日向亮司 さん プロフィール

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日向亮司さん: ひこばえ
ハンドル名日向亮司 さん
ブログタイトルひこばえ
ブログURLhttp://hikobae0869.blog.fc2.com/
サイト紹介文俳句は自分史です。自作の俳句に写真とエッセイを添えて綴ります。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供157回 / 365日(平均3.0回/週) - 参加 2013/05/30 20:28

日向亮司 さんのブログ記事

  • 接木
  • 接木して縄の余りを断ちにけり工場内を歩いている時に右足を躓いた。何かにぶつかったというのではなく、ただ歩いている時に躓いただけである。「ちょっと痛いなぁ」という感じはしたが、「それほどのことでもないだろう」と簡単に考えた。しかし、階段の上がり降りの際の痛みは少し気になった。翌朝、足の指が紫色になり腫れていた(写真)。特に痛くて歩けないというほどでもないが、色を見て驚いた。「突き指かなぁ」そう考えた [続きを読む]
  • 金魚
  • 早や知らぬ素振り金魚の名付け親鎌倉八幡宮にお参りに行き、境内の出店で孫のカズ君(4才)が金魚掬いをした。店のオヤジから受け取った紙の網をいきなり水に浸けたものだから1秒と持たない。1回300円。再びのチャレンジは娘が手を添えてやってみたが結果は同じである。しかし、よくしたもので掬えない場合は1回につき2匹の持ち帰りが出来るという。ビニール袋に水を入れ、出目金1匹と金魚3匹を大切に持ち帰ったのだった。家に帰っ [続きを読む]
  • 囀り
  • 囀りに一音高き声のあり1時ちょうどに入り、商談を終え会社を出たのが2時10分であった。2時50分の電車に乗ればいいのだから楽勝である。「大丈夫だろう」「はい、大丈夫です。30分には着きます」車内であれこれ話しながら余裕を決め込んでいた。ところが大宮駅までの道路は一本道で何度も渋滞を繰り返す。どんどん時間は迫ってきて少し焦り始める。「本当に大丈夫か?」「大丈夫だとは思いますが、なにせ一車線ですから」最後は駅 [続きを読む]
  • 春疾風
  • 首塚や討たれし時も春疾風幸手インターを降り5分ほど走った所に浄誓寺はあった。あたりは広大な畑である。山門を潜ると正面に本堂があり、その裏に首塚があった。周囲をコンクリートブロックに囲まれ、高さ3メートルほどの塚になっている。頂上に五輪塔が据えられていた。入口にあった説明書きでは上の3つは後世のもので、下の2つが江戸時代以前のものということである。「北葛飾郡内最古の五輪塔の可能性が高い」と書かれていたが [続きを読む]
  • 花冷
  • 花冷や麺に秘伝のタレ少し当日朝9時には会社を出た。途中、手土産を買わなくてはならないし、高速道路がどれだけ渋滞しているのかも分からない。昼飯の時間も必要だからと少し早めに出発したのだった。道は所々で渋滞していたものの順調に進み、11時には目的地の近くまで到達した。「随分と早く着いてしまったなぁ。早いけど、メシでも食うか」「そうですね」ということで、ラーメン屋に入ることになった。「たっぷり時間があるの [続きを読む]
  • 風光る
  • 快速が飛ばし行く駅風光る座間市にある取引先の会社に当社で行っている活力朝礼を勧めたところ、話を聞いてみたいということになり、月曜日の午後5時に指導員を連れて訪問することになった。実際のやり方を見てもらうために従業員の皆さんにも待っていてもらうことになった。指導員の先生には予定をやり繰りしてもらい30分前の4時半に南林間駅で落ち合うことにした。予定を立てた翌日、知人から電話が入った。埼玉県にある会社で社 [続きを読む]
  • 四月馬鹿
  • 空手形切つて溜め息四月馬鹿借りた日の土曜日は会社があり、習字があり、家族で食事に出掛ける予定があったりしたので読む暇はなかったが、翌日曜日は目が覚めるとすぐに読み始めていた。プロローグでいきなり強姦シーンである。「相変わらずだなぁ、田中さん」と思いながらもストーリーの展開の速さに引き込まれていく。途中、用事があって出掛けたりしながらも夜中には一巻読み終えていた。月曜日は祭日だったので火曜日に田中さ [続きを読む]
  • つちふるやかの満州に馬賊あり一昨年の10月26日のブログ「燈火親し」に書いた田中さんのことを再び書かなければならない。あの時は一杯飲んで品川から戻り、上大岡で乗り換えた電車の中で田中さんに会ったのだった。そこから杉田駅までの僅か4分の間に是非にと勧められた船戸与一の「砂のクロニクル」。あれだけ熱心に勧められたのでは読むしかないと上下2巻を読み切ったのだが、それ以降も会うたびに船戸与一の面白さを語ってくれ [続きを読む]
  • ルピナス
  • ルピナスや異国に馳せる夢ひとつシャンソン歌手という言葉は聞いたことがあるが、タンゴ歌手というのはあまり聞いたことがない。倫理法人会が新横浜のホテルで行なった講演会のゲストがタンゴ歌手の香坂優さんだった。別の誰れかが講演したあとでタンゴでも歌うのかなぁなどと勝手に考えて出掛けたのが、何と何と香坂さんご本人が講話し最後にタンゴを歌ったのである。しかもその話の素晴らしかったこと。会場にいた250名は水を打 [続きを読む]
  • 田楽
  • 田楽のたちまち串の山と化しこの旅の目的はもちろん友人から依頼された講演である。しかし、こうして文章を書いてみると、講演に費やした労力よりも芭蕉に費やした方が大きかったことが分かる。「芭蕉紀行文集」を繙き、服部土芳を調べ、「三冊子」など取り寄せた分には講演で話した40分より遥かに多くの時間を費やしている。芭蕉を「風狂人」という。広辞苑で「風狂」を引いてみると「風雅に徹したこと」と書かれているが、もう一 [続きを読む]
  • 鳥雲に
  • 師のあとをただ追ふばかり鳥雲に村井さんから連絡が入っていたようで「蓑虫庵」に到着すると男性が笑顔で出迎えてくれた。「聞いています、聞いています、さぁ、どうぞどうぞ」と言葉を二回繰り返す勢いである。私を「凄い人」と思っていたかも知れない(笑)。すぐに庭に案内されて説明が始まった。まずは「蛙飛び込む」の石碑の説明である。「この蛙の石碑は……」実はこの説明、すでに村井さんから話を聞いていたのである。何と [続きを読む]
  • 草青む
  • 誘はるるままに道草草青む帰りがけに村井さんが、その近くにある「蓑虫庵」のことを話し始めた。素晴らしい所なので是非寄って行って欲しいという。門人服部土芳が建てた庵だという。「野ざらし紀行で芭蕉が伊賀に戻った時、たまたま土芳は仕事で須磨の方へ行っていました。土芳は藤堂藩に勤めていた侍です。芭蕉より13才年下で、芭蕉が29才で江戸へ出て行く時、土芳は16才でした。幼い頃に芭蕉から俳諧を学び、とても慕っていたよ [続きを読む]
  • 梅が香
  • 梅が香や翁しのばん草の庵生家の前でタクシーを降りた。「松尾」の表札の下に小さな潜り戸があったが入口のようにも見えず、塀伝いにその奥にある門まで回ってみた。やはり潜り戸が入口のようなので戻って開けてみると土間の明るさが目に飛び込んできた。「わっ、観光用に改装されている!」特に驚くほどのこともないのだが、折角の生家に手を入れるのはどうかと思ったのである。生家は生家でそのままに残し、建物の横に小さな管理 [続きを読む]
  • 春雨
  • 春雨もまた佳し旅の始めとす三重県伊賀市の倫理法人会で講演することになった。私を倫理に導いてくれた友人からの誘いである。断るわけにはいかない。というより、ずっと断り続けてきたのだが、いよいよ断りきれなくなってしまったといった所である。伊賀市には2年半前の秋に訪れている。あの時はその友人の会社の工場と朝礼風景を見学することが目的だったので、ホテルの近くにあった松尾芭蕉の生家もよく見ないで悔しい思いをし [続きを読む]
  • のどけし
  • のどけしや雲か煙か桜島旅行を終えての後日談である。倫理法人会の集まりがあり、何人かで一杯飲んでいた。「日向さん、先週お休みでしたが、どちらかへ出掛けられたのですか?」「鹿児島です。銀行の付き合いで出掛けてきました」この会話を隣で聞いていたのが後藤さんという女性社長である。「あらっ、日向さん、それって、もしかしたら信用金庫主催の旅行ですか?」「そうです」「あら偶然ね。その旅行に私の妹夫婦も参加してい [続きを読む]
  • 暖かし
  • 払ひたがる人ばかりゐてあたたかし霧島温泉の宿は前回夫婦で来た時に泊まった宿である。指宿の「白水館」に比べると相当に見劣りする。建物も古く、廊下や部屋も使い込まれた感じがして、各所に劣化が目立つ。温泉の蛇口を捻っても勢いの弱いお湯しか出てこない。しかし、料理は思いのほか豪勢で信用金庫の奮発具合が伝わってきた。食事のあと、前日と同じようにカラオケに行くことになった。私と安藤夫妻と岩橋社長夫妻(写真)の [続きを読む]
  • 春日和
  • 白無垢に添ひたるは父春日和知覧のあと、武家屋敷を見学し、その中の民家で昼食となった。食べ切れないほどの料理を前に飲み物がドンドン運ばれてきた。まさに牛飲馬食の様相である。食べ終えてバスに乗り込むと次の目的地の霧島神宮まで2時間以上掛かるという。走り出してすぐに眠ってしまったことはもちろんである。神宮の駐車場に到着し、ようやく目が覚めた。ぼんやりとした頭で参道を歩き始めた。妻「ニニギノミコトがちゃん [続きを読む]
  • 如月
  • 如月や遺書も遺品も玻璃の中翌日は雨模様だった。朝から降っていたが、目的地に着くと上がっているという不思議な雨だった。知覧特攻隊の記念館に着いた時も上がっていた。傘なしで歩いて行くことが出来た。前回も訪ねているので中の様子は分かっていた。今回はひとつの遺書を探して歩いてみた。旅行に来る前に読んだ「知覧からの手紙」(水口文乃著)に書かれた穴沢利夫少尉という人の遺書である。図書室に勤める中央大学の学生だ [続きを読む]
  • 春の夜
  • 春の夜の歌手はマイクを離さない今回の旅でお世話になったのが、昨年もご一緒した安藤社長ご夫妻である(写真)。羽田空港でお会いした時から私のことを「先生」と呼んでくる。前回の旅行の時にブログを紹介し、それ以来ずっと読んでくれているようで「俳句はよく分かりませんが文章の面白さだけはよく分かります。よくああやって書けるものだと感心し、私達の間では日向さんのことを『先生』と呼んでいるんです。朝、会社に行って [続きを読む]
  • 啓蟄
  • 啓蟄の砂に埋もれて砂の風呂JTBが企画した今回のコース、実は4年前に同じようなコースを夫婦で巡っている。あまりにも行先が一緒なので一瞬参加を躊躇したほどである。前回は自分で見たいと思った場所を選び、それに沿って宿を決め、レンタカーで回ったのだが、ツアーコースがこうも一緒になろうとはと驚いたものである。私の企画力も満更ではないらしい。私が選んだコースというのが(1日目)空港でレンタカーを借り、霧島神 [続きを読む]
  • 春の旅
  • まつろはぬ熊襲の国へ春の旅昨年に引き続き、取引先の信用金庫が主催する「まなびの旅」に夫婦で参加してきた。今回は鹿児島の指宿温泉、霧島温泉を巡る旅である。その所々で「まなび」があるに違いない。まずは下調べとして「せごどん」こと西郷隆盛についての資料を漁っておいた。来年の大河ドラマである。地元は大いに盛り上がっているに違いない。池波正太郎や海音寺潮五郎などの本を読み、史跡などについても調べておいた。旅 [続きを読む]
  • 春風
  • 春風に四股踏む真似の泥着かな外に出て9時40分。中にいたのは正味10分程度である。これではカズ君が相撲嫌いになってしまう、そう直感した私は慌ててもう一つの荒汐部屋を訪ねてみることにした。こちらはガラス越しの見学なので睨まれることはない。車を走らせ大急ぎで駆けつけると、部屋の回りに力士達が出ていて自転車に乗ったりして帰るところであった。稽古が終わったようである。ちょうど10時になっていた。残念とは思ったが [続きを読む]
  • 凍ゆるむ
  • 押さば押せ押せば土俵の凍ゆるむ朝稽古が見学できる相撲部屋を探そうとインターネットで調べてみると、荒汐部屋、八角部屋、東関部屋の名前が出てきた。それぞれ前日の午後に連絡をしてから来てくださいと書かれている。土曜日の夕方に電話を掛けてみた。孫のカズ君には翌日曜日に稽古を見に行くことを話している。まずは八角部屋に掛けてみた。すると「明日は稽古をやっていない」という。しかも見学するにはインターネットで申し [続きを読む]
  • 寒明け
  • 寒明けの稽古相撲を見に行かむ取り寄せた文庫本を速攻で読み切った。どれも面白く甲乙付けがたいところだが、どれか一冊といわれれば「貴ノ花散る」ということになるだろうか。知った力士が実名で登場し、土俵の上では見えないその裏側のあたりを容赦なく書き立てているのだから、面白さこれに勝るものなしである。「二子山親方(四十五代横綱若乃花)の末弟、花田満は初土俵以来、十六場所を負け知らずの快進撃で新十両に昇進した [続きを読む]
  • 冴返る
  • 花道に消ゆる人影冴返るもりたなるお(作家、本名森田成男〈しげお〉)氏が亡くなった。享年90才。「昨年11月21日に肺炎で亡くなっていたことが分かった」と1月20日(金)の新聞に載っていた。折しも大相撲初場所は稀勢の里が初優勝を目前にし、もし優勝ならば19年振りの日本人横綱の誕生かと大賑わいの時である。「懐かしいなぁ」と思った。氏の作品を夢中になって読んだのはもう25年も前のことである。本は処分していてもう書棚 [続きを読む]