tkharry さん プロフィール

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tkharryさん: 悟りの世界に遊ぶだけ〜♪(*^o^)乂( ̄ー ̄*)
ハンドル名tkharry さん
ブログタイトル悟りの世界に遊ぶだけ〜♪(*^o^)乂( ̄ー ̄*)
ブログURLhttps://ameblo.jp/kidotomoaki/
サイト紹介文悟りをより身近に、ごくごく当たり前の自然なものとして生きる時代へ共に参りましょう!(*^^)v
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供295回 / 365日(平均5.7回/週) - 参加 2013/02/07 15:32

tkharry さんのブログ記事

  • 今ここの秘密
  • 不思議なもので、「何か」 を 「分かろう」 とすると、 たちまちにして、「まだ分かっていない何か」、「解き明かさなければならない謎」 が、 空想上の産物として、さも、「どこか」 にあるかのように思わされてしまうものです、、 しかし一方で、「分かろう」 としない時にはどうかと言うと、、 ただ 「分からなくていい」、「分かり得ない」 という開かれた在り方があるだけで、、 そこには 「謎」 になる以前の、とても明 [続きを読む]
  • 禅〜ただひたすらに動かない
  • というわけで、、 まさかの夏風邪が、、まさかまさかの発熱へと転じ、、 ようやくここに来て、なんとか終息を迎えつつある今日この頃です、、 そんなわけで、前回の道元さんからの流れで行きますと、、 曹洞禅の真髄は、、只管打坐 (しかんたざ)、、 ただひたすら打ち坐る、、と言ったものですが、、 禅のアプローチが 「健全」 であると言われる所以のひとつは、、 「どこか」 に辿り着くために必要な 「段階」 があれこ [続きを読む]
  • 「真理とは、今いる所で見つけるものだ」
  • さて、割かし涼しい気候の中での、盆踊り三昧が祟ってか、、 お盆休み後半に来てまさかの、風邪を引いてしまったってミラクルです、、(-_-メ) そんなこんなもありまして、、今日は、、安静にするといった意味で、、笑 「動き」 の中の三昧を奨励する、白隠禅師ではなく、、 動かずの真髄、、緻密さの結晶であるところの、、曹洞禅の生みの親、、 道元禅師を取り上げたいと思います、、 ちなみに、私が敬愛するティーチャー [続きを読む]
  • 気づきのレッスン INお盆
  • というわけで、お盆なもので、 今日は、市内の温泉街にある、盆踊り大会に出向いて来ました、、(ノ´▽`)ノ 溝口さんのお株を奪う (笑)、気づきのダンスばりに、踊りと共に、気づきに深まって参りました、、 さて、ここぞとばかりに、いつぞやぶりに、、 白隠禅師が言ったとされる、 動中の工夫は静中 (じょうちゅう) の工夫に勝ること百千億倍す!! ってな話を、、('-'*)(,_,*)('-'*)(,_,*) 臨済禅は曹洞禅に比べ、そ [続きを読む]
  • 目覚めとその後
  • というわけで、昨日うっかり登場した、 観念世界の崩壊、、なんて大げさぶったポインター、、ほんとすみません、、(;´▽`A`` 別に恐ろしいことではないので悪しからずです、、 そう言えばと、、これに近い表現としてアジャシャンティさんの本の中にあった、 方向感覚の喪失、、ってポインターもなるほど確かにーー、、ってほどに当時は頷いたものです、、 というわけで、、観念世界、、これまで自分はこうだと思ってい [続きを読む]
  • 一つだけ分かっていること
  • 宇宙の真理、、 前回は図らずも、懐かしい響きのするフレーズがリリースされたものです、、 見かけの上では、私が 「真理の探究」 という題のもと (笑)、、 こうした、精神的な勉強を始めたのは、2008、9年頃でした、、 当時の友人たちに自分がそんなことに取り組んでいるといった話をすると、 「そんなの分かるわけないじゃん!」 と軽くあしらわれたような時代もあったものですが、、 それでも本を読み漁り、いろん [続きを読む]
  • 人生の本番はここにあり
  • 夏と言えば、高校野球、、 今この瞬間にすべてを懸ける青春の姿には毎度心が熱くなったりもするものです、、 私に禅を教えてくれた禅師は、、 今ここが人生の本番である!という力強い言葉で、 即今目前の真実へと私をいざなってくれたものでした、、('-'*)(,_,*)('-'*)(,_,*) そして、続けて、、 今ここに身心共に没入するとき、その人の命がキラッと光る!的な話もありました、、 今ここにあるというリアリティから一 [続きを読む]
  • 迷走から目覚める瞑想
  • 相対の世界にあって、日々奔走や混乱といった様相が顔を出すことはごくごく自然です、、 自我であるところのエネルギーは、「恐れ」 というバッグボーンにより、 何かを 「求め」、「手に入れ」、「所有する」 ことで安心を得ようという習性があるため、 思考も無意識にそのエネルギーの影響下で野放しにされたりしていると、 日常がとても複雑で、(思考の) 堂々巡りが延々と続くため、 ますます出口の見えない 「混迷」 の [続きを読む]
  • 真実はここにある以上
  • 真実はここにある以上、、本質的なところでは、 どこにも行く必要はありません、、 高次元、空 (くう)、インド、ヒマラヤ、聖地、禅寺、サットサン、、 もしこれらが、今ここを離れて辿り着かなければならない、 「どこか」 であるように思い込んでいるような場合は、、 それらを 「目指し」、辿り着くまではゴールではないとしている、 まさにその観念の方をよく見つめた方が、何よりの有意義な求道になると言って良いで [続きを読む]
  • むしろゼロから宇宙を始めてみようか〜♪
  • セカンドフィーバー中の、前前前世!! ではなく、、 ZEN ZEN ZEN ZEN!!ってなところで、、(∩・∀・)∩ まさに、禅は宇宙をゼロから始める方法やな〜とつくづく、、('-'*)(,_,*)('-'*)(,_,*) ------------------------------------------------------------------------------- 禅定 (ぜんじょう) の体得、即ち、、今ここ以外を手放し、 今ここだけに三昧を徹底するという体感が (意識と共に) 身に付い [続きを読む]
  • 今ここに戻る力
  • さて、お盆休みまでのカウントダウンの中、、─=≡Σ((( つ??ω??)つ こういう時こそ向き合える求道のチャンス!今ここレッスンがあります! 往々にしてこの時期は、 すでに 「お盆」 の楽しい予定、あるいは、のんびりゆっくりできる連休へと、、 今ここにはないものへと、意識が外されてしまいがちです、、 私が日々、禅を引き合いに出しつつ、、今ここに取り組むことを強調するのは、、 今ここにない 「どこか」 へ [続きを読む]
  • 求道と悟後
  • 求道のゴールは、 自己を高め、今にないものを探しに出かけて行き、 崇高な何かを知る、あるいは、そうしたものが手に入るに違いない、、といった 「誤解」 が終わり、、 本来明らかなもの、初めから在ったシンプルなものが、 何があっても欠けることはなく、そこから離れることは決してないという信頼にくつろぐことである、 と言っても良いかもしれませんが、、 それでも、身心の天候や相対的な状況の中で、 いともたやす [続きを読む]
  • 早く楽になりたい時こそ
  • さて、自我性は 「恐れ」 故の防衛性ということもあり、、 辛い局面、苦しい状況に際しては、、 早く楽になりたい、一刻も早くこの場を逃れたいと、、 反射的、且つ、無意識的な反応で以て、「自己を守るため」 という大義名分を掲げつつ、、 今ここから離れようと画策するのが常です、、 もちろんこうした反応自体が 「悪い」 から超越しなければならい、自我を滅さなければならない、、 という話ではなく、、そうした反射的 [続きを読む]
  • 禅的食事の仕方
  • というわけで、日常の中で禅の修行、取り組みはいつどこででもできます、、('-'*)(,_,*)('-'*)(,_,*) ひとつ気軽なものから紹介しますと、、 禅的に 「食事をする」 ということを実践してみることもお勧めです、、 おそらく日本で、食事を修行の一環として体系化した起源は、、 緻密さの結晶であるところの、曹洞禅の生みの親、、道元禅師じゃなかろうかと勝手に思いが巡りますが、、 --------------------------------------- [続きを読む]
  • 超えて、超えて、シンプルに
  • 少し前に、OSHOおじさんの文章で、、 禅についての、こうした話をシェアさせて頂いたものです、、 禅は、どのように捨てるかを教え、 どのように捨てることを捨てるかをも教える それはどのように世間を乗り越えるかを教え どのように超えることを超えるかをも教える それは逆説的に見えるが、そうではない というのは、超えることを超えたとき あなたは世間に舞い戻っているからだ 円は完結する さて、先日からシェア [続きを読む]
  • 終わりに起こること
  • アジャシャンティさんの本は、、 ここだけの話、翻訳に癖があるなと思いつつ、、(;'∀') この部分はとても好きなので、前回に続き紹介させて頂きます、、 実に驚くことに、再び人生に入ると、人生は非常にシンプルで普通になります。 私たちはもはや途方もない瞬間を経験することにも、超越的経験をすることにも駆り立てられません。 朝、テーブルに坐ってお茶を飲んでいることは、完全にふさわしいことです。 お茶を飲むこと [続きを読む]
  • ニルヴァーナのその先へ
  • 図らずも、前回はラマナ・マハルシなんて珍しいトピックが私のブログに舞い降りたものです、、 求道においては、金字塔のようにされている人物ですが、、 個人的な求道にはさほど縁がなかったようです、、 どこか神格化されているようなきらいもあり、、 そうした場合注意しなければならないのが、、 あのような状態がさも、覚醒の完全形態に違いない、、彼こそが真実の姿だから彼に近付こう、、 などという誤解にハマってし [続きを読む]
  • 禅〜今ここパワースポット
  • さて、個人的に、この時期は毎年繁忙期ということで、、 連日、授業の連チャンであります、、(; ・`д・´) 奇縁なもので東京時代からこの職を続けておりまして、、 気付けば、、9回目の夏を迎えている今日この頃、、 ふと東京時代、、精神的になかなか厳しい時代だったなとふと過ることもありますが、、 不思議と授業の後は、、爽快な元気がみなぎって来るという経験を何度もしたことがあり、、 当時は、生徒に元気をもらっ [続きを読む]
  • 真実を生きるたった一つの方法
  • 観念の中にどんなに大切な人がいようが、、 信念の中にどんなに崇拝する人がいようが、、 目の前に居る人が最愛の人です、、 記憶の中にどんなに愛おしい思い出が輝き続けようが、、 思考が未来のどこかにきっと訪れる希望溢れる未来を描き出そうが、、 目の前の出来事が人生のゴール地点です、、 なぜなら、今ここだけが真実だからです、、 今ここ以外のものは、どんなものであれ、観念上の産物に過ぎず、 それが目の前 [続きを読む]
  • 禅〜真実の遺言
  • よく、自己啓発系、人生哲学関係、、 さらには、スピリチュアルのジャンルに関しても、、 生き方の指針を示すにあたり、 正直に生きましょう、人に親切にしましょう、感謝しましょう、素直でいましょう、 前向きでいましょう、ワクワクしましょう、良い気分でいましょう、、 などといった言葉がいろいろな所で叫ばれたりもしますが、、 それを 「目指して」、それに 「自分」 を近づけよう、、 それができるように 「努力」 [続きを読む]
  • お任せするだけでいいの?
  • スピリチュアルあるある、、 よく、お任せで生きましょう、、なるようになるから、、あるがままに〜〜的なものありますねん、、 って、私も時に、そうしたスタンスのメッセージを書くこともまれにあるかもですが、、(;'∀') こうしたメッセージの決定的な欠陥は、、 「外側」 だけに任せて、自分の 「内側」 に起こる衝動を無意識に抑え込んでしまうというケースです、、 全体にお任せしましょう〜〜 と言っておきながら、 [続きを読む]
  • 今ここで足るを知る
  • 多くの求道に見られる、、「どこか」 に 「求める」 というアプローチ、、 このエネルギーの背景には、「どこか」 に 「辿り着くこと」 で、 「達した私」、「分かっている私」、「経験した私」 をこしらえようとする、 思考感覚の欠乏感、あるいは、さらに遡れば、自我性の恐れがあると見ることができたりもします、、 ですから、往々にして、求めて求めて、求め続けて、、 悟りの会に参加し、瞑想三昧し、禅寺に行き、、そ [続きを読む]
  • 禅〜真空をまとう、悟りを生きる
  • 今ここしか分からない、、 シンプルにここに留まること、これで在ること、、これが空です、、 釈迦の悟りを言葉で表した、、いわゆる、無分別智 (むふんべっち)、、 悟り系で馴染みのある言葉としては、ワンネスなどという言葉に置き替えられたりもしますが、、 実は、これは、別段、「特別」 なものというわけではありません、、 この世界の実相、、思考による観念世界が誕生する前の、 あるいは、思考が 「何か」 をこ [続きを読む]
  • 禅〜今ここを生きる自由
  • というわけで、昨年社会現象を巻き起こした、 とある映画ばりに、、 ZEN、ZEN、ZEN!!!と連チャンな日々ですが、、(∩・∀・)∩ 禅の、今ここへの没入がもたらす効果のひとつが、、 「自由」 ということをこれまでも度々書いてきたように思います、、 それは、まさに、、今だけを人生の本番、今こそが人生の目的であるという体感で以て、 出来事に取り組み、目の前の出会いにひたすらに向き合う時、、 「過去」 [続きを読む]
  • 辿り着いている生き方
  • 世の中の多くの価値観に共通してあるのは、、 「どこか」 に 「辿り着く」 ために今を生きよう、今努力しよう、今頑張ろう、、 「今ここ」 はまだ不完全だから、今より完全に近づけるように、、 たくさんの 「目標」 をクリアして、できるだけ多くのものを手に入れて 「理想」 を実現するために、明るい未来を目指そう!という、、 いわゆる、今ここ (真実) 外しであり、これ即ち、、今ここへの否定であり、非受容性とも言え [続きを読む]