jf0rak さん プロフィール

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jf0rakさん: 旅と歴史
ハンドル名jf0rak さん
ブログタイトル旅と歴史
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/ogino_2006
サイト紹介文全国各地の遺跡を神社仏閣を中心にご紹介します。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供353回 / 365日(平均6.8回/週) - 参加 2013/06/15 12:30

jf0rak さんのブログ記事

  • 石清水八幡宮西総門
  •  京都府八幡市八幡高坊に石清水八幡宮があります。 石清水八幡宮の西総門は昔は鳥居でした。保延6年(1140)、建武5年(1338)に火災で罹災し焼失しました。現在の西総門は寛永年間(1624-1643)頃の建物です。朱塗りの、本瓦葺き、四脚門で、平成20年(2008)に国の重要文化財に指定されています。 下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周 ブログランキングへにほんブログ村htt [続きを読む]
  • 石清水八幡宮南総門
  •  京都府八幡市八幡高坊に石清水八幡宮があります。  石清水八幡宮の南総門は昭和13年(1938)の建物で、本社の南側にあります。それまでの門は、下院にある頓宮の南門になっています。南総門から 本社社殿を見ると、少し西側を向いています。これは参拝して帰る時に、八幡大神に対して真後ろを向けないように配慮しているといわれています。 下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周 [続きを読む]
  • 石清水八幡宮書院・石灯籠
  •  京都府八幡市八幡高坊に石清水八幡宮があります。 石清水八幡宮の書院の庭は重森三玲による枯山水です。そこに「永仁の石灯籠」と呼ばれる六角形の石灯籠があります。鎌倉時代中期の永仁三年(1295)乙未三月と刻まれているそうです。石清水八幡宮の450基ほどの灯籠のなかで、一番古いもので、国の重要文化財に指定されています。 下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周 ブログ [続きを読む]
  • 石清水八幡宮御羽車舎
  •  京都府八幡市八幡高坊に石清水八幡宮があります。  石清水八幡宮の御羽車舎(おはぐるましゃ)は書院の手前にあります。元は慶長年間(1596-1615)に豊臣秀頼の生母である淀君が再興した宗版一切経を納める経蔵でした。明治の神仏分離で羽車2基を納め御羽車舎と改称しています。 下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周 ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/ [続きを読む]
  • エジソン記念碑
  •  京都府八幡市八幡高坊に石清水八幡宮があります。 エジソン記念碑は石清水八幡宮山上の駐車場の近くに建てられています。発明王エジソンは白熱電灯のフィラメントの材料を世界中で探していました。男山周辺の真竹を使ったところ、寿命が飛躍的に延び、実用化されたそうです。毎年、エジソンの誕生日2月11日にエジソン生誕祭、命日10月18日にエジソン碑前祭が行われます。 下記のサイトにもお立ち寄りください!http://w [続きを読む]
  • 涌峯塔
  •  京都府八幡市八幡高坊に石清水八幡宮があります。  涌峯塔(ゆうほうとう)は石清水八幡宮神苑でひときわ目立つ近代的な高い塔です。高さ18.3mで、昭和59年(1984)に清水九兵衛氏設計で建てられています。涌峯塔は給水塔にもなっています。山上では水圧が低いため、一度ポンプで塔の高いところに上げてから配水しているそうです。 下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周 ブ [続きを読む]
  • 石清水八幡宮五輪塔
  •  京都府八幡市八幡高坊に石清水八幡宮があります。 石清水八幡宮の五輪塔は頓宮殿の西側に建てられています。高さ6mの日本最大級の五輪塔で、下部の方形の一辺は2.4mあります。宋と貿易をしていた尼崎の商人が石清水八幡宮に祈願し、海難を避けられた御礼と感謝のために建立したそうです。鎌倉後期 (1275-1332)に造られた石造五輪塔で昭和32年(1957)に国の重要文化財に指定されています。 下記のサイトにもお立ち寄 [続きを読む]
  • 石清水八幡宮頓宮南門
  •  京都府八幡市八幡高坊に石清水八幡宮があります。  石清水八幡宮の頓宮の入口には南門が建てられています。両袖には長い回廊が広がっています。この南門は、もと上院の南総門で、昭和14年(1939)に移築したものです。頓宮殿と同様に桧皮葺屋根から銅板葺屋根に葺き替えられています。 下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周 ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.co [続きを読む]
  • 石清水八幡宮頓宮殿
  •  京都府八幡市八幡高坊に石清水八幡宮があります。 頓宮(とんぐう)とは祭礼のときに、神霊が仮に鎮座する社殿で、一般の神社では御旅所(おたびしょ)といわれますが、石清水八幡宮では頓宮殿といわれます。幕末の鳥羽伏見の戦いで焼失し、男山48坊の一つ「岩本坊」の神殿を移築し 仮宮としました。現在の社殿は大正4年に再建された建物です。 下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日 [続きを読む]
  • 石清水八幡宮高良神社
  •  京都府八幡市八幡高坊に石清水八幡宮があります。  石清水八幡宮の高良神社は旧八幡町の産土神で、境内の摂社の中で一番篤い崇敬を受けています。行教が貞観2年(860)、または貞観11年(869)に創建したといわれています。吉田兼好の「徒然草」には、石清水八幡宮参詣にきた仁和寺の和尚が、間違って高良神社に参詣したことが記されています。  仁和寺にある法師、年よるまで岩清水を拝まざりければ、心うく覚えて、或る時 [続きを読む]
  • 石清水八幡宮
  •  京都府八幡市八幡高坊に石清水八幡宮があります。  石清水八幡宮は、木津川、宇治川、桂川の合流点である山崎の左岸にある男山の山頂に上院があり、ふもとに下院があります。川の対岸に羽柴秀吉と明智光秀の天下分け目の合戦が行われた天王山が見えます。京都の西南の裏鬼門に当たり、北東の鬼門にある比叡山延暦寺と対峙しています。  社伝によると貞観元年(859)九州の宇佐八幡宮に参籠していた奈良の大安寺の僧・行教が八 [続きを読む]
  • 大山祇神社
  •  京都府南丹市園部町大河内溝の上に大山祇神社(おおやまずみじんじゃ)があります。  大山祇神社の創建は天暦三年(949)に藤原純索(すみもと)が神明谷に熊野三所権現を祀ったのが最初で、後に楠正季(まさすえ)が文中3年(1374)に現在の地に遷座したと伝えられています。本殿は応永26年(1419)に下村義親、田井義高らの力で再建されたといわれています。  大山祇神社は宰玉山神明社、祭神ノ神、開明山大社、開明山田大社 [続きを読む]
  • 伊佐家住宅主屋
  •  京都府八幡市上津屋浜垣内に伊佐家住宅があります。  伊佐家住宅の主屋は間口11間半(23.8m)、奥行5間半(11.3m)、単層一部2階、入母屋造り、茅葺き(一部桟瓦葺き)の建物で、享保19年(1734)の建立です。厚く低い軒先をもった正面は豪壮な構えです。支える柱や梁はどっしりと太く、庄屋の屋敷らしいたたずまいです。昭和50年(1975)に国の重要文化財に指定されました。 下記のサイトにもお立ち寄りくだ [続きを読む]
  • 伊佐家住宅
  •  京都府八幡市上津屋浜垣内に伊佐家住宅があります。  伊佐家住宅は江戸中期の南山城地方における代表的な庄屋屋敷で棟札などから享保19年(1734)に建てられたことが判明しています。主屋が昭和50年(1975)に国の重要文化財に指定され、長蔵、内蔵、東蔵、乾蔵、普請文書、古図、宅地などが昭和55年(1980)に追加指定されています。  伊佐家は江戸幕府の直轄地である天領、浜の庄屋を代々勤めたという家柄です。敷地は [続きを読む]
  • 正法寺唐門
  •  京都府八幡市八幡清水井に正法寺(しょうぼうじ)があります。 正法寺の唐門は前後が唐破風造り、側面が入母屋造りのめずらしい四脚門です。銅板葺きで、左右に袖塀が付いています。本堂と同じ寛永7年(1710)に建てられ、御成門としての格式の高さを示しています。本堂、大方丈とともに国の重要文化財に指定されています。 下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周 ブログランキン [続きを読む]
  • 正法寺大方丈
  •  京都府八幡市八幡清水井に正法寺(しょうぼうじ)があります。  正法寺の大方丈は間口18.7m、奥行12.2m、単層、入母屋造り、銅板葺きです。本堂と同じ寛永7年(1710)に建てられています。6間取りの方丈形式で、違い棚と付書院が対面し、上段の間は対面所として使われました。金箔の襖絵は江戸時代初期の絢爛豪華な趣を伝えています。大方丈は玄関、中門、土塀、獅子口とともに国の重要文化財に指定されています。 下 [続きを読む]
  • 正法寺本堂
  •  京都府八幡市八幡清水井に正法寺(しょうぼうじ)があります。 正法寺の本堂は寛永7年(1710)に建てられています。間口5間、奥行7間、単層、入母屋造り、本瓦葺きで3間の向拝が付いています。内陣の円柱や組物に極彩色の文様を施し、垂木にかぶせられている逆輪(さかわ)は金箔張りで華麗です。本堂は銘札1枚、鬼瓦1個とともに昭和59年(1984)に国の重要文化財に指定されています。 下記のサイトにもお立ち寄りください [続きを読む]
  • 正法寺
  •  京都府八幡市八幡清水井に正法寺(しょうぼうじ)があります。  徳迎山正法寺は浄土宗のお寺です。正法寺は源頼朝の御家人で石清水八幡宮の社家・志水氏の祖となった高田忠国が開基となり、建久2年(1191)に創建したと伝えられています。  それ以後、志水氏の菩提所となり、第11世伝誉上人の天文15年(1546)には後奈良天皇の祈願所となっています。現在唐門に掲げられている「徳迎山」の額と、本堂に掲げられている「正 [続きを読む]
  • 向日神社本殿
  •  京都府向日市向日町北山に向日神社があります。 向日神社の本殿は三間社流造りの檜皮(ひわだ)葺きで、室町中期の応永29年(1422)に建てられました。正面3間の柱間のうち、中央間のみを戸口とし、両開きの板唐戸を設け両脇間に寺院建築に見られる連子窓が付いています。明治35年(1902)に国の重要文化財に指定されています。 下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周 ブログラ [続きを読む]
  • 向日神社
  •  京都府向日市向日町北山に向日神社があります。  向日神社は阪急西向日駅から北西に500mほどの所にあります。山城国乙訓郡向神社(むこうじんじゃ)として、延長5年(927)の延喜式神名帳に記載された式内社です。昔は向日山に鎮座し、上ノ社と呼ばれていました。  同じ向日山に鎮座し、下ノ社と呼ばれていた火雷神社(ほのいかづちじんじゃ)を建治元年(1275年)に上ノ社が併祭し、向日神社として今日に至っています。 [続きを読む]
  • 愛宕神社のイヌマキ
  •  京都府亀岡市千歳町国分南山ノ口に愛宕神社があります。 愛宕神社のイヌマキは樹高19m、胸高幹周2.73mで、亀岡の名木に指定されています。イマヌキはマキ科の常緑高木で、生垣などにも利用されています。水湿に強いので、屋根板、桶、棺、下駄などに用いられています。 下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周 ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/ [続きを読む]
  • 愛宕神社のモミ
  •  京都府亀岡市千歳町国分南山ノ口に愛宕神社があります。  愛宕神社のモミは樹高32m、胸高幹周3.6mあり、亀岡の名木に指定されています。モミはマツ科で、常緑高木です。淡黄白色で美しいので、彫刻、建築、家具、造船、太鼓の胴、桶などにも使われています。 下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本一周 ブログランキングへにほんブログ村http://blog.fc2.com/ [続きを読む]
  • 愛宕神社の大スギ
  •  京都府亀岡市千歳町国分南山ノ口に愛宕神社があります。 愛宕神社の大スギは神木とされ、亀岡の名木に指定されています。樹高29m、胸高幹周5.07mで6〜7mのところで幹が3つに分かれています。スギは日本の樹木の中ではクスノキについで大木になるそうです。この愛宕神社の大スギも千年杉とよばれ、神社の神木として大切に守られています。ここにはムササビが生息し、境内の森は亀岡の自然100選に選ばれています。 [続きを読む]
  • 愛宕神社本殿
  •  京都府亀岡市千歳町国分南山ノ口に愛宕神社があります。  愛宕神社の本殿は一間社流造り、檜皮(ひわだ)葺きで、覆屋の中に鎮座しています。鎌倉時代後期に建てられたもので、比較的大規模な一間社です。近在の流造りに比べて、木割が太く、力強く、手法は簡潔で、古風をとどめています。昭和52年(1977)に国の重要文化財に指定されています。 下記のサイトにもお立ち寄りください!http://www.ueda.ne.jp/~ogino/japan/日本 [続きを読む]
  • 愛宕神社
  •  京都府亀岡市千歳町国分南山ノ口に愛宕神社があります。  愛宕神社は亀岡駅の北3kmほどのところに建てられています。火の神・火産霊命(ほむすびのみこと)を祀り、火防(ひぶ)せの神として信仰されています。 創建は明らかではありませんが、古くから東に面する白雲山を神籬として奉斎されていたようです。継体(けいたい)天皇(507-531)の時代に社殿が造営されたと伝えられています。  日本三代実録によると、貞観6年 [続きを読む]