KD さん プロフィール

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KDさん: 城館探訪記
ハンドル名KD さん
ブログタイトル城館探訪記
ブログURLhttp://kdshiro.blog.fc2.com/
サイト紹介文城めぐり探訪記です
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供267回 / 365日(平均5.1回/週) - 参加 2013/06/25 18:44

KD さんのブログ記事

  • 第16回 綿毛の案
  • 駿府から無事帰還した直虎(柴咲コウ)。瀬戸方久(ムロツヨシ)は井伊家の財政を立て直すための新たな産業として「木綿」作りを持ちかけ、綿の実の栽培を勧める。乗り気になった直虎は瀬戸村の百姓・甚兵衛(山本學)に相談するが、井伊領内は深刻な人手不足であり、木綿作りを担う人材がいないことがわかる。人手を探して村々をまわる直虎だったが、ある日水浴びをする若い男(柳楽優弥)と運命的な出会いを果たす。男から「人は [続きを読む]
  • 攻城団
  • 攻城団というサイトに登録してみました。登録されている城の中で行ったことのある城を攻城済みとして地図上に表示できる便利なサイトです。私のマイページはこんな感じ。 [続きを読む]
  • 第15回 おんな城主 対 おんな大名
  • 直虎(柴咲コウ)が今川の下知に背いて徳政令をはねのけたことに怒った寿桂尼(浅丘ルリ子)は、政次(高橋一生)を呼びつけ、直虎に駿府へ申し開きにくるよう命じる。以前同じように駿府へ呼び出され、道中で惨殺された直親(三浦春馬)の記憶がよみがえる家臣一同。政次は直虎に虎松(寺田心)の後見を降りるよう勧めるが、直虎はそれを拒み駿府へ向かうことを決意する。途中、命を狙われた直虎だが、家臣・直之(矢本悠馬)と入 [続きを読む]
  • 高知城② 〜土佐24万石の中心〜
  • ここで高知城の沿革について。大高坂山には、高知城の前身として大高坂山城(または大高坂城)があったとされる。付近の豪族・大高坂氏によって築かれたとされるが、定かではない。記録上では、大高坂松王丸が居城したことが知られている。松王丸は南朝方に付き、延元3年(1338年)には後醍醐天皇の第7子・満良親王を迎えている。しかし興国2年(1341年)、松王丸は北朝方の細川禅定、佐伯経定と戦って敗北、大高坂山城は落城した [続きを読む]
  • 高知共済会館 COMMUNITY SQUARE
  • 第2時四国遠征編の再開。少し間が空いたので現在の状況のおさらいから。2016年GW、片道3000円台の格安チケットで成田から松山に飛ぶことに成功(→参照)。現在3日目後半、桂浜からはりまや橋の前を通過し高知中心市街地に入ったところ。この後いよいよ今回の旅の一番の目玉・高知城の探訪に入ります。1日目の宇和島城方式と同じく、先にホテルにチェックインし、駐車料金を気にせず探訪する手法を使います。本日の宿は高知城直近 [続きを読む]
  • 米津台場 〜浜松藩の幕末海防〜
  • 堀川城から予定通り中田島砂丘へ向かいます。浜松中心市街を抜けるのは混雑が激しそうなので西側からの迂回ルートを選択したものの、週末の帰宅ラッシュの時間帯と重なり、こちらのルートでも渋滞に巻き込まれる。日本全国どこへ行っても渋滞は嫌なものです。R1に出てしまえば交通量は多くとも流れもいいのですが、流れのいい道ともすぐにおさらば。R1浜松バイパス「米津」交差点で右折します。するとすぐに道路左手にこんもりとし [続きを読む]
  • 中田島砂丘と2日目行程
  • 米津台場から、本日最後の目的地である中田島砂丘へ。中田島砂丘は鳥取砂丘、九十九里浜とならぶ日本三大砂丘の一つなんだとか。また、風紋も有名。中田島砂丘風紋(拾い物画像) 上の画像は拾い物で、グーグル画像検索をすると同様の画像がたくさん出てきます。私もこれらの画像を見てこの場所に興味を持ち、本日の最終目的地に設定したわけです。鳥取砂丘は鳥取城探訪後に訪問して馬の背を登ったし、九十九里浜も複数回訪れてい [続きを読む]
  • 第14回 徳政令の行方
  • 直虎(柴咲コウ)が徳政令の約束を破ったことに腹を立てた甚兵衛(山本學)ら百姓たちは、蜂前神社の禰宜(ダンカン)を通して、今川に徳政令の発布を直訴する。直虎の政策に家臣たちが異を唱える中、政次(高橋一生)は徳政令の発布を命じる今川の書状を読み上げるが、直虎は「甚兵衛たちの土地はすでに龍潭寺に寄進してしまった」とはねのける。徳政令を無効にされた甚兵衛たちは、禰宜の指示のもと銭主・方久(ムロツヨシ)を連 [続きを読む]
  • 大河ドラマ館
  • 気賀関所のすぐ東隣にある「みをつくし文化センター」が今年(平成29年)の大河ドラマ館となっているところです。大河ドラマ館すでに時刻は17時を回り、閉館時刻を過ぎています。建物からはスタッフジャージを着た人たちが退出し始めているところ。ちなみにこの手前のロータリーには・・・ [続きを読む]
  • 堀川城 〜やりすぎ家康 滅ぼされた気賀一揆〜
  • 気賀関所や大河ドラマ館のある場所から、細江警察署前の変則交差点を南西へ400mほど進んだところが「伝堀川城跡」です。駐車場はありませんが路肩のスペースに停車可能。 海抜1.3m                         首塚周囲は田んぼの広がる低地で一見すると要害性は皆無。往時は満潮時には船を使わないと城へ行けなかったといい、浜名湖や都田川などを天然の堀とし、湿地帯を防御に利用した水辺の砦であった [続きを読む]
  • 気賀陣屋 〜旗本気賀近藤氏の陣屋〜
  • 三岳城探訪終了後。救急車が去るのを待ってから車に乗り込み、さてこれからどうしよう。現在地。本日の今後の予定は未定。ついでに明日も明後日も細かいことは何も決めていません。『直虎GUIDE BOOK』を見ればいろいろ書いてあるのですが、そのことに気が付くのは家に帰って改めて資料を読み直してから。この時はまとめて資料ファイルの中に放り込んでありました。とりあえずタブレットを操作し、地図とにらめっこしてみると・・・ [続きを読む]
  • 気賀関所 〜姫街道の要衝地〜
  • 気賀陣屋からほど近い気賀関所へ移動。場所は普通の道路地図にも記載されています。当サイトでは関所や番所も広義の城館として掲載しているので(cf:小野口番所、栃本関、川浦口番所など)、ここでも一応城館として掲載します。 東海道三大関所          西日がまぶしいここでいう三大関所とは、気賀関所のほか箱根関所と今切(新居)関所。三大関所という言葉がどのくらい浸透しているかはわかりませんが、この関所が [続きを読む]
  • 続日本100名城 追記
  • 昨日選定された続日本100名城についての追記。100名城を選定した時は、誰もが知っている城と詳しい人以外は知らないような城が一緒になっていたため、選出について疑問や不満の声が出やすい状況であったように思えます。対して今回の続100名城は、選出された城自体の不満の声はあまり見かけません。実際かなり妥当なラインナップであると思いますし、それ以前にこのクラスの城になると一般の人は全体を比較できるほどの知識情報を [続きを読む]
  • 続日本100名城
  • 2017年4月6日(城の日)、続日本100名城が発表となりました。発表前の数時間、人事異動の内示前のようなちょっとしたどきどきを味わっていましたよ(笑)ここ数日このブログの訪問者が増加傾向にあったのですが、以前続100名城の予想についての記事を書いていたので、リンクをたどってその記事を見に来た人が増えたのだろうと思われます。本日の訪問者数なんかブログ開設以来一番多いですよ。ちょっと怖いです。この記事の公開でさ [続きを読む]
  • 井伊谷宮
  • 宗良親王の墓所に続き、隣接する井伊谷宮へ。龍潭寺側から進んできたのでこのような見学順になりましたが、井伊谷宮側から入った場合、宗良親王の墓が神社の一番奥に鎮座していることになります。摂社 井伊社動乱の南北朝時代(西暦1330〜1390年頃)、有力豪族であった井伊家の第十二代当主井伊道政公とその息子高顕公は、井伊谷に来訪された後醍醐天皇第四皇子宗良親王様(井伊谷宮御祭神)を奉じて尽力しただけでなく、親王様と [続きを読む]
  • 三岳城① 〜宗良親王籠城・南朝の拠点〜
  • 井伊谷宮から再び宗良親王墓前〜龍潭寺前と往路を逆戻りし駐車場へ帰還。なんか疲れたなあ。考えてみたら今日は深夜0時過ぎに自宅を出発してからここまで、寒さに震えて仮眠(→参照)した以外はひたすら運転か探訪をし続けていたからなあ。その間、水分以外はエネルギー補給のチョコくらいしか口にしていないし。車の中に入ると日差しが照って暑いくらい。ドアを半開きにし、ちょっと運転席で休憩。・・・ハッ、少しまどろんでし [続きを読む]
  • 井伊氏歴代墓所
  • 龍潭寺の見学後、寺の敷地西側へ向かうとそこは墓所になっています。戦国期の井伊家を支えた武将の墓戦国初期ここ井伊領では、駿河の今川氏、甲斐の武田氏、三河の徳川氏が三つ巴で覇権を争いました。遠江の代表的国人領主(在地領主)であった井伊氏にとって受難の時代でした。この井伊家を懸命に支えた武将たちがここに葬られています。大河ドラマ直虎で登場している武将の墓などもありました。以下主だったものを紹介。 [続きを読む]
  • 宗良親王墓
  • 井伊氏歴代墓所から北側奥へ進むと、石垣と土塁に囲まれたお墓に出ます。後醍醐天皇皇子 宗良親王墓一、みだりに域内に立ち入らぬこと一、魚鳥等を取らぬこと一、竹木等を切らぬこと宮内庁わお、宮内庁所管地でありますぞ。宗良親王についてはリンク先参照(wiki)。 [続きを読む]
  • 第12回 おんな城主直虎
  • 前半の大きな区切りの回。子役から本役に本格交代した第5回も節目の回ではありましたが、「次郎・直親・政次」の三人を軸とした物語という点ではその前後も一貫していました。その軸がついに今回崩壊。今回が第一章のラストの話ということでしょう。子供時代が第一章の前編、第5回から今回までが第一章の後編という感じでしょうか。 [続きを読む]