コンテバロン さん プロフィール

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コンテバロンさん: 世界の戦争・歴史ブログ
ハンドル名コンテバロン さん
ブログタイトル世界の戦争・歴史ブログ
ブログURLhttp://kh16549.blog.fc2.com/
サイト紹介文世界の戦争と軍事の歴史や王朝と国家の興亡にまつわる様々なエピソードをご紹介します。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供14回 / 365日(平均0.3回/週) - 参加 2013/03/30 05:07

コンテバロン さんのブログ記事

  • ヴァイキングが創ったローマ帝国!? ・ クレムリン(前編)
  • みなさんこんにちは。今回ご紹介する宮殿は、世界最大の国土面積と強大な軍事力で、今なおアメリカのライバルとして世界に認識される「超大国」ロシアから、首都モスクワにその威容を誇るクレムリンについてお話したいと思います。このクレムリンは、後で詳しく述べていく様に、元はロシア帝国の宮殿の一つだったものですが、昭和世代の多くの日本人にとっては、なんといってもその後に成立した旧ソビエト連邦の中枢としての不気味 [続きを読む]
  • テムズ河畔の霧の中に鳴り響くチャイム ・ ウエストミンスター
  • みなさんこんにちは。今回ご紹介する宮殿は、イギリスのロンドンから、イギリス最初の本格的な宮殿として建設され、現在は国会議事堂として英国紳士たちの熱い議論が繰り広げられる政治家たちの宮殿「ウエストミンスター」についてお話したいと思います。上が現在は英国の国会議事堂として使用されているウエストミンスター宮殿です。各部の詳細については後述します。ところでみなさんは、このイギリスという国がいつ頃どの様な成 [続きを読む]
  • アンダルシアに輝いたグラナダの光 ・ アルハンブラ
  • みなさんこんにちは。今回から宮殿の本場ヨーロッパに戻り、スペイン南部アンダルシアに700年以上に亘って君臨したイスラム王朝グラナダ王国の夢の跡、魅惑の王城「アルハンブラ宮殿」についてお話したいと思います。このアルハンブラ宮殿については、テレビの紀行番組などでスペインを紹介する際に必ず登場し、またユネスコの世界遺産として、歴史好きな方であれば誰でも名前だけは一般知識としてご存知の事と思いますが、では [続きを読む]
  • 日本最強の女帝が築いた幻の宮殿 ・ 藤原宮
  • みなさんこんにちは。今回のお話は、古代日本の最初の本格的な都として建設されたにも係わらず、完成からたった16年で遷都され、歴史から消えた幻の都「藤原京」とその宮殿についてご紹介したいと思います。ところでみなさんは、「都」と聞いて思い浮かべる地といえばどこでしょうか? これは愚問だったかも知れませんが、日本人ならやはり「京都」と答える方がほとんどだと思います。かつて学生時代に「鳴くよウグイス平安京」 [続きを読む]
  • ライチの甘い香りを愛した美女の宮殿 ・ 長安
  • みなさんこんにちは。遅ればせながら、平成29年明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い致します。さて、これまでヨーロッパや中東の宮殿にまつわる話ばかり書いてきたので、今回から趣を変えてアジアの方にも目を向けてきたいと思います。まずは中国歴代王朝の一つ、唐王朝の都である「長安」の宮殿についてのお話です。この唐王朝とは、4千年といわれる中国の長い歴史の中で勃興した多くの王朝の順番で言 [続きを読む]
  • 巨大な帝国の皇帝が夢見た小さな帝国 ・ヴィラ・アドリアーナ
  • みなさんこんにちは。今回お話する宮殿は、前回に引き続き古代ローマ時代から、ローマ皇帝の一人であるハドリアヌスの築いた「ヴィラ・アドリアーナ」をご紹介したいと思います。ところで、みなさんはローマ帝国という国家がどれほどの間存続したかご存知でしょうか? 前回もお話した様に、このローマ帝国という巨大国家も最初から大帝国であったわけではありません。実は意外なのですが、ローマ帝国はその建国の時期がはっきりし [続きを読む]
  • 暴君ネロの見果てぬ狂った夢の跡 ・ ドムス・アウレア
  • みなさんこんにちは。今回お話する宮殿は「暴君ネロ」の異名でその名を歴史に刻むローマ皇帝ネロが築いた「ドムス・アウレア」をご紹介したいと思います。今回のお話の主役は暴君ネロなのですが、みなさんはこの人物について、一体どんなイメージをお持ちでしょうか? ローマ皇帝として悪逆の限りを尽くしたその名の通りの暴君? おそらくそういう印象が強烈なのではないかと思います。(かくいう自分もそうでした。)確かに、結 [続きを読む]
  • 海の底に眠る悲しき美女の宮殿 ・ アレクサンドリア
  • みなさんこんにちは。今回お話する宮殿は「絶世の美女」としてその名を歴史に刻むエジプト女王クレオパトラが住んだアレクサンドリアの宮殿をご紹介したいと思います。クレオパトラといえば、なんといっても先に述べた「絶世の美女」という形容詞が古くから全世界に共通していますね。そして、それはその劇的でドラマチックな生涯と相まって、彼女の死から2千年もの間伝説として人々に語り継がれてきた事は、歴史好きでなくても誰 [続きを読む]
  • アレクサンドロス大王が恐れた宮殿 ・ ペルセポリス
  • みなさんこんにちは。今回の宮殿は古代オリエント世界を統一し、恐らく人類史上初めて世界帝国と呼ばれたペルシア帝国の都「ペルセポリス」をご紹介します。このペルシア帝国とは、現在のイランを本国として、西はエジプト、トルコから東はパキスタンとインド国境に至る、今日ではいわゆる「中東」と呼ばれる地域のほぼ全域を支配した大帝国であり、かのローマ帝国より以前に人類社会に出現した最初の世界帝国と呼べる国家です。で [続きを読む]
  • 王妃への愛が生んだ空中庭園 ・ バビロン
  • みなさんこんにちは。今回の宮殿は、エジプトと並ぶ人類最古の文明発祥の地である古代メソポタミアから「バビロン」をご紹介したいと思います。ところでみなさんは、この地域についてどの様なイメージをお持ちでしょうか? これは愚問だったかもしれませんが(笑)おそらく100%の方が「砂漠」と答えるでしょう。確かに、現在は気温50度にも達する猛烈な灼熱の砂漠地帯が広がっているのが事実です。しかし、古代メソポタミア [続きを読む]
  • 鉄の王国ヒッタイトの都 ・ ハットゥシャ
  • みなさんこんにちは。今回の宮殿は、遠い昔から幾多の古代国家が興亡を繰り返し、アジアとヨーロッパ、東洋と西洋が交じり合い、悠久の歴史を刻んできた魅惑の国トルコから、「ハットゥシャ」をご紹介したいと思います。この「ハットゥシャ」は、紀元前1600年頃にこの地に興った最初の統一国家である「ヒッタイト王国」の都として築かれたものです。ヒッタイト。この王国こそ初めてアナトリアを統一し、強大な軍事力で周辺国に [続きを読む]
  • 黄金の仮面が眠る街 ・ ミケーネ
  • みなさんこんにちは。今回お話する宮殿は、前回に続いて再びギリシャから「ミケーネの王宮」をご紹介したいと思います。といっても、正確には宮殿と街をぐるりと堅固な城壁で囲ったいわゆる「城塞都市」と言うべきものですが、後の中世ヨーロッパ全土に築かれていった城塞都市の原型として、大変興味深いものです。このミケーネの王宮は、ギリシャ本土、ペロポネソス半島の東部に位置する古代遺跡で、その起源は紀元前1500年頃 [続きを読む]
  • 怪物ミノタウロスの住む迷宮 ・ クノッソス
  • みなさんこんにちは。しばらく日本関連のお話が続いたので、今回から気分を変え、新たなテーマとして「世界の宮殿」と題するシリーズを始めました。かつて世界中の王侯貴族たちが、その富と権力にものをいわせ、競って建てた多くの宮殿、それらは一体いつ、誰が、どの様な経緯で築いたのでしょうか? そしてその宮殿ではどの様な歴史上のドラマが繰り広げられたのでしょうか? それらを一話完結でお話して行こうと思いますので、 [続きを読む]
  • 日清戦争最終回 ・軍事帝国日本の誕生
  • みなさんこんにちは。いよいよこの日清戦争のお話も今回が最終回となりました。前回は、その日清戦争終結後における朝鮮国と清国の行く末をお話しましたが、今回はわが日本が今次戦争において得た物理的な利益と損害の程度、さらにこの戦争において日本が投じた戦費その他を多面的にご紹介して、このテーマの結びとしたいと思います。これまでも述べて来た様に、日本は今次戦争に大勝利を収めました。この戦争におけるわが国の動員 [続きを読む]
  • 日清戦争17 ・日本になれなかった二つの帝国
  • みなさんこんにちは。1895年(明治28年)10月、日清戦争勃発のそもそものきっかけを作り、20年以上に亘って夫の国王をしのぐほどの権力を振りかざした朝鮮王妃 閔妃(びんひ)は、日本の三浦梧楼(みうら ごろう)公使らの謀略により暗殺されました。この事件については、前回もお話した様にうやむやのまま闇から闇に葬り去られてしまうのですが、何にしても、日清戦争の引き金となった諸々の事件の渦中には常に閔妃が [続きを読む]
  • 日清戦争16 ・ 王妃殺人事件 あの女狐を抹殺せよ
  • みなさんこんにちは。この日清戦争についてのお話も、いよいよ終わりに近づいてきました。すでに戦争そのものは、わが日本の勝利で幕を閉じた事はこれまでにお話してきましたが、今回はその日清戦争開戦のきっかけである朝鮮国の「ある一族」が、不和と内紛、そして謀略によって滅んでいく最初の発端となった事件を、日清戦争の番外編という形でご紹介したいと思います。それは「朝鮮王妃殺人事件」です。事の起こりは日清戦争から [続きを読む]
  • 日清戦争15 ・ 台湾制圧作戦と幻の台湾民主国
  • みなさんこんにちは。1894年(明治27年)8月に始まり、およそ8ヶ月余り続いた日本と清国との戦争、いわゆる日清戦争は、1895年(明治28年)4月の日清講和条約(下関条約)の締結によって、わが日本のほぼ完全勝利で幕を閉じました。これにより日本は、前回お話した様に清国から当時の日本の国家予算の4倍もの多額の賠償金を得たのですが、それ以外にもう一つ大きな「獲物」を清国から得る事に成功します。それはわ [続きを読む]
  • 日清戦争14 ・ 三国干渉 お金とメンツとロシアの脅威
  • みなさんこんにちは。1895年(明治28年)4月、山口県下関市において行われた日本と清国の講和交渉は、清国が日本に多額の賠償金と、領土の一部を割譲するという条件で双方が合意し、締結されました。これにより、開戦から約8ヶ月余り続いた日清戦争は日本の完全な勝利で幕を閉じる事になったのです。歴史を見れば、一般に戦争の終わり方は大きく三つあります。一つ目は休戦によるもの。これは文字通り交戦状態にある国同士 [続きを読む]
  • 日清戦争13 ・ 下関条約 テーブルの上の戦争
  • みなさんこんにちは。1895年(明治28年)2月、日本軍は大清帝国北洋艦隊の本拠地、威海衛の攻略に成功しました。この戦いで日本軍は、軍港内に立て篭もる北洋艦隊を全滅させ、要塞とともにこれを陥落させたのです。この勝利によって、日本は名実ともに黄海から東シナ海に至る清国沿岸の制海権を完全に手中に収め、陸上ではすでに清軍を追い出して支配下に置いている朝鮮半島と、さらには清国領土である遼東半島を攻め取り、 [続きを読む]
  • 日清戦争12 ・ 威海衛の戦いと北洋艦隊の壊滅
  • みなさんこんにちは。遅ればせながら、平成28年明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い致します。1894年(明治27年)11月末、日本軍は遼東半島の最重要拠点である旅順の攻略に成功。遼東半島を完全に支配下に置きました。日清戦争開戦以来、これまでの戦闘は朝鮮半島地域において行われていましたが、この遼東半島は完全な清国領であり、日本軍はついにその清の領土の一部に攻め入り、これをもぎ取 [続きを読む]
  • 日清戦争11 ・ 真相はいかに? 旅順虐殺事件(後編)
  • みなさんこんにちは。1894年(明治27年)11月20日、大山巌大将率いる日本軍およそ2万5千は、遼東半島の最重要拠点「旅順」攻略作戦を開始、たった一日でこれを占領しました。ここは清国北洋艦隊の根拠地であったため、清軍によって前面の軍港を中心とする海側と、旅順市街を挟んで背面の山側の大きく2つに分けて要塞化されていましたが、防御の重点は海側に集中(重砲58門、軽砲8門、機関砲5門など)しており、背 [続きを読む]
  • 日清戦争10 ・ 真相はいかに? 旅順虐殺事件(前編)
  • みなさんこんにちは。当ブログをご覧頂いている歴史好きのみなさんは、旅順(りょじゅん)という街の名を当然ご存知であるかと思います。今回のテーマである日清戦争から10年後のロシアとの日露戦争において、わが日本軍が壮絶な死闘と多大な犠牲の末に、ようやく攻略出来た「旅順要塞」のあった港町ですね。しかし、この旅順が戦場になったのは、先に述べた後の日露戦争が最初ではありません。この旅順港は前回お話した清国の主 [続きを読む]
  • 日清戦争9 ・ 黄海海戦と連合艦隊の勝利
  • みなさんこんにちは。1894年(明治27年)9月の平壌の戦いは、日清両軍の大部隊(日本軍1万2千、清軍1万5千)が激戦を交えた初めての本格的な「会戦」でしたが、兵器の質、地の利、潤沢な弾薬と食糧の備蓄など、あらゆる面で清軍の方がわが日本軍よりも有利であったにもかかわらず清軍は敗れ、平壌を放棄して北方へと退却してしまいました。日本軍はたった一日で平壌を占領したのです。(損害は日本軍の戦死180名に対 [続きを読む]
  • 日清戦争8 ・ 朝鮮半島占領作戦
  • みなさんこんにちは。1894年(明治27年)8月1日、わが大日本帝国と大清帝国は完全な戦争状態に突入しました。「日清戦争」の勃発です。これまでお話してきた様に、この戦争に至るまでの経緯は、日本と清国の中間に位置する朝鮮国の支配権を巡る両国の思惑と、それぞれの抱える国内事情などの利害が複雑に絡んでいましたが、主にわが日本側のかなり利己的な都合からついに開戦するに至ってしまったのです。すでに日本では、 [続きを読む]