車椅子父ちゃんのポジティブライフ♪ さん プロフィール

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車椅子父ちゃんのポジティブライフ♪さん: ☆車椅子の人生劇場☆〜只今入院中!〜
ハンドル名車椅子父ちゃんのポジティブライフ♪ さん
ブログタイトル☆車椅子の人生劇場☆〜只今入院中!〜
ブログURLhttp://ameblo.jp/wcgame/
サイト紹介文血液の癌が脳内で発症。『僕の闘病記』を病棟から発信し病院での出来事や病気の豆知識等
自由文悪性リンパ腫という血液の癌が脳内で発症して、今は車椅子ですが、歩くことを諦めてません。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供85回 / 365日(平均1.6回/週) - 参加 2012/12/02 23:19

車椅子父ちゃんのポジティブライフ♪ さんのブログ記事

  • 闘病記 49話 -「口から火」
  • 車椅子父ちゃん闘病記(改正版)の目次はコチラから 2010年 8月 寒がりの僕にとっては大好きな夏ということもあり、体調はよかった。 昼だけ口から食べていた食事も少しづつ慣れてきていた。病院の食事なので味は当然薄いのだけど物足りないので、何かご飯にかけて食べようと 当時流行っていて気になっていたあるものをネット通販で購入した。 もともと、ピリ辛が好物だったので絶対にこ [続きを読む]
  • 闘病記 48話 -「インターネット」
  • 車椅子父ちゃん闘病記(改正版)の目次はコチラから 2010年 6月 サッカーワールドカップが始まり日本の快進撃に心踊った。 その間、いつもの発熱もなく体調もそんなに悪くはなかった。 リハビリは相変わらず平行線で良くもなく悪くもなくという感じだった。 2010年 8月ワールドカップはスペインの優勝で幕を閉じ、僕の企画も最後まで盛り上がり大成功だった。 入院していてもこんなイベン [続きを読む]
  • 闘病記 47話-2-「生活力向上」
  • 闘病記(改正版)の目次はコチラから 2010年 3月 体調は疲れ気味で、ヘルペス(帯状疱疹)が腹から背中にかけてできており、 抵抗力を付ける為、昼食を胃に直接流す流動食ではなく、毎日口から食べるようにした。 パソコンでは株式投資にのめり込み娯楽で競馬もやって少しだけど勝っていた。 ワールドカップ(サッカー)のゲームの企画も順調に進んでいた。 とにかく、パソコンを使 [続きを読む]
  • 闘病記 47話-1-「体力向上」
  • 車椅子父ちゃん闘病記(改正版)の目次はコチラから  2010年 2月17日この日は僕の40歳の誕生日。 この頃のリハビリでは腕の力をつける為の訓練が中心にしていて1kgの重りからスタートしていた重りが2kgまでレベルアップしていた。 大学病院でリハビリを始めた頃は、軽いプラスチックのコップをテーブルの上に置くことすらできなかったから、それから比べると随分力が戻ってきている。そして40歳 [続きを読む]
  • 闘病記 46話 -「院内感染?」
  • 闘病記(改正版)の目次はコチラから 2009年 11月〜12月   この頃、病棟にてあるものが次々と感染していた。 俗に言う院内感染というやつだ。それは女性職員にのみ発生している。この時の感染も女性看護師だったが、同じ病棟の男性看護師がそれに深く関与してることが判った。いったい何が感染していたのか?当時のブログでも書きましたが、なんと、それは…・・・・・妊娠だった。 まっ [続きを読む]
  • 闘病記 45話 -「カニューレ外す」
  • 車椅子父ちゃん闘病記(改正版)の目次はコチラから 2009年 11月この頃、入院中のブログでは、病気の事よりも翌年開催されるサッカーワールドカップ南アフリカ大会の記事が中心となった。僕の主催でワールドカップ予想ゲームというのをもようし、最終的には80人の参加でネット上で盛り上がったイベントだった。 何といっても好きなことをやっていると不思議と元気が出ることに気づいた事が一番の収穫 [続きを読む]
  • 闘病記 44話 -「リハビリとブログ」
  • 闘病記(改正版)の目次はコチラから 2009年 8月17日 最初の入院から4年が過ぎて、この時点で入院中の病院(K病院)へ来て約3年。 まだ、40度前後の発熱の発作はちょいちょい出ていた。 リハビリは、大きな浴槽に水を1滴ずつ垂らして貯めていくように、僅かながら成果が出ているようだ。 パソコンを使うようになって指の感覚が少し出てきたような感じがする。 もっと [続きを読む]
  • 闘病記 43話 -「ネットがリハビリ」
  • 闘病記(改正版)の目次はコチラから 2008年 9月 相変わらず、月に1度は40度前後の発熱がある。 原因の判らないこの熱はいったいどこから来ているのだろう? このころには、熱が上がる前兆というのがはっきりわかるようになってきた。 まず、手が異常に冷たくなり暖めようとしてもなかなか暖まらない。 そして、身体のどこかに力をかけようとすると上半身が収縮して変な力が [続きを読む]
  • 闘病記 42話 -「お帰りなさい」
  • 闘病記(改正版)の目次はコチラから 2008年 9月頃 泌尿器科での入院生活は3ヶ月弱で終わり、前病院に戻ったら4人部屋の自分がいたベッドがそのままの状態で残っていた。ちょっとした小物も大きな荷物も、そして患者さんも3ヶ月前と変わっていない。部屋の患者さんの面会の方々も「お帰りなさい」と迎えてくれた。リハビリ室のスタッフからも暖かく迎え入れてくれ気持ちが落ち着いた。3ヶ月いた泌尿 [続きを読む]
  • 闘病記 46話 - 「院内感染?」
  • 闘病記(改正版)の目次はコチラから 2009年 11月〜12月 この頃、病棟にてあるものが次々と感染していた。俗に言う院内感染というやつだ。それは女性職員にのみ発生している。この時の感染も女性看護師だったが、同じ病棟の男性看護師がそれに深く関与してることが判った。いったい何が感染していたのか?当時のブログでも書きましたが、なんと、それは…・・・・・妊娠だった。まったく、おめでたい話しだ [続きを読む]
  • 闘病記 41話 -「意外な接点」
  • 闘病記(改正版)の目次はコチラから 2008年 8月頃 手術後のリハビリが始まり1週間ぐらいでお互い慣れてきてリハビリ中に雑談するようになった。高校の話題になり、何気なく自分の母校の話をしたらリハビリ師の彼女=長山さん(仮名)も同じ高校出身だという。詳しく聞くと僕の5学年下であることが判った。ここまではよくある話しだが、「妹も同じ高校なんだけど6学年 下だから知らないよね」と尋ねると [続きを読む]
  • 闘病記 40話 -「プロレス技」
  • 闘病記(改正版)の目次はコチラから 2008年 8月頃泌尿器科での入院生活が続く中、リハビリが始まった。始めは腎臓や膀胱に管が入っていたのでベットの上でのリハビリだった。リハビリの先生は30代の女性だったが、今までやってきたリハビリと違ってかなりハードなものだった。リハビリの先生は、靴を脱いでベットの上にあがり、仰向けに寝ている僕の両足を抱え込み、背中の所まで持ち上げ、腰の下にジャンボクッ [続きを読む]
  • 号外 「一足おそい、お年玉情報」
  • 仮想通貨が今年大ブレイクするというのは、政府や金融機関の動きからも見えてきますね。  今回はその新しい通貨の紹介です!  なんと価値が30倍以上になることが保証された通貨が、今回値上がり前の最後の受付を開始しました。実はこの通貨は、僕も持っているのです^^  仮想通貨と言えばたくさん世に出回っているけど、その95%が詐欺だと言われています。  用心深い僕が自信を持って紹介するこの仮想通貨は間違いなく [続きを読む]
  • 闘病記 39話 - 「破砕」
  • 闘病記(改正版)の目次はコチラから 2008年 7月腎臓に残った大きな石は、手術で砕いてしまうことになった。腎臓結石の治療方法は一般的に体外衝撃波結石破砕術(ESWL)というのが主流らしい。衝撃波を体の外から腎臓にある結石に向けて照射し、臓器を傷つけることなく結石のみを破砕する治療法。第二次世界大戦前にナチスドイツが衝撃波を兵器として使う為に行われていた研究が、戦後になってこの硬いものだけを壊 [続きを読む]
  • 闘病記 38話 - 「腎臓の病気」
  • 闘病記(改正版)の目次はコチラから 2008年 6月頃 手術は局部麻酔をしてたんたんと行われ、左右両方の腎臓から膀胱につながる管に膿が溜まっていて、 おしっこが膀胱に流れるのをせきとめていたことが判り、その大量の膿を取りだし、あとは膀胱に流れ込むおしっこを尿道に通した管から外のバケツに移した。やっと、苦しかったお腹も通常に戻り、身も心も楽になった。 尿道を通った管はそのま [続きを読む]
  • 闘病記 37話 - 「脇腹の痙攣」
  • 闘病記(改正版)の目次はコチラから 2008年 6月頃24時間近くおしっこが出てなくて膀胱も空の状況で泌尿器科で有名な総合病院へ搬送され、そこへ家族も駆けつけた。ここでは、検温や採血などの一通りの検査のあと点滴が始まった。そうしている間にも脇腹の痛みはひどくなり、左右の脇腹に別れてピクピクと痙攣していた。 強烈な痛みが続くので、何度も「まだですか?」と尋ねていたが前の人の手術が長引 [続きを読む]
  • 闘病記 36話 - 「おしっこが出ない」
  • 闘病記(改正版)の目次はコチラから 2008年 6月頃 「今日はおしっこの量(回数)が  少ないんじゃないですか?」と看護婦から言われて、そう言えばそうかなと少しだけ気になっていた。その時はわき腹が少し痛む程度だったので普通に流動食(夕食)を流してもらいテレビを見て眠りについた。 次の朝、強烈な腹痛(右わき腹)によって目が覚めたので感じて看護婦を呼んだ。「この辺が痛いん [続きを読む]
  • 闘病記 35話 - 「お腹に穴をあける」
  • 闘病記(改正版)の目次はコチラから 2007年 冬 月に1回は40度前後の発熱が発作的に出ていた。この頃は元同じ病室の亡くなった杉谷くんのことは考えないようにしていた。 考えるといつまでたっても悲しいし自分のこともネガティブに考えてしまうので封印した。 口からは食べることも飲むこともできないので、食事は流動食を鼻から管を通し胃に流し込んでいた。 鼻の管は衛生上、 [続きを読む]
  • 闘病記 34話 - 「心のダメージ」
  • 闘病記(改正版)の目次はコチラから 2007年 秋 4ヶ月ほど経って4階の病棟に慣れてきた頃、いつものようにもと僕がいた5階の看護婦さんが顔を見に来てくれた。(時々来てくれていたのだ) 自分の体調の事など話していて、話の流れの中で杉谷君(仮名)は元気か聞いてみた。そこで、帰ってきた言葉は・・・「あー。。。杉谷君ねー・・・  ・・・実は    このあいだ亡くなったんよ」あまりの驚きに声 [続きを読む]
  • 闘病記 33話 - 「転棟」
  • 闘病記(改正版)の目次はコチラから 2007年6月5階病棟から4階病棟に引っ越した。 慣れてきた病室と看護師が全部変わることになった。  4階の看護師は僕の身体の状態を殆んど解っていない感じだった。 僕は同じ病院内なので、きちんと引き継がれていて身体の状態などだいたい把握しているものだと思っていたが、そうでもないらしい。 病院は変わらないのに病棟が1フロア違うだけで、すごく寂 [続きを読む]
  • 闘病記 32話 - 「携帯(ガラケー)」
  • 闘病記(改正版)の目次はコチラから 2007年1月〜5月このころから喉に開けた穴の部分にバルブをつけて声が出せるスピーチカニューレが徐々に馴染んできて、日中は声が出して話せるようになった。なので起きている間はバルブをはめたままにしてもらった。※イメージ画像 声が出せるようになったので、携帯電話を持つようにした。(スマホはまだ世に出てない)家族や友人と電話やメールができるようになった [続きを読む]
  • 闘病記 31話 - 「拷問のような日々」
  • -------------------------------人工知能搭載の次世代集客システムを自らの莫大な資金を投じて作り上げ それを使いたい人全員に無料で配布中! 誰が?なぜ? ここから確認してください。http://x45.moo.jp/whdlp4 インターネットに限らず、実際の店舗をお持ちの方も必見です!------------------------------- 闘病記(改正版)の目次はコチラから 2007年1月〜5月化学療法が2週間に渡り行わ [続きを読む]
  • 闘病記 30話 - 「淋しさが身にしみる」
  • 闘病記(改正版)の目次はコチラから 2006年12月以降 4人部屋ながらも大学生の杉谷君と僕の2人だけの部屋。 杉谷君にはいつも両親のどちらかが付いて看病にあたっていた。 午後2時頃から7時頃まで家族の誰かがそばにいる光景は、微笑ましくて、羨ましくも感じた。 うちの妻は、たまにしか来ないし、子供たちにも1ヶ月に1回ぐらいしか会えなかったので寂しかったのだ。(子供は小学校・ [続きを読む]
  • 闘病記 29話 - 「声を出して笑いたい」
  • 闘病記(改正版)の目次はコチラから 2006年10月以降 同部屋の杉谷君は、身体は麻痺で動けないけれど元気だった。 両親や妹とよく会話していたし、お笑い番組を観て笑ったりもしていた。笑ったり会話をする事は、体にとてもいいことであることは以前から聞いていたので自分もお笑い番組を積極的に観るようにした。 ただ、スピーチカニューレにしている時間が短いので笑う時はニヤリとするだけ [続きを読む]