JARIN さん プロフィール

  •  
JARINさん: 大神回天基地ブログ
ハンドル名JARIN さん
ブログタイトル大神回天基地ブログ
ブログURLhttp://ameblo.jp/oogakaienkiti/
サイト紹介文大分県速見郡日出町に存在した人間魚雷回天訓練基地「大神基地」について調べた事をを紹介するブログです。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供50回 / 365日(平均1.0回/週) - 参加 2013/02/03 02:07

JARIN さんのブログ記事

  • 佐伯訪問記―番外編・以前のもの―
  • 数年前のものですが、佐伯航空隊の指揮所跡等の画像がありましたので、アップさせて頂きます。訪問した時期は雪が路肩に残る寒い時期でした!内部は意外にもしっかり残っているような印象でした。工場の敷地内だったので、手続きを済ませて中に入りました。掩体壕です。一部は鉄筋が出ていたかと思います。裏側の状況です。近くにあった掩体壕です。物置?として利用されてました。近くのパノラマ画像です。濃霞山公園の案内板。こ [続きを読む]
  • 佐伯訪問記⑳―番外編―
  • 今回でひとまず「佐伯訪問記」の最後になります。今回訪問したところを終戦直後の1947年に米軍によって撮影された航空写真を元に振り返ってみたいと思います。最初に蒲江浦の画像です。壕があったと思われる鴬谷や小向周辺にはあまり集落らしきものがないのがわかります。鴬谷の近くには証言にあった「すべり」らしきものが見えましたが、小向周辺にはそれらしきものはありませんでした。小向から鴬谷まで押して行くには距離がある [続きを読む]
  • 佐伯訪問記⑲―仙崎編No.5―
  • 前回の続きです。二段の円柱状になっているこの構造物は何が据えてあったのか気になります。アンカーボルトがむき出しになり、この部分が一段下がっているのがわかります。近くには用途不明のコンクリート構造物がありました。この階段もその当時のものと思われます。この場所を離れ更に上を目指しました。しばらく歩くとコンクリートの壕みたいなものがありました。木の葉等で覆われていたので最初はわかりませんでしたが、山頂に [続きを読む]
  • 佐伯訪問記⑱―仙崎編No.4―
  • 砲台の周辺施設の探索です。砲台跡の周辺には砲台を支えるためと思われる石垣が何ヵ所か見られました。本当に当該期のものか?と言われると断定はできませんが、石垣の隙間にはよく見るとモルタルが詰められていること等から、判断しました。山頂方向に足を進めます。しばらく歩くと鶴御崎砲台のところでも見た釜戸の跡らしきものがありました。周辺を見たところコンクリートの階段がありました。今は特に何もありませんが、資料に [続きを読む]
  • 佐伯訪問記⑰―仙崎編No.3―
  • 第一砲台に続いて第二砲台です。構造はほぼ同じですね!(^^)砲を据えたところの穴はこちらがまだわかりやすいです。ちなみに直径は約4.5mでした。また砲台の内径は約10mでした。砲弾を保管していたと思われる場所。第一砲台と同様にこちらにも同じものがありました。ちょうど裏側になります。こちらは中には入れませんでした。第二砲台を見たところです。正面に見える階段は第三砲台へと続くものです。第三砲台です。こちらも同じ [続きを読む]
  • 佐伯訪問記⑯―仙崎編No.2―
  • いつもマイペースの更新で申し訳ありません。第一砲台跡にやって来ました!こうやってみるとしっかりと残っているのがわかります。ここの砲台には引渡目録によると「40口径安式15糎砲」か3門設置されていたようです。砲台の構造がわかります。中央の穴は土砂で埋まっていました。骨材にはこのような茶碗の欠片みたいなものもありました。砲台から下の仙崎公園を見下ろしたところです。抜群のロケーションですね!(^^)かつては第一 [続きを読む]
  • 各科倉庫壕(北)の概略図
  • 各科倉庫壕(北)の概略図が完成しました。戦時日誌の図面をトレースしています。こうやってみると意外に入り組んでいるのがわかります。中に入ってみたい?という質問がありましたが、さすがに怖いです…。何かあっても助けは来ないでしょうし…(^_^;) [続きを読む]
  • 佐伯訪問記⑮―仙崎編No.1―
  • 次に訪問した所は佐伯市蒲江の西野浦・仙崎つつじ公園の近くにある「斧崎砲台跡」です。仙崎砲台と名称もあるみたいですが、佐伯防備隊の引渡目録では「斧崎砲台跡」という名称だったので、こちらを採用させて頂きます。途中、車で林道を走らせると少しわかりづらいですが、公園の登り口が見え、そこから上がりました。「つつじ 仙崎自然公園」として整備されています。訪問したのが3月末でしたので、残念ながら「つつじ」を見るこ [続きを読む]
  • 佐伯訪問記⑭―蒲江編No.1―
  • 佐伯への戦跡巡りの気楽旅も、ついに大分県最南端蒲江まで来ました。ここに来たのは海龍もしくは回天の壕があると聞いたからです。行ってみるとある文献によると、「文化センターの近くにある4階建ての市営住宅の近くにある」とのことでしたが、現地を訪問してみると「文化センター」はなく、それらしい建物だった蒲江町中央公民館から見える市営住宅は5階建て…(。´Д⊂)市営住宅の近くに行って見ても何もなく、ガセか?と思いま [続きを読む]
  • 平成29年回天神社例大祭
  • 平成29年度回天神社例大祭に参加して来ました。当日はとても天気が良く暑いぐらいでした。回天神社からの眺望です。少しモヤがかかっていますが、対岸の大分市がよく見えました。海上自衛隊佐伯分遣隊による軍艦旗の掲揚に続き神事が進み、滞りなく終了しました。今回は北海道や愛知県などからも来られたみたいです。ただ去年の例祭よりも参列者が少なかったように思います。観光協会・町歩き案内人?・海陸の自衛隊員や地域の名士 [続きを読む]
  • 佐伯訪問記番外編①ー米軍撮影の航空写真№1−
  • 今回は少し休憩の意味も込めてこれまで訪問した戦跡等を米軍が戦後に撮影した航空写真を元に振り返ってみたいと思います。1947年(昭和22年)の3月から4月にかけて撮影されたものです。 最初に佐伯航空隊・防備隊や蛇崎第一砲台があった場所です。第十特攻戦隊第101突撃隊の位置は戦時日誌等からの推測です。大まかな位置しかわかっていません。 次に米水津湾近辺です。記録や証言によるとこの海域で訓練を実 [続きを読む]
  • 佐伯訪問記⑬―鶴御崎砲台No.5―
  • 展望台にある「幸せの鐘」です。バックには豊後水道と青い空!素晴らしいロケーションです。 鐘の下には南京錠がいくつかありました。カップルが付けて行ったものでしょうか?その割には少ないなと思ってましたが、よくよく調べてみると定期的に外しているみたいです。 幸せの鐘シリーズはここだけでなく何ヵ所かあるみたいです。どこも景色のいい場所を選んでいるみたいです。 展望台からの眺めです。 [続きを読む]
  • 佐伯訪問記⑫―鶴御崎砲台No.4―
  • ※背景が曇りの画像と晴れの画像がありますが、これはこの地に2回訪問しているからです。晴れの日の画像が後日のものです。 ミュージアムパーク鶴御崎からしばらく走ったところに鶴御崎灯台の駐車場があります。 鶴御崎一帯の案内板です。ここらへんは確かに「自然」を満喫できます。駐車場からは灯台まで歩きです。 歩いてすぐ別れ道となり、砲台跡への案内板が出てました。目的地です!(^^) よ [続きを読む]
  • 佐伯訪問記⑪―鶴御崎砲台No.3―
  • 展望台を満喫した後は回れていなかった所を時間が許す限り回りました。 展望台に登る階段から見張所を見たところです。 前回紹介した山道を登りきったところにある階段です。 前回とは逆方向にも兵舎跡がありました。コンクリートの基礎のみが残っていました。出入口らしき所はちょっとした階段になっていました。 同じ兵舎跡を逆方向から見たものです。 兵舎跡の近くには測量 [続きを読む]
  • 佐伯訪問記⑩―鶴御崎砲台No.2―
  • 兵舎跡から更に左に曲がり上に登っていくと、いよいよメインの展望台が見えてきました。 木が伐採されていたので、すぐわかりました。ドキドキものです。 石積とコンクリートの構造物が見えてきました。旧陸軍の構造物の上にまたがるような形で展望台が作られていました。 しばらく歩くと旧陸軍の施設らしきものがありました。入り口には木の枠が残っています。 詳しい事は調べられて [続きを読む]
  • 佐伯訪問記⑨―鶴御崎砲台No.1―
  • 鶴御崎灯台の手前に「ミュージアムパーク鶴御崎」があります。最初に来たときはリサーチ不足のため、スルーしてしまいました…(^o^;)鶴御崎灯台に着いて、初めて砲台があった事を知ったのです…。ミュージアムパーク鶴御崎の登山口には駐車スペースがありました。頂上まで60歳男性で20〜30分と書いてあったかと思います。少し見づらいですが、案内板です。砲台が一門と見張台、兵舎、防空壕があったとされています。このような山道 [続きを読む]
  • お知らせ
  • ただいま夜勤の休憩中です〜(^^)別府大学戦史研究室からの要請で、同研究室の活動に一環の発表会にて、「人間魚雷回天と大神基地(仮)」の発表をすることになりました。正確な日時はまだ未定ですが、6月に実施するみたいなので、頑張りたいと思います。新入生が入ったばかりだそうで、どれだけコアな話をしたらいいのか悩んでいます(^-^; [続きを読む]
  • 主運航系統及護衛担任区分図
  • 佐伯訪問記の途中ですが、ようやく作りたかった図面が完成したのでアップさせて頂きます。大神基地というよりも「海鷹」に関連するものです。以下の図面は呉鎮守府戦時日誌の機密呉鎮守府命令作第33号にあったものです。線の太さは何を意味するのかは残念ながらわかりませんでした。担任区分は図面に記載されてあったものを反映させています。海上護衛として活躍した海鷹でしたが、主な航路は六連〜昭南間であり、第一海上護衛隊( [続きを読む]
  • 佐伯訪問記⑧―水の子島海事資料館・渡り鳥館―
  • 話が前後しますが、最初に丹賀砲台跡に訪問した際、休館日だったので鶴御崎灯台を目指しましたが、その途中にあった「水の子島海事資料館・渡り鳥館」に立ち寄ってみました。施設は海岸沿いにありました。訪問してみると…(^o^;)こちらも休館日でした…(TωT)ここは明治時代にできたといわれ、郵便職員が寝泊まりしていた施設を水の子島灯台の歴史や豊後水道に関連する歴史等を紹介した資料館だったと思います。渡り鳥館です。中を [続きを読む]
  • 佐伯訪問記⑦―丹賀砲台跡No.3―
  • ※こちらのページは後で画像を追加させて頂きます。ドームから出てきました。外から見たドームの様子です。ドームの近くには石で半島の地図を表したものがありました。近くには展望台があり、そこからのパノラマ風景を撮ってみました。遠くに見えるのは大島です。丹賀砲台の役割位置図がありました。展望台からの風景と合わせて見るととてもわかりやすかったです(^^)大島の遠景です。かつて佐伯防備隊の砲台があったそうです。引渡 [続きを読む]
  • 佐伯訪問記⑥―丹賀砲台跡No.2―
  • ※こちらのページの画像は後日追加させて頂きます。さあいよいよ階段を登ります。前に来た際にこちらが故障しているという情報は入ってましたので、覚悟してきました。斜孔の入口です。弾薬庫から弾薬を上げるために使われていたようです。内部は全てコンクリートで固めてありました。階段を見て唖然としました…(^o^;)見辛いと思いますが、思っていた以上に急です。しかも階段がすぐ終わるように見えますが、角度が変わっただけで [続きを読む]
  • 閑話
  • まだまだ佐伯訪問記は続きますが、ここでちょっと一休み。戦跡巡りをしていると必ず話題として上がるのが、「幽霊」です。霊感がある人から「ジャリンさん。あれが写ってますよ」と教えて頂いた事がありました。また「数十人亡くなっているところに行けない」と言われたこともありました。更に自衛官の方が「ここだけ話」の1つで幽霊の話もされていました。私は霊感はさっぱりです。たまに「?」と思うことはありますが、それでも [続きを読む]
  • 佐伯訪問記④―海上自衛隊佐伯分遣隊No.2―
  • 約2時間ほどお話を聞かせて頂き、様々勉強させて頂きました。庁舎から出た際には敬礼をもって送って頂きました。こちらは慣れてないので、少し戸惑うばかりでした(^-^;でも気持ちがいいですね!(^^)終わってから周囲を散策して来ました。掩体壕等は別の機会に。航空隊の掩体壕があった付近からかつての防備隊があった付近を望む。当時の桟橋です。庁舎より南側付近。燃料格納壕がありました。庁舎裏側には大小様々な壕が残されてい [続きを読む]
  • 佐伯訪問記③―海上自衛隊佐伯分遣隊No.1―
  • 話が前後して申し訳ありませんが、大分県内の回天配備に関して、なぜ一見大神とは関係のなさそうな佐伯に目を向けるようになったのか、そのキッカケ書きたいと思います。以前、こちらでも大神基地以外の回天配備について資料を紹介したことがありました。「大分県の戦争遺跡」という本に回天か海龍の壕があるという記事があったのは知ってましたが、果たして回天のものかというのは自分の中で最大の疑問でした。特に回天と海龍の壕 [続きを読む]
  • 佐伯訪問記⑤―丹賀砲台跡No.1―
  • 今回は陸軍が設置した丹賀砲台跡です。丹賀砲台は豊予要塞の1つで佐伯市鶴見大字丹賀浦女郎崎にあります。佐伯市内から自動車で1時間近くでしょうか?国道388→県道501→県道604を通って行きます。海岸沿いは釣り人がいました。画像は南西より記念ドームを望む。入口です。すぐ目前の正面に受付があります。ここは火曜日と水曜日が休館日で入館料は200円でした。しかし、この日はリフトが壊れているという理由で無料でした!ラッ [続きを読む]