車椅子父ちゃんのポジティブライフ♪ さん プロフィール

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車椅子父ちゃんのポジティブライフ♪さん: ☆車椅子の人生劇場☆〜只今入院中!〜
ハンドル名車椅子父ちゃんのポジティブライフ♪ さん
ブログタイトル☆車椅子の人生劇場☆〜只今入院中!〜
ブログURLhttp://ameblo.jp/wcgame/
サイト紹介文血液の癌が脳内で発症。『僕の闘病記』を病棟から発信し病院での出来事や病気の豆知識等
自由文悪性リンパ腫という血液の癌が脳内で発症して、今は車椅子ですが、歩くことを諦めてません。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供79回 / 365日(平均1.5回/週) - 参加 2012/12/02 23:19

車椅子父ちゃんのポジティブライフ♪ さんのブログ記事

  • 闘病記 59話 -「大人気なくブチ切れる」
  • 2012年 2月戻ってきた病院の病室には僕以外に三人の患者さんがいた。一人は痩せこけてアンガールズの山根(お笑い芸人)にそっくりな30代のおとなしい青年。一人は激しい咳を患った、おとなしいお爺ちゃん。そして、もう一人は杖をついて何度もトイレに行きベットではブツブツと独り言で病院に対してのいちゃもんを言い続けるじいさんだった。そのじいさんは咳をするお爺ちゃんに対しても「ゴホゴホやかましいな、こいつは [続きを読む]
  • 闘病記 58話 -「淋しい」
  • 車椅子父ちゃん闘病記(改正版)の目次はコチラから 2012年2月半月ほどの入院で肺炎は完治し、元の病院へ戻った。 ところが、戻った先は先日までいた4階病棟ではなく5階病棟だった。看護師やスタッフが知らない人ばかりで、他の病院に来たような感じだ(汗)階が違うだけで、こんなにも雰囲気が違うものかと思うぐらい違和感があった。幸い、1人だけ以前から知っている看護師がいたので少しは安心できた。5年も慣れ親 [続きを読む]
  • 闘病記 57話(後編) -「白血病」
  • 2012年2月手術後一週間たって、少しだけ病院の中を車椅子で散歩した。実はこの病院、12〜13年前に(1999年頃)いとこ(当時18歳の女の子)が、僕の目の前で亡くなった病院だったのです。-------------------------------------12〜13年前彼女(いとこ)は白血病だった。最近は状態はいいと聞いていたけど、彼女が危険な状態になったと聞き、仕事を済ませ病院に駆けつけて、聞こえているのかもわからない彼女の耳元で何度も励ましの言 [続きを読む]
  • 闘病記 57話(前編) -「麻酔」
  • 車椅子父ちゃん闘病記(改正版)の目次はコチラから 2012年 1〜2月肺に溜まった痰を取り除く手術が始まり、僕は麻酔で眠りに就いた。 麻酔から覚めたら手術は終わっていた。鼻から大きな器具が入れられていて、それにより痰を出しやすくしているそうだ。こんな大きな器具をどうやって小さい鼻の穴から入れたのか、かなりうっとうしく感じた。麻酔で眠っている時に、相当無理やりねじ込まれたのだろう。この世に麻 [続きを読む]
  • 闘病記 56話 -「ナースとの戦い」
  • 車椅子父ちゃん闘病記(改正版)の目次はコチラから 2012年 1月幻覚を見るほどの体の異常は急性肺炎だった。入院している病院では対処できないので、救急車で他の救急病院へ運ばれた。40度前後の高熱が続き、頭がもうろうとしていた。応急処置では、医師が肺の中をカメラで見ながら管で吸引したりして、メチャメチャ苦しかった。そして夜になると若い看護婦が痛くて嫌がる僕の体を4人がかりで押さえつけ、チューブ [続きを読む]
  • 闘病記 53話-2(追記) -「喉の穴」
  • (53話と54話の間に書き忘れていた    出来事を想い出しました。。。) 2011年5月頃痰のカニューレを外したあと、喉に開けた穴が自然に塞がるはずだったんだけど、なかなか塞がる気配がないので耳鼻咽喉科で有名な病院で喉の穴を塞ぐ手術をした。手術は、綺麗なやり手の女医さんが担当していて、手術スタッフと共に会話をしながら和気藹々とした雰囲気だった。局部麻酔ということもあり、手術中最後まで自分も [続きを読む]
  • 闘病記 55話 -「幻覚」
  • 車椅子父ちゃん闘病記(改正版)の目次はコチラから 2012年 1月2011年から2012年の年越しも病院で過ごした。これで、7年連続病院で年末年始を迎えたことになる。毎年、今年こそは退院と意気込んでいるのだが回復のスピードはのんびりしている。1月中旬、正月ぼけが収まってきた頃体調に異変が起きていた。微熱が続き痰が多く、酸素濃度も十分ではなかった。その状態から2〜3日して突然体中の筋肉がキュ [続きを読む]
  • 闘病記 54話 -「個室」
  • 車椅子父ちゃん闘病記(改正版)の目次はコチラから 2011年 7月 病院側の都合で1日5000円の個室に移動した。 もちろん向うの都合なので料金はかかりません。部屋はトイレ・洗面・風呂付きでソファーや絵画などもあり、ちょっとしたシティホテルのようだった。 正直、一人でいるのは寂しかったが面会者は喜んだ。 特に子供たちはユニットバスなどに隠れて大いにはしゃいでいた。壁 [続きを読む]
  • 闘病記 53話 -「仕事〜大震災」
  • 2010年 10月 入院中でありながらインターネットでネットビジネを始めるようになる。 どうして始めたかというと、インターネットで目的を持った仲間と一緒に取り組んでゆくビジネスなので入院中でも孤独感がなく楽しく展開していけたから。 体調の方は1ヶ月に1回位のペースで40度前後の熱が出る発作が1年以上続いた。 それ以外は毎日ネットビジネスに没頭していましいた。 そして翌年、あ [続きを読む]
  • 闘病記 52話 -「今度は火葬場」
  • 闘病記(改正版)の目次はコチラから車椅子父ちゃん 2010年 9月祖母が亡くなった。 92歳でした。 とても優しい祖母でした。 僕は亡くなった祖母へ手紙を書いた。僕の指先は麻痺の影響で不自由で字をまともに書くことができない。 何度も練習して、まあまあ見れる程度に書けたと思う。 葬儀には行けなかったが、病院の許可をもらい、友人の運転で火葬場にかけつけた。そして火葬直前 [続きを読む]
  • 闘病記 51話 -「初めての外出」
  • 久々に40度超の発熱で一週間何もできなかった(+o+) 闘病記(改正版)の目次はコチラから 2010年 9月 運動会シーズン、我が家の長男 長女も小学校の運動会ということで病院の許可を得て外出して観に行くことになった。本格的な外出はこれが初めてだ。外出に至ったったのにはいくつか理由があった。①この時期は気候がいいし、 体調も上々だった事 ②6年生の長男が小学校最後の 運動会なの [続きを読む]
  • 闘病記 50話 -「社会復帰の芽」
  • 車椅子父ちゃん闘病記(改正版)の目次はコチラから 2010年 9月口から食事をとる練習はしばらくお預けとなって、パソコンに触れる時間が長くなった。インターネットで経済のサイトをみたり、ポイントが貯まるサイトに登録したり、株の取引をやったりしていたら、ネットビジネスに興味を持ち始めいろいろ調べ始めた。身体が不自由でもインターネットなら何らかの仕事ができるのではないかと思ったのだ。そしていくつ [続きを読む]
  • 闘病記 49話 -「口から火」
  • 車椅子父ちゃん闘病記(改正版)の目次はコチラから 2010年 8月 寒がりの僕にとっては大好きな夏ということもあり、体調はよかった。 昼だけ口から食べていた食事も少しづつ慣れてきていた。病院の食事なので味は当然薄いのだけど物足りないので、何かご飯にかけて食べようと 当時流行っていて気になっていたあるものをネット通販で購入した。 もともと、ピリ辛が好物だったので絶対にこ [続きを読む]
  • 闘病記 48話 -「インターネット」
  • 車椅子父ちゃん闘病記(改正版)の目次はコチラから 2010年 6月 サッカーワールドカップが始まり日本の快進撃に心踊った。 その間、いつもの発熱もなく体調もそんなに悪くはなかった。 リハビリは相変わらず平行線で良くもなく悪くもなくという感じだった。 2010年 8月ワールドカップはスペインの優勝で幕を閉じ、僕の企画も最後まで盛り上がり大成功だった。 入院していてもこんなイベン [続きを読む]
  • 闘病記 47話-2-「生活力向上」
  • 闘病記(改正版)の目次はコチラから 2010年 3月 体調は疲れ気味で、ヘルペス(帯状疱疹)が腹から背中にかけてできており、 抵抗力を付ける為、昼食を胃に直接流す流動食ではなく、毎日口から食べるようにした。 パソコンでは株式投資にのめり込み娯楽で競馬もやって少しだけど勝っていた。 ワールドカップ(サッカー)のゲームの企画も順調に進んでいた。 とにかく、パソコンを使 [続きを読む]
  • 闘病記 47話-1-「体力向上」
  • 車椅子父ちゃん闘病記(改正版)の目次はコチラから  2010年 2月17日この日は僕の40歳の誕生日。 この頃のリハビリでは腕の力をつける為の訓練が中心にしていて1kgの重りからスタートしていた重りが2kgまでレベルアップしていた。 大学病院でリハビリを始めた頃は、軽いプラスチックのコップをテーブルの上に置くことすらできなかったから、それから比べると随分力が戻ってきている。そして40歳 [続きを読む]
  • 闘病記 46話 -「院内感染?」
  • 闘病記(改正版)の目次はコチラから 2009年 11月〜12月   この頃、病棟にてあるものが次々と感染していた。 俗に言う院内感染というやつだ。それは女性職員にのみ発生している。この時の感染も女性看護師だったが、同じ病棟の男性看護師がそれに深く関与してることが判った。いったい何が感染していたのか?当時のブログでも書きましたが、なんと、それは…・・・・・妊娠だった。 まっ [続きを読む]
  • 闘病記 45話 -「カニューレ外す」
  • 車椅子父ちゃん闘病記(改正版)の目次はコチラから 2009年 11月この頃、入院中のブログでは、病気の事よりも翌年開催されるサッカーワールドカップ南アフリカ大会の記事が中心となった。僕の主催でワールドカップ予想ゲームというのをもようし、最終的には80人の参加でネット上で盛り上がったイベントだった。 何といっても好きなことをやっていると不思議と元気が出ることに気づいた事が一番の収穫 [続きを読む]
  • 闘病記 44話 -「リハビリとブログ」
  • 闘病記(改正版)の目次はコチラから 2009年 8月17日 最初の入院から4年が過ぎて、この時点で入院中の病院(K病院)へ来て約3年。 まだ、40度前後の発熱の発作はちょいちょい出ていた。 リハビリは、大きな浴槽に水を1滴ずつ垂らして貯めていくように、僅かながら成果が出ているようだ。 パソコンを使うようになって指の感覚が少し出てきたような感じがする。 もっと [続きを読む]
  • 闘病記 43話 -「ネットがリハビリ」
  • 闘病記(改正版)の目次はコチラから 2008年 9月 相変わらず、月に1度は40度前後の発熱がある。 原因の判らないこの熱はいったいどこから来ているのだろう? このころには、熱が上がる前兆というのがはっきりわかるようになってきた。 まず、手が異常に冷たくなり暖めようとしてもなかなか暖まらない。 そして、身体のどこかに力をかけようとすると上半身が収縮して変な力が [続きを読む]
  • 闘病記 42話 -「お帰りなさい」
  • 闘病記(改正版)の目次はコチラから 2008年 9月頃 泌尿器科での入院生活は3ヶ月弱で終わり、前病院に戻ったら4人部屋の自分がいたベッドがそのままの状態で残っていた。ちょっとした小物も大きな荷物も、そして患者さんも3ヶ月前と変わっていない。部屋の患者さんの面会の方々も「お帰りなさい」と迎えてくれた。リハビリ室のスタッフからも暖かく迎え入れてくれ気持ちが落ち着いた。3ヶ月いた泌尿 [続きを読む]
  • 闘病記 46話 - 「院内感染?」
  • 闘病記(改正版)の目次はコチラから 2009年 11月〜12月 この頃、病棟にてあるものが次々と感染していた。俗に言う院内感染というやつだ。それは女性職員にのみ発生している。この時の感染も女性看護師だったが、同じ病棟の男性看護師がそれに深く関与してることが判った。いったい何が感染していたのか?当時のブログでも書きましたが、なんと、それは…・・・・・妊娠だった。まったく、おめでたい話しだ [続きを読む]
  • 闘病記 41話 -「意外な接点」
  • 闘病記(改正版)の目次はコチラから 2008年 8月頃 手術後のリハビリが始まり1週間ぐらいでお互い慣れてきてリハビリ中に雑談するようになった。高校の話題になり、何気なく自分の母校の話をしたらリハビリ師の彼女=長山さん(仮名)も同じ高校出身だという。詳しく聞くと僕の5学年下であることが判った。ここまではよくある話しだが、「妹も同じ高校なんだけど6学年 下だから知らないよね」と尋ねると [続きを読む]
  • 闘病記 40話 -「プロレス技」
  • 闘病記(改正版)の目次はコチラから 2008年 8月頃泌尿器科での入院生活が続く中、リハビリが始まった。始めは腎臓や膀胱に管が入っていたのでベットの上でのリハビリだった。リハビリの先生は30代の女性だったが、今までやってきたリハビリと違ってかなりハードなものだった。リハビリの先生は、靴を脱いでベットの上にあがり、仰向けに寝ている僕の両足を抱え込み、背中の所まで持ち上げ、腰の下にジャンボクッ [続きを読む]
  • 号外 「一足おそい、お年玉情報」
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