の根本的な閉塞の原因があるのは間違いないでしょう。(『マスコミの第一権力化』59487)指摘されているとおり、特に、政治に関しては、テレビへの露出度で政治家の選挙当落が決まってしまうほど、マスコミによる世論支配は決定的になっている。この傾向は、ここ10年くらいで、ますます強 [続きを読む]
  • マスコミの第一権力化
  • しかし、序列原理の前提にあるのが生存圧力であり、それを克服したことで、漸く統合原理を本能原理から共認原理に進化させる可能性、根本的な共認原理の実現可能性が開けたと言えるのでしょう。(59436石橋さん)生存圧力を克服した事によって社会の統合原理が本能原理から共認原理へと転換したというのは、日本でいえばマスコミが70年代から力を持ち始めた事と非常に重なります。70年以前の日本は土山さん(59310)が仰るように飢え [続きを読む]
  • 自分で考える意味。そしてそれがないテレビの世界。
  •  テレビがすごく見たいと思うことがたまにある。決まって、大学の課題やバイトがとても忙しく、家に帰っては寝るだけという生活を送っているときだ。別に見たい番組が特にあるわけではない。面白いことを期待しているわけでもない。単にボーっとしたいという理由からだ。私にとって、テレビを見るとはボーっとすることの象徴である。それほど、テレビを見るには頭を使っていないと思う。 人間は日常生活において、基本的にいつも [続きを読む]
  • テレビゲームが面白くない理由
  • テレビが面白くない理由を、テレビゲームが面白くなくなった理由から考えて見ます。かつてテレビゲームは、一時の「ファミコン」の人気に代表されるように、娯楽の王者でした。しかし、技術の進歩によって、遥かに美しい画像や、遥かに複雑な内容を表現できるようになったにも関わらず、テレビゲームの人気は落ち込んでいるようです。かつてのテレビゲームは、拙い画像で単純な内容でありながらも、その世界の中で自由に行動し、能 [続きを読む]
  • 妄想の城を壊して
  • 私は最近テレビを見なくなった。私の知人もテレビを見る機会が極端に少なくなったという。これは単に見る暇がなくなったという理由ではない。見たい(面白いと感じる)テレビがないからである。私権時代に人々が求めたものは、辛い現実世界からの逃避、つまりは虚構の世界である。そんな時代に繁栄したテレビとはつまり、現実とかけ離れた虚構の世界である。虚構の世界は、人々の心の中に妄想の城を建てる。そして人々は妄想の城に [続きを読む]
  • 報道の自由,知る権利
  • 国民の知る権利に応えるために,報道機関には,表現・報道の自由が保障されなければならない,という.私達は,国民である前に人間だ. いつのまにか,国という制度下の国民として,知る権利が与えられ,報道機関はそれをたてに,特に知りたくもない報道,番組を垂れ流しているし,無駄が多すぎる.ワイドショーなんてその典型だ. (タマちゃんを知る権利,とか,他人の不倫を知る権利っていうのがあるのか?そんなものを報道する [続きを読む]
  • サークルの引力と交流会の引力
  • たしかに、自分達で交流会を作っていく方が面白い。この引力はいったい何故なのか?他方では、大学でも地域でも、古いスタイルのサークルの引力は衰弱し続けている。サークルは「よかったら」いっしょにやりませんか?という誘い方になる。好き嫌いに左右されていて、結局自分(自分たち)の楽しみでしかない(自己満足でしかない)。つまり、サークルにはみんな期待がない。自分達だけの楽しみの場なので閉鎖的になるし、みんな期待 [続きを読む]
  • みんな期待に応える場では、全員が供給者=需要者
  • 共認域の形成において、供給者の登場がそのカギになることは、私も全くその通りだと思います。しかし同時に過去の宗教や芸能と、現在のみんな期待に応える共認域の形成の戦いとの違いも意識しておく必要があるように思います。古代宗教や近代思想は、私権の絶対性に対する「実現不可能視」→「頭の中だけの代償充足の必要性」という人々の潜在期待を受けて、供給者=教祖や思想家が登場し、彼らとその弟子達が布教していく、という [続きを読む]
  • 市場社会に組み込まれた装置=テレビの不全
  • 民放テレビ局の視聴者は,消費者になることを,期待されているのではないか?民放は,企業の広告宣伝費が主な収入源である.企業は,広告宣伝費というコストを支払い,視聴者が消費者として,市場で自社の商品,サービスを購入してもらえることを期待し,実現できれば収益を得る.企業にとっては,何よりも,視聴者から消費者への転換が重要で,最優先される.企業にとってよき視聴者とは,競合他社ではなく,自社の商品,サービス [続きを読む]
  • さようならテレビ君
  • テレビ君へあなたは私の部屋の,隅っこに座っている.玄関のドアを一人であけて,靴を脱ぎ,明かりをつけて,ソファーに体を預けたとき,あなたと目が合い,思わず私は,あなたの目を覚ましてしまう.あなたが目を覚ませば,その瞳には,恋をする男女,歌を歌う若者,遠い国の戦争,幸福そうな家庭,新しいお酒,なんかが,際限なくうつっては消えていく.私の寂しさも,消えていく.あなたとずっと目をあわせていると,私は,腹の [続きを読む]
  • 「テレビは面白くない」に疑問。でも‥‥。
  • >テレビが面白くないとき、それは現実が「生き生き」している証拠ではないかと思う。(51484)これは衝撃だった。私はテレビ全般をを面白くないとは思わずに日々生活している。中には面白くない番組はあるし、これは嘘だろうと疑問に思うことは多々あるが、テレビが私権を追求しているのを承知で見ている。何故なら、常にその情報が真実で客観的なものか疑問を抱く心を持ち、その情報だけを鵜呑みにさえしなければ、1つの情報源とし [続きを読む]
  • テレビに頼るな
  • 私はテレビが面白くないのは、その行為に対して自分の充実感が無いからだと思う。私自身よくテレビを見る。見るというより点ける。朝起きたとき夜家に帰ったとき、電気をつけるようにテレビを点ける。そのため見るというより、映像が目に入ってくるという感覚である。しかしそれは自分で何か見たい番組があってテレビを点けるのではなく、「他にやりたいことが無いからなんとなく」という理由からの行為であるように思われる。私は [続きを読む]
  • テレビというマスメディアの役割
  •  本来、テレビというものは人々に慰めを与えたり、社会的緊張を緩和する機能を果たすものではないだろうか。それが最近の番組といったら、我々に悪影響を及ぼすものが数多くある。  テレビの情報は、客観的・中立的かというと、必ずしもそうではない。表現者は視聴率獲得の為、独自の価値判断というメディアフレームによって、暗に特定の立場を表明し、世論を特定の方向へ誘導する。  また、過剰ともいえる情報提供によって、 [続きを読む]
  • テレビに縛られる子供・・・個人的な体験より・・・
  •  テレビを見ていないと不安になる。なぜ・・・?だって、周囲の話題から取り残されてしまうから。このまま興味のないテレビ番組を見続けなきゃいけないのかな・・・? 子供の頃(小・中学生の頃)、このような思いに駆られた人は、実は意外に多いのではないだろうか?るいネットの投稿をいくつか拝見させていただいたが、その中にも、「子供の頃はテレビを見ることで周囲との一体感や連帯感を保てた」といった意見が見られた。毎日学校 [続きを読む]
  • 現実のある場所
  • 「特に皇太子ご成婚パレードは忘れられないよ。テレビに映し出されたあの華やかな光景には本当に目を奪われた。」私は祖母の言葉を思い出した。彼女は何度テレビの中に憧れを見たことだろう。1953年テレビの本放送開始当時、受像機の価格は高くテレビは高嶺の花であった。また、テレビは生活の中で頻繁に話題の中心となり、テレビから発信される映像を見聞きしているかどうかを試される機会が増えていった。テレビを手に入れる [続きを読む]
  • そもそもテレビは見る必要があるのか
  •  なぜ今テレビは面白くない(見たいと思わない)のかと問われ、まず考え付くことはテレビを見終わった後に自分の中に残るものは皆無であるからという事である。テレビという媒体が私たちに情報を一方的にを発信する中で本当に必要な事などないのではと思うほどである。又、多くの人がテレビは面白くないと思うようになったのは独善的なテレビの作り手(発信者階級)の発信する内容をそのまま受け入れる事自体が苦痛になったからで [続きを読む]
  • テレビ=食品添加物をたっぷりと使った料理
  •  フジテレビ「月9」の視聴率は毎回下がり続けている。昔は、例えば恋愛ドラマなら、「あんな素敵な恋愛をしてみたい」などと思い、そして架空の世界に魅了されていた。しかし、本当は現実の世界のほうがとても魅力的であると気づいた人々がいた。現に私もその一人である。私の大学生活は、とても内容の濃いものであり魅力的である。友人関係にしても、学業にしても、時には辛く、悲しい時もあったが、それを超える喜び、楽しみが [続きを読む]
  • 面白くない報道番組
  • 報道番組の使命とはなにか?速く正しく情報を伝えることだ。しかし速さではネット上のほうがタイムリーで、公正さでは国の許認可事業であるテレビ局にとって、混沌の国際情勢から考えると難しい。すなわち、テレビの報道がもはや影響力を失っているのは自明の理だ。 ではテレビの報道番組の現状を見てみよう。視聴率だけを見ればテレビ朝日系のニュース・ステーションがNHKの番組群に食い込んでいる。あんなにも独善的な報道が [続きを読む]
  • テレビの時代の終焉
  • 確かに子供の頃の記憶を振り返っても、テレビが一番面白かったのは60年代から70年初頭ではないかと思います。爆発的な人気だった「てなもんや三度笠」「ひょっこりひょうたん島」「鉄腕アトム」も何となく夢を感じたし、お笑いにしても毒気が無かったように記憶しています。テレビの本質が代償充足であるとしても、「貧困」という「みんな不全」を脱するためのエネルギーや、未来への夢がテレビの中に感じられたように思います。と [続きを読む]
  • 思い出として語られることを通して
  •  私は小、中学校の頃、アニメ、ドラマやバラエティー番組など本当によくテレビを見ていた。テレビを見ることで友達との会話に入ることができたし、何か不思議な連帯感さえ感じていた気もする。しかし大学に入ってからテレビ番組を見ることは次第に少なくなり、いつしかテレビは映画を見るための道具にしかならなくなっていた。テレビを見ることより外へ出かけ、友達と遊び、いろいろなものを見て回ることのほうが有益に思えたし、 [続きを読む]
  • 今日のテレビの明らかな戸惑い
  •  既に多くの方々が指摘されているように、私も数年前、少年期における成長の中でいつの間にか自然にテレビ離れをしてしまったうちの一人である。 理由は単純で、あらゆる事象を取り上げては必ず「面白おかしく」加工して届けてくれるテレビのご丁寧さに、ウンザリしたからである。家の外の世界で人々との対人関係(互いに送受信し合う「生きた」やりとり)を満喫すれば、帰宅した後にまでわざわざテレビに楽しませてもらいたいな [続きを読む]
  • 大手メディアは今回も・・・
  • もし生きていらっしゃれば、現在イラクのバグダッドにいる日本人のHPにこんなくだりがあります。リンク>あれほど連日アフガニスタン報道一色で、タリバンの非人道的な政策などを喚き立てていた日本のメディアは、その実、この間彼以外誰一人としてタリバンを見もしなかったのだ。>見ていない、事実を確認していないものを批判するのは報道の立場として明確におかしいのではないかと思うのだが、今回のアフガニスタンではタリバン [続きを読む]