Wonder Graphics さん プロフィール

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Wonder Graphicsさん: 70's/80's Monochrome Age and Years of Ektachrome
ハンドル名Wonder Graphics さん
ブログタイトル70's/80's Monochrome Age and Years of Ektachrome
ブログURLhttp://monochromeyears.blog.fc2.com/
サイト紹介文本編ブログ "Monocrome の北海道 1966-1996" そして Ektachromeの頃 の姉妹編にして、その内地版です。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供3回 / 365日(平均0.1回/週) - 参加 2012/11/15 22:55

Wonder Graphics さんのブログ記事

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  • 打保 (高山本線) 1998
  • 打保 (高山本線) 1996 では、散々世話になった打保駅前桜井商店の主を「年季の往った女将」などと書いたけれど、ここでは敬愛を込めて「桜井商店の婆様(ばさま)」と呼ばせていただく。2000年頃と覚えているが、いつものように打保に降り、これもいつものように桜井商店を訪ねると、大きな店舗兼二階屋に一人暮らしの婆様がプリプリと怒っているのだった。曰く「JR東海と云う会社は人を人とも思わぬ不遜の会社だ」と穏やかではない [続きを読む]
  • 堺田 (陸羽東線) 1971
  • 1917年11月1日の全通に先立って鐵道院新庄建設事務所が発表した「陸羽東線建設概要」は、その冒頭で「本線路は宮城山形両県界に於て陸羽両国の分水嶺を突破し西方遠く日本海の要港酒田町に至り東は小牛田町より私設仙北軽便鉄道線路を介して太平洋岸石巻港に達し以て両洋に連絡する奥羽地方に於ける重要なる本州縦貫山脈横断の鉄道なり」と書いている。実際に、東北線に奥羽線と云う奥羽地域の縦貫線が青森まで達した当時、次には [続きを読む]
  • 木曽平沢 (中央本線) 1972
  • この平沢にせよ、奈良井にせよ、中山道の最高所たる鳥居峠を直近に控えた木曾山中とは思えぬ開放感と覚えている。奈良井川の側刻により谷が拡げられ、そこに規模は知れているとは云え市街地の形成されていたからだろう。奈良井は木曾十一宿のひとつに数えられる宿場町以来であり、平沢は古くからの漆器の生産地としての集落であった。ともに中山道が主要交通路だった時代からの建造物を残した佇まいに、当時に電通が国鉄と組んで仕 [続きを読む]
  • 焼石 (高山本線) 1996
  • 律令制に基づく東山道飛騨国の国府と云うから、奈良や平安の時代とあってはとても偲べるような古ではない。事実、それの正確な所在位置も確定出来ぬらしい。とにかくに、それの置かれたことで中央(近江)とを連絡する官道が東山道の方県駅(現在の岐阜市長良)より分岐する支路として開かれ、駅路は方県駅-武義駅-加茂駅-菅田駅-下留駅-上留駅-石浦駅と経て国府に至ったと推定されている。基本的には木曽川から飛騨川の谷を遡る経路な [続きを読む]
  • 谷峨 (御殿場線) 1992
  • 蒸機機関車と云うものは確かに撮り歩いたのだけれど、殊更に思い入れを抱いていた訳では無い。小樽に、そして手稲に暮らした頃、それはあまりに身近な存在で、線路端に立てばD51にC57は必ずやって来たし、時間を選べばC62にも出会え、C56にC12、9600は入換に忙しかった。機関車列車は当たり前で、機関車と云えば蒸機しか居なかったのだから、鉄道趣味とすれば、それは機関車趣味なのだった。興味は、当時に続々と投入されつつあっ [続きを読む]
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