ML さん プロフィール

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MLさん: 御言 missing link
ハンドル名ML さん
ブログタイトル御言 missing link
ブログURLhttp://ameblo.jp/mnlgs/
サイト紹介文文先生の御言のより深い理解を目的とするブログです。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供55回 / 365日(平均1.1回/週) - 参加 2013/03/24 21:30

ML さんのブログ記事

  • 103.ソロモン王の即位
  •  ソロモン王がイスラエル王国三代目の王として即位した様子は次のようになります。列王記第1章から抜粋要約します。 ダビデが年老いたある日、息子の一人であるアドニヤが勝手に「わたしは王となろう」と言い出し、同時に戦車や騎兵等を確保しました。アドニヤはダビデの4番目の息子でしたが、このときすでに、長男のアムノンと三男のアブサロムは他界していました。次男のキレアブ(ダニエル)の王位継承に関わる詳細は分かり [続きを読む]
  • 102.ダビデ家の二人の王子の争い
  •  あるとき、ダビデの側室アヒノアムとの間に生まれた長子アムノンと、もう一人の側室マアカとの間に生まれた第三子アブサロムとの間に争いがあり、その結果、兄アムノンが弟アブサロムに殺されるという事件が起こりました。 アベルとカインの話と重なるこのできごとのいきさつは次のようになります。  ダビデの子アブサロム(第三子)にタマルという美しい妹がいました。ダビデの長子アムノンはタマルに恋をし、深い恋煩いに陥り [続きを読む]
  • 101.ダビデの妻
  •  サウルとダビデの間には、サウルの長女メラブをダビデの妻とするという約束がありました。ところが、直前になって、メラブは異邦人メホラびとに与えられ、代わりにダビデはメラブの妹ミカルを妻として迎えることとなりました。最初に妻となるはずだった長女メラブの夫が、イスラエルびとではなく異邦人だったというのは、エバが天使長に奪れたという『堕落論』の内容を思い起こさせるものがあります。また、レア・ラケルの時と姉 [続きを読む]
  • 100.ダビデとヨナタン、サウルの最期
  •  ダビデがゴリアテを倒した後、サウルはダビデを召し抱えました。ダビデはどこに派遣されても必ず手柄を立て、兵の隊長となりました。そして、ダビデの評判は、人々の間にも広まっていき、民の信頼をも集めるようになっていきました。 ところが、それをサウルは心よく思わず、次第に、ダビデを恐れるようになりました。やがて、サウルはダビデを厳しい戦地に行かせ、死なせようとさえしたのですが、ダビデは全戦全勝で凱旋するば [続きを読む]
  • 99.ダビデとゴリアテ
  •  神様がダビデを次の王として指名され、サムエルに油を注がせたとき、ダビデはまだ少年でした。兄たちは戦争に出たのですが、ダビデは戦争には出ず、なおも父親の羊を飼っていました。 そんなあるとき、ペリシテびととイスラエルの人々がそれぞれ陣を取り、互いに戦列を敷いてにらみ合うこととなりました。その時、ペリシテびとの陣から、ガテのゴリアテという者が出てきて、1対1の決戦を申し出ました。旧約聖書はそのゴリアテの [続きを読む]
  • 98.ダビデ
  •  サムエルは、サウルが神の命令に背いて失敗したことを悲しみ、それがなかなか癒えませんでした。そのサムエルに神様は、次のように告げました。「わたしがすでにサウルを捨てて、イスラエルの王位から退けたのに、あなたはいつまで彼のために悲しむのか。角に油を満たし、それをもって行きなさい。あなたをベツレヘムびとエッサイのもとにつかわします。わたしはその子たちのうちにひとりの王を捜し得たからである。‥‥(途中省 [続きを読む]
  • 97.ルツ
  •  ダビデは、ユダ族の血筋であり、レアの子ユダの子孫でした。そして、タマルの血統転換で誕生したペレヅの子孫でもありました。タマルが生んだ双子がペレズとゼラでしたが、ペレズは、先に生まれようとした兄ゼラを押しのけて生まれた弟の方です。また、ダビデは、イスラエルの斥候をエリコの王から守ったラハブの子の子孫でもあります。 マタイによる福音書1/2〜5 によれば、タマルの子ペレズの子孫がラハブの夫サルモンであり [続きを読む]
  • 96. 「あなたが主のことばを捨てたので、主もまたあなたを捨てて‥‥‥」
  •  サムエルがサウルに初めて出会ったとき、「イスラエルのすべての望ましきものはだれのものですか。それはあなたのもの、あなたの父の家のすべての人のものではありませんか」(サムエル記上 9/20) と言いました。これは、イスラエルのすべてはサウルのものであり、サウルがこの国の王となる、ということを伝えた言葉ですが、それに対してサウルは、「わたしはイスラエルのうちの最も小さい部族のベニヤミンびとであって、わた [続きを読む]
  • 95. 最後の士師サムエルとイスラエル王国最初の王サウル
  •  士師時代の終盤は、他民族の侵略に対して、単一の部族はもとより、いくつかの部族が連合しても、領地を守ることが難しい状況だったようです。そのため、イスラエルの民は、外的の侵略を防ぐため、他民族のように、一人の王のもとにまとまった強い中央集権的国家となることを望むようになりました。 イスラエル王国は、サウル王から始まりますが、そのサウルを王位につける際に、重要な役割を担ったのが最後の士師サムエルでした [続きを読む]
  • 94.士師時代とベニヤミン族の滅亡
  •  カナン定着後、イスラエルの民は、バアル・アシラ等の神を信じ、偶像崇拝に陥り、本来の信仰を失っていきました。神様は、そのようなイスラエルの民に対して、モアブ、アマレク、ペリシテなどの他国にイスラエルを奪わせ、そこで彼らが悔い改めれば、救助者をつかわしてイスラエルの民を解放する、という摂理をされました。この時の救助者が士師と呼ばれた人達です。 よく知られている士師といえば、ギデオン、サムソン、サムエ [続きを読む]
  • 93.習慣性
  •  カナンに定着したイスラエルの民は、なぜ、「神様を愛して、神様が立てようとする国を捜し求めていくべきだった」 ということができず、生活に根ざした偶像崇拝に流されていくようになってしまったのでしょうか。 文先生は、私たちの中に染み付いた「習慣性」ということについて、語られたことがあります。それが、本来、宗教が解決しなければならない根本的な問題だと言っておられます。イスラエルの民も、荒野路程という、い [続きを読む]
  • 91.「タマルもラケルもラハブもルツも皆妾のような立場です」
  •  イスラエルの選民史は、横的な基盤の拡大を図りながら、内的には、レアの子孫とラケルの子孫を一つにする方向を目指して進んできたと見ることができます。すでに確認した通り、ヤコブの一族がその11番目の子ヨセフを中心として、カナンからエジプトへ移住する際、ヨセフと同じラケルの子ベニヤミンと、レアの子であるユダが重要な役割を果たしました。 また、モーセとその兄アロンはレビの子孫であり、レビはレアの子です。この [続きを読む]
  • 90.「ただ強く雄々しくあってください」
  •  イスラエル民族がヨルダン川を渡る前、ヤコブの長子レアの子ルベンの子孫とビルハの子ガドの子孫が、モーセに、ヨルダン川の手前に領地を得させてほしいと願い出ました。モーセは当然反対し、「そんなことをすれば、神様はきっと怒りを発して、その民を滅ぼされるだろう。」 と言いました。 すると、ルベン族とガド族はモーセに対して、「われわれは武装してイスラエルの人々の先頭に立って戦います。しかし我々の子供たちにつ [続きを読む]
  • 88. 青銅の蛇
  •  先回は、イスラエル民族の不信に対し、モーセが血気にはやり、磐石を二打したというできごとについて確認しました。このあと、神様が、不審に陥っていくイスラエルの民に火の蛇を送られ、彼らを噛んで死ぬようにされた、ということがありました。次はそのことに関する原理講論の説明です。「モーセが、磐石を二度打ったのち、神は不信に陥っていくイスラエルに、火の蛇を送られ、彼らをかんで死ぬようにせられた(民数21/6)。 [続きを読む]
  • 87.磐石を二打
  •  原理講論では、モーセの最後の失敗は、磐石を二度打ったこととされています。石はキリストの象徴であり、一度打って水が出るようになった盤石は、堕落した立場から復活し、本然の状態となった人間、つまりイエス様を象徴し、二度目に盤石を打ったことは、水が出る石、すなわちイエス様を打ったことを意味するということでした。ですから、モーセが盤石を二度打ったことはイエス様の十字架の遠因を造ったと理解されてきました。  [続きを読む]
  • 86.「エジプトで長子を打たなければ、一世が荒野で死ぬことはなかった」
  •  ミデヤン荒野に逃れたモーセは、40年後ホレブ山で神様の命令を受け、エジプトに入り、イスラエルの民を引き連れて出エジプトを果たしました。その際、出発のための摂理としてモーセが神様から授かったのが三大奇跡と十災禍でした。この十災過の中に「エジプトの長子と家畜の初子を打つ」という内容がありました。次はそのことに関する原理講論の記述です。「次に神は、エジプトの長子と家畜の初子をことごとく撃ってしまわれたの [続きを読む]
  • 84.「イスラエル民族が、エジプトの国民を抱擁していたならば」
  •  これまで何度か文先生の御言と原理講論との相違について触れてきましたが、モーセ路程に関しても、文先生の御言の中には、原理講論と異なる内容のものがあります。「モーセが知恵深く、血気に走らなかったなら、一線で働いているエジプト人を殺しはしなかったでしょう。モーセが主権を相続されて王となったら、その後カインの国を復帰した基盤の上で、イスラエルの復帰も自動的になされたのです。モーセが血気に走って、エジプト [続きを読む]
  • 83.「神様が同情せざるを得ない深い縁が背後で結ばれていたのです」
  •  次は、モーセの内的な世界に関しての文先生の御言です。 「天の行く道が悲惨な道であったので、モーセについていく人々も悲惨になら ざるを得ませんでした。イスラエル民族の行く道も悲惨でした。モーセの行く道も悲惨でした。パロ宮中40年以後に、イスラエル民族の側に立ったモーセは、宮中から追い出され、イスラエル民族の前に自分の姿を現すことができない運命となり、ミデヤン荒野で牧者の生活をするようになりました。彼は [続きを読む]
  • 82.「神様を愛しているから兄さんを愛することができたのです」
  •  ヤコブは、エジプトから戻った息子たちから、ヨセフが生きていて、エジプトの総理大臣となっていることを聞き、一族そろってエジプトに行くことを決心しました。カナンの地で得た財産をすべて携え、ヤコブとその子孫の合計70人がエジプトに向かいました。 ヤコブがハランの地で氏族を復帰したように、エジプトに入ったヤコブの家族は、カインの地であるエジプトにおいて民族を形成していくこととなりました。 エジプトのゴセン [続きを読む]
  • 81.イスラエル12部族の編成
  •  ヨセフは兄たちによってイシマエル人に売られ、その後、エジプトの侍衛長ポテパルに買われました。ヨセフのすることは、神様の導きにより、すべて成功し、ヨセフはポテパルから信頼され、その家のすべてのものの管理を任されるようになりました。しかし、ポテパルの妻から再三にわたる誘惑を受けるようになり、それを断り続けたことで彼女の恨みを買い、無実の罪を着せられ牢獄に入れられてしまいました。しかしながら、ここでも [続きを読む]
  • 80.「先生を中心として、そのような事件が反復されたのです」
  •  先回は、「四代が連結されて家庭を成すようになるとき、それが幸福な家庭なのです。」「三段階です。このようなことを中心として、四番目というものは何かというと実であり、そこから新しい出発です。」「四代が一家庭です。この家庭から四方に広がっていくのです。」「四代型を中心として、横的に栄えていくのです。東西南北に広がっていくことができるのです。」「この四代型が一つの種です。」 等の御言から、新たに「四代」 [続きを読む]
  • 79.「四代が一家庭、この家庭から四方に広がっていくのです」
  •  ヨセフはヤコブの愛するラケルの子でした。ラケルは子供がなかなかできず、自分に子供ができないことをヤコブに詰め寄ったこともありました。しかし姉のレアは、次々と子供を産み、自分の子供が生まれなくなったら、自分のつかえめをヤコブに与えてでもヤコブの愛を自分の方に向かせようとしました。そのような中で、ラケルにようやくできた子供がヨセフです。そしてヤコブがカナンに帰ってエサウと和解した後に生まれた子供がヨ [続きを読む]