plumriver さん プロフィール

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plumriverさん: PlumriverのBLOG 2
ハンドル名plumriver さん
ブログタイトルPlumriverのBLOG 2
ブログURLhttp://plumriver.blog.fc2.com/
サイト紹介文神奈川・東京をメインとした、散歩ブログです。写真を撮りながら、身近な町を、ゆっくり歩いてます。
自由文神奈川県を中心に、歴史的スポットや寺社、公園庭園、海や山の眺望を求めて散策し、ゆる〜くブログ記事にしてます♪最近は鎌倉時代についての内容が多めです。
あわせて、鉄道のフリーキップを利用した話も。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供114回 / 365日(平均2.2回/週) - 参加 2012/12/19 02:31

plumriver さんのブログ記事

  • さあ、平城宮跡へ行こう!
  • 梅雨の合間の炎天のもと、草の原のむこうを、近鉄の列車が、右へ左へ、さかんに通りすぎていく。奈良ゆき、京都ゆき、難波ゆき。子供のころ、鉄道図鑑で見たビスタカー、その本物が走ってる。私がいるこの場所は、奈良の大和西大寺駅から、東へ500メートルほど歩いたところ。地図上のマークを中心に、東西・南北およそ1キロ四方の、原っぱになっている土地があります。ここは、平城宮跡です。奈良の都そのもの(条坊)のことを、平 [続きを読む]
  • ちゅちゅがなきや、奈良
  • 京都駅から、近鉄の特急列車・伊勢志摩ライナーに乗って、奈良の、大和西大寺駅へ。私たちが生きるこの時代から、遡ること、1300年。8世紀の、およそ70年間、日本の首都だった町。なんと立派な平城京、と覚えました。その悠久なる南都の宮城は、大和西大寺駅から東へ、500メートルのところに。中学生のときは、大仏さまだけ見て帰った奈良のまち、いまはもうすこしだけ長く過ごすことができる。おしなべて、ちゅちゅがなき、私の旅 [続きを読む]
  • 開成町あじさいまつり2017
  • 神奈川県の西部にある、開成町で開催されていた、開成町あじさいまつりに行ってきました。酒匂川の右岸にある開成町、豊富な水を蓄えた田んぼが、町のあちこちに。なかでもとくに広いこの水田が、あじさいまつりの会場。青々とした稲の苗が列をなす、その風景に、畦道のあじさいが色を添える。開成町はお米が特産品なのだと、地元の人に教えてもらった。その生産の場で、稲と水と、アジサイを見ながら、2時間、3時間と過ごす。その [続きを読む]
  • The ship goes slowly
  • 神奈川県の西部にある、開成町で開催されていた、開成町あじさいまつりに行ってきました。酒匂川の右岸にある開成町、豊富な水を蓄えた田んぼが、町のあちこちに。なかでもとくに広いこの水田が、あじさいまつりの会場。青々とした稲の苗が列をなす、その風景に、畦道のあじさいが色を添える。開成町はお米が特産品なのだと、地元の人に教えてもらった。その生産の場で、稲と水と、アジサイを見ながら、2時間、3時間と過ごす。その [続きを読む]
  • そこに心地良し、足利ガーゼハンカチ
  • 足利学校から、すぐ隣の、ばんな寺へと歩く。足利学校とばんな寺のまわりは、石畳のみちのエリアになっていて、観光地的な商店が並ぶとともに、古風さがシブかっこいい蔵の姿があちこちに。束帯の足利尊氏像は、なんとなく場違いのような気が。古印最中を食べてから、ばんな寺をお参り。その後、足利まちなか遊学館へ。遊学館には、足利の伝統産業である、織物をつくる機械が展示されていました。八丁撚糸機と、組物機械です。足利 [続きを読む]
  • 足利学校と、足利のゆるい空気
  • 足利のまちにある、日本最古の学校こと、足利学校を訪ねてきました。足利学校は、儒学、易学、兵学、医学などを教えた、中世の教育機関。室町時代から戦国時代にその最盛期があったそうです。関東管領の上杉憲実や、小田原の北条氏政が、足利学校の再興をしたんだとか。「足利学校」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2016年12月18日 (日) 07:29URL: http://ja.wikipedia.org/wiki/足利学校次世代の軍師を育てるために [続きを読む]
  • 足利の樺崎八幡宮は、足利義兼の樺崎寺跡
  • 太平記館のレンタサイクルで借りた、3段ギアの自転車をこいで、足利のまちを、北へ、北へ。商店や、学校、住宅が密集するエリアを、またたく抜けると、足利のまちをとり囲む、背の低い山々の連なりが見えてくる。東と、西と、北に山がある足利は、小京都のひとつらしい。でも、ここは関東なんだぜ、しかもけっこうコテコテの。すでに水が入れられた田んぼ、カエルの低い鳴き声が、前から、後ろから。ペダルの上の私は、そのなかを [続きを読む]
  • 特急りょうもうに乗って、足利へ
  • 東武鉄道の特急列車「りょうもう」に乗って、栃木県の足利に行ってきました。初めてのりょうもう、初めての東武の特急列車でした。休日だったけど、出発の直前でも余裕で特急券を買うことができ、乗った車両の着席率は、50 - 60パーセントくらい。混みすぎでもなく、空きすぎでもない、ゆったりと旅情感を味わうのに、うってつけの車内の雰囲気。週末の午前中、下りの「りょうもう」は、観光客よりも、東京から地元へ短く帰省する [続きを読む]
  • colors of my April
  • 東武鉄道の特急列車「りょうもう」に乗って、栃木県の足利に行ってきました。初めてのりょうもう、初めての東武の特急列車でした。休日だったけど、出発の直前でも余裕で特急券を買うことができ、乗った車両の着席率は、50 - 60パーセントくらい。混みすぎでもなく、空きすぎでもない、ゆったりと旅情感を味わうのに、うってつけの車内の雰囲気。週末の午前中、下りの「りょうもう」は、観光客よりも、東京から地元へ短く帰省する [続きを読む]
  • 勝坂遺跡公園の有鹿神社奥宮
  • 相模原市 南区 磯部にある、勝坂遺跡公園(かっさか)を訪ねました。丘の上には、縄文時代のものだという、大きな集落の跡が発見されている公園です。私はこの日、丘の下のほう、湿原の小道を歩きました。有鹿谷と呼ばれるこの谷は、いたるところに湧水があります。それらの水はやがて、ちかくを流れる鳩川へと注がれていきます。鳩川は、相模川と平行しながら南へと流れ、左岸用水という用水路と交差したりしたあと、海老名で相模 [続きを読む]
  • 大凧のある風景
  • 相模原市 南区 磯部にある、勝坂遺跡公園(かっさか)を訪ねました。丘の上には、縄文時代のものだという、大きな集落の跡が発見されている公園です。私はこの日、丘の下のほう、湿原の小道を歩きました。有鹿谷と呼ばれるこの谷は、いたるところに湧水があります。それらの水はやがて、ちかくを流れる鳩川へと注がれていきます。鳩川は、相模川と平行しながら南へと流れ、左岸用水という用水路と交差したりしたあと、海老名で相模 [続きを読む]
  • 相模の大凧
  • JR相模線に乗って、相模の大凧を見てきました。相模の大凧は、毎年、ゴールデンウィークの後半の、5月4日と、5月5日に、相模川の河川敷で開催されている、大きな凧揚げのイベントです。(相模原市観光協会・相模の大凧)http://www.e-sagamihara.com/event/may/0237/その凧揚げ会場は、JR相模線の下溝駅から、おとなりの相武台下駅までのあいだ。相模川の東岸の、およそ3キロほどのエリアの内の、4ヶ所で凧揚げが行われています。 [続きを読む]
  • 羊山公園から、秩父神社へ
  • 秩父・羊山公園にて、芝桜の丘を歩いたあと、見晴らしの丘から、秩父のまちを見晴らす。そして、すぐ隣にある、武甲山資料館にも立ち寄りました。はるか昔、南の海のサンゴによってできた石灰岩が、プレートに乗って移動し、やがて地表に現れたのが、武甲山なんだそうです。武甲山からの石灰岩の採掘は、明治時代から始められた。セメント、歯みがき粉、こんにゃく(!)などになっているらしい。私の住む川崎市でも、「秩父 セメ [続きを読む]
  • 西武レッドアローで、秩父の羊山公園の芝桜を
  • 西武鉄道の特急、レッドアロー・ちちぶ号に乗って、秩父にある、羊山公園の芝桜を見に行ってきました。あんまり西武線に乗る機会がない神奈川県民の私は、これが初めてのレッドアローでした。特急券の買い方とか、当日の乗車方法とか何も知らなかったけど、小田急ロマンスカーとほぼ同じだったので、スムーズにこなせました。この日、私は、東急線の駅で販売されている、「東急西武線まるごときっぷ」を利用。このきっぷで、西武鉄 [続きを読む]
  • 上田城下、原町から海野町、常田村
  • 原町、海野町、真田昌幸が築いた上田の最初の城下町を歩き、養蚕で栄えた明治大正期の名残り、常田にある煙突を見てきました。大河ドラマで紹介されていた魅力を楽しむことができたし、それとは別に期待していた、新たに芽生えつつある価値にも、すこし触れられたような。ときおり本屋さんに立ち寄っては、町のあれこれを教えてもらった。それらは、つぎの旅のときに活かすことにしよう。 [続きを読む]
  • 上田藩の藩主屋敷
  • 長野県上田高校がある場所は、上田城・三の丸の内で、上田藩の藩主屋敷があったところ。真田信之(信繁の兄)以降、仙石氏、松平氏、明治の廃藩まで、各時代を通じた藩主居館の敷地で、御屋形とよばれた。表門は、1790年、松平忠済(ただまさ)のときに、焼失した居館とともに再建されたもの。(説明板より)1583 真田昌幸、上田城と、その城下町を築く1601 上田城が破却、真田昌幸・信繁は九度山に配流真田信之が上田藩主となり [続きを読む]
  • 上田・柳町の色
  • 上田の市街地を東西にとおる北国街道、その街道沿いにある、上田城下町のひとつ、ここは柳町です。1583年、真田昌幸は上田城を築き、その15年後の、1598年、上田城下に北国街道が通った。北国街道は、参勤交代の大名や、佐渡金山の運搬通路として、また庶民の善光寺参りの参道として賑わった。(現地の説明板より)北国街道は、軽井沢で中山道から分岐し、長野の善光寺を経由して、日本海側の直江津へと向かう道。中山道や北陸道と [続きを読む]
  • 上田城跡公園と、3つの櫓
  • 上田駅から、北西へ歩くこと、およそ10分。ここは、上田城跡公園のメインエントランス。かつての上田城の二の丸東虎口、すなわち、二の丸への入口にあたります。お堀に架かる橋をわたって、城跡公園のなかへ。ちなみに、この橋の下、堀の底を、一時期(昭和3年 - 47年)、電車が走っていたんだとか。(説明板より)東虎口をぬけて、二の丸にある市立博物館を横切ると、そのさきは本丸になります。本丸の入口は、櫓門と、2つの櫓が [続きを読む]
  • 初めての上田、上田城跡公園へ
  • 上野駅から、北陸新幹線に乗って、およそ1時間半。長野県の、上田に行ってきました。新幹線あさま号は上野を出発し、東からの眩い光に照らされつつ、大宮に高崎、埼玉県・群馬県の街々をゆく。あんなに遠くにあった関東外輪の山並みが、その斜面の模様が分かるくらいにまで、みるみると近づいてくる。長野県に入り、軽井沢や佐久をすぎ、長いトンネルをくぐると、そのさき、千曲川を渡ったところに、上田はあります。かつて小県と [続きを読む]
  • 羽村のチューリップまつり
  • 東京都 羽村市で開催されている、羽村チューリップまつりです。立川からJR青梅線に乗って、羽村駅まではおよそ20分。駅の西口をでて、河岸段丘を下ると、そこには多摩川の流れと、羽村の堰。羽村チューリップまつりは、その多摩川の左岸堤防のちかく、根がらみ前水田という田んぼで開催されています。先週末、私が訪ねたこの時は、3割から4割の開花状況でした。こちらの区画はよく咲いているかと思えば、あちらの区画はまだ青々と [続きを読む]
  • 枡形山の桜を、展望台から
  • 川崎市 多摩区、向ヶ丘遊園駅の南にある枡形山、その頂上の展望台にのぼってきました。この日の山頂広場の桜は、すでに満開をすぎて、まさに散りどき。桜の花は、毎年咲いて、毎年散る。人もいずれ散る、街もいずれ散る。自然はふたたび蘇るが、人は滅多に再生しない。 [続きを読む]
  • 久地の円筒分水と桜
  • 久地の円筒分水。多摩川から水をとり、川崎市内を北から南へ、かつて農地を潤した農業水路である、二ヶ領用水。円筒分水は、二ヶ領用水の中間地点にある、水の再分配装置です。まるい輪っかは、その公平さを象徴し、厳密な比率で分割された水路は、その公正さの証。平等な水を、さもなくば戦え。 [続きを読む]
  • 根岸森林公園の内馬場
  • 根岸森林公園、今年で開園40周年です。ウネウネとした起伏をもつ芝生の広場は、かつての横浜競馬場の内馬場にあたるようですよ。Negishi Forest Park, Yokohama1866年 根岸競馬場がオープン1867年 翌年から競馬が行われる1905年 エンペラーズカップ(のちの天皇賞)を初開催1929年 一等馬見所が竣工(現存)1937年 横浜競馬場に名称を変更1939年 横浜農林省賞典四歳呼馬(のちの皐月賞)を初開催1942年 競馬の開催を休止194 [続きを読む]