玉三郎 さん プロフィール

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玉三郎さん: 元デブオタニートの剣禅珍道中
ハンドル名玉三郎 さん
ブログタイトル元デブオタニートの剣禅珍道中
ブログURLhttp://tamasaburou1982.blog129.fc2.com/
サイト紹介文剣道と坐禅と習い事と旅行ブログ
自由文かつてはデブでオタクでニートだった男が、現代の侍を目指して剣道と坐禅その他に挑み、痛い目に合ったり自分のダメさにがっかりしたりするブログ。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供21回 / 365日(平均0.4回/週) - 参加 2013/02/15 22:56

玉三郎 さんのブログ記事

  • 建長寺坐禅会〜大力量人〜
  • 松源和尚は言われた。力を持つ人はどうして座ったまま足をあげないのか。また、口を開かないのか。無門は言った。松源は腸まで見せてしまったぞ。これはただ、受け止める人が居ないというだけなのだ。無門のところに来て棒で叩かれて欲しい。叩いてみればその人が金かどうか分る。本当に凄い人はやたらと力を誇示したりしない。その人が本物かどうかは逆境の時に分かる。恐らくこういうことを言いたいのだろうと思う。管長さまは鉄 [続きを読む]
  • 建長寺坐禅会無門関提唱「洞山三斤」
  • 洞山和尚は仏とは何かと聞かれて答えた「麻三斤だ」無門禅師は言われた。洞山老師はハマグリのように自分の腸まで見せてしまった。さて、洞山老師は何を見せたのかな?管長さまは仏とは何かと聞くと人それぞれの答えが返ってくるが、多くの人は仏像や亡くなった人と答える。だが、正面にある観音菩薩像もただの木造であり、それを仏と思う心が仏であり、物の全てが仏であり、神である。と言われた。全ての物を神や仏だと思って感謝 [続きを読む]
  • 建長寺坐禅会無門関提唱「鐘聲七條」
  • 雲門和尚は言われた。世界はこんなに広いのにどうして君たちは、鐘が鳴ると袈裟を身に着けているんだい?禅堂の生活と我々の娑婆の生活は異なるが、ほとんどの人は時間通りに起きて着替えて、職場や学校に行くという規則正しい生活をしているはず。昨日見たポケモンの映画のシーンがふと頭をよぎった。主人公のサトシが夢の中でポケモンの居ない世界に行き、学校に通い、旅をして遠くの景色を見ることを夢見る。彼にとっては夢見た [続きを読む]
  • 建長寺坐禅会無門関提唱「南泉斬猫」
  • お盆その他で休止だったり、熱中症で倒れていたりして、実に1か月近くぶりに建長寺の坐禅会に参加した。今回の公案は第14則「南泉斬猫」南泉禅師は禅堂で猫に関して言い争っているのを見て、その猫を摘まみ上げて、宣言した。もし諸君らが納得のいくことを言えなければ、この猫を斬ってしまうぞ。誰も何も言えずにいると、南泉禅師は猫を斬ってしまった。その晩、南泉禅師は外から帰って来た趙州和尚にこの件を話した。趙州和尚は [続きを読む]
  • 高野山旅行二日目〜南無大師返照金剛〜
  • 翌日、朝のお勤め(お経)に参加して、朝食を食べ、朝いちばんでバスに乗り、奥之院に向かった。途中、お墓があったのだが、色々な企業や団体の慰霊碑が有り、形もバラエティに富んでおり、不謹慎かも知れないが面白かった。そして合掌してから御廟橋を渡る。ここから先の写真撮影は禁止。燈籠堂での護摩祈祷を見て、地下にいらっしゃる弘法大師にご挨拶。人が少ないからとても神秘的な雰囲気。朝一で行って正解だった。帰り道、狙 [続きを読む]
  • 高野山旅行一日目〜大阪を脱出して九度山へ〜
  • 有り難いことに夏休みをいただけたので、そのうち行こうと思っていた高野山に行くことにした。7年前にも友人と来たのだが、もう一度訪れたかった。当時は原始仏教を勉強し始め、坐禅を始めたばかりで、日本の各宗派や密教に関する知識はゼロで、幕末から戦国時代に興味がシフトしたばかりで、高野山と幸村公がどんな関係なのかも知らなかったし、友人のやりたいことに付き合っただけだった。あれから仏教に関して少しは勉強し、真 [続きを読む]
  • 巌喚主人
  • 瑞巌彦和尚は毎日自分を「おい主人公!」と呼び、「寝ぼけていないか!」「足元を見られていないか!」と問い、それに対して自分で「はい!」と答えた。瑞巌老師も自分で売って自分で買って、何故こんなことをするのか。一つは呼ぶもの、一つは答えるもの。一つは目が覚めているもの、一つは騙されないものもし真似したら野狐禅というものだ。自分を他人のように見て、客観的に接するということの大切さを言っているのだろうか。 [続きを読む]
  • 大通智勝
  • 興陽の清譲和尚にある僧が尋ねた。大通智勝が十劫(4000里の岩を100年に一度布で撫でてすり減って無くなるぐらいの長さ)坐禅しても仏になれなかったのは何故か。清譲和尚は答えた「仏にならないからだ」無門は言う。釈迦や達磨の悟りはそんなに簡単なものではないぞ。凡夫は悟りを開いて聖人になるが、聖人は悟りを開いてようやく凡夫になるのだ。うたって言う。心が分るのと身体が分るのとどちらが大事か。心が分れば身体も軽く [続きを読む]
  • 趙州洗鉢
  • ある日新人の僧が趙州和尚に尋ねた。私は入ったばかりで何も分りません。どうすれば良いのでしょうか。趙州和尚は「飯は食ったか」新人の僧が食べたと言うと、趙州和尚は言った。「それでは鉢を洗ってきなさい」新人の僧はそれを聞いて悟ったという。何か高尚なことを考えるのではなく、目の前にあることを一つ一つ片づける。禅においてこれが一番大事だということ。公案としては簡単な問題に見えるけど、言うのは簡単で、実際にや [続きを読む]
  • 香厳上樹
  • 香厳和尚は言われた。木の上に登って両手両足を外して、口で枝を咥えている時に下から人が「禅とは何か?」と問うた。答えたら木から落ちて死ぬ。だが、答えねば申し訳が立たない。さあどうする!?冷たい方程式やトロッコ問題のようだが、それらと違って、死ぬぐらいなら答えなくても良いじゃんと思ってしまう。そもそも状況が異常すぎる。だが、これはあくまでたとえであって、大事なことをするために何かを失わなければならない [続きを読む]
  • 倶胝竪指
  • 無門関第三則「倶胝竪指」倶胝という唐の時代の僧侶は、質問をされると常に指一本立てるだけだった。ある時、童子がここの和尚は何を説いておられるのかと聞かれ、指を一本立て、それを聞いた和尚は、童子の指を刃物で切落してしまった。和尚は泣き叫ぶ童子を呼び止めると、指を一本立て、それを見た童子は悟ったという。話はその後倶胝和尚の臨終の場面になり、師から指の禅を教わったが使いきれなかったと言い、倶胝和尚も童子も [続きを読む]
  • 趙州狗子
  • 一人の僧が趙州和尚に問うた。「狗子に還って仏性有りや無しや」(大意:犬にも仏性があるでしょうか?)趙州和尚は答えた。「無」(wikipediaより転載)最初の公案にして最も有名な公案である。答えの出ない問いを禅問答というように意味不明で理不尽な問いである。私にもさっぱり分らない。禅宗の修行者はこのような問いかけをされて、答えを持って行って違うと言われてしまう。禅というものは理不尽な世界である。有名な「仏に [続きを読む]
  • 乾坤独歩
  • 泊りの坐禅会をやっており、参加者と一緒に坐って来た。無門関の提唱は前回の続きで、最初のページの解説だったが、最後の頌(じゅ)に曰くの部分だけ解説されていた。大道無門 千差有路 透得此関 乾坤独歩無門の道は人それぞれであり、通った後は一人旅であるという意味らしいが、一人だから勝手にやっていいという意味ではなく、それぞれ一人の道があるということらしい。お釈迦様の「犀の角のようにただ独り歩め」という言葉 [続きを読む]
  • 無門関提唱
  • 長らく建長寺の坐禅会の提唱は大覚禅師坐禅論だったが、今回より希望があったらしく無門関の提唱が始まった。有名な禅問答の問題集と言うべき書物である。今回は内容にはあまり触れずに概要だけで、次回も同じプリントを使用するらしい。無門関という本の題名の意味は、関門が無いということだが、そのために関門を越えると関門など無かったことに気付くらしい。それがどういうことなのかは今の私にはよくわからない。いつか気づく [続きを読む]
  • 辛苦に立ち向かう
  • 残念なことにスキャンに失敗してしわくちゃになってしまったが、今回で法語規則は終わりだったらしい。内容はやってはいけないことと罰則が書かれており、犯した場合は油を罰金代わりに支払うことになっていたらしい。悪事を働くような当たり前のことではなく、消灯や洗顔の時間を守らなかったり私語だけで、罰金なのでやはり僧堂での生活はとても厳しかったらしい。管長さまは辛いことから逃げ出さないことが大事で有り、坐禅をし [続きを読む]
  • 法語規則
  • 金曜日で大覚禅師坐禅論は一通り終了し、また初めからのスタートになったらしい。直筆の物が国宝に指定されている法語規則からスタートする。良い馬が鞭の影を見ただけで走るように自ら求めて修行を行い、楽をしようとせず、理屈では無く身体で会得するようにして、己の目指す所を常に忘れるなというような意味のことが書いてあるらしい。初心忘るべからずということで、肝に銘じておこう。↓押していただけたら、とても嬉しいです [続きを読む]
  • 三方が原で敗北
  • 翌朝、浜松駅からバスに飛び乗り、大河ドラマの舞台である井伊谷に向かう。昨晩遅かったのと会社からのメールで出発に手間取ってしまったがとにかく急ぐ。井伊谷に着くと既に昼になっていた。都合よく中華料理屋があったので、ここでも餃子を食べることにする。二日連続だがやはり美味い。まずは井伊谷宮に参拝する。祭神は宗良親王。後醍醐天皇の皇子で、ここを拠点に南朝のために奮戦したらしい。それでおんな城主直虎でも南朝の [続きを読む]
  • 秋葉と言ってもオタクは居ない
  • 有り難いことにゴールデンウィークをいただけたので、昨年に引き続き大河ドラマの舞台に行くことにした。新幹線に乗り、天候に恵まれ、昼頃には浜松に到着。目的地はもちろん大河の舞台の井伊谷なのだが、実は浜松にはもう一か所行ってみたところが有った。子供の頃、近くのお寺で秋葉講をやっていて、それの効果なのかどうかは知らないけれど、お陰様で火災には遭ったことは無かったので、お礼参りということで聖地である秋葉山へ [続きを読む]
  • 見性成仏即身即仏
  • 見性成仏とは執着を捨てて無になること即身即仏とはそのままの自分のこと悩みもするし不安にも思うが、「何で自分だけ」などと思わなければ良い。悟りも悩みも人それぞれである。人と比べたりせずに自分に出来る精一杯をやる。それで良いのだと思う。↓押していただけたら、とても嬉しいです。にほんブログ村 [続きを読む]
  • 修業とは無になることとは
  • 先週に引き続き建長寺の坐禅会に参加したが、今週は吉田正道管長の提唱が有り、およそ4年ぶりに大覚禅師坐禅論の提唱を拝聴した。奇しくも管長さまが坐禅論の提唱を始めたのも私が建長寺で座り始めた頃だったらしく、その間繰り返し同じ坐禅論を読み返したが、その度に気付きがあるとおっしゃっていた。神通力を得るにはどうすれば良いかという問いに執着を無くして修行せよと説く内容らしいが、管長さまは神通力など得る必要は無 [続きを読む]
  • 灌仏会によせて
  • おおよそ4年ぶりに建長寺の坐禅会に参加した。これまで報国寺の坐禅会に参加してきて、お世話になった方々には大変申し訳ないが、再び建長寺の坐禅会に戻ろうかと思う。年度末に会社に目標を提出したがその際に、上司から私の立場がかなり危ういことを告げられた。このままではまずいという意識は既に持っていたが、改めて他人の口から言われて、現実を突きつけられた。昨年からわが社の体制が大きく変わり、大企業の子会社化した [続きを読む]
  • 上田合戦(台風との戦い)
  • 真田丸が始まって以来、どこかで上田に行きたいと思っていた。夏休みをいただけたので、今こそ好機!と旅館を予約したが、日本列島が台風に囲まれた。もうだめかと諦めかけていたが、辛抱していると、夕方に雨も風も静かになった。東京駅から新幹線に乗り、20時半頃に現地に着いた。旅館に併設されている小料理屋店に行き、引っ越しそばとばかりに蕎麦を注文し、地酒をいただく。すると店主がもう一品サービスしてくれた。酔っぱら [続きを読む]
  • ヴィパッサナー瞑想〜心の科学〜
  • 日本で信仰されている大乗仏教に対して、東南アジアで信仰されている仏教を上座部仏教と言い、それらの宗派で行われている瞑想をヴィパッサナー瞑想と言うらしい。スリランカ上座仏教の長老で、ベストセラーになった「怒らないこと」の著者であるテーラワーダ協会でアルボムッレ・スマナサーラ長老の指導が受けられることを知り、私は喜び勇んで日曜の朝に早起きして、幡ヶ谷のゴータミー精舎に向った。朝の散歩コースとして丁度良 [続きを読む]
  • 高尾山信徒峰中修行〜初めての写仏〜
  • 滝行が終わった後、着替えて全員が終わるのを待ち、再び「慚愧懺悔」「六根清浄」の掛け声と共に山を上り、薬王院に到着して、寝る部屋に布団を敷いて休憩後、本堂に行き、千巻行と言う般若心経を唱える行を行う。般若心経はどの宗派でも唱えるので今まで何度も聞いてきたが、密教の般若心経は護摩を焚き、錫杖を鳴らし、太鼓を叩くので派手である。その後、夕食→入浴と続く。精進料理だから当然肉や魚は無いが、もどき料理でかな [続きを読む]
  • 高尾山信徒峰中修行〜初めての滝行〜
  • 高野山東京別院で真言宗の世界に触れた私は、真言密教の世界にもう一歩踏み込んでみたくなり、高尾山で修験道の体験修行をやっている聞き、連休中だし、申し込んでみることにした。早起きして電車を乗り継いで高尾山口駅まで行き、弁当と水分持参とのことだったので、売店で買って、麓の不動産院で受付を済ませ、駅で買った弁当を食べた後、開会式が始まり、真言宗のお坊さんの法話を賜った。弘法大師の真言は苦を除き楽をもたらす [続きを読む]