佐々張ケン太 さん プロフィール

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佐々張ケン太さん: 旅行ガイドに載らない街並み散歩
ハンドル名佐々張ケン太 さん
ブログタイトル旅行ガイドに載らない街並み散歩
ブログURLhttp://ameblo.jp/sasabari/
サイト紹介文『る〇ぷ』や『まっ〇る』、『ア〇街』が紹介しない街並み・風景の散策記
自由文行動範囲が首都圏にとどまらないことから、これまでの「アド街が放送しない東京散歩」を改題しました。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供203回 / 365日(平均3.9回/週) - 参加 2012/11/21 17:28

佐々張ケン太 さんのブログ記事

  • 【滋賀県・近江八幡市】湖国めぐりその2・「近江八幡」中編
  • 前回に続いて、近江八幡編。今回はメインの重伝建地区を中心に回ります。 その重伝建地区の中心にあたるのが、こちらの新町通り。正面に見えるのが八幡山です。織田信長が築いた安土城が本能寺の変から間もなく炎上、その3年後に替わって新たにあの八幡山の山頂に築城したのが豊臣秀次、太閤秀吉の甥にあたる人物でした。 秀次というと、後に関白になるも豊臣秀頼が誕生したことで秀吉に邪魔扱され切腹して [続きを読む]
  • 【滋賀県・近江八幡市】湖国めぐりその1・「近江八幡」前篇
  • ふとしたことで2連休を頂き、久々に泊りで遠出しようということで、どこに行こうかと悩んだ末に選んだのが、"湖国"滋賀県。中でも、今回は湖南から湖東と呼ばれるエリアの街を散策しました。タイトなスケジュールで、じっくりとまではいきませんでしたが(苦笑)それでも、近江商人を生んだ古い街並みも見ることができましたし、お馴染みの遊里跡の散策も。しばらくは「湖国めぐり」:と題して取り上げますので、お付き合いの [続きを読む]
  • 【東京都・台東区】戦災のない東京の風景「台東三丁目」・その1
  • 昭和20年3月10日午前零時7分、325機のB-29爆撃機が東京下町一帯を襲撃。その際、高度1600〜2200mから投下されたのが6トンもの高性能焼夷弾で、全体で1783トン。この空襲で一夜にして東京下町一帯が焼失、特に被害がひどかったのが本所、深川、城東、浅草の四区でほぼ全域、さらに下谷、日本橋、向島の各区と続いた。しかし、周囲が空襲で甚大な被害を受けながらも奇跡的に延焼を免れた地域もあった。そのうち、JR御徒町駅の [続きを読む]
  • 【東京都・中央区】銀座”タテモノ”めぐり。(其の豫)
  • 銀座は昼だけでなく、夜の街でもあります。夜ともなれば、バーやクラブのネオンが瞬く大人の街に変貌するわけですが...... もっとも、銀座の高級クラブで豪遊なんて、我々庶民にはとてもとても......( ̄ー ̄;そんな訳ではないんですが、今回の銀座"タテモノ"探訪は我々庶民でも気軽に利用できそうな場所をば取り上げます。しかも、いずれも老舗中の老舗ですぞ。 まず、和光の交差点から新橋の方向に [続きを読む]
  • 【東京都・中央区】銀座”タテモノ”めぐり。(其の参)
  • 其の壱、其の弐に続いて、銀座"タテモノ"探訪。ここまで、銀座に残るレトロ物件を取り上げてきましたが、何もそればかりではございません。銀座には"珍"建築と呼ばれるものも何軒がありまして、今回はその代表物件を取り上げます。 まずはこれ、前回の電通銀座ビルから外堀通りを新橋へ向かって進んだところにあります。静岡新聞・静岡放送東京支社ビル。普通のビルが建ち並ぶ中、ここだけが浮いていますw [続きを読む]
  • 【東京都・中央区】銀座”タテモノ”めぐり。(其の弐)
  • 前回に続いて、銀座の街を散策。 銀座四丁目交差点から南下し、花椿通りへ。花椿といえば...... これですね。"東京、銀座、資生堂"のマークは花椿をモチーフにしたもの。明治5年、福原有信がこの地に「資生堂薬局」を開業したのが始まりで、現在の化粧品業界に手を伸ばしたのは少し後。最初は調剤薬局としてのスタートでした。明治35年には薬局内にソーダファウンテンを導入してソーダ水とアイスクリ [続きを読む]
  • 【東京都・中央区】銀座”タテモノ”めぐり。(其の壱)
  • 云わずと知れた、東京はもとより日本の"商都"である「銀座」。今や世界にも知られるその街、もともとは湿地だったところを江戸時代に埋め立てられ、銀を鋳造する役所が置かれたのが始まり。以来、銀座は日本の商業の中心であり続けますが、昔から変わらない街並みもあれば、最近になって刻々と変わりつつある街並みも。今回は、そんな銀座の街にあるタテモノを探訪します。 *:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆*:..。o○☆゚・:,。*: [続きを読む]
  • 【東京都・足立区】遊郭跡だけでなかった「千住柳町」再訪記・後篇
  • 前篇に引き続いて「千住柳町」再訪編。前回の訪問時に触れた遊郭跡についてもざらっと触れておきましょう。 日光街道「千住宿」の回でも触れましたが、街道筋に点在していた旅籠の飯盛女を一手に引き受けて、「千住柳町」に遊郭を移したのが大正10年。北千住駅の近くに遊郭では体裁が悪いということで、辺境の地に追いやったというのが正確なところですが。しかし、折からの関東大震災で吉原や洲崎が壊滅状態にな [続きを読む]
  • 【東京都・足立区】西新井のランドマーク「西新井大師」
  • さて、西新井の街並みをこれまで書いてきましたが、やはりこれを外してはならないでしょう。 五智山遍照院総持寺。世間では「西新井大師」という通称で知られている、真言宗豊山派の寺院。 開山が天長3年、西暦で言うと826年というから実に1200年もの歴史を誇る古刹。弘法大師こと空海がこの地に立ち寄った際、本尊である観音菩薩の霊託を聞き、本尊の十一面観音を彫り、この寺を建てたのが始ま [続きを読む]