seitaro さん プロフィール

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seitaroさん: 阪急沿線文学散歩
ハンドル名seitaro さん
ブログタイトル阪急沿線文学散歩
ブログURLhttp://nishinomiya.areablog.jp/bungakusanpo
サイト紹介文阪神間にゆかりの小説随筆の舞台を訪ねます。野坂昭如、小松左京、谷崎潤一郎、須賀敦子、宮本輝、小川洋子
自由文火垂るの墓、歌う女、細雪、本に読まれて、にぎやかな天地、ミーナの冒険、涼宮ハルヒの消失
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供281回 / 365日(平均5.4回/週) - 参加 2012/10/10 09:42

seitaro さんのブログ記事

  • 遠藤周作『砂の城』泰子は逆瀬川駅から秘密の場所に向かう
  • 遠藤周作『砂の城』から続けます。甲東園を訪れた主人公泰子は、逆瀬川駅から亡くなった母が初恋の人、恩智勝之に教えられた「秘密の場所」に向かいます。<駅に戻って逆瀬川駅までの切符を買った。時刻は昼近くだった。逆瀬川は終点の宝塚駅から二つ手前の駅で、あの母の手紙では彼女に恩智勝之が「秘密の場所」を教えたところなのである。白い川原の両側に大きな邸宅が並んでいた。間もなくゴルフ場を矢印で示した看板が眼につい [続きを読む]
  • 遠藤周作『砂の城』いよいよ泰子は母の住んだ甲東園へ向かう
  • 遠藤周作『砂の城』から続けます。スチュワーデスの採用試験のため、長崎から東京に出てきた泰子は、帰りに中学・高校時代の友人が住む神戸に立ち寄り、母の初恋の人が住んでいた甲東園の恩智病院に向かいます。 遠藤一家は大連から帰国したとき、一時六甲の叔母の家で暮らしましたので、そのあたりに泰子の友人の住むアパートを設定したようです。<アパートを出て彼女は阪急六甲駅にむかう坂道をおりた。駅の案内看板をみて母の [続きを読む]
  • ビアトリクス・ポターのヒル・トップ・コテージ1階
  • ヒル・トップはビアトリクス・ポターの仕事場として、そして来客に応対する場所、パブリックな場所としても使われていたそうです。 家の外観のみならず、内部も絵本の舞台となっていくつかの作品に登場します。一階で一番目につくオーブンのついた暖炉です。『ひげのサムエルのおはなし(The Tale of Samuel Whiskers)』では、冒頭にその暖炉の前の椅子に座っているタビタおくさんたちが描かれています。このお話で、子猫のトム・ [続きを読む]
  • 夙川から見えた芦屋の花火
  • 昨日は須賀敦子さんの取材に来られていた方々と、カトリック夙川教会の向かいのビルの最上階、フィオーレ ジャルディーノで食事をさせていただきました。 ここからのカトリック教会から六甲山系を望む景色は最高ですが、海の方を見ると、芦屋の花火大会が始まっていました。手振れ写真で申し訳ありませんが、ハート型の花火も綺麗です。カトリック夙川教会はライトアップはしていませんでしたが、綺麗にとれました。 [続きを読む]
  • 女子大生となった泰子が「秘密の場所」を訪ねる(遠藤周作『砂の城』)
  • 遠藤周作の小説『砂の城』では、女子大生となった泰子は、亡くなった母からの手紙を繰り返し読むうち、「秘密の場所」を見たいと思うようになります。<母が娘の頃、好きだった恩智勝之という人に一度、会ってみたいと思った。そしてその勝之と母とが秘密の場所としていた仁川の渓流もいつかこの眼でみたかった。>注目すべきは、これまで「逆瀬川の秘密の場所」と書かれていたのが、ここで突然「仁川の渓流」に表現が変わっている [続きを読む]
  • ビアトリクス・ポターが暮らした家全景
  • 湖水地方にあるビアトリクス・ポターが暮らしたヒル・トップのコテージ全景が、『パイがふたつあったおはなし(The Tale of The Pie and The Patty-Pan)』の表紙の裏側の1枚目の絵に描かれていました。絵の使用はThe Project Gutenberg eBookにより許可されています。(This eBook is for the use of anyone anywhere at no cost and withalmost no restrictions whatsoever. You may copy it, give it away orre-use it unde [続きを読む]
  • 遠藤周作『砂の城』の「秘密の場所」を追って
  • 前回に引き続き、遠藤周作『砂の城』で、亡くなった母が娘の泰子に遺した手紙に登場する「秘密の場所」からです。昭和23年の春になってようやくソビエトの収容所から勝之が甲東園に戻ってきます。<彼が東京に戻る五日前、二人は久しぶりに宝塚に行きました。劇場は進駐軍にとられ、動物園には戦争中と同じように小鳥と猿しかいませんでしたが、植物園は花に埋もれていました。>戦時中は海軍航空隊に接収されていた大劇場ですが、 [続きを読む]
  • 遠藤周作『砂の城』の「秘密の場所」とは逆瀬川上流?
  • 6月に開催された「遠藤周作と西宮の文学」と題した講演会で、講師の方はエッセイ「仁川の村のこと」で書かれた毎日しのびこんだ場所、そして『砂の城』に何度も登場する「秘密の場所」を逆瀬川の上流と紹介されていましたが、「仁川の村のこと」に書かれた場所は、既に何度か記事にさせていただいたように、明らかに小仁川の上流で法華閣の下にあったと思われます。http://nishinomiya.areablog.jp/blog/1000061501/p11627856c.ht [続きを読む]
  • 英国を代表するイングリッシュ・ガーデンで見つけたイモリ
  • 憧れのイングリッシュ・ガーデンを見てみようと、コッツウォルズにあり、20世紀のイギリスを代表する庭園といわれているヒドコート・マナー・ガーデンを訪ねました。 アメリカ人の ローレンス・ジョンストンがイギリスのケンブリッジ大学卒業後に、母が購入したヒドコート・マナーに移り住み、独学で造園を学び、40年の歳月をかけて広さ1万2千坪の庭を、生け垣で区切った25種類の庭園につくりあげたそうです。1948年、ナ [続きを読む]
  • 遠藤周作『砂の城』にも登場する川西航空機宝塚製作所の空襲
  • 遠藤周作『黄色い人』の冒頭は、次のように川西航空機宝塚製作所の爆撃で始まります。<黄昏、B29は紀伊半島を抜けて海に去りました。おそろしいほど静かです。二時間前のあの爆撃がもたらした阿鼻叫喚の地獄絵もまるでうそのように静かです。三時間のあいだ河西工場をなめつくしたどす黒い炎も消えましたが、なにが爆発するのでしょう、にぶい炸裂音がひびのはいった窓にかすかに伝わってきます。>『砂の城』でもその爆撃の模様 [続きを読む]
  • アガサ・レーズンも訪れたチッピング・カムデン
  • コッツウォルズに住む主人公アガサ・レーズンのミステリーはTVドラマかされているようで、You Tubeでも舞台となっているコッツウォルズの風景が楽しめます。第1作目の『アガサ・レーズンの困った料理』では、アガサは自転車を車に積み、コッツウォルズを走りまわり、チッピング・カムデンを訪れます。 チッピング・カムデンはかつて毛織物業で発達しマーケット・タウンとして栄えた町で、歴史的建造物が多く残り昔ながらの美し [続きを読む]
  • 遠藤周作『砂の城』に登場する宝塚の図書館とは?
  • 遠藤周作『砂の城』では、主人公泰子は16歳の誕生日に亡き母からの手紙を父から受け取ります。その手紙からです。<春休みが来ました。母さんはその春休み、宝塚の図書館で本を借り出しては毎日読みふけっていました。食べ物はなくラジオからは荒々しい軍歌が聞え周りのすべてが荒廃してくると、学校でむかし習ったうつくしい詩や小説をもっともっと知りたくなったのです。図書館の周りは桜が満開でした。本を借りだすと、その霞の [続きを読む]
  • アガサ・レーズンも訪れたボートン・オン・ザ・ウォーター
  • 「英国ちいさな村の謎」シリーズの第一作「アガサ・レーズンの困った料理」でコッツウォルズに引っ越してきた主人公アガサはボートン・オン・ザ・ウォーターを訪れます。 ボートン・オン・ザ・ウォーターは、コッツウォルズのベニスと呼ばれるほど水辺が美しく、コッツウォルズ地域の中でも人気が高い街です。 アガサはこんな風に感想を述べています。<ボートン・オン・ザ・ウォーターはまちがいなくコッツウォルズでもっとも美 [続きを読む]
  • 遠藤周作『砂の城』秘密の場所のモデルは?
  • 遠藤周作がエッセイ「仁川の村のこと」で述べているお気に入りの場所の情景が小説『砂の城』にも登場します。その舞台を久しぶりに訪ねてみました。 主人公早楽泰子は、16歳の誕生日に父から、亡くなった母からの手紙を手渡されます。そこには母が16歳になった時の話から始まり、青春の日々が綴られていました。 素子が四歳の時、結核で亡くなった母からの手紙です。<だから、この手紙を母さんが十六歳になった時の話からはじめ [続きを読む]
  • あべのハルカス「北野恒富展」でクラブ化粧品の美人画ポスター
  • あべのハルカス美術館で開催中の「没後70年北野恒富展 なにわの美人図鑑」に行ってきました。  北野恒富は明治末から昭和初期にかけて、個性的な女性像を描いた大阪の日本画家。明治13年金沢に生まれ、明治30年に画家を志して17歳で大阪に移り住み、東京の鏑木清方、京都の上村松園とともに三大美人画家と称され活躍しました。 私が北野恒富に興味を持ったのは谷崎潤一郎との関わりが深かったことからです。恒富は根津清太郎と [続きを読む]
  • 須賀敦子さんが植えたネムノキが夙川の須賀邸で満開です
  • 須賀敦子さんは、お母様の看病に夙川に戻られた当時、実家の庭にネムノキを植えられたそうです。ネムノキは『ヴェネツィアの宿』の「旅のむこう」に書かれているようにお母様が好きな花木でした。http://nishinomiya.areablog.jp/blog/1000061501/p11461487c.html ちょうど今週、須賀邸のネムノキの花が満開を迎えているとのお知らせいただき、見せてもらいに行ってまいりました。2階のベランダから撮影した須賀敦子さんが植えら [続きを読む]
  • 遠藤周作が大好きだった仁川法華閣の渓流
  • 遠藤周作母子が住んだ仁川の家の跡地を訪ねた後、時間もあったことから久しぶりに遠藤周作が毎日しのびこんだという法華閣の渓流が、今どうなっているか行ってみることにしました。『仁川の村のこと』からです。<とりわけ、ぼくが好きだった散歩道はこの仁川のゴルフ場をぬけ、小林村の聖心女子学院の裏山に出て、逆瀬川におりる山径である。>写真は宝塚ゴルフ倶楽部を抜ける道で、今は舗装もされています。<この径はほとんど誰 [続きを読む]
  • 6月29日はビートルズが1966年に初来日した記念日でした
  • テレビで見ていたビートルズの初来日の様子は半世紀前の懐かしい思い出の一つですが、今回初めてビートルズの街リバプールを訪問しました。かつての貨物船の荷下ろし場で世界文化遺産にもなっている港湾地区のアルバート・ドッグ、世界初の完全耐火倉庫で赤煉瓦が目立ちます。函館の赤レンガ倉庫みたいなものでしょうか。その一角にあるビートルズ・ストーリーはビートルズについて紹介する博物館。街を歩くとリバプールがビートル [続きを読む]
  • 遠藤周作 仁川の旧居跡地の今
  • 6月の西宮神社文化講演会で、「遠藤周作と西宮の文学」と題して関西学院大学名誉教授細川正義氏が講演されました。その中で、遠藤周作母子が住んだ仁川の家の場所を地図で示されましたので、その場所を訪ねてみました。 昭和14年に母遠藤郁と周作は夙川から仁川に転居しています。兄正介は昭和12年4月に第一高等学校文科に入学し上京していました。遠藤周作はエッセイ「仁川の村のこと」で次のように述べています。<少年のころ [続きを読む]