さんちゃぺる さん プロフィール

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さんちゃぺるさん: サンチャペル雑記帳
ハンドル名さんちゃぺる さん
ブログタイトルサンチャペル雑記帳
ブログURLhttp://ameblo.jp/sonchapel/
サイト紹介文教会の紹介ブログです
自由文教会での一コマや聖書のメッセージなどを書いています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供32回 / 365日(平均0.6回/週) - 参加 2013/03/17 19:47

さんちゃぺる さんのブログ記事

  • ダビデの失敗と悔い改め
  • ダビデは、王であり・祭司・預言者・羊飼い・楽者・詩人…イスラエルの英雄でもあります。しかし、私達と同じように罪があり弱さがありました。もし、本当に悔い改めるならば、私達も同じ赦しを受け、恵みが注がれ、生涯に渡り神を賛美し、仕えることができるのです。彼の失敗と悔い改めから、学べるのは、失敗を認める、神様に助けを求め戻る、方向を転換する。生き方を変える・考え方を変える、自分中心の生き方をやめて、神様中 [続きを読む]
  • 御霊に導かれる人
  • 御霊とは、何でしょうか?もしかすると、彼と呼ぶ方が適切かもしれません。私達は、元々霊的な存在であると理解することが、できるようになるのは、神様を知り信じた人にしかわからない事でしょうか?霊と魂と体は、別々でありながら、切り離す事ができないほど密接です。霊が心を支配し、心が統治した状態が神様と正しい関係を持てる状態です。しかし、肉の思いに体が支配されてしまっている状態は、神様の思いから離れた状態で、 [続きを読む]
  • 神の子供の特権
  • 私達が、現在置かれている立場は、今まで私達が、生きてきた人生の価値観や学校、社会から教わったものと異なります。神様がまず、私達を作品として心を込めて作られたというところから、始めた場合と、猿から進化してきた存在とするのでは、スタートどころか、ごーるが全く異なります。本当に猿から進化したのであれば、死後の世界や弱肉強食の論理に疑問をあまり感じる必要は、ないかもしれません。しかしながら、神様に造られ、 [続きを読む]
  • 神の子供とは
  • 私達のやりたいこと、行きたいところ、心の向くところ…確かにあります。そして、それが私達の生活に潤いを与えるときもあります。しかし、イエス様を羊飼いとするとき、私達は聖霊に満たされます。自分が、主ものとなり、また、神様の作品として、器として大切に扱う時、私達は神様の御旨を知り、そこに身を置いて生きることが、始まります。 [続きを読む]
  • 罪の根
  • 全てにおいて、原因と結果を求めて意味付けをして生きているのが、人間であると言われます。しかし、罪には根があることは、あまり語られてこなかったかもしれません。私達の愛における失敗は表にでますが、聖書はその根について語っています。唯一の解決は、イエス・キリストの十字架です。自分の中に根っこがあることを、知り、認めないと、その根が深く張っていくということも、起きうるのです。イエス様のもとに行きましょう。 [続きを読む]
  • 御霊に従って生きる
  • 私達は、心に色々なものを入れてしまう傾向性があります。いつも、欠乏感を感じてからかもしれません。知識は、必要ですが心を完全に満たしません。御霊を持っている人は、その方と一緒に歩み始めるという出発があります。そして、そこには不思議な安心感や充足感があります。無いものねだりから、与えられているものに、感謝する世界があります。それは、御霊に従うことから、始まるのです。 [続きを読む]
  • ヨハネの宣教
  • バブテスマのヨハネは、イエスの従兄弟であり、彼の人生はイエス・キリストを必要としました。バブテスマのヨハネの存在は、イエスを宣教することにより、輝きます。従兄弟であるイエスの靴の紐をとく値打ちもないとされながらも、彼は輝く瞬間を生きました。自分の人生がこのためにあったと知る事は、大切です。それは、私達が、救い主イエス・キリストを、証している時ではないでしょうか。 [続きを読む]
  • 東方の博士達
  • 博士達が訪れたのは、すでにイエス・キリストが、立って歩いていた頃であると言われています。赤ちゃんのイエス・キリストを見た羊飼い、まだ立って間もないイエス・キリストを見てひれ伏した、博士達。そして、まだ見ることの無いイエス・キリストを、私達の主としている事実は繋がっています。あたかも、神の民は、皆一様に見えない何かで繋がっているのです。全ての神の民は、イエス・キリストに繋がっています。それは神の約束 [続きを読む]
  • 明け渡す。I surrender all
  • 私達の人生は、誰のものでしょうか?多くの人々が、様々なものに縛られて、自分の人生を生きられません。しがらみ、社会の規範、伝統、因習等々。本当の人生は、どこにあるのでしょうか。答えはキリストの内にあります。言い換えますと、あなたの内側にあります。自分の心と向き合うのは、苦しいです。しかし、痛みや苦しみ、悲しみを通して魂に至る世界があります。主の御霊は、あなたの鎖を断ち切り自由にします。Surrender…明 [続きを読む]
  • 悲しみの祭司エリ
  • 祭司エリは、自分の息子達の事で心を痛めました。神様に、最上の捧げ物を、まず自分のものとして貪り、また神殿で様々な姦淫の罪を犯しました。これは、霊的な世界の事だけではなく、現実に起こることです。子供達が、神様に仕えること、礼拝を重んじること、捧げること、祈り教えていきましょう。 [続きを読む]
  • イエス・キリストの系図2
  • イエスの系図が、なぜ存在するかというと、神が人として生まれたからです。この事実は、極めて重要です。十字架上の身代わりの死…動物や植物、金銀や名声では、私の罪の身代わりになれないからです。身代わりの方が、神であるというのは、深い真理です。神様が、人の罪のために命を捨てた…ここに愛があります。人の系図の中に、神の命が吹き込まれました。これが、私達の救いなのです。 [続きを読む]
  • 預言者サムエル
  • 幼いサムエルは既に、聞く耳を与えられていました。これは、類いまれなる賜物です。それが、主からのものであるとわかり、その声に聴き従い始めた時が、彼の人生の始まりであり、天命のスタートでした。クリスチャンであることと、聞く耳を与えられていることが、イコールでないなら、祈って、与えられたいですね。信仰は聞くことから始まり、従うことは祝福です。 [続きを読む]
  • イエス・キリストの系図
  • 日常生活で、系図を気にすることは、あまりないと思います。個人主義が発達した社会では、それほど重要ではないかもしれません。しかしながら、ある社会においては、家系や家柄が重んじられる場合があります。カースト制度は、廃止されたとはいえ、人の心の中には、厳然と存在しています。階級社会も、否定できない側面があります。イエス・キリストの系図には、女性が入っています。当時は、女子供は数の内に入りませんでした。女 [続きを読む]
  • 話し合う恵み
  • ハンナの祈りは、神様に聞かれていたでしょうか?もちろんです。私達の祈りは、聞かれているのでしょうか?もちろん、神様の元に、届いています。そして、私達は、自分の祈りを意識しているでしょうか。祈った祈りを覚えていますか?祈りは、神様との対話です。一方的になっていては、聖霊の静かな囁きが、耳に入りません。神様との対話は、恵みなのです。神様に、心を開きましょう。 [続きを読む]
  • 真摯な祈り
  • 祈りが、神様との対話になっていますか?私達は、独白やお題目の様に祈りを考えたり、そのようにしたりしてしまう傾向があります。真摯な祈りは、自分自身に帰って来るものです。ハンナは、心を注ぎ出して祈り、サムエルは神のみ声を聞きました。どうして、私達に同じことが起きないと言えるでしょうか。神様に祈る事は、素晴らしいことです。それよりも、素晴らしいことは、その祈りに答えてくださる、神様が存在していることです [続きを読む]
  • 指導者と信徒の心の結び合い
  • 指導者と信徒の違いとは、何でしょう?上下関係ですか?はたまた、階級制度でしょうか?私達が、イエス・キリストを羊飼いとして歩む羊であることは、間違いありません。ですから、役割の違いがあるだけです。私達は、教会で奉仕だけでなく、様々な活動をします。けれども、心が繋がっていないなら、そこに意味が見出だせるのでしょうか?愛によって結ばれ、神様に期待して、私達は心を開いていきます。その大前提は、神様に呼び集 [続きを読む]
  • 時代は、移り変わる。
  • 私達の時代とは、どんな時代でしょうか?昔々、ある神学者が理由のない殺人や犯罪が増加すると言いました。理由なき自殺もそうでしょうか。これら全ての背後に、私達が育ってきた歴史や社会情勢、思想やメディア、経済的発展を重ね合わせると、私達の行動基準がどこにあるのかを、知ることができます。なぜ、人を殺すのか?自分の中に殺したいものがあるからではないでしょうか?自殺にも、様々な理由がありますが、大きく分けると [続きを読む]
  • なぜ黙るか
  • 私達が、もっとも黙っていられない瞬間は、どんな時でしょう。神様に触れられた時?探しているものが見つかった時!誤解された時は、どうですか?私達の主は、激しい誤解を受けても沈黙しました。それには、理由がありました。救いの道を開くためであり、十字架の道だったからです。正しく裁かれる方に、全てを委ねていました。これが、クリスチャン・ウェイではないでしょうか。 [続きを読む]
  • ボアズにある男性像
  • 主にある一人の女性がどのように寛容で、また親切で従順になれるかというのは、私達の希望です。そしてまた、ボアズも思慮深い態度と目に見えない神様の働きを察知する事の出来た男性です。神様と歩む時に、主にある人生の主役をしっかりと生きることが出来るのです。社会の歯車の様に感じている男性は多くいます。時には使い捨ての労働力として、扱われることも実際に多くあります。しかし、男性が主を恐れているならば、社会や家 [続きを読む]
  • ルツの家族
  • 私達には、選ぶことの出来ない、家族があります。そこには麗しい夫婦の愛、親子の愛、兄弟愛が与えられるべきところです。しかしながら、難しい人間関係、許しではなく、敵対関係、また、死別や病気等、様々な困難を伴います。それでも、なお私達は、何かしらの繋がりや絆を求めて生きているのです。ルツ記から信仰による家族の繋がりを教えられていきたいと思います。困難の中でこそ、私達を生かす繋がりがあります。先ずは、主と [続きを読む]
  • 永遠に変わらない助け主
  • 私達が、死に様を選ぶのは困難ですが、準備は可能です。心と体は切り離せません。肉体を鍛練すると、体はある程度の試練と強度に耐えられるようになります。私達の心にみ言葉を蓄える事で、私達は様々なことに、慌てず、怒らず、焦らないで聞いて受け止め、人の言葉に反応するのではなく、対処できるようになります。そして、生活の中に、静かな平安を招く事が出来ます。私達は、主の再臨を待ち望みつつ、自分自身の心と体を、明け [続きを読む]
  • ナオミ
  • 私達の人間関係の難しさは親子、兄弟、から始まって職場、学校にまで広がり最終的には地域や、国、民族にまで巻き込んでいきます。今は、思想で繋がり始めていて、危険な思想を持った者同士が力を持ち始めています。それも、全ては違いを認め受け入れられない人間の罪深さから来ています。肉食動物が、他の動物を殺して食べるのは生きるためです。しかし、人間は、思想や考えの違う人を殺します。ルツ記は、難しいと言われている女 [続きを読む]
  • 主があなたと共にいてくださる
  • 決して見捨てない・離れない・忘れない?と、私達は、言って…その後、言ってしまった言葉が耳鳴りの様に自分を苦しめる時があります。(心が燃えていても、体は弱い…人間は、弱いですね)人間の言葉と、神様の言葉には、決定的な違いがあります。その時は、真実でも、人は良くも悪くも変わるし、撤回したりします。状況や感情も、影響を及ぼします。初めに、言葉がありました。そして、この方には行動があり、言葉を守る力がありま [続きを読む]
  • メッセンジャーisメッセージ
  • これからの時代、私達は、デジタルネィティブとう世代や世界と向き合っていくことになります。本物が面倒くさい、有機野菜は、匂いがきつくて食べられない。車・物・コンビニですら、ネットがあるから要らない。全てがデジタルで漂白された会話と2Dでされる繋がりが、私達の心を動かしたり、あるいは支配したり、行動させられたり…。イエス様は、言葉と行いによって、その愛を私達に見せてくださいした。私達自身にメッセージがあ [続きを読む]
  • 互いに愛し合いなさい‼
  • ヘブル13章1節、新改訳では兄妹愛を持っていなさいですが、別の訳では、互いに愛し合いなさい。と、なっていました。この聖書の箇所は、教会の交わりの中で、一番基本的で、大切なことを教えています。それは、私達が自動的に考えてしまう、好き嫌いを超えて、互いに受け入れ合うこと、祈り合うこと、仕え合うことを勧めています。けっこう、チャレンジです。なぜならば、偏見のない人間はいないからです。人は、心の中に何らかの [続きを読む]