じゅみーcoco さん プロフィール

  •  
じゅみーcocoさん: ちはやふる 神代の国より
ハンドル名じゅみーcoco さん
ブログタイトルちはやふる 神代の国より
ブログURLhttp://jummy1015.blog91.fc2.com/
サイト紹介文伊勢の国の神社やお寺を中心に、近隣の神社仏閣・名所旧跡巡りに出かけます。
自由文伊勢神宮の近所で生まれ育って
現在、伊勢の隣の町に住んでます。

忙しかった子育ても一段落。
行きたかった神社、お寺、
歴史の舞台、遺跡etc
あちこちお出かけするぞ〜〜
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供134回 / 365日(平均2.6回/週) - 参加 2013/04/10 16:46

じゅみーcoco さんのブログ記事

  • 桜散る三井寺 3
  • 三井寺 西国霊場の観音堂 2017-4-15参拝  2017-4-24本日のコース瀬田の唐橋→(京阪電車)→長等神社→三井寺(園城寺)→円満院門跡・大津絵美術館→お昼(そば)→大津歴史博物館→三井寺→三尾神社→京阪電車にて瀬田の唐橋三井寺は「みいでら」と読みます。これは別称です。正式名称は「長等山 園城寺 ながらさん おんじょうじ」です。天台寺門宗の総本山です。境内は広く、いくつものお堂が建ち並んでいます。霊場になっ [続きを読む]
  • 桜散る三井寺 2
  • 大津宮守護の長等神社  2017-4-15参拝  2017-4-21本日のコース瀬田の唐橋→(京阪電車)→長等神社→三井寺(園城寺)→円満院門跡・大津絵美術館→お昼(そば)→大津歴史博物館→三井寺→三尾神社→京阪電車にて瀬田の唐橋長等神社 (ながらじんじゃ)昔は三井寺の中の神社でしたが、明治の神仏分離で独立。しかし、三井寺より古い歴史があります。天智天皇が近江大津宮へ遷都(西暦667年)の際に都の鎮護として、須佐之男 [続きを読む]
  • 桜散る三井寺 1
  • 瀬田の唐橋から三井寺へ  2017-4-15訪問  2017-4-19本日のコース瀬田の唐橋→(京阪電車)→長等神社→三井寺(園城寺)→円満院門跡・大津絵美術館→お昼(そば)→大津歴史博物館→三井寺→三尾神社→京阪電車にて瀬田の唐橋ずっと行きたかった滋賀の三井寺へ行ってきました。旅の友は社寺友のTさん。まずは三井寺から遠いけど瀬田の唐橋。いつからあったのか分からないくらい昔からある瀬田川にかかる橋。交通の要所であり [続きを読む]
  • 石切さんを歩く 6
  • 役行者の創建の興法寺 2017-3-19参拝 2017-4-13本日のコース石切劔箭神社→石切商店街→石切大仏→千手寺→石切劔箭神社上之社→興法寺(生駒山)→石切商店街→石切不動明王→石切劔箭神社鷲尾山興法寺(わしおざん こうほうじ)先に行った千手寺と同じで、役行者が創建したお寺です。弘法大師もここで修行して堂宇を建立しました。在原業平は出てこないけど、行基菩薩が来てます。河内西国三十三所と役行者霊蹟の札所にもなっ [続きを読む]
  • 石切さんを歩く 5
  • 役行者の創建の千手寺 2017-3-19参拝 2017-4-10本日のコース石切劔箭神社→石切商店街→石切大仏→千手寺→石切劔箭神社上之社→興法寺(生駒山)→石切商店街→石切不動明王→石切劔箭神社恵日山 千手寺 (えんちざん せんじうゅじ)光堂、上之坊という別名があります。白鳳時代に役行者が開創して、弘法大師が観音像を刻み、在原業平が中興し五院を建立します。彼らに纏わる逸話を持つ、凄いお寺さんです。 [続きを読む]
  • 石切さんを歩く 4
  • 石切劔箭神社 上之社 2017-3-19参拝 2017-4-4本日のコース石切劔箭神社→石切商店街→石切大仏→千手寺→石切劔箭神社上之社→興法寺(生駒山)→石切商店街→石切不動明王→石切劔箭神社石切劔箭神社 上之社。元宮で奥の院として信仰されてきました。明治38年に下之社に合祀されましたが、その後も奥の院としての信仰があり、昭和7年に解体保存されていた本社の旧本殿を上之社に移し、昭和47年に往古の姿を取り戻し現在の上之 [続きを読む]
  • 石切さんを歩く 3
  • 石切劔箭神社 下之社 2017-3-19訪問 2017-3-29本日のコース石切劔箭神社→石切商店街→石切大仏→千手寺→石切劔箭神社上之社→興法寺(生駒山)→石切商店街→石切不動明王→石切劔箭神社石切劔箭神社 「いしきりつるぎやじんじゃ」と読みます。創建は神武天皇紀元2年(紀元前660年あたりらしい)と言う、とてつもなく古い神社であります。神武東征に出てくる饒速日命(ニギハヤヒ)を祀る神社です。私は神話ロマンにワクワク [続きを読む]
  • 石切さんを歩く 2
  • 石切さんへ行ってみよう! 後篇 2017-3-19訪問 2017-3-27本日のコース石切劔箭神社→石切商店街→石切大仏→千手寺→石切劔箭神社上之社→興法寺(生駒山)→石切商店街→石切不動明王→石切劔箭神社石切劔箭神社から生駒の中腹にある興法寺へ行きます。この道は「辻子越」と言い、生駒山を越えて奈良へ行く古い街道です。生駒山は眺望もいいし(ネットによると)奈良側には宝山寺もあります。現在は丁度良いハイキングコースの [続きを読む]
  • 石切さんを訪ねる 1
  • 石切さんへ行ってみよう! 前篇 2017-3-19訪問 2017-3-24本日のコース石切劔箭神社→石切商店街→石切大仏→千手寺→石切劔箭神社上之社→興法寺(生駒山)→石切商店街→石切不動明王→石切劔箭神社石切劔箭神社(いしきりつるぎやじんじゃ)は、「西の石切、東の巣鴨」と言われ、関西のおばあちゃんの原宿的な存在だそうです。今回は石切劔箭神社から生駒山の中腹にある興法寺まで、ちょっとしたハイキングをしてきました。も [続きを読む]
  • 阿山(奥伊賀)の神々6 春日神社(壬生野)
  • 絵馬の残る春日神社  2017-1-14参拝  2017-3-9本日のコース真木山神社→手力神社(東湯舟)→陽夫多神社→波多岐神社→日置神社(下柘植)→春日神社(壬生野)春日神社は壬生野地区にあります。隣には春日寺があります。天正伊賀の乱の戦火を逃れた貴重な神社です。壬生野周辺の伊賀衆の守護神でした。この辺りにも忍者がたくさん住んでいて、天正の乱の時、壬生野城(近くにあるらしい)に、伊賀壬生野郷・愛田村・御代村の [続きを読む]
  • 阿山(奥伊賀)の神々5 日置神社
  • 日置一族の日置神社  2017-1-14参拝  2017-3-7本日のコース真木山神社→手力神社(東湯舟)→陽夫多神社→波多岐神社→日置神社(下柘植)→春日神社(壬生野)日置神社。この神社について調べても、詳しいことがあまり分りませんでした。読み方も「ひおき」で良いのかわかりません。分ったのは創建に平氏が関わっていること。子孫は日置一族と言うらしい。和弓の日置流(へきりゅう)の伊賀日置流の発祥地らしい。そして猿飛 [続きを読む]
  • 阿山(奥伊賀)の神々4 波多岐神社
  • 伊賀国三の宮 波多岐神社  2017-1-14参拝  2017-3-6本日のコース真木山神社→手力神社(東湯舟)→陽夫多神社→波多岐神社→日置神社(下柘植)→春日神社(壬生野)波多岐神社(はたきじんじゃ)「波多」なので秦氏と関係があるのかと思ったら、まっすぐな木を仁徳天皇に献上し、旗木(ハタキ(旗竿))にしたという話が伝わります。秦じゃなくて旗なんだ。どっちにしろ、やたらと古いですね。 [続きを読む]
  • 阿山(奥伊賀)の神々3 陽夫多神社
  • 古墳の御旅所のある陽夫多神社  2017-1-14参拝  2017-3-3本日のコース真木山神社→手力神社(東湯舟)→陽夫多神社→波多岐神社→日置神社(下柘植)→春日神社(壬生野)「阿山」は現在は伊賀市になります。平成の合併前は阿山郡と言いました。伊賀忍者の伝説があちこちに残っている土地です。陽夫多神社(やぶたじんじゃ)延喜式内社の伊賀国二十五座の一つ。祇園祭が有名で、御旅所には古墳があり、本殿の裏の山にも古墳が [続きを読む]
  • 阿山(奥伊賀)の神々2 手力神社
  • 忍者・藤林氏の氏神 手力神社  2017-1-14参拝  1017-2-28本日のコース真木山神社→手力神社(東湯舟)→陽夫多神社→波多岐神社→日置神社(下柘植)→春日神社(壬生野)手力神社 (てぢからじんじゃ)藤林 長門守 (ふじばやし ながとのかみ)の氏神です。伊賀の上忍三家(服部半蔵・百地丹波守・藤林長門守)の一つ藤林氏の当主なんですが、記録がほとんど無く、なぞの人物です。ミステリー歴史ロマンですねぇ〜〜 [続きを読む]
  • 阿山(奥伊賀)の神々1 真木山神社
  • 伊賀二十五座の一つ 真木山神社  2017-1-14  2017-2-27本日のコース真木山神社→手力神社(東湯舟)→陽夫多神社→波多岐神社→日置神社(下柘植)→春日神社(壬生野)「阿山」は現在は伊賀市になります。平成の合併前は阿山郡と言いました。滋賀県との県境で滋賀県側は甲賀です。この辺もやっぱり忍者の故郷なんです真木山神社(まきやまじんじゃ)延喜式に載っている伊賀国二十五座にその名があります。創建も不明で真木山 [続きを読む]
  • 東山七条11 法住寺
  • 後白河法皇御所聖跡 法住寺  2017-1-7参拝  2017-2-24本日のコース豊国神社→方広寺→三嶋神社→香雪院・東山聖天→新日吉神宮→総本山 智積院→蓮華王院 三十三間堂→養源院→法住寺→京都国立博物館法住寺 ほうじゅうじ。東山七条を巡るとどこの社寺でも名前の出てくる後白河天皇(と豊臣秀吉)。その後白河天皇が住んだのが法住寺。今は小さいお寺ですが、当時はそりゃあもう広大な境内を持ち、三十三間堂を含むたくさん [続きを読む]
  • 東山七条10 養源院
  • 浅井姉妹の願いの養源院  2017-1-7参拝  2017-2-23本日のコース豊国神社→方広寺→三嶋神社→香雪院・東山聖天→新日吉神宮→総本山 智積院→蓮華王院 三十三間堂→養源院→法住寺→京都国立博物館南叡山 養源院(ようげんいん)。大きなお寺ではありませんが、見所の多いお寺です。豊臣秀吉の側室の淀殿が創建し、妹の徳川家光の正室の江が再建しました。お堂は伏見城の殿舎。そして伏見城の床を使った血天井。杉戸絵は俵屋 [続きを読む]
  • 東山七条9 三十三間堂
  • 千一体の千手観音が並ぶ三十三間堂  2017-1-7参拝  2017-2-22本日のコース豊国神社→方広寺→三嶋神社→香雪院・東山聖天→新日吉神宮→総本山 智積院→蓮華王院 三十三間堂→養源院→法住寺→京都国立博物館正式名称は蓮華王院本堂 れんげおういんほんどう。妙法院の境外仏堂で、妙法院の所有・管理です。「三十三間堂」の名称は、間面記法による表記「三十三間四面」に由来します。元は後白河上皇の離宮である法住寺の中に [続きを読む]
  • 東山七条8 総本山智積院 後編
  • 智積院の国宝を拝観  2017-1-7参拝  2017-2-20本日のコース豊国神社→方広寺→三嶋神社→香雪院・東山聖天→新日吉神宮→総本山 智積院→蓮華王院 三十三間堂→養源院→法住寺→京都国立博物館真言宗智山派総本山 智積院(ちしゃくいん)五百佛山(いおぶさん)、寺号を根来寺(ねごろじ)と言います。前篇では境内を歩き回った様子を書きました。大きな本堂が目を惹きますが、大師堂エリアの方が文化財指定の古いお堂があり [続きを読む]
  • 東山七条7 総本山智積院 前篇
  • 総本山智積院の境内を巡る  2017-1-7参拝  2017-2-17本日のコース豊国神社→方広寺→三嶋神社→香雪院・東山聖天→新日吉神宮→総本山 知積院→蓮華王院 三十三間堂→養源院→法住寺→京都国立博物館真言宗智山派総本山 智積院(ちしゃくいん)智積院とずっと言っていたし、地図にも智積院として載っているので、智積院というお寺の名前なんだとずっと思っていました。ブログを書くにあたって調べたら、なんと、違うではあり [続きを読む]
  • 東山七条6 新日吉神宮
  • 法住寺の鎮護の新日吉神宮  2017-1-7参拝  2017-2-15本日のコース豊国神社→方広寺→三嶋神社→香雪院・東山聖天→新日吉神宮→総本山 知積院→蓮華王院 三十三間堂→養源院→法住寺→京都国立博物館新日吉神宮は「いまひえじんぐう」と読みます。後白河上皇が自分の住まいである法住寺の鎮守社として比叡山の麓の日吉大社を勧請しました。江戸時代、豊国神社への参拝は禁止されましたが、太閤人気は都の人々に根強く、新日吉 [続きを読む]
  • 東山七条5 香雪院・東山聖天
  • 歓喜天を祀る香雪院 東山聖天  2017-1-7参拝  2017-2-14本日のコース豊国神社→方広寺→三嶋神社→香雪院・東山聖天→新日吉神宮→総本山 知積院→蓮華王院 三十三間堂→養源院→法住寺→京都国立博物館香雪院 通称・東山聖天。妙法院の塔頭の尼寺です。聖天または歓喜天はヒンズー教のガネーシャに起源を持つ神様です。頭が像の神様と言えば、見たことがあるかも。歓喜天は像の頭の神様が二人で抱き合う姿で夫婦円満の神様で [続きを読む]