武漢オナガ Toshi さん プロフィール

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武漢オナガ Toshiさん: 元日本語教師日記「のびのび」
ハンドル名武漢オナガ Toshi さん
ブログタイトル元日本語教師日記「のびのび」
ブログURLhttp://blog.livedoor.jp/toshiyoshimura/
サイト紹介文日本語教育、異文化交流、他言語習得、相互理解、などについて考える。元日本語教師の記録。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供206回 / 365日(平均4.0回/週) - 参加 2013/06/01 09:33

武漢オナガ Toshi さんのブログ記事

  • 「NHKラジオ第2放送・語学講座「入門ビジネス英語」」
  •  3月22日(水)、曇り時々晴れ。予報に反して、晴れ間が広がることが多かった。歯の治療で、午前中近所の歯科医院に行ったが、窓から射す日差しを見て、「晴れてきましたね」「そうですね」とことばを交わしあった。 「ビジネス英語」という言葉を使うようになったのは... [続きを読む]
  • 「NHKラジオ第2放送・語学講座「まいにち中国語」2」
  •  3月15日(水)、雨。一日中降り続く。激しく降る時間帯もあった。 「生きるとは日々の雑事をこなすこと」 正にこれが実感である。朝早くから夜遅くまで、やらなければならないことがたくさんある。 今日は、「まいにち中国語」の復習の時間30分が取れなかった。「小さな地域新聞」の作成のためである。 その課に出てきた「文」をノートに書き写して、ピンイン(拼音・声調含む)を赤ペンでふってみる。 間違わずにふれ [続きを読む]
  • 「NHKラジオ第2放送・語学講座「まいにち中国語」」
  •  3月14日(火)、曇り。また、暖かくなってきた。暖かいと、朝はカラスの鳴き声が聞こえ、夕方は子どもたちの外で遊ぶ声が響く。 豊嶋裕子講師による「まいにち中国語=大陸くんの留学日記(8:15〜8:30)」を聴いている。2015年4月〜9月の再放送なので、テキストはこの当時に購入したものを使用している。 1課から120課まである(1か月で20課)。今日は、107課で「我?得很?得?(お買い得だと思い [続きを読む]
  • 「NHKラジオ第2放送・語学講座「まいにちスペイン語」2」
  •  3月10日(金)、晴れ間も見られたが、おおむね霙混じりの天気。寒い。 NHKラジオ講座「まいにちスペイン語(7:15〜7:30)」のテキストは、入門編と中級編に分かれている。入門編は月・火・水曜日の週3日、中級編は木・金曜日である。 入門編は菅原昭江講師による「スペイン語ジムにようこそ!」で、2015年10月〜2016年3月の再放送である。 この再放送がありがたい。復習できる、自分の理解度を確認で [続きを読む]
  • 「NHKラジオ第2放送・語学講座「ラジオ英会話」」
  •  3月8日(水)、曇り時々雪。寒い。最高気温が14℃になったと思ったら、4℃に下がる。10℃も上がり下がりがあると、大変だ。 NHKラジオ第2放送の語学講座を利用している。第2放送は、朝6時から語学講座が目白押しである(再放送もある)。 今は、まず「ラジオ英会話(6:45〜7:00)」を聞く。いろいろ声に出して練習するコーナーもあるから、声に出して練習もする。講師の遠山顕氏が体調不良のためお休みで、 [続きを読む]
  • 「他(多)言語習得は続く」
  •  3月7日(火)、曇り時々雪。寒波襲来とかでまた雪が来た。昨日までの好天がまるで嘘のようだ。日曜日には、角田山を歩いた。今年初。朝7時40分に登り始めて、9時40分には下った。下る時、声をかけられる(道を譲りあった時)。私の先に登った人が2人。下りですれ違った人が12人。「ありがとうございます。おはようございます」「早いですね」「そうでもないです」「おめさん(あなた)なら1時間くらいで登るかね」「 [続きを読む]
  • 「間話:吉村昭」
  •  3月3日(金)、ひな祭り。曇り。雪が降るような予報もあったが、雪、雨ほとんど降らず。 「さらに新しい記憶が流れ込んでくるが、器は容量一杯になっているので、それらは上部のふちを越えて流れ出る。高齢に達して人名などの固有名詞が思い出せず、いわゆる物忘れの傾向が現われるが、それは器からこぼれ出た新しい記憶にかぎられる。」(「ひとすじの煙」冒頭) 昨日の吉村昭の文章の引用だが、自分にも思い当たるから印象 [続きを読む]
  • 「間話:吉村昭の筆力」
  •  3月2日(木)、晴れのち曇り。昨日と同じような天気だが、夕方ぽつぽつ雨が降った。しばらく晴れ間は覗けないようだ。 新年早々にインフルエンザにかかり、安静を命じられ、読んだ本が吉村昭の『冬の鷹』(江戸中期の蘭学者・医者の生き様を小説にしたもの)だったために、このブログで、吉村昭を追いかけてきた。 結論から言うと、今後も読み続けたい作家の一人だということ。吉村の作品全てを読めるかどうかわからないが、 [続きを読む]
  • 「間話:吉村昭の「三陸海岸大津波」」
  •  3月1日(水)、晴れのち曇り。午後から曇ったが、3日連続晴れたことになる。しかも、微風。ありがたい。 「亡くなったあとも相変わらず売れ続けている」本に、『三陸海岸大津波』がある。東日本大震災後、再評価されて30万部以上?が増刷された記録文学である。わたしも買って、読んだ。 もうすぐ、あの東日本大震災の6年目のその日がやってくる。「吉村が一生懸命書いた『警告の書』が、警告にはならなかった」と悔やん [続きを読む]
  • 「間話:吉村昭の「節子への手紙」2」
  •  2月28日(火)、晴れ。昨日から、晴れ間が続いている。新潟市の1月・2月は、晴れの日が連続することはなかったから、珍しい。 作家生活がどのようなものかはわからない。吉村昭の年収四千万強がどのように使われたのかもわからない。 居酒屋で飲むのが好きだった吉村は「うまいもの」とは、「安い割に・・という条件が必要になる」と書いているそうだ。生活はつましかったようだ。 津村節子の『果てなき便り』(P170〜17 [続きを読む]
  • 「間話:吉村昭の「節子への手紙」」
  •  2月24日(金)、曇り時々小雪。寒い。外回りのボランテイア活動をしている時も雪が降った。が、あまり濡れずにすむので、雨よりいい。 吉村昭は庶民感覚をもった作家だと思う。亡くなる直前に、妻の老後の生活も心配している。妻である津村節子は、その辺の事情も『果てなき便り』(P170〜171)で公開している。作家の年収がどのくらいなのかもわかり、興味深い。 「そして、別の封筒に、”節子さんへ“と宛名書きしたもの [続きを読む]
  • 「間話:吉村昭の死4」
  •  2月23日(木)、雨。朝から激しい雨が音を立てて降り続く。が、気温が高いので雪にはならない。 吉村の遺作『死顔』は、次兄の死を扱うというものだが、虚構も混じっているのであろう。 新潮社版の135〜36ページに次のような記述がある。 「嫂(あによめ)が病院側の申出(延命治療)を辞退したのは、私の考えと一致し、それは遺言にも記してある。幕末の蘭方医佐藤泰然は、自ら死期が近いことを知って高額な医薬品の [続きを読む]
  • 「間話:吉村昭の死3」
  •  2月22日(水)、曇り。晴れ間が覗くかと思いきやぜんぜん現れず。予報は外れたのか。野外活動はできず。 吉村昭の妻・津村節子の「遺作について」の引用……。 「吸呑にビールを入れて一口飲ませると、「ああ、うまい」と言い、暫くして更に「コーヒー」と言った。どちらも長い間口にしなかったものである。口腔を潤すほどの量だったが、愚かな私は、かれの生きる意欲を感じて気持が明るんだ。 しかし、それから私はかれの [続きを読む]
  • 「間話:吉村昭の死2」
  •  2月21日(火)、曇り時々みぞれ。また、寒風吹きすさぶ冬に逆戻り。風が強く、気温も低い。 吉村昭の妻・津村節子の「遺作について」の引用を続ける。 「手術は完璧なもので、種々検査の結果転移は見られず、三月十日に退院したが、膵臓を全摘したために一日四回血糖値を計り、インシュリンの注射を打つのが日課となった。 舌癌の手術は、リンパ節に転移もなく完治していた。膵臓は全く自覚症状がない段階の手術なので、本 [続きを読む]
  • 「間話:吉村昭の死」
  •  2月17日(金)、朝から、雨が降り続く。が、気温は高い。春一番が吹いたとか。夕方から、また寒くなってきた。 吉村昭の遺作『死顔(しにがお)』は、人の死を見つめて文章を書き続けた吉村らしい作品だ。 さらに、この本に収録されている津村節子の「遺作について」では、吉村昭の壮絶な闘病と死(津村の看護)について書かれている。 学生の頃結核で命をなくす寸前までいった吉村昭は、晩年は舌癌と膵臓癌を患った。 津 [続きを読む]
  • 「間話:吉村昭の遺書」
  •  2月16日(木)、晴れ。冬眠から目覚めるのにとてもいい天気になった。夕方、ジョギングなどをする。冬眠中に増える体重が今年は増えない。どうしたことか。 吉村昭には『死顔(しにがお)』という遺作がある。今日訪れた図書館にあったので、読んだ。根底にある考え方は、妻の津村節子『果てなき便り』という著書で紹介している「遺言」(二百字詰の原稿用紙に書かれ、茶封筒にはいっていた)と一致する。一、私が死亡した時 [続きを読む]
  • 「間話:吉村昭の家訓(遺書)」
  •  2月15日(水)、曇り時々晴れ。青空に誘われ、外を歩く人が多い。 吉村昭の金庫の引出しに蔵ってあった「家訓」は次のように書いてあったという。津村節子著『果てなき便り』(P168〜170)で、紹介されている。一、たとえ肉親であろうと、決して連帯保証人にはならぬこと。借金の場合、自分が借金したことになる。一、不動産(土地、建物等)は、決して他人に貸さぬこと。貸すことはあたえることと同じで、出て行ってもらう [続きを読む]
  • 「間話:吉村昭と津村節子」
  •  2月14日(火)、晴れたり、曇ったり、みぞれが降ったり、変化の激しい天気。11日(土)と12日(日)に宴会があり、ついつい酒を飲みすぎた。反省。 先日、私のブログの師匠と会ったら、「吉村昭は79歳まで生きたのだから大したもの」というようなことを言われた。なるほど、と思う。 酒をたくさん飲んだ私の祖父は58歳で亡くなった。私の父はその祖父を見てきたせいか、酒は一滴も飲めなかった。父は1926年生ま [続きを読む]
  • 「間話:吉村昭とまた、酒」
  • 2月10日(金)、曇り時々晴れ間。「青空がのぞくだけで気分が違いますよね」とは、同じ中国語教室の同学(tong2xue2,同級生)のことば。 どうしても、吉村昭の「酒の飲み方」にこだわる。妻の津村節子は、「お酒を飲むのが唯一の楽しみでしたから」と言っている。これは、吉村本人も言っているので間違いない。 吉村は79歳で亡くなっている(2006年7月31日)。いろいろ調べてみると、舌癌や膵臓癌(全摘手術をしている)を [続きを読む]
  • 「間話:吉村昭と湯沢」
  •  2月9日(木)、曇り。気温が上がらず、寒い。予報では、雪が降るようだ。要警戒。 行きつけの小料理屋のカウンターで吉村昭が酒を飲む姿は、あちこちで確認されている。 地元紙・新潟日報に、「にいがた食ひと紀行」という連載が続いている。その8回目に、吉村昭が取り上げられている(2015年10月5日、「吉村昭とコシヒカリ」文・文化部 石塚恵子)。 最後の方に、こんな文章がある(「生前に愛した湯沢で眠る」と [続きを読む]
  • 「間話:吉村昭と旅、そして酒」
  •  2月8日(水)、曇りのち晴れ。午後から青空が広がり、ジョギングでもしたい気分。が、1月・2月は、「冬眠」することに決めているので無理はしない。  吉村昭の「悪い癖」から引用を続ける。「ただし、私には観光を楽しむ気持は一切なく、名所旧跡、風光等には関心がない。旅といえば小説を書くための調査旅行なので、図書館に行ったり人に会ったりするだけである。 楽しみは、夜、旅先の小料理屋に入ってその地に産する食 [続きを読む]