日向亮司 さん プロフィール

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日向亮司さん: ひこばえ
ハンドル名日向亮司 さん
ブログタイトルひこばえ
ブログURLhttp://hikobae0869.blog.fc2.com/
サイト紹介文俳句は自分史です。自作の俳句に写真とエッセイを添えて綴ります。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供157回 / 365日(平均3.0回/週) - 参加 2013/05/30 20:28

日向亮司 さんのブログ記事

  • 薄暑
  • 塚一つ置いて旗立山薄暑次に向かったのが葉山町にある鐙摺山(写真)である。三浦一族の拠点「鐙摺城」があった場所である。頼朝挙兵に駆けつけようとした三浦勢はその山のすぐ下の浜から舟を漕ぎ出した。明治時代の写真などを見るとすぐそこまで波が押し寄せていたことが分かる。時化のために陸路を辿り酒匂川で戻され、小坪合戦で敵軍と対峙することになるのだが、その時、一族を率いていた三浦義澄(義明の次男)がこの山に旗を [続きを読む]
  • 卯波
  • 卯波寄す小舟の舫ふ和賀江島次に向かったのが材木座の光明寺である。治承4年(1180年)8月17日、源頼朝挙兵に駆けつけた三浦勢は台風の大水のため酒匂川の手前で撤退を余儀なくされる。頼朝が「石橋山の戦い」に敗退したとの報に接しつつ戻る途中、由比ヶ浜で敵方と出会ってしまう。小争いが始まり小坪峠に布陣、両者とも痛手を負うことになる。「光明寺の裏山から小坪6丁目に抜ける道に小坪峠がある」と資料に書かれていたので行 [続きを読む]
  • 樟落葉
  • 裏山の小さきやぐらや樟落葉出掛けに少しまごついたので鎌倉の白旗神社に着いたのは5時10分だった。家から30分の距離である。ここは宝治元年(1247年)三浦氏が北条勢と戦い、一族郎党五百余名が切腹して果てた法華堂のあった場所である。神社にお参りし、その横の石段を上り源頼朝の墓を訪ねた。ここに来たのは何時だったろう。思い出そうとしても思い出せない。35年位前だったような気もする。誰と来たのだろう。随分と年を重ね [続きを読む]
  • 明易し
  • 落武者となりし夢見て明易し会社に三浦半島の外れに住んでいる女性がいる。私が車で行くことを話すと「休日の道路はすごく混みますよ」と教えてくれた。家の前の道路が渋滞で動かなくなるという。そういう場合の彼女は家の裏側から地元の人しか知らない道を通って駅まで送ってもらうのだそうである。「いろいろ回るのでしたら、車より自転車がお勧めです」「なるほど、その手があったか」ヘルメットを被って自転車で走っている人が [続きを読む]
  • 初夏
  • 山越えていざ鎌倉へ初夏の旅いつものゴールデンウィークならとっくに計画を立てて旅館の手配も済ませているところだが、今回はなぜかボンヤリしていた。気が付いた時には宿に空きがないという状態である。「これから探してどこか行くところがあるだろうか」はじめは平将門を訪ねる旅を考えたのだが、性格がせっかちでゴールデンウィークまで待てずに出掛けてしまったのだから仕方ない。そこで考えたのが自宅から出掛けられる三浦半 [続きを読む]
  • 茄子の花
  • 芸人に長き下積み茄子の花もう一人、当会の有名人のことを書いておこう。ビートきよし師匠である。昨年のモーニングセミナーで講演をしていただいたところ、すっかり会の趣旨に賛同してくれて入会までしていただき、たびたび飲み会などにも参加してくれているのである。今回の歓迎会にも来てくれて一言挨拶をしてもらったのである。師匠とは忘れられない思い出がある。昨年暮れの事である。私の前で飲んでいて俳句の話になった。師 [続きを読む]
  • 風船
  • キユツキユツと風船の首絞める音「ジーコ」こと遠見さんに15年振りにお会いした。昔参加していた集まりに私が行かなくなってから、お会いする機会もなく時間が過ぎてしまっていたのである。私「いやぁ、久し振りですねぇ。お元気そうで……」遠見さん「日向さんも元気そうで。少し太ったね(笑)」私「少しだけです(笑)。まだ、お勤めですよね?」遠見さん「定年は過ぎたけど、まだ置いてもらっています(笑)」名刺交換をした。 [続きを読む]
  • 新皇を今に称へし桜かな「一言神社」を出てその日最後に向かったのが「将門公苑」すなわち平将門が生まれ育った「豊田館址」である。今回、坂東の地を訪ねるきっかけとなった場所である。取引先の岡村製作所つくば事業所の場所にほど近い。時刻は1時半を回っており少し空腹を覚えていたが、公苑が分かりづらい場所にあるようにも書かれていたので、まずは探し当てようと先を急ぐことにした。結構な距離を走った。広大な畑が続いて [続きを読む]
  • 春陰
  • 春陰や穴より覗く御神鏡延命寺の目と鼻の先に「石井の井戸」があった。平将門が王城の地を求めてこの地を見回っていた時に途中で咽喉が渇き水が欲しくなったそうである。そこに老翁が現れて大石を持ち上げ大地に投げつけたところ、そこから水が湧き出したという言い伝えである。井戸は見当たらなかったが、いくつもの碑が建てられていて桜の木や百日紅などが植えられ大切にされているのが分かった。そのすぐ傍に「一言神社」があっ [続きを読む]
  • 花御堂
  • みな片手拝みに雨の花御堂國王神社を出て延命寺の方へ向かうと「花まつり」の幟が並び、たくさんの参詣人の姿が見られた。車で1、2分の距離である。狭いながらも門前には駐車場が用意され、係員も数名出て整理に当たっていた。境内には屋台も出ていて村人で賑わっていた。その前に訪れたフラダンス会場の賑わいとは別物の、昔ながらの懐かしい賑わいを感じた。駐車して車を出た時に目の前の田圃で花火が揚がった。とても大きな音だ [続きを読む]
  • 春の虹
  • 騎馬像の春の虹へと駆け出さん「それ!」突如として小次郎は絶叫し、抜きはなった刀を高々とふりかざし馬腹を蹴った。馬はおどろいて前足をあげて、二三度空をかいてもがいたが、その前足をおろすや、疾風のように駆け出した。(海音寺潮五郎「平将門(中)」より)車で5分ほどの場所に立派なブロンズの騎馬像が立っていた。「ベルフォーレ」という名前の総合文化ホールである。音楽ホールやアトリウム、図書館などの複合施設とな [続きを読む]
  • 花の雨
  • 川べりを旅してひとり花の雨目的地「國王神社」まであと1キロとなったところでお茶を買いにコンビニに立ち寄った。入口に「桜まつり会場、すぐそこ」のポスターが貼られていた。場所はそのコンビニから数百メートルの場所にある岩井公民館だという。そこには確か平将門の騎馬像があったはずである。満開の桜の下に立つ騎馬像。これは絶対に見逃すわけにはいかない。行ってみることにした。車で会場に近づくと係員が立っていて「駐 [続きを読む]
  • 春の雨
  • 将門の御霊鎮めよ春の雨立派な神社である。大きな鳥居をくぐり、広い駐車場に車を停めた。さすがに平将門である。坂東の誇りである。この荘厳さは紛れもなく将門崇拝の現れである。小糠雨が降る中、感動を以って境内を進んでいった。まずは神社の由緒書きを読んでみた。大同4年(809年)社殿西方に筍が生え、数夜にして三又の竹に成長したとあり、すなわち神社が「三竹山」と称される所以であると書かれている。フムフム、なるほど [続きを読む]
  • 花人
  • 花人となりて東夷の地を訪はむ吉川英治の「平の将門」を読んだのは何時頃だっただろう。もう20年も前のことだったかも知れない。戦国物ばかり読んでいた時に、そのもっともっと遥か昔にそういう人がいたということを覚えておこうと読んだような気がする。それがここに来てひょんなことから俄然興味を持つことになった。雑誌で将門の故郷のような記事があり、読んでいると何と常総市の豊田という場所が書かれていた。豊田ってどこだ [続きを読む]
  • 接木
  • 接木して縄の余りを断ちにけり工場内を歩いている時に右足を躓いた。何かにぶつかったというのではなく、ただ歩いている時に躓いただけである。「ちょっと痛いなぁ」という感じはしたが、「それほどのことでもないだろう」と簡単に考えた。しかし、階段の上がり降りの際の痛みは少し気になった。翌朝、足の指が紫色になり腫れていた(写真)。特に痛くて歩けないというほどでもないが、色を見て驚いた。「突き指かなぁ」そう考えた [続きを読む]
  • 金魚
  • 早や知らぬ素振り金魚の名付け親鎌倉八幡宮にお参りに行き、境内の出店で孫のカズ君(4才)が金魚掬いをした。店のオヤジから受け取った紙の網をいきなり水に浸けたものだから1秒と持たない。1回300円。再びのチャレンジは娘が手を添えてやってみたが結果は同じである。しかし、よくしたもので掬えない場合は1回につき2匹の持ち帰りが出来るという。ビニール袋に水を入れ、出目金1匹と金魚3匹を大切に持ち帰ったのだった。家に帰っ [続きを読む]
  • 囀り
  • 囀りに一音高き声のあり1時ちょうどに入り、商談を終え会社を出たのが2時10分であった。2時50分の電車に乗ればいいのだから楽勝である。「大丈夫だろう」「はい、大丈夫です。30分には着きます」車内であれこれ話しながら余裕を決め込んでいた。ところが大宮駅までの道路は一本道で何度も渋滞を繰り返す。どんどん時間は迫ってきて少し焦り始める。「本当に大丈夫か?」「大丈夫だとは思いますが、なにせ一車線ですから」最後は駅 [続きを読む]
  • 春疾風
  • 首塚や討たれし時も春疾風幸手インターを降り5分ほど走った所に浄誓寺はあった。あたりは広大な畑である。山門を潜ると正面に本堂があり、その裏に首塚があった。周囲をコンクリートブロックに囲まれ、高さ3メートルほどの塚になっている。頂上に五輪塔が据えられていた。入口にあった説明書きでは上の3つは後世のもので、下の2つが江戸時代以前のものということである。「北葛飾郡内最古の五輪塔の可能性が高い」と書かれていたが [続きを読む]
  • 花冷
  • 花冷や麺に秘伝のタレ少し当日朝9時には会社を出た。途中、手土産を買わなくてはならないし、高速道路がどれだけ渋滞しているのかも分からない。昼飯の時間も必要だからと少し早めに出発したのだった。道は所々で渋滞していたものの順調に進み、11時には目的地の近くまで到達した。「随分と早く着いてしまったなぁ。早いけど、メシでも食うか」「そうですね」ということで、ラーメン屋に入ることになった。「たっぷり時間があるの [続きを読む]
  • 風光る
  • 快速が飛ばし行く駅風光る座間市にある取引先の会社に当社で行っている活力朝礼を勧めたところ、話を聞いてみたいということになり、月曜日の午後5時に指導員を連れて訪問することになった。実際のやり方を見てもらうために従業員の皆さんにも待っていてもらうことになった。指導員の先生には予定をやり繰りしてもらい30分前の4時半に南林間駅で落ち合うことにした。予定を立てた翌日、知人から電話が入った。埼玉県にある会社で社 [続きを読む]
  • 四月馬鹿
  • 空手形切つて溜め息四月馬鹿借りた日の土曜日は会社があり、習字があり、家族で食事に出掛ける予定があったりしたので読む暇はなかったが、翌日曜日は目が覚めるとすぐに読み始めていた。プロローグでいきなり強姦シーンである。「相変わらずだなぁ、田中さん」と思いながらもストーリーの展開の速さに引き込まれていく。途中、用事があって出掛けたりしながらも夜中には一巻読み終えていた。月曜日は祭日だったので火曜日に田中さ [続きを読む]
  • つちふるやかの満州に馬賊あり一昨年の10月26日のブログ「燈火親し」に書いた田中さんのことを再び書かなければならない。あの時は一杯飲んで品川から戻り、上大岡で乗り換えた電車の中で田中さんに会ったのだった。そこから杉田駅までの僅か4分の間に是非にと勧められた船戸与一の「砂のクロニクル」。あれだけ熱心に勧められたのでは読むしかないと上下2巻を読み切ったのだが、それ以降も会うたびに船戸与一の面白さを語ってくれ [続きを読む]
  • ルピナス
  • ルピナスや異国に馳せる夢ひとつシャンソン歌手という言葉は聞いたことがあるが、タンゴ歌手というのはあまり聞いたことがない。倫理法人会が新横浜のホテルで行なった講演会のゲストがタンゴ歌手の香坂優さんだった。別の誰れかが講演したあとでタンゴでも歌うのかなぁなどと勝手に考えて出掛けたのが、何と何と香坂さんご本人が講話し最後にタンゴを歌ったのである。しかもその話の素晴らしかったこと。会場にいた250名は水を打 [続きを読む]
  • 田楽
  • 田楽のたちまち串の山と化しこの旅の目的はもちろん友人から依頼された講演である。しかし、こうして文章を書いてみると、講演に費やした労力よりも芭蕉に費やした方が大きかったことが分かる。「芭蕉紀行文集」を繙き、服部土芳を調べ、「三冊子」など取り寄せた分には講演で話した40分より遥かに多くの時間を費やしている。芭蕉を「風狂人」という。広辞苑で「風狂」を引いてみると「風雅に徹したこと」と書かれているが、もう一 [続きを読む]
  • 鳥雲に
  • 師のあとをただ追ふばかり鳥雲に村井さんから連絡が入っていたようで「蓑虫庵」に到着すると男性が笑顔で出迎えてくれた。「聞いています、聞いています、さぁ、どうぞどうぞ」と言葉を二回繰り返す勢いである。私を「凄い人」と思っていたかも知れない(笑)。すぐに庭に案内されて説明が始まった。まずは「蛙飛び込む」の石碑の説明である。「この蛙の石碑は……」実はこの説明、すでに村井さんから話を聞いていたのである。何と [続きを読む]