tkharry さん プロフィール

  •  
tkharryさん: 悟りの世界に遊ぶだけ〜♪(*^o^)乂( ̄ー ̄*)
ハンドル名tkharry さん
ブログタイトル悟りの世界に遊ぶだけ〜♪(*^o^)乂( ̄ー ̄*)
ブログURLhttp://ameblo.jp/kidotomoaki/
サイト紹介文悟りをより身近に、ごくごく当たり前の自然なものとして生きる時代へ共に参りましょう!(*^^)v
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供284回 / 365日(平均5.4回/週) - 参加 2013/02/07 15:32

tkharry さんのブログ記事

  • 「考えること」と「観察すること」
  • さて、求道において、 「考えること」 と 「観察すること」 はまったくの別物です、、 「考える」 というのは、その性質上、、 何か出来事が起きた場合、あるいは、あらゆる物事に対して、、 瞬時に、それに 「ついて」 の考えが起こり (または、「考え」 を当てはめ)、 その現象が必ず 「何か」 にされてしまう反応のことを言います、、 その時点で、もはやそれは、「あ [続きを読む]
  • 禅〜真実の歩き方
  • 人生には様々な道があります、、 ぬかるんだ道、石や岩の多い険しい道、、 時に、平坦な道もあれば、思わぬ障害物が待ち構えている道もあるでしょう、、 「自分」 にとって歩き易い、平坦な道ばかりを望む生き方は、、 一見、自我にとっては魅力的に映るものの、、 その背後には、防衛に根差した 「個人の都合」 による見方があると見ることができます、、 晴れのばかりを [続きを読む]
  • 禅〜今に出会い続ける
  • 不意に思い出したある禅の逸話、、 詳しいところまではうろ覚えですが、アウトラインはこんな感じです、、('-'*)(,_,*)('-'*)(,_,*) というわけで、どうぞ、、むかーしむかしのことじゃった、、(?˘?˘?) あるとき、禅師と弟子が外出中、、 ある女性が川の前で困った様子で立っていた、、 聞けば、大雨のせいで川にかかっていた橋が流されてしまい、 向こう岸まで渡れずに困っ [続きを読む]
  • 解放はここにある
  • 「答え」 を 「どこか」 で探す度、、 今居る 「この場所」 を見落としてしまいます、、 「どこか」 に 「ゴール」 があると信じてしまえば、、 初めから 「ゴール」 にいるということを信じられなくなります、、 「探す」 ということ自体が、、 今にはまだそれがないという観念を強化してしまいます、、 超越的な何かを求めれば求めるほど、、 すでにあるこのリアリ [続きを読む]
  • 誰でもないことにしがみつかない
  • さて、いわゆる、無我、、あるいは、無分別の実相、、 などと伝統的に仰々しく語られる在り様を 「思い出す」 こと、、 ずっとそれで在ったという深い感得にくつろぐことを 目覚め、あるいは、悟りなどと言ったりするわけですが、、 そうした様相は、別段特別な状態のことでも、あるいは、境地や次元のことでもなく、、 まさに、今この瞬間、、「何か」 になる前の私たちの本来の姿が [続きを読む]
  • 一人を超えて行け♪
  • というわけで、数年前、、 私は、ある禅僧から、(臨済) 禅の真髄を教えてもらいました、、 彼がよく言っていたのは、、臨済禅の中興の祖、白隠禅師のこの言葉、、 マカエンの禅定は賞嘆するに余りあり、、というものでした、、 あ、その前に、、「求道」 ということにおいては、、 「言葉」 を 「信じる」 だけではまったく意味がありません、、 どんな高名なマスター方が語っ [続きを読む]
  • 「ここ」から始める練習
  • というわけで、、ある言葉を思い出しました、、('◇')ゞ 臨済宗の大本山、、奥山方広寺を開山したある禅師の言葉、、 わずかに一念を生ずれば即ち真に違(たが)う、、 といったもの、、('-'*)(,_,*)('-'*)(,_,*) 「一念」 とは、つまるところが、、 現代の悟り系で言うところの、「思考」 のことだろうと察しがつきますが、、 ※もちろん、、思考は雲の流れと同じで、宇宙 [続きを読む]
  • 自我はない?
  • さて、求道においてかなり高度なポインターであるとも言える、 自我はない、、というもの、、 悟り系メッセンジャーの多くが多用する 「自我」 という言葉、、 私も最近でこそ、「自我性」 というポインターに切り替えつつも、、('◇')ゞ それでも、依然、私のプログの主軸のひとつとも言えるテーマでもあります、、 --------------------------------------------------------------- [続きを読む]
  • 禅〜日々是好日
  • 思いがけず、日々是好日というワードが久々に登場しましたが、、('◇')ゞ では、今日はそんな流れで、、 スピリチュアルに留まらず、多くの場合、、 「悪い気分」 を避け、「良い気分」 でずっといたい、、 「悪い気分」 が現れたのであれば、「良い気分」 に一刻も早く作り変えたい、、 といった、背後にある自我性の 「恐れ」 故に、、 「不快さ」 から反射的、無意識的 [続きを読む]
  • ただ「今」に出会う生き方
  • 人生には、様々な天候の日があります、、 晴れた日、雨の日、雪の日、風の強い日、、 一般的な天候に留まらず、 日常の中で出くわす様々な出来事に対しても同様のことが言えるでしょうし、、 それに伴って反応する内面の 「天候」 もまた然りです、、 そうした様々な天候に際して、、 自我の防衛から来る、「個人の都合」 に根差した反射作用に無自覚でいると、、 &nb [続きを読む]
  • パワーオヴ受容
  • 前回の続き、、 不快な出来事が身に降りかかると、自我性の反射作用で、 さまざまな防衛のプロセスが思考と共に引き起こされるという話をしましたが、、 それに関連して、、私たちによく起きやすいのが、、 不快な出来事が起きた際、、それとは向き合わずに、 不快さ故に目を背け、気を紛らわしてくれそうなものに身の置きどころを求めようとする動き、 つまり、そこ (今現れて [続きを読む]
  • 今、苦しみから目覚める
  • 自我にとって不快な経験などが起こると、 往々にして、すぐさま防衛性の反射が起こります、、(-_\)(/_-)三( ゚Д゚) 「自分を守るため」 という大義名分のもとに、 思考を使って 「自分」 の正当性を主張しようとしたり、 納得の行く理由や論理を導き出しては、それにしがみつき安定しようとします、、 あるいは、不快さの原因やその 「対象」 に対する、 負の感情、敵対心や怒り [続きを読む]
  • あらゆる経験に共通しているもの
  • 会津にいるときも、、東京にいるときも、、はるか遠く海外にいるときも、、 はたまた、どこぞの聖地にいるときも、、 さらには、嬉しいときも、悲しいときも、苦しいときも、怒っているときも、、 誰といるときも、何をしているときも、、 良い気分のときも、悪い気分のときも、、 すべての経験に共通しているものがあります、、 そして、それを私たちは知っています [続きを読む]
  • 自分を手放す生き方
  • 「自分の都合」 ばかりに囚われていたんでは、 けっこう生きづらくなったりするものです、、Oo。。( ̄¬ ̄*) 世界 (全体) は 「全体の都合」 で営まれているわけですから、、 ※これを、悟り系では、「あるがまま」 などと言うわけですが、、 「自分」 という収縮、、自我性から来る 「恐れ」 故に、 身を守り 「自分」 にとって安全なものを選択し、維持し、所有しようとする、&nbs [続きを読む]
  • いろいろあって今ここに
  • 最近、どういうわけだか、 昔の友人からちょこちょこ連絡をもらうことがあったりするものです、、( *´艸`) 早、何年前になるか、、完全に求道へと歩みを進めてからというもの、、 それまでの友人付き合いはすべてを消し去ってしまったものでした、、 電話帳もすべて消去、、ミクシー(懐かしい、笑) も退会、、 フェイスブックもスピリチュアル関係者以外はすべてさよならし [続きを読む]
  • 受容の瞳
  • 此間の、良い気分、悪い気分の話、、( *´艸`) というわけで、補足です、、('-'*)(,_,*)('-'*)(,_,*) 良い気分、悪い気分、、これらどちらも何ら大差はありません、、 「自我の恐れ」 から来る 「個人の都合」 が、、単に良い悪いという二元対立を生み出しているだけであって、 別に、体感的に 「悪い」 と感じることが起きていても、、 本質的なところでそれは 「悪い」 もの [続きを読む]
  • 手放すとは
  • よく、悟り系のメッセージに留まらず、 様々なスピリチュアルのジャンルで見られる、 手放す、、というポインター、、('-'*)(,_,*)('-'*)(,_,*) 執着を手放す、自我を手放す、思考を手放す、感情を手放す、、などなど、、 こうした、たくさんの 「手放す」 が語られている中にあって、 意外にも、「どうすれば」 手放せるかといったことについてはあまり語られてはいなかったり [続きを読む]
  • どんなあなたも真理です!
  • チラリ、目にするスピリチュアルの教え、、 ワクワクしましょう!良い気分でいましょう!などの類、、(。´・ω・)? どんなメッセージでもその根本に、 何かを目指させよう、どこかに連れ出そうとする臭いが感じられるものは、、 すべて今ここ外しの思考の働きにはまった様相であって、 迷走や迷妄へと私たちを誘い込み兼ねないものと言えるでしょう、、 という [続きを読む]
  • 真実とは何なのだろう?
  • 人生の中で、こうした問いに出くわす人もいることでしょう、、 おそらくは、こうした問いが求道のきっかけともなるものですが、、 真実の、最後の扉の前では、こうした 「問い」 は手放さなくてはなりません、、 というのも、「問い」 とは、すなわち、その 「答え」 をどこか外側に探すという エネルギー的な動きを生み出してしまうがため、、ヘ(・o・Ξ・o・)ヘ たった今のリ [続きを読む]
  • 「正しさ」という「苦しさ」
  • 自分の中の正しいもの、、 こうであるべき、こうすべき、、 あの人はこうふるまうべき、私はもっとこうあるべき、、 自分の人生はもっとこうでなければ、 こういう物、人、状況、出来事が目の前にあるべきだ、、 さて、こうしたことのすべて、、 自分が握りしめている観念や信条の数々、、 それを足場とし、そこにしがみつくことで安心を得ようとする自我性の恐れ、、 [続きを読む]
  • 「在る」を何かにしないこと
  • 気づきのワークや、瞑想などの実践を続ける中で注意しておきたいのが、、 それらのアプローチで以て、 特別な何か、日常を超えた体感や次元?に達する、、 などのような謳い文句がしばしば語られたりするという点です、、 こうした誤解は、気づきのワークや瞑想に取り組んでいないと、 そこには至れない、日常的な感覚は本来的なものではない、、などのような スピリチュアルな観 [続きを読む]
  • 「今ここ」を選択する生き方
  • 「何か (崇高なもの) 」 を探すということ自体、 自分は今、それとは別物であると言っているということ、、 「どこか」 にあるはずだと信じることは、、 目の前の 「ここ」 とは違った別の場所に意識が向いているということ、、 今ここ以外にゴールを求めるということ自体が求道においては迷妄と言われます、、 というのも、私たちは、今ここ以外のどこにも行くことはできない [続きを読む]
  • 「未知」満ちる
  • さて、昨日の、「未知」 ついでに、、( *´艸`) 分かりたいという奔走、、「答え」 を手にしたいという探求、、 これらが起きているとき、、私たちは決してくつろぐことはできません、、 というのも、くつろぎというのは、、 そうした、奔走や探求が完全に鎮まった際の在り様であって、、 そうした、今ここ外しのエネルギーの一切を手放したとき、、それ即ち、今ここなわけです [続きを読む]
  • くつろぎの未知
  • 概念や習慣を頼りに足場を整えようとする、思考感覚の動きが見えてくると、、 これまで自分が、「こういうものだ」、「きっとそうだろう」、「そうに違いない」 と、 信じて来たあらゆるものが、、実際は、そうとは言い切れない、、 さらには、、それが何なのか本当のところでは分かり得ない、、 といった深い納得と、、不思議な安堵感が満ちることがあります、、(?˘?˘?) [続きを読む]
  • 私はもう悟っているんだろうか?
  • ティーチャー、ジョーン・トリフソンさんの本にも、 この題名の項があったけど、、( *´艸`) この言葉には、実に巧妙な思考のトラップが潜んでいると見ることができます、、 今流行りの?一瞥体験とやらを経験する人がそれなりに増えている中、、 瞬間の開きの直後、、すぐさま、普段の条件付け (観念・習慣) の引き戻しにより、 なんらこれまでと変わらない、ごくごく平凡な [続きを読む]