きーらくだま さん プロフィール

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きーらくだまさん: でれすけ。
ハンドル名きーらくだま さん
ブログタイトルでれすけ。
ブログURLhttp://yaplog.jp/yagimitinomise/
サイト紹介文古くて新しい街、流山、そこに代々住む立場の毎日、神社の祭、神輿写真など多数。
自由文つくばエクスプレスによる絶賛開発中の古くて新しい街。千葉県流山市、元々の街を流山本町という、そんなところに代々住む立場の毎日。開発に取り残された街、なんて言いますけどね、コミュニティの強さ、田舎町の安心感、歴史財産まで、今の時代に一周遅れでトップになった感じです
やっぱ神社の祭、神輿写真など見てもらいたいですね♪
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供366回 / 365日(平均7.0回/週) - 参加 2012/09/10 16:04

きーらくだま さんのブログ記事

  • 平成29年、加台大宮神社祭礼、宵宮
  • 平成29年、加台大宮神社祭礼宵宮大宮神社は、住宅地内の小高い台地の緑の山林に囲まれた社として知られています。祭神は、天宇受女命・大國主命・玉依姫命・少彦名命・豊受姫命を祀っています。敷地1,300坪の境内には、本殿(瓦葺流造)、幣殿(銅板葺流造)、社務所(鉄板葺)が建ち並びます。境内神社として八幡神社、大杉神社が祀られています。この地方の開発は奈良朝の末期であり延期式所載の神社にも擬せられる古社です。 [続きを読む]
  • 毎年3月9日、貴船神社雨乞祭
  • 五穀豊穣を願って水の恵みを乞う京都市左京区・貴船神社京都の水源地に鎮座する貴船(きふね)神社。水を司る神、高龗神(たかおかみのかみ)を祀っており、歴代天皇が勅使を送り雨乞祈願を行ってきたことでも知られる。毎年3月9日には、古式にのっとった「雨乞祭(あまごいまつり)」が斎行され、往時の様子を偲ぶことができる。「雨乞祭は、元来貴船山の中腹にある雨乞の滝で行われていましたが、ここは現在草木が生い茂り禁足地 [続きを読む]
  • 平成29年2月19日まで、企画展「流山市50年の歩み」
  • 企画展「流山市50年の歩み」〜流山市半世紀の歩みをたどる〜平成29年2月19日(日曜日)まで、博物館では企画展「流山市50年の歩み」を開催中です。昭和42年(1967年)1月、千葉県で20番目の市として誕生した流山市は、今年1月で50周年を迎えました。市制施行時に42,649人だった人口は今や18万人を超え、風景も大きく変貌しています。この企画展では、半世紀に及ぶ流山市の歩みを、豊富な写真と資料で振り返ります。「流山市誕生前 [続きを読む]
  • 平成27年4月26日から、崙書房ブックフェア
  • 平成27年4月26日から万華鏡ギャラリー見世蔵、崙書房ブックフェア平成27年4月26日(日曜)から流山2丁目の万華鏡ギャラリー見世蔵で「崙書房ブックフェア」が始まりました。会場となった万華鏡ギャラリー見世蔵は、江戸から明治期にかけて店舗兼住居として建てられた土蔵を、平成22年から「見世蔵」として公開しています。ギャラリーでは、流山市在住で世界的に活躍している万華鏡作家・中里保子さんをはじめ、多くの作家の方々の [続きを読む]
  • 平成29年、西平井大原神社祭礼
  • 平成29年、西平井大原神社祭礼毎年七月第三週流山市域の西南部よりに位置し、地区の東部が台地で集落が多く、西部が低地で田になり流山の町場と接していた。流山地区の拡大、耕地の宅地化により著しく変貌を遂げている地区である。宅地化された地域は流山および平和台に編入された。話によれば50戸になりそうになると減り、50戸に達することはなったという。地区はさらに台、ニガヤ、南に別れていた。浜あげ吉田屋は西平井の [続きを読む]
  • 平成29年、三輪野山茂呂神社夏祭り
  • 平成29年、三輪野山茂呂神社夏祭り毎年七月第二週常磐自動車道・流山ICを出て5号線を南に向かい約1.5km、三輪野山の信号角にこの神社は鎮座しています。この神社は式内社で以前は三輪神社と呼ばれていたようです。建立された当時は鬱蒼(うっそう)とした森の中にあったと思われる茂呂神社も、今では北と西の二面を車の行き来が激しい広い道路でではさまれた形になっている。延喜式神名帳に下総国「十一座・大一座・小十座」の [続きを読む]
  • 7月の第3月曜日、海の日
  • 7月の第3月曜日、海の日日本の国民の祝日海の日は、1995年(平成7年)に制定され、1996年(平成8年)から施行された日本の国民の祝日の一つである。制定当初は7月20日だった。2003年(平成15年)の祝日法改正(ハッピーマンデー制度)により、7月の第3月曜日となった。国民の祝日に関する法律(祝日法、昭和23年7月20日法律第178号)第2条では、「海の恩恵に感謝するとともに、海洋国日本の繁栄を願う」ことを趣旨としている。国土 [続きを読む]
  • 海の日直前の土・日曜日、真脇キリコ祭
  • 毎年7月、真脇キリコ祭海の日直前の土・日曜日能登町の真脇地区で、毎年7月中旬に、高倉神社の例大祭としてキリコ祭りが行われます。提灯、短冊、花飾り吹き流しなどで飾られた豪華絢爛な8基のキリコが町中を巡行します。縄文時代の遺物や遺構が数多く残る国指定史跡の真脇遺跡で有名なこの町は、通常は静かですが、祭りの時期は活気づき、大変賑わいます。石川県鳳珠郡能登町真脇(旧・鳳至郡能都町真脇)で7月中旬の土、日曜日 [続きを読む]
  • 昭和22年3月21日、平野レミ誕生日
  • 昭和22年3月21日、平野レミ誕生日フランス貴族の血を引く「生きる放送事故」平野レミは、日本の料理愛好家、タレント、シャンソン歌手。戸籍名:和田レミ(わだ レミ、旧姓:平野)。父はフランス文学者の平野威馬雄。夫はイラストレーターの和田誠。長男はTRICERATOPSの和田唱。長男の妻は女優の上野樹里。次男の妻はモデルで食育インストラクターの和田明日香。祖父は日本美術史家で法律家のヘンリイ・パイク・ブイ。東京都生まれ [続きを読む]
  • 平成29年、水神祭
  • 宿赤城神社の神事今年は7月9日、水神祭農耕民族にとって水は最も重要なものの一つであり、水の状況によって収獲が左右されることから、日本においては水神は田の神と結びついた。田の神と結びついた水神は、田のそばや用水路沿いに祀られていることが多い。また、水源地に祀られる水神(水分神(みくまりのかみ))は山の神とも結びついている。農耕以外の日常生活で使用する水については、井戸・水汲み場に水神が祀られる。水神 [続きを読む]
  • 平成29年、根郷浅間神社祭礼、神輿渡御その8
  • 平成29年、根郷浅間神社祭礼神輿渡御その8根郷浅間神社氏子衆根郷神輿会会長、鈴木さん三徳牛乳店前で一回仕切り直して、ここから宮入りまで一気に行く。根郷浅間神社氏子衆、根郷神輿会会長鈴木さんが氏子衆に色々指示して気合を入れる、ここが最大で最高の見せ場、ここからがクライマックスだ。うちら赤城四ツ葉会は山車に付いている連中もいるが、神輿渡御をしっかり執り行うために周りをサポートする。根郷浅間神社氏子衆の [続きを読む]
  • 平成29年、根郷浅間神社祭礼、神輿渡御その7
  • 平成29年、根郷浅間神社祭礼神輿渡御その7高張提灯について江戸初期には武家で使われていた照明用具だが、時代が移るにつれて芝居小屋や遊廓でも利用されるようになり、現代では、通夜、葬式の時などに用いられることが多い。卵形をした大きな提灯で、竿の先に高く吊るし、門前に張り出すように掲げたのでこの名称がある。提灯には、家紋や屋号を入れていた。長い竿を用いて高く吊るし上げた提灯。祭り、あるいは葬儀において用 [続きを読む]
  • 平成29年、根郷浅間神社祭礼、神輿渡御その6
  • 平成29年、根郷浅間神社祭礼神輿渡御その6【近藤勇陣屋跡】(流山市)幕末、幕府軍とともに戦った新選組は、慶応4年(1868年)4月1日夜、総勢200余名で流山に移動した。流山では醸造家長岡屋を本陣として、光明院、流山寺などに分宿していたが、4月3日情報を得た西軍(新政府)の先鋒隊に包囲されてしまう。近藤勇は、大久保大和と名乗り出頭し、幕府公認の治安隊であると主張したが、板橋へ連行されることとなる。その後、 [続きを読む]
  • 平成29年、根郷浅間神社祭礼、神輿渡御その5
  • 平成29年、根郷浅間神社祭礼神輿渡御その5流山街道に出てくる流山街道の命名は山本鉱太郎さん国道に愛称を関宿〜野田〜流山〜松戸(山本鉱太郎さんの文)東葛地名事典に文が残っているので電化する。日本中に国土交通省の国道が507あるが、いずれも番号なのでなかなか馴染めない。1号線は東海道とわかるが、3号線4号線となるともう分からない。3号線は門司・鹿児島間、4号は日本橋・青森間である。そこで千葉県では、県内の主な国 [続きを読む]
  • 平成29年、根郷浅間神社祭礼、神輿渡御その4
  • 平成29年、根郷浅間神社祭礼神輿渡御その4安全協会から山車の上そして岡本さんちの高いところに毎年の恒例神輿が近寄ってくる日本神輿協会(東京都港区南青山/学術文化団体)「神輿」への熱い思いと、既成の概念や枠にとらわれず、自由と創造を尊重する理念は、老若男女を問わず各世代から大きな支持を受け、たくさんの観衆を魅了してきました。神事とは、神に関するまつりごと、儀式。神前での祈りや神に伺いを立てることなどで [続きを読む]
  • 平成29年、根郷浅間神社祭礼、神輿渡御その3
  • 平成29年、根郷浅間神社祭礼神輿渡御その3さて、これから神輿は平和台駅に向かいます、新聞屋の前ですね。宿赤城神社の神輿は戦前の白木の御神輿、根郷浅間神社の神輿は戦後の東京オリンピックの後の時期、日本が経済成長著しい時のもの、加岸大杉神社の神輿はさらに時代は進みバブルに近い時期の巨大なもの、大きすぎて重すぎるからと後から削った、という話もある。シンサコ新聞屋が新聞勧誘のために、弟の同級生が回ってきた [続きを読む]
  • 平成29年、根郷浅間神社祭礼、神輿渡御その2
  • 平成29年、根郷浅間神社祭礼神輿渡御その2豊かな味と香りのマンジョウ本みりんは、原料として厳選されたうるち米、もち米、アルコールを、ゆっくりと時間をかけて熟成させる、昔ながらの醸造方法を採用しています。うるち米は水につけ、蒸し釜で蒸して冷まします。これに種麹を加えて製麹機に入れ、約2日間に渡り、じっくりとねかせます。こうして米麹ができます。もち米は蒸し釜で蒸して冷まします。次に、できあがった蒸しも [続きを読む]
  • 平成29年、根郷浅間神社祭礼、神輿渡御その1
  • 平成29年、根郷浅間神社祭礼神輿渡御その1今日は根郷浅間神社の神輿渡御、いつものように集合して移動する。これが街の成り立ちにも大きく関連している。根郷は街の中心部、商人の街。宿との違いでもある。宿は田畑を耕す農民の街、手を取り合って互いに協力し農作業をして生活する、この団体行動の精神が流山市無形文化財大注連縄奉納行事の大注連縄作りに反映しているとも言える。根郷は商人の街。店舗経営において、よそと全 [続きを読む]
  • 平成29年、根郷浅間神社祭礼、宵宮
  • 平成29年、根郷浅間神社祭礼宵宮、今年は二丁目が年番江戸川に沿って発達した街並みの南部が狭義の意味での流山地区(明治22年制定の旧流山町)で、北半部(江戸川上流部)が根郷地区、そして南部が宿地区である。流山本町という見方をすれば加村河岸と宿の間の中央部に位置する。自然堤防の尾根を表通りとし、両側に町家が建ち並ぶ。江戸時代以降物資の集散地として繁栄する街場である。大正5年の記録によると、根郷と宿を合わせ [続きを読む]
  • 平成29年、加岸大杉神社祭礼、神輿渡御その8
  • 平成29年、加岸大杉神社祭礼神輿渡御その8さて神輿渡御はもうクライマックス、流山本町の中心部広小路三叉路からましやの前を過ぎて行きます。この道は流山の水運時代の表通り、加岸には船着場の河岸があり、これによって流山は発展した。ましやは「安政の大獄」、「横浜港開港」と日本が激動していた幕末・安政6年(1859年)、当地に呉服太物商「増屋」を創業致しました。江戸・明治・大正・昭和・平成と各時代に、流山の近郷近 [続きを読む]
  • 平成29年、加岸大杉神社祭礼、神輿渡御その7
  • 平成29年、加岸大杉神社祭礼神輿渡御その7今年の新年会で、南流山の方向に近い所に引っ越してきた人と会った。正月の時に同じ年齢だったので、4月までに誕生日が来ていなければ同級生ということですね。それから消防分団にも加入しているのだが、とても大切な事だと思う。ベッドタウンにマイホームを買って地域の行事に参加、宿という自治会の一部になって共に生きていこうというのだ。マイホームは安くない。学生時代からの競 [続きを読む]
  • 平成29年、加岸大杉神社祭礼、神輿渡御その6
  • 平成29年、加岸大杉神社祭礼神輿渡御その6神事としてだけではなく毎年神輿渡御を行うというのは災害時の防災対策にも効果はあると思う。日本は自然災害が絶対にある国、地震や津波などの自然災害は、時として、想像を超える力で襲ってきます。俺が生まれ育ってきた中でも大震災と呼ばれるクラスの地震が複数起きている。災害による被害をできるだけ少なくするためには、一人一人が自ら取り組む「自助」、地域や身近にいる人同士 [続きを読む]
  • 平成29年、加岸大杉神社祭礼、神輿渡御その5
  • 平成29年、加岸大杉神社祭礼神輿渡御その5もう一つの諏訪道を進む。第二の諏訪道は小谷商店の蔵との間を通り、県道松戸流山線、流山街道を横断する。すると道はややS字にカーブする。この辺りまでが証文土手の跡。(※このS字カーブの位置にカネキ地所がある)今は住宅街になっているが、この資料の当時は「この細く曲がりくねった林の中の道」と表現されている。加村河岸のあった島は、年に何回かある大水の時には水没する。そ [続きを読む]
  • 平成29年、加岸大杉神社祭礼、神輿渡御その4
  • 平成29年、加岸大杉神社祭礼神輿渡御その4地域の祭りとは日本の政治そのもの、花形は神輿なり山車なり、表に出る人達。しかしオレラの行動は丁目ごとの休憩所の用意や時間配分、安全協会や警察署の交通封鎖などなど色々な人達の行動によって成り立っている。もちろんこの一つには女将さん同士の休憩所の用意もとても大事なもの。それによって地域の関係性も深まっていく。今は神輿を担ぐ現役世代だけれども、将来はウチの親父の [続きを読む]
  • 平成29年、加岸大杉神社祭礼、神輿渡御その3
  • 平成29年、加岸大杉神社祭礼神輿渡御その3流山職人伝、山本文男神仏師、石井光龍平成26年10月23日、旧県道沿い加5丁目にある、流山で唯一の神仏具店の仕事場で、神仏師・石井慶信(※この当時77歳)さんとお会いした。仕事場で、定盤の前に座り「天狗面」と「烏天狗」の修理をしているところだった。頂いた名刺に「神輿・堂宮・仏壇・製造・修理。石井神仏具店。神仏師・石井光龍」とある。慶信さんは5代目・光龍という。ルーツ [続きを読む]