makuriou さん プロフィール

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makuriouさん: レトロ旅えひめ巡り
ハンドル名makuriou さん
ブログタイトルレトロ旅えひめ巡り
ブログURLhttp://makuriou.blog.fc2.com/
サイト紹介文愛媛のノスタルジーを求めての旅ガイド。近代化遺産の建造物や屋根付き橋を紹介していきます。
自由文弓削神社の太鼓橋、南吉田の掩体壕、内子の旭館、今治ラヂウム温泉、八幡浜の大正湯、三津浜の旧濱田医院、鍵谷カナ頌功堂など、今見ておかないと、、、。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供13回 / 365日(平均0.2回/週) - 参加 2013/05/03 16:24

makuriou さんのブログ記事

  • 自動車タイヤの空気入れは有料?
  • 最近はセルフのガソリンスタンドばかり利用している。昔は、スタンドに行くと「オイル点検をしておきましょうか」、「空気圧みておきます」と、”うるさい”ほどいわれたものだ。そういう煩わしさもあり、かつ値段が安いことで、いつしか気楽なセルフを利用するようになっていった。先日、どうも前輪の空気圧がおかしい。所用で今治に行っての帰途のこと。万が一にも、バーストでもしたら大変。空気圧を点検しなければ、いけないの [続きを読む]
  • 腹の立つ話
  • GW期間中に法事があって、車で松山から今治に向かった。海岸線回りの196号コース。平日だったこともあって、最初は実にスムーズな走行と思っていた。が、それは、北条のバイパスまでだった。バイパスの終了地点で、5台ほど先に、小型のパワーショベルを積んだトラックがいた。そいつがイライラの元凶となった。奴は時速40キロ余で走り続ける。心が広く、時間的にも余裕がある人は、ゆっくりのんびりのどこが悪いと、言うのか [続きを読む]
  • 西山興隆寺 仁王門の彫刻(2)新しい作風の登場
  • 長州大工とは、山口県の周防大島から、愛媛、高知へ出稼ぎに行き、主に寺社建築に腕を振るった大工だ。江戸期から大正期まで、彼らの活動は200年余も続いた。もし彼らがいなかったら、山間部の寺社はおそらく貧弱な、寂しいものになっていたであろう。この愛媛での長州大工の最高峰にいたのが、門井友祐(かどい・ともすけ)という人物。前回にも紹介したように、西条市丹原町の西山興隆寺の仁王門には、友祐が愛媛に残した最高 [続きを読む]
  • モミジと見事な長州大工の彫刻が映える、西山興隆寺(西条市丹原町)1
  • 紅葉の便りが各地から寄せられている。愛媛県下で紅葉の名所として知られるのが、西条市丹原町古田の「西山興隆寺」。間もなく見ごろを迎える、約300本のモミジが古刹の雰囲気のなかで見事な色ずきを見せる。ここ、西山興隆寺に行くことをお考えの人もいるだろうが、その方々に、モミジとともに、ぜひ見ていただきたいのが、入り口にある仁王門の見事な彫刻群。この門には、いたるところに彫刻が刻まれている。長州から出稼ぎに [続きを読む]
  • 総森三島神社の本殿(砥部町)彫刻を見る。長州大工の技と美−6−
  • 総森三島神社(伊予郡砥部町総津)の本殿は、別の建物によって囲われている。このため、建物の彫刻を撮影するのはなかなか難しい。狭い空間から覗き見する。誰かが見たら、いかがわしい奴に見られるかも。無理して色々見たら、この彫刻は、長州大工の代表格、門井友祐の作品と特徴が似ており、彼の作に間違いないように思う。  正面の向拝部分に多彩な彫刻がみられる。 木鼻に見られるのは、まぎれもなく長州大工、それも門井家 [続きを読む]
  • 総森三島神社・拝殿(砥部町)、長州大工の技と美−5−
  • 伊予郡砥部町総津は、旧広田村に該当する。どこも、山また山の緑いっぱいの静かな地域だ。その高台に、総森三島神社が木々にすっぽり囲まれ、隠れるように建っている。この付近一帯には、やたらに三島神社がある。この総森三島神社は、総津の森の三島神社という名前のようだ。明治期、この山間地では、長州大工が次々と神社を建てていった。総森三島神社も彼らの手になったものと思われる。見事な彫刻のある拝殿と本殿の二つの建物 [続きを読む]
  • 山吹御前の神社を飾る彫刻(伊予市)。 長州大工の技と美−4−
  • 木々に囲まれ、静けさに包みこまれたような山裾に、山吹御前神社が佇んでいる。ここは、伊予市中山町佐礼谷丙1143。明治27年(1894)に本殿も拝殿も長州大工が手掛けた。あの門井友祐が大工棟梁として、手腕を発揮した。それだけに、本殿には数多くの彫刻が飾られ、すぐそばで見られる作品の数々をぜひご覧ください。  まずは、拝殿から見てみよう。拝殿の木鼻を飾るのは、左側が丸彫りの獅子と獏(ばく)。右側には親 [続きを読む]
  • 彫刻だらけの本殿−永田三島神社(伊予市)。長州大工の技と美−3−
  • 永田三島神社は、伊予市中山町出渕のほぼ中心地にある。本殿は明治25年(1892)、門井宗吉、友祐の手で建築。拝殿は明治27年、屋根の改築を行い、その際に門井友祐が向拝の彫り物を施した。長州大工の仕事として、ここの特徴は、彫刻のオンパレードの本殿だろう。これほど彫刻で飾られた本殿はあまりなく、特筆ものの建物と言っていい。本殿はコレ。  本殿の木鼻には、度肝を抜くようなビッグサイズの龍が張り付く。左右 [続きを読む]
  • 川崎神社(伊予市)の龍と獅子。「長州大工の技と美-2-」
  • 川崎神社は、伊予市中山町出渕2−60にある。菅原道真公を合祀し、天満宮ともいう。小高い丘の上に、明治27年(1894)に拝殿と本殿が建築された。本殿の棟梁は、長州大工として愛媛で最も活躍した門井宗吉、友祐の兄弟。腕前をフルに発揮した作品が並ぶ。特に、木鼻の龍や獅子、脇障子に刻まれた友祐の力強い彫刻が見どころだ。拝殿は、伊予市中山町に多い、平入り様式。  向拝の様子。  木鼻には丸彫りの獅子。目や口 [続きを読む]
  • 長州大工の技と美- 1- 盛景寺(伊予市)
  • 江戸時代後期から大正時代にかけて、愛媛、高知の両県で、寺社等の建築に従事した大工の集団があった。瀬戸内海の山口県周防大島から、出稼ぎに来ていた職人たちで、「長州大工」と呼ばれた。彼らの仕事は、南予(大洲、城川、河辺、内子、五十崎など)、中予(松山、重信、川内、中山、広田、久万、柳谷など)、東予(今治、丹原)にまで広がり、愛媛県下の80カ所以上にその足跡を見ることができる。(地名は、旧行政区分を採用 [続きを読む]
  • 速報2  堀江港の”沈没桟橋”が浮き上がりました。
  • 6月3日に発生した松山市堀江港の浮桟橋”沈没”事故。速報した段階では、一部浮いていたが、夜には完全に水没、どうなることか思っていたら、クレーン船も到着して夜を徹しての復旧作業が続けられ、翌4日朝に行ってみたら見事、桟橋が浮き上がっていた。6月3日午前5時45分撮影。桟橋の一部はまだ浮いていたのだが、、。  6月3日午後7時45分撮影。桟橋が完全に水没していた。  6月4日午前6時撮影。浮桟橋が浮き [続きを読む]
  • 速報 堀江港の桟橋が沈んじゃった。
  • 「あー、桟橋がない」−−。2016年6月3日(金)早朝、松山市の堀江港。今は、ほりえ海の駅として、ヨットやクルーザーの係留場所になっている桟橋が、一部を残して水没していた。台風が襲ってきたわけでもないのに、なぜ沈んだ?。  桟橋の沖に見えるのが、一文字防波堤西灯台。  ちょうど桟橋の補修工事が行われていたが、それとの関連性はどうなのか?。どうしてこんなことに。原因調査が待たれる。早朝から関係者が集 [続きを読む]
  • 「安芸の小京都」 竹原の町並みを歩く
  • 「安芸の小京都」という広島県竹原市の町並み保存地区を散策した。町並み保存地区は各地にあるが、ここは「重要伝統的建造物群保存地区」(重伝建)で、国のお墨付きのある最もレベルの高いゾーン。愛媛では、内子町と宇和町の町並みがこの指定を受けている。竹原は人口3万にも満たない市だが、平安時代には京都下鴨神社の荘園として繁栄し、江戸時代には製塩や酒造業で栄えた。保存地区には、江戸から昭和初期の民家が石畳の道沿 [続きを読む]
  • トラス橋の幾何学模様の美。JR中山川橋梁(西条市)
  • 西条市の”牡丹のお寺”に行ったついでに、近くの中山川沿いをドライブした。鉄橋が視界に入ってきた。何か懐かしい気のする、絵になる光景だ。歩いてそばまで行ってみた。JR四国「中山川橋梁」という。伊予小松−玉之江間の中山川に架かっている、4連のトラス橋だ。  三角形を組み合わせたトラス橋という形式で、専門的には、「下路平行弦プラットトラス橋」という。トラス橋はその形状から様々に細分類される。大雑把に代表的 [続きを読む]
  • 石垣がすごい、登録文化財もある山間の地区(内子町)
  • 内子町の山間地に、すごい石垣の集落がある。その中には、国の登録有形文化財になっている「上田家石垣」がある。見上げるように積み上げられた石垣は、まるで城塞のよう。江戸後期の文化年間に築造されたという歴史のある代物。特徴的なのは、石垣のデザイン。見付面に7つの大きな石を埋め込み、遠目からもくっきり。  残念ながら、撮影技術の未熟さと、植えつけられたクリの木が邪魔をして、石垣の全体を1枚のカットでお見せ [続きを読む]
  • 屋根付き「田丸橋」 2016年春、点描
  • 農村の風景の中に、溶け込むような屋根付き橋が愛媛にはある。その代表格が、内子町河内の田丸橋だ。春とはいえ、桜の開花にはまだ早い時期だが、現地を訪れてみた。  菜の花が春の訪れを告げ、よく見ると、付近にはツクシがにょきにょきと顔を出している。  県道のバス停・下河内(しもかわのうち)から、麓川方向へ。農道の向こうに屋根付きの橋が見える。田丸橋といい、内子町の有形文化財で、土木学会選奨土木遺産になって [続きを読む]
  • 龍泰寺の太鼓橋が少しくっきり見えだした。(松山市)
  • 松山市の御幸は、江戸時代に”寺町”といわれ、寺や神社が多かった地区だ。その面影は今も残る。地区を流れる大川には、寺に向かう参道を兼ねた橋がいくつか架かり、風情のあるたたずまいにアクセントをつけている。その橋のなかでも龍泰寺前に架かる珍しい石造アーチ橋は、太鼓橋とも呼ばれ、ひときわ異彩を放つ美しい芸術品だ。工事の際に取り付けられていた型枠がこのほど外れて、ようやくアーチの側壁がくっきり見え始めた。  [続きを読む]
  • 道後アート2015は、今月末で終了。今見ておかないと−。
  • 道後温泉本館を艶やかな色彩で彩った「道後アート2015」が、今月(2月)末で終了する。今見て、記録していないと、再び見ることができない。あと数日、急ぎ見ておきませんか。     (道後温泉本館のエントランスにはカラフルな陣幕が出迎える)国の重要文化財の本館を、写真家・蜷川実花さんのあの色彩で包もうというアート企画だ。     (本館の2,3階の窓は蜷川実花さんの写真で飾られた。夜には巨大なアートと [続きを読む]
  • ★注★怪しい文書が松山に郵送されている。これって、詐欺の仕掛け!?。
  • 変な文書が郵送されてきたと、知人から連絡があり、見せてもらった。「震度測定器の利権の募集」という内容。”利権の募集”というだけでも、怪しい匂いがプンプンする。おそらく、これをきっかけに、ナゾの人物が次々と電話で登場する−−気がする。地震多発の昨今を狙って震度測定器というモノを使った新しい手口か。平和な松山にもこんなものが出回っている。内容をご紹介する。どうぞ御用心!。  (A4サイズの文書が折らずに [続きを読む]
  • 東北に残る見事な瓦灯篭と、屋根を走る瓦製の龍
  • 瓦灯篭を全国に探し求めて、ようやくたどり着いたのは東北だった。「かわら美術館」(愛知県高浜市)に教えていただいた情報をもとに、所有者や現地の自治センターの協力を得て、この瓦灯篭の全貌を見ることができた。現時点では、今治市菊間以外では、全国に唯一残る瓦灯篭とみられる。【5】東北の地に見事な瓦製灯篭が残っていた。宮城県仙台市の南方に、人口3万人弱の角田(かくだ)市がある。その市の南方の小田暮坪地区に、 [続きを読む]
  • 【瓦灯篭】菊間以外の瓦産地に瓦灯篭はあるのだろうか。
  • 瓦でつくった灯篭−−、今治市菊間町で瓦灯篭を見て回った。瓦の産地は全国に数多くある。では、全国にはどんな瓦灯篭があるのだろうか。主要産地の瓦製造組合など、関係者に電話取材を試みた。その結果浮かび上がったのは、菊間の瓦灯篭が実に貴重な存在ということだった。【4】菊間以外の地で、瓦灯篭を探してみた。瓦は昔、日本各地で製造されていた。それが輸送手段が良くなるにつれ、良質な粘土を持ち、さらに技術力のあると [続きを読む]
  • 菊間にある平成の瓦灯篭
  • 平成になっても瓦の町・今治市菊間町では、瓦灯篭が制作されている。【3】菊間町で瓦灯篭を探す。前回紹介した金刀比羅神社の敷地内に、高さ1メートル級の小型の瓦灯篭があった。これは石鎚大権現をまつる社で、平成22年の奉納となっていた。シンプルでちょっと変わったスタイル。あまり愛媛では見たことのない造形だ。    196号の国道端にも2か所、瓦灯篭がある。これは、太陽石油前にあるもの。菊間町商工会の文字が [続きを読む]