車椅子父ちゃんのポジティブライフ♪ さん プロフィール

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車椅子父ちゃんのポジティブライフ♪さん: ☆車椅子の人生劇場☆〜只今入院中!〜
ハンドル名車椅子父ちゃんのポジティブライフ♪ さん
ブログタイトル☆車椅子の人生劇場☆〜只今入院中!〜
ブログURLhttp://ameblo.jp/wcgame/
サイト紹介文血液の癌が脳内で発症。『僕の闘病記』を病棟から発信し病院での出来事や病気の豆知識等
自由文悪性リンパ腫という血液の癌が脳内で発症して、今は車椅子ですが、歩くことを諦めてません。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供80回 / 365日(平均1.5回/週) - 参加 2012/12/02 23:19

車椅子父ちゃんのポジティブライフ♪ さんのブログ記事

  • 闘病記 69話 -「発覚」
  • 車椅子父ちゃん闘病記(改正版)の目次はコチラから 2013年1月〜8年連続の病院での年末年始をまったりと過ごした。投資が順調なので、心にもゆとりが出てきていた。 2013年2月2月は僕の誕生日だ。もうすぐ43歳だ。今年はいい年になるぞ!ところが、この頃から投資でお金を預けた会社に不信感が・・・というのも、いつでも自由にお金の出し入れができると言っていたのに利益分を引き出し依頼してもなかなか入金され [続きを読む]
  • 闘病記 68話 -「好転」
  • 車椅子父ちゃん闘病記(改正版)の目次はコチラから 2012年9月〜リハビリの効果が徐々に現れてきた。体力もつき、車椅子で外を散歩したりした。食事も色々なものが食べられるようになり、売店でスナック菓子等を買って食べる程まで順調に回復していた。しばらく休んでいたネットビジネスにも、これで復帰できそうだ。そんな時、とてもいい投資話がまいこんできた。インターネット上で注文できて、高利回りの投資案件だ。入院費 [続きを読む]
  • 闘病記 67話 -「2回目」
  • 2017年7月時点の車椅子父ちゃんは、体調の急変により、2週間ほど救急病院へ転院していましたが無事、元の病院へ戻ってきました^^------------------------ 2012年 7月末頃リハビリが順調に進んでいく間に、食事も少し出来るようになってきたので、喉につけた器具をはずし、あけた穴をふさぎたいと申し出た。何故かというと、喉から空気が抜けやすいのでリハビリの時にグッと息を止めて力をこめる事が出来ないし、外出する時 [続きを読む]
  • 闘病記 66話 -「リハ始動」
  • 車椅子父ちゃん闘病記(改正版)の目次はコチラから 2012年 4月〜リハビリが本格的にスタートした。PT(理学療法)では、初日からいきなり介助のもと平行棒で立ち上がることからスタートした。前の病院では、「立つことは諦めて車椅子での生活 を見据えて腕のリハビリを中心に やる」というスタンスだったので、何年も立つことからは遠ざかっていた。はじめは恐る恐る介助に委ねながら、立ったような、持ち上げられたような [続きを読む]
  • 闘病記 65話 -「本当のリハビリ」
  • 車椅子父ちゃん闘病記(改正版)の目次はコチラから 2012年 3月下旬リハビリ中心の入院生活が始まった。普段僕は、自分で起き上がることもできなければ、座った姿勢を保持することもできない。日中は自動ベッドで体を起こして座った姿勢にして、パソコンや読書などをしている。それ以外は寝たきりの状態だ。前の病院では4〜5人がかりで背中に引いたバスタオルごと僕を持ち上げてリクライニング式の車椅子に移してくれていた [続きを読む]
  • 闘病記 64話 -「リハビリに意欲」
  • 車椅子父ちゃん闘病記(改正版)の目次はコチラから 2012年 3月 転院した病院にまだ慣れない中、リハビリの内容と、僕を担当してくれる3名のリハビリスタッフが決まった。理学療法士を中心に作業療法士、言語聴覚士がいて、それぞれが20〜40分マンツーマンで指導してくれる。それを曜日で時間割を決めて、それに沿って毎日のスケジュールをこなしていく。前の病院とは大違い、ここの病院はしっかりとしているところの [続きを読む]
  • 闘病記 63話 -「療養型の病院」
  • 車椅子父ちゃん闘病記(改正版)の目次はコチラから 2012年 3月転院してきた病院は前の病院と比べると、大きくて綺麗なところだが、スタッフの第一印象は平均年齢が10歳位高い気がした。さらに驚いたのがナースコールを押して呼んでもなかなか来ない。今まで6つの病院でここまでのんびりした病院はなかった。聞けば療養型の病院らしいが。。。う〜ん。ここは自分がいていいのか? もっと年配の患者さん専門なのではないか。 [続きを読む]
  • 【号外】肺がんステージ4、パンダ渡辺氏のその後…
  • こんにちは、車椅子父ちゃんです。5年以内に100人に96人が亡くなる肺がんステージ4を宣告されたパンダ渡辺雅典氏。昨年末から”命がけプロジェクト”として全財産10億円の相続を始めましたが、その後どうなったかご存知でしょうか?実は・・・大炎上中なのです。大炎上の様子をチェックする⇒ http://mdc888.jp 炎上の理由は『稼がせすぎてしまったから』。ガン治療より教え子の稼ぎを優先したその本気の想いが、ついに報わ [続きを読む]
  • 闘病記 62話 -「ここって病院?」
  • 車椅子父ちゃん闘病記(改正版)の目次はコチラから 2012年 3月5日転院の朝、喉につけたカニューレを声を出せるスピーチカニューレに付け替えてもらい、慣れ親しんだ4階病棟のスタッフに別れの挨拶をして、転院先の病院に向かった。転院先の病院から介護車で迎えに来てくれていたので、ストレッチャーに寝たまま移動中の外の景色を眺めながら次の病院はどんなところだろうなどと考えていた。その病院は、実家のすぐそばで僕 [続きを読む]
  • 闘病記 61話 -「転院が決まる」
  • 車椅子父ちゃん闘病記(改正版)の目次はコチラから 2012年 2月後半手術が終わり、また切開した喉のおかげで、再び声が出ない生活に逆戻りだ。そして、42才の誕生日を迎えた頃、転院の話が具体的に出てきて3月には今の病院を出なければいけなくなった。というのも、いま入院している病院の脳神経外科の先生がいなくなり、脳神経外科がなくなるから らしい…(本当かどうか判らないけど)実家の近くの療養型の病院に移るこ [続きを読む]
  • 闘病記 60話 -「自分がバカだった」
  • 車椅子父ちゃん闘病記(改正版)の目次はコチラから 2012年 2月じいさんは自分もゲホゲホとやかましいくせに、人がカーッと痰を出す音に文句を言ってきたのだった。ひともんちゃくあった日の夜中、今度はじいさんに何も言わせないよう痰が出るのを無理やり我慢して静かにしていた。じいさんの方はというと、案の定ゲホゲホとうるさかった。朝が来て、看護婦さんが検温等の検査をしたら微熱が出てて、呼吸の酸素濃度も80%代 [続きを読む]
  • 闘病記 59話 -「大人気なくブチ切れる」
  • 2012年 2月戻ってきた病院の病室には僕以外に三人の患者さんがいた。一人は痩せこけてアンガールズの山根(お笑い芸人)にそっくりな30代のおとなしい青年。一人は激しい咳を患った、おとなしいお爺ちゃん。そして、もう一人は杖をついて何度もトイレに行きベットではブツブツと独り言で病院に対してのいちゃもんを言い続けるじいさんだった。そのじいさんは咳をするお爺ちゃんに対しても「ゴホゴホやかましいな、こいつは [続きを読む]
  • 闘病記 58話 -「淋しい」
  • 車椅子父ちゃん闘病記(改正版)の目次はコチラから 2012年2月半月ほどの入院で肺炎は完治し、元の病院へ戻った。 ところが、戻った先は先日までいた4階病棟ではなく5階病棟だった。看護師やスタッフが知らない人ばかりで、他の病院に来たような感じだ(汗)階が違うだけで、こんなにも雰囲気が違うものかと思うぐらい違和感があった。幸い、1人だけ以前から知っている看護師がいたので少しは安心できた。5年も慣れ親しんだとこ [続きを読む]
  • 闘病記 57話(後編) -「白血病」
  • 2012年2月手術後一週間たって、少しだけ病院の中を車椅子で散歩した。実はこの病院、12〜13年前に(1999年頃)いとこ(当時18歳の女の子)が、僕の目の前で亡くなった病院だったのです。-------------------------------------12〜13年前彼女(いとこ)は白血病だった。最近は状態はいいと聞いていたけど、彼女が危険な状態になったと聞き、仕事を済ませ病院に駆けつけて、聞こえているのかもわからない彼女の耳元で何度も励ましの言 [続きを読む]
  • 闘病記 57話(前編) -「麻酔」
  • 車椅子父ちゃん闘病記(改正版)の目次はコチラから 2012年 1〜2月肺に溜まった痰を取り除く手術が始まり、僕は麻酔で眠りに就いた。 麻酔から覚めたら手術は終わっていた。鼻から大きな器具が入れられていて、それにより痰を出しやすくしているそうだ。こんな大きな器具をどうやって小さい鼻の穴から入れたのか、かなりうっとうしく感じた。麻酔で眠っている時に、相当無理やりねじ込まれたのだろう。この世に麻酔の技術が [続きを読む]
  • 闘病記 56話 -「ナースとの戦い」
  • 車椅子父ちゃん闘病記(改正版)の目次はコチラから 2012年 1月幻覚を見るほどの体の異常は急性肺炎だった。入院している病院では対処できないので、救急車で他の救急病院へ運ばれた。40度前後の高熱が続き、頭がもうろうとしていた。応急処置では、医師が肺の中をカメラで見ながら管で吸引したりして、メチャメチャ苦しかった。そして夜になると若い看護婦が痛くて嫌がる僕の体を4人がかりで押さえつけ、チューブを鼻から肺 [続きを読む]
  • 闘病記 53話-2(追記) -「喉の穴」
  • (53話と54話の間に書き忘れていた    出来事を想い出しました。。。) 2011年5月頃痰のカニューレを外したあと、喉に開けた穴が自然に塞がるはずだったんだけど、なかなか塞がる気配がないので耳鼻咽喉科で有名な病院で喉の穴を塞ぐ手術をした。手術は、綺麗なやり手の女医さんが担当していて、手術スタッフと共に会話をしながら和気藹々とした雰囲気だった。局部麻酔ということもあり、手術中最後まで自分も [続きを読む]
  • 闘病記 55話 -「幻覚」
  • 車椅子父ちゃん闘病記(改正版)の目次はコチラから 2012年 1月2011年から2012年の年越しも病院で過ごした。これで、7年連続病院で年末年始を迎えたことになる。毎年、今年こそは退院と意気込んでいるのだが回復のスピードはのんびりしている。1月中旬、正月ぼけが収まってきた頃体調に異変が起きていた。微熱が続き痰が多く、酸素濃度も十分ではなかった。その状態から2〜3日して突然体中の筋肉がキュ [続きを読む]
  • 闘病記 54話 -「個室」
  • 車椅子父ちゃん闘病記(改正版)の目次はコチラから 2011年 7月 病院側の都合で1日5000円の個室に移動した。 もちろん向うの都合なので料金はかかりません。部屋はトイレ・洗面・風呂付きでソファーや絵画などもあり、ちょっとしたシティホテルのようだった。 正直、一人でいるのは寂しかったが面会者は喜んだ。 特に子供たちはユニットバスなどに隠れて大いにはしゃいでいた。壁 [続きを読む]
  • 闘病記 53話 -「仕事〜大震災」
  • 2010年 10月 入院中でありながらインターネットでネットビジネを始めるようになる。 どうして始めたかというと、インターネットで目的を持った仲間と一緒に取り組んでゆくビジネスなので入院中でも孤独感がなく楽しく展開していけたから。 体調の方は1ヶ月に1回位のペースで40度前後の熱が出る発作が1年以上続いた。 それ以外は毎日ネットビジネスに没頭していましいた。 そして翌年、あ [続きを読む]
  • 闘病記 52話 -「今度は火葬場」
  • 闘病記(改正版)の目次はコチラから車椅子父ちゃん 2010年 9月祖母が亡くなった。 92歳でした。 とても優しい祖母でした。 僕は亡くなった祖母へ手紙を書いた。僕の指先は麻痺の影響で不自由で字をまともに書くことができない。 何度も練習して、まあまあ見れる程度に書けたと思う。 葬儀には行けなかったが、病院の許可をもらい、友人の運転で火葬場にかけつけた。そして火葬直前 [続きを読む]
  • 闘病記 51話 -「初めての外出」
  • 久々に40度超の発熱で一週間何もできなかった(+o+) 闘病記(改正版)の目次はコチラから 2010年 9月 運動会シーズン、我が家の長男 長女も小学校の運動会ということで病院の許可を得て外出して観に行くことになった。本格的な外出はこれが初めてだ。外出に至ったったのにはいくつか理由があった。①この時期は気候がいいし、 体調も上々だった事 ②6年生の長男が小学校最後の 運動会なの [続きを読む]
  • 闘病記 50話 -「社会復帰の芽」
  • 車椅子父ちゃん闘病記(改正版)の目次はコチラから 2010年 9月口から食事をとる練習はしばらくお預けとなって、パソコンに触れる時間が長くなった。インターネットで経済のサイトをみたり、ポイントが貯まるサイトに登録したり、株の取引をやったりしていたら、ネットビジネスに興味を持ち始めいろいろ調べ始めた。身体が不自由でもインターネットなら何らかの仕事ができるのではないかと思ったのだ。そしていくつ [続きを読む]
  • 闘病記 49話 -「口から火」
  • 車椅子父ちゃん闘病記(改正版)の目次はコチラから 2010年 8月 寒がりの僕にとっては大好きな夏ということもあり、体調はよかった。 昼だけ口から食べていた食事も少しづつ慣れてきていた。病院の食事なので味は当然薄いのだけど物足りないので、何かご飯にかけて食べようと 当時流行っていて気になっていたあるものをネット通販で購入した。 もともと、ピリ辛が好物だったので絶対にこ [続きを読む]