saiseidoh さん プロフィール

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saiseidohさん: 本の彩生堂
ハンドル名saiseidoh さん
ブログタイトル本の彩生堂
ブログURLhttp://saiseidoh.exblog.jp
サイト紹介文札幌で古書・本を収集、本の奥深さを伝えています。本には人類の歴史と智慧、人生の全てが詰まっています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供226回 / 365日(平均4.3回/週) - 参加 2013/01/02 22:04

saiseidoh さんのブログ記事

  • 「精神に疾患は存在するか」
  • たまたま同様の趣旨と思われる新刊の書籍広告が目についた。現代精神医学を迷路に追い込んだ過剰診断 -人生のあらゆる不幸に診断名をつけるDSMの罪ジョエル・パリス/星和書店undefined精神に疾患は存在するか北村 俊則/星和書店undefined「精神病」の正体大塚 明彦/幻冬舎undefined [続きを読む]
  • 森まゆみ「寺暮らし」
  •  森まゆみ「寺暮らし」の単行本を読み始めた。みすず書房から1997年に出たもので、その後ご多聞にもれず文庫化されている。その集英社文庫版をアマゾンで確認したところ、単行本とは似ても似つかぬ本の風合いを醸し出している。みすず書房の単行本の方が断然いい。だいたい集英社文庫はライトな感じがもともと好きではない。「寺暮らし」も若者受けを狙ってか、漫画チックな表紙が目立ってしまう。 森まゆみさんの... [続きを読む]
  • 「南山堂 医学大辞典」
  • ソウルに滞在した5日間、古書店や書店を少しだけ回ったが、やはりハングル文字だけでは本の世界を楽しめない。どんな環境でもいいので、日本語で書かれた書籍が無性に懐かしい。 そんな訳で、性懲りもなく早速、自転車で20分ほどのところにあるブックオフに行く。目的の分野の本を買うつもりで行ったのだが、いつも通りのどうでもいい本の洪水で辟易する。こんな本ばかりを出版社は刊行し続ける意味があるのだ... [続きを読む]
  • 「西大門刑務所歴史館」
  • ソウル市内の西大門刑務所博物館を訪ねた。日本が朝鮮を植民地としていた時代、抗日運動や独立運動などをしていた多くの人々が逮捕、収監された刑務所で一部復元されて博物館となっている。 案内してくれた韓国の人々の反応、雰囲気、見学の韓国人、日本人などを含めても日本を責める、というよりは「過去の歴史を知る」といった感じが強い。コースの最後にある、コインを離れた所から壺?に投げ入れるイベントを... [続きを読む]
  • ソウル・東大門市場 古本屋
  • ソウルの古本事情は日本とはかなり違うようだ。東大門市場の外れに「書籍市場」があったので訪ねてみた。しかし、やはり日本語の本は皆無で欲しい本は全くない。 軒数は20〜30軒ぐらいかもしれないが、ほとんど魅力を感じない。日本のかつての古本の世界や神保町の充実度が際立っている。 昨日はソウル一の老舗古書店と言われる通文館も訪れたが、古文書、古書籍的なものが多く、活き活きと動いている... [続きを読む]
  • いろいろな事
  • ●サーベイヤーリーダー養成研修会が終了した プレゼンテーションの連続で本当に疲れた。疲労困憊だ。反省も多い。なまじ文章力があると勘違いし、安易に取り組みすぎた。何事もこつこつと積み上げるしかない。今回は受講者25人中、精神科領域は当方1人のみ。いいことなのか、歓迎すべきことなのか、よくわからない。勉強を続けろ、と叱咤激励されたことには間違いない。 札幌の受講者と挨拶はしたが、それ... [続きを読む]
  • 身辺雑記
  • 8月は少しだけ慌ただしい。 今日は5日〜6日に東京・水道橋で開かれる日本医療機能評価機構のサーベイヤーリーダー養成研修会に参加する。これから新千歳を発つ。 全て物事は勉強。まだまだ勉強が必要だ。 10日からは5日間もソウルに行かなければならない。長女の結婚式のためだ。家族での移動なので、これはこれで大変だ。 [続きを読む]
  • 生半可な態度でことに当たっては…
  • 芥川賞受賞の沼田真佑さんが朝日新聞にエッセーを寄せている(4日付)。 「…自分がその賞を受賞した者だということを、きれいさっぱり忘れてもらえる日が来るように、地に足をつけて精進しようと思っている。生半可な態度でことに当たっては、文章の世界に限った話じゃない、どんな仕事でも失敗するのは目に見えている」 [続きを読む]
  • コープ地区福祉活動助成&活動交流会
  •  本日はイベントに合わせ、職場は休みをいただき、「2017年度コープ地区福祉活動助成&活動交流会」に参加してきた(会場・京王プラザ札幌)。COML札幌患者塾としての参加で、中田ゆう子代表と2人での参加。 COMLは初めて活動助成をいただいたので、助成団体への贈呈式参加と交流会が目的。今年度は90件ほどの応募があった、というが、そのうち50件強に助成が決定した。光栄なことである。団体が活動... [続きを読む]
  • 「揺れる鉄路」第5部
  • 北海道新聞が「揺れる鉄路」第5部を連載している。今回は「欧州で考える」。欧州の鉄路事情を取り上げている。 もちろん専門家ではないのでわからないが、日本は①道路にかける予算が大き過ぎる②国鉄からJRという構図に変わり、責任がどこにあるのか、極めて見えにくくなった〜などを感じる。欧州の鉄路から学ぶことは多そうだが、それを政策に反映させるためにはとてつもないエネルギーと時間を要しそうだ。 [続きを読む]
  • 第109回COML札幌患者塾
  • 第109回COML札幌患者塾が8月19日(土)に札幌市社会福祉総合センターで開かれる。認知症に関するテーマの2回目で、今回はNPO法人北海道ひまわりの会・平野憲子事務局長の話題提供。 * 1ヶ月程度前に申請していた「コープさっぽろ社会福祉基金」の地域福祉助成が決定しました、との文書... [続きを読む]
  • 青森市の林語堂
  •  最近、定期的に古書目録を送ってもらっている林語堂(青森市)より昨日、依頼していた3冊が届いた。古書目録を眺めていると、40年前の「月刊キャロット」があった。定期的に文章を載せていたので、思わず懐かしさから注文した。 [続きを読む]
  • 朝日川柳
  • 今まではなかったことなのだが、知らず知らずに朝日川柳欄の切り抜きが増え、スクラップされている。連日の切り抜きだ。我ながら驚く。 現政権になってからのあまりにひどい政権運営をこの欄に寄せられた川柳(プラス時事漫画)がチクリ(チクリどころではない強烈に)と批判・皮肉る。眺めていると、溜飲が下がる。 [続きを読む]
  • 私の「北海タイムス物語」⑨
  •  人生には何が待ち受けているか、全くわからない。この物語(ほぼノンフィクションだが)を書き始めようと思った時、何故か咄嗟に2つの事実は書いておこう、と思った。一つ目は前回書いた。大手紙A紙の盗作記事の件である。二つ目も大手紙絡みだ。あるいは最近のジャーナリズムで論調に違いが際立っている代表2紙にしてこの程度か、というそんな気持ちを自分なりにスケッチしてみたいと思ったのかもしれない。 ... [続きを読む]
  • 岩内町郷土館・夏目漱石戸籍謄本
  • 気候が不安定な中、連休中に岩内町郷土館に寄って来た。以前から明治時代、夏目漱石が同町内に戸籍を移していた、という逸話を知り興味はあったのだが、主にその関連で戸籍謄本(写し)を見てきた。明治時代、岩内町にあった三井物産岩雄登硫黄山の御用商人、浅岡仁三郎宅に22年間にわたり籍を置いていた、という。 懲役忌避など、いくつかの説があるようだが、未だに謎、という。姜尚中氏も訪れたらしく展示品... [続きを読む]
  • 私の「北海タイムス物語」⑧
  • 増田俊也氏の「北海タイムス物語」に触発されて(とは言っても作品自体を読んだ訳ではないのだが)私のローカル紙記者時代のエピソードを書いてきた。 実は咄嗟に初めて書いてみようか、と閃いたのは主に記者時代に遭遇した2つの出来事による。 第一は全国大手紙A社記者の盗作記事のことである。ここまで書き継いで来たように私は記者としてはコミュニケーション能力は極端に低かったが、運が良かった... [続きを読む]
  • 私の「北海タイムス物語」⑦
  • 特ダネ、あるいは特ダネに近い仕事は3〜4回したように記憶する。 1回は弘前市内の私立高校生が覚せい剤を使っていた、という事案。何か教育関係の会議に取材に行った折、警察関係者か、教育関係者が漏らした発言を聞き逃さず、その後裏付け取材をして記事化した。その会議には記者が私しか居ず、他の社はそうした事実を知る由もなかった。 2回目は母子家庭の母親が小学生の我が子を長い間学校に行か... [続きを読む]
  • 私の「北海タイムス物語」⑥
  •  夏目漱石の「坊ちゃん」のように滑稽だが、津軽の人々はシャイで、イイフリコギ(格好をつける)の人が多いようだ。 弘前でローカル紙記者として働き始めて1年目。滑稽なことだが、標準語をしゃべる、というだけで人はあまり近づいてこない(笑い)。標準語を馬鹿にしているのではなく、逆にそれだけで凄い、という感覚である。仲間内では津軽弁を自由に使いこなし居心地が良いのだ。だから、きっと東京で暮らした人... [続きを読む]
  • 私の「北海タイムス物語」⑤〜さまざまな個性〜
  •  ユニークな記者たち  昭和という時代、そして津軽という地域性(土着性)もあってか、先輩記者にはユニークなさまざまな人がいた。  記者は本社報道部に10数人、文化部に3人ほど、そして各支社、支局に合わせて10数人といったところ。私はまだ若く、当時は同僚の記者たちがどんな人なのか、ごく一部しかわからなかったような気がする。今でもそれぞれの記者たちの全体像はわかるよすがもない。... [続きを読む]