峰さん さん プロフィール

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峰さんさん: ウォーク更家の散歩
ハンドル名峰さん さん
ブログタイトルウォーク更家の散歩
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/mrsaraie
サイト紹介文昨年、一人旅で、東海道五十三次を全踏破しました。 現在、中山道を踏破中です。
自由文一人旅の街道歩きに、すっかりハマってしまいした。
街道歩き以外の横浜・東京の町歩きもブログに書いています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供82回 / 365日(平均1.6回/週) - 参加 2013/01/26 09:01

峰さん さんのブログ記事

  • 日光街道を歩く(17-2:宇都宮:宿場町) 栃木県宇都宮市
  • (写真は、日光街道と奥州街道の分岐点 : 手前の赤矢印が日光街道で、奥へ進む赤矢印が奥州街道。)日光街道歩きの続きで、早朝に、JR横浜駅から、上野東京ラインで、JR宇都宮駅へ向かいます。JR宇都宮駅の前のバス停から、路線バスに乗り、西原三丁目で降ります。前回は、ここ西原三丁目のバス停から旧日光街道を外れて、”釣天井事件の宇都宮城”を見に行きました。再び、旧日光街道を歩き始めると、直ぐ左手に、写真の「台陽 [続きを読む]
  • 首都高速道路・横浜北線 開通 (事前イベント)
  • (写真は、横浜北線開通のTVニュース)一昨日(18日(土))に開通した「首都高・横浜北線」の1週間前の”事前ウォーク”に、11日(土)に行って来ました。高速道路ウォークについては、これまでに、「圏央道・寒川北〜海老名」と、「圏央道・相模原愛川〜高尾山」で、ご紹介しました。3回目となる今回の”高速ウォーク”は、首都高・横浜北線の開通前に、高速道路上を歩くことができるイベントです。(無料)先着順1万人でし [続きを読む]
  • 木下大サーカス (横浜公演)
  • (写真は、「木下大サーカス」のテント)先週の日曜日(3/5)、現在、横浜に来ている「木下大サーカス」を見て来ました。(〜5月7日迄)木下大サーカスは、子供の頃、親に連れて行ってもらった記憶があるので、まだあったんだ!、と懐かしく思いました。日曜日なので、少しは混むかなくらいに思って出かけたのですが、行ってみて考えが甘かったことに気付きました。サーカスのテントの近くに着いたら、もう既に、延々と行列が出来 [続きを読む]
  • 「谷根千」散策 (3/3)
  •    (写真は、根津神社の乙女稲荷の千本鳥居)「谷根千」散策の谷中銀座、観音寺・築地塀、森鴎外記念館などの続きで、谷根千の最終回です。前回ご紹介した「森鴎外記念館」に、「団子坂」側の入口から入り、見学を終えて、記念館の「やぶ下通り」側の出口から出ます。森鴎外記念館のやぶ下通り側には、上の写真の「舞いの像」があります。左手に、区立第八中学や汐見小学校を見ながら、やぶ下通りの坂を下って行くと、日本医科 [続きを読む]
  • 「谷根千」散策 (2/2)
  • (写真は、観音寺の築地塀)前回の「谷根千」散策の天王寺駐在所や谷中銀座の続きです。谷中銀座の商店街を抜けて、「藍染(あいぞめ)川」を暗渠化した「へび道」に突き当たります。突き当たりを左折して「へび道」を少し進み、直ぐにまた左折して、路地を真っ直ぐ進むと、突当りに「岡倉天心記念公園」があります。岡倉天心は、明治時代、日本美術の発展に大きな貢献をしました。岡倉天心記念公園は、岡倉天心の旧居と天心が教鞭 [続きを読む]
  • 「谷根千」 散策
  • (写真は、山手線内では唯一と言われる”駐在所”の「天王寺駐在所」。)先週、最近話題の「谷根千」(やねせん)を散策して来ました。「谷根千」は、御存じの様に、「谷=谷中」、「根=根津」、「千=千駄木」の3つの町名の頭文字をとった最近話題の散策スポットです。「谷根千」の散策を思い立ったのは、先週読んだ小説「警官の血」の舞台が、この「谷根千」だったからです。「警官の血(上)(下)」(新潮文庫)は、直木賞作 [続きを読む]
  • 日光街道を歩く(17-1:宇都宮:宇都宮城) 栃木県宇都宮市
  • (写真は、将軍家光の暗殺計画の舞台となった「宇都宮城」)宇都宮城見学の前の予備知識として、有名な「宇都宮城”釣天井”(つりてんじょう)事件」について、説明しておきます。三代将軍・徳川家光が日光東照宮を参詣した帰り道、宇都宮城に1泊することが決まりました。これを知った宇都宮城主・本多正純(まさずみ)は、釣天井(吊り天井)を落として、家光を押し潰して暗殺しようと企てます。その工事のために集められた大工 [続きを読む]
  • 松濤美術館 (渋谷)
  • (写真は、松濤美術館)熊本の中学校時代の美術の先生が、現在、渋谷の「松濤(しょうとう)美術館」で、版画の個展を開いていらっしゃるので、一昨日(2/19)行って来ました。(坂田燦(あきら)の版画でめぐる「おくのほそ道」展:〜2/26、〜3/4〜19:入場無料)渋谷駅前のスクランブル交差点から、文化村通りを直進すると、東急本店に突き当たります。(東急本店)東急本店の左側沿いの緩やかな上りの道を歩いて行きます。緩や [続きを読む]
  • 日光街道を歩く(16:雀宮) 栃木県宇都宮市 8km
  • (写真は、「雀宮」の地名の由来となった「雀宮神社」)「雀宮(すずめのみや)宿」とは!、”舌切り雀”のお宿をイメージしてしまう様なファンタスティックな宿場名です! 本陣1、脇本陣1、旅籠38の「雀宮宿」は、日光街道が開かれたときに新しく作られた宿場です。そして「本陣職」を務めていた「小倉家」は、もとは宇都宮氏の家臣で2万石を領していた名門の旧家でした。 雀宮宿に入ると、左手のコンビニの駐車場の脇に「雀 [続きを読む]
  • 日光街道を歩く(15:石橋) 栃木県下野市 6km
  • (写真は、銃眼と矢狭間のある土塀(城郭様式)の「開雲寺」)「石橋宿」は、総軒数79軒で、うち本陣1、脇本陣1、旅籠30でした。また、江戸時代には、この辺りはカンピョウの産地でした。「石橋宿」に入ると、旧日光街道(国道4号)沿いの石橋の信号の手前の辺りが、「石橋宿」の中心だったらしいですが、現在はその痕跡すらありません・・・石橋の信号を右折するとJR石橋駅です。地元では有名だというJR石橋駅前の「からく [続きを読む]
  • 日光街道を歩く(14:小金井) 栃木県下野市 3km
  • (写真は、慈眼寺の布袋様の石像)新田宿から、ほぼ真っ直ぐな旧日光街道(国道4号)をひたすら歩いて行き、右手の小金井駅前を過ぎると、日光街道の左手に「小金井一里塚」の看板が見えて来ました。看板の横に、二つ並んだ一里塚がありました。一里塚を出て、旧日光街道を更に進んで行くと、左手に、1198年創建の「慈眼寺(じげんじ)」の大きな看板が見えました。慈眼寺は、徳川将軍の日光社参の際の御昼休み所でした。門前には [続きを読む]
  • 日光街道を歩く(13:新田) 栃木県小山市
  • (写真は、青木本陣の門)「新田(しんでん)宿」は、幕府の直轄領である天領で、宿場町の人口244人と、日光街道では最も小さい宿場でした。国道4号と並行していた旧日光街道は、JAの角で、国道4号に合流します。このJAの辺りから、国道4号沿いの700メートル余りが、新田宿です。国道4号沿いの家々の塀には、写真の様に、江戸時代の屋号が表示してあります。その中に、古くて立派な木の門がありますが、これが青木本陣の門 [続きを読む]
  • 日光街道を歩く(12-3:小山:宿場町) 栃木県小山市
  • (写真は、天翁院の「親子地蔵」)早朝に、JR横浜駅から、上野東京ラインで、前回のゴールになったJR小山駅へ向かいます。1868年、江戸を脱走した幕府軍は、宇都宮の占領を目指して北上していました。宇都宮藩・彦根藩・笠間藩等からなる新政府軍は、ここ小山宿で迎撃態勢をとったため、両軍はここで激しい戦闘になりました。この戦闘は、鳥羽伏見の戦い以降では、最初に起きた正規戦でした。小山宿内では、激しい銃撃戦と白兵戦が [続きを読む]
  • 日光街道を歩く(12-2:小山:小山城) 栃木県小山市
  • (写真は、小山城址がある城山公園。)「小山評定跡の碑」がある「小山市役所」の隣は、広々とした「小山御殿」広場です。説明板によると、「小山御殿」は、将軍の日光社参の際の休息所・宿泊所として設けられました。そのため、小山御殿は、かなり厳重な配置になっており、周囲には堀が廻り、土塁が二重に築かれ、敷地内に16か所もの番所があったそうです。次に、「小山御殿」の道路向いにある「小山城」(城山公園)へ向かいま [続きを読む]
  • 日光街道を歩く(12-1:小山:小山評定) 栃木県小山市
  • (写真は、小山市役所の前庭にある「小山評定跡の碑」)旧日光街道の県道265号を進み、「小山(おやま)宿」に入ると、左手に下の写真の「持宝寺」が見えて来ます。写真の「梵鐘」は、1793年(寛政6年)に鋳造された梵鐘で、鐘の銘文中に孝謙天皇の文字が刻まれていたために、小山市内で、唯一、第2次大戦中の供出を免れたそうです。徳川吉宗は、日光社参の際にはこの「持宝寺」で休憩しました。持宝寺を出て、街道を暫く歩くと、 [続きを読む]
  • 金山城 (日本100名城:群馬県)  2016.12.29
  • (写真は、戦勝祈願に使用された「金山城」の「日ノ池」。)昨年の年末に、群馬の「藪塚温泉」で1泊した翌日の話しです。旅館を出て、東武伊勢崎線・藪塚駅で電車に乗り、3駅先の太田駅で下車します。上の写真は、太田駅前にある鎌倉幕府を倒した新田義貞(にったよしさだ)の像です。太田駅前の観光案内地図を見ると、日本100名城のひとつの「金山城」(かなやまじょう)が、ここから近く、歩いて直ぐに行けそうです。駅で貰っ [続きを読む]
  • 藪塚温泉 (群馬県) 2016.12.28
  • (写真は、藪塚温泉の田園風景の中の案山子)昨年の年末は、群馬の温泉で過ごしました。年末は、毎年、温泉にのんびりと浸かることにしています。このところは群馬県の温泉にハマっています。これまで群馬県の温泉は、伊香保、草津、磯部、(四万)、(水上)、(万座)へ行きましたが、昨年の年末は、「藪塚温泉」に行って来ました。「藪塚温泉」は、遠くに赤城山を望む田園地帯の中にあります。温泉の歴史は古く、天智天皇の時代 [続きを読む]
  • 日光街道を歩く(11-3:間々田:間々田八幡宮) 栃木県小山市
  • (写真は、間々田八幡宮の狛犬)間々田(ままだ)宿を抜けて、次の小山宿へ向けて、国道4号(旧日光街道)を進みます。やがて、左手に大きな鳥居があり、その参道をどんどん歩いて行くと、写真の「間々田(ままだ)八幡宮」がありました。境内に入ると、右手に弁天池があり、池の赤い橋を渡ったところに「芭蕉句碑」がありました。 ”古池や 蛙飛び込む 水の音”ん?、これは江戸深川の芭蕉庵で詠まれた句なのに、何故ここにこ [続きを読む]
  • あけましておめでとうございます
  • (写真は 「中山道 姫行列」 : 太田宿にて)あけましておめでとうございます。昨年は、各地で熊が出没しましたが、私は途中で熊に襲われることもなく、無事に中山道を踏破しました。その様子は、⇒ 「中山道を歩く(完全踏破の一人旅)」 に記しました。現在は、日光街道を東京から歩いています。その状況は、このブログで、随時、報告しますのでお楽しみに!また、東海道五十三次を踏破した際のホームページも開設していますの [続きを読む]
  • 日光街道を歩く(11-2:間々田:宿場町) 栃木県小山市 
  • (写真は、赤いマフラーをした「乙女の不動像」)間々田(ままだ)宿に入り、「乙女河岸」の近くの「小山市立博物館」と「原瓦窯跡」を見学しました。原瓦窯跡の前の道を少し北へ進むと、写真の「乙女不動尊」がありました。乙女不動尊の門前には、一目でそれと分かる赤いマフラーをした「乙女の不動像」がありました。乙女不動尊の境内の中に入ると、上の写真の鐘楼門があり、その先に、不動池に架かる赤い太鼓橋があります。そし [続きを読む]
  • 日光街道を歩く(11-1:間々田:乙女河岸) 栃木県小山市 
  • (写真は、「乙女河岸」の千石船のモニュメント)野木宿から約7キロ歩いて、間々田(ままだ)宿に入りました。国道4号の旧日光街道を進み、間々田駅入口の信号を左折して、「乙女河岸」へ向かって歩いて行きます。右手に乙女小学校を見ると、直ぐに桜並木の土手に突き当ります。土手を上ると、正面が「乙女大橋」で、その左手が「乙女河岸」でした。 「乙女河岸」には休憩所があって、上の写真の石の千石船と、下の写真の石の柱が [続きを読む]
  • 渋谷で X'mas (青の洞窟SHIBUYA)
  • (写真は、「青の洞窟SHIBUYA」)早いもので、今年ももうクリスマスです!この時期は、各地のクリスマスのイルミネーションをご紹介してきました。「山手線に沿ってXmas」(2006.12.19〜26)、「大江戸線に沿ってXmas」(2007.12.17〜25)、「みなとみらいでXmas」(2008.12.24)、「山手線に沿ってXmas」(2009.12.21〜25)、「 横浜・山手西洋館で X'mas 」(2013.12.21)、「東横線に沿ってX’mas」(2014.12.11)今年ご紹介 [続きを読む]
  • 日光街道を歩く(10:野木) 栃木県下都賀郡 
  • (写真は、野木神社の乳房の形をした奉納物)古河宿を出て、旧日光街道を更に進んで行くと、左手に「野木神社」の鳥居があったので、その参道をどんどん歩いて行きます。  かなり長い参道で、その先に、二の鳥居と三の鳥居がありました。「野木神社」の社殿の説明板によると、この「野木神社」は、以下の①〜④の様に由緒ある神社です。①802年に、坂上田村麻呂が、蝦夷の反乱の際に、ここで戦勝を祈願、無事平定し、そのお礼に [続きを読む]