KD さん プロフィール

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KDさん: 城館探訪記
ハンドル名KD さん
ブログタイトル城館探訪記
ブログURLhttp://kdshiro.blog.fc2.com/
サイト紹介文城めぐり探訪記です
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供284回 / 365日(平均5.4回/週) - 参加 2013/06/25 18:44

KD さんのブログ記事

  • 第29回 女たちの挽歌
  • 直虎(柴咲コウ)は徳川家康(阿部サダヲ)に書状を送り、上杉と同盟を組んで武田の今川攻めの動きを封じ込む策を進言する。いったんはこの策に乗ろうとした家康だったが、時を同じくして武田から今川攻めの誘いが来てしまう。その頃、駿府では寿桂尼(浅丘ルリ子)が死の床についていた。松下常慶(和田正人)は井伊と徳川の同盟の証として、しの(貫地谷しほり)を人質に出すよう要求するが…。直虎からてんまつを告げられたしの [続きを読む]
  • 本州最東端 とどヶ崎(中編)
  • デジカメと飲み物だけという必要最小限の装備で出発。少し進むと「落ちそうで落ちない浮玉」という表示がありますが、どれのことかわかりません。後日調べたところ、大津波で木の枝に引っ掛かった浮玉が頭上にあったらしい。現地では気付きませんでしたが、改めて写真を調べてみると、ちょうどこの場所でそれっぽいものが写り込んでいました。あんな高さまで波が来たのか・・・ [続きを読む]
  • 第28回 死の帳面
  • 気賀の城主となることを認められた直虎(柴咲コウ)は、方久(ムロツヨシ)に城代を任せることで商人の自治を保障する。危篤状態からの復活を遂げた寿桂尼(浅丘ルリ子)は甲斐の武田信玄(松平健)のもとを訪れ、武田家に嫁いでいた氏真(尾上松也)の妹・鈴(岸茉莉)を駿府に返すよう要求する。寿桂尼はさらに北条氏康を味方につけ、武田への圧力を強める。北条の仲立ちによって今川と武田の争いはいったん落ち着くが、寿桂尼と [続きを読む]
  • 本州最東端 とどヶ崎(前編)
  • 大槌城を後にし、今回の遠征の大きな目的地の一つ、本州最東端・とどヶ崎へと向かいます。漢字名称は「魹ヶ崎」「魹ヶ埼」。「とどヶ崎」「トドヶ崎」という表記もあり、それぞれ間違いではないようですが、ここではwikiでの見出し表記である「とどヶ崎」で以下統一します。※ちなみにこれまで到達済みの「本土最突端16岬」は以下の通り北海道最東端・納沙布岬(本土最東端)北海道最南端・白神岬本州最南端・潮岬四国最南端・足摺 [続きを読む]
  • 大槌城② 〜三陸沿岸最大級の山城〜
  • 現地説明板にあるとおり大槌氏初代は阿曽沼氏一族の遠野次郎とされますが、南北朝期には宗家遠野阿曽沼氏が南朝方として戦っているのに対し大槌氏は北朝方として行動しています。建武〜正平年間に遠野次郎を当地に派遣したというのが正しければ、その後かなり早い時点で両者は袂を分かったということになります。あの時代は観応の擾乱に代表されるように親子や兄弟でもそれぞれころころと別の勢力につくことが多々あるので、ここで [続きを読む]
  • 大槌城① 〜遠野次郎・大槌氏を称す〜
  • 大槌代官所跡の土台上にある立派な石碑に、次に向かう大槌城についての沿革が記されています。史跡 大槌城址大槌氏の発祥は、遠野横田城主阿曽沼氏が閉伊郡の沿岸地方治安のために、自らの次男遠野次郎を当地に派遣したことによる。建武年間(1334〜)から正平年間のことであったという。遠野次郎は大槌氏を称し、以来最後の城主孫八郎政貞が自刃して果てる元和二年(1616)までの280年余の間、大槌城は同氏累代の居城として栄え [続きを読む]
  • 大槌代官所 〜大震災と復興と〜
  • 狐崎城を後にし、R45を北上して釜石市から大槌町へ。大槌町中心部へ向かうため国道を下りると、周囲の景色が一変。・・・何もない土地が広がっている。衝撃を受けつつも、まずは山上にある大槌城を目指すため最初の目的地に定めた大槌町役場へ。大槌町役場入口がちょっとした城門構え風になっています。この地はかつて大槌代官所が設置されていたところであり、その跡地を引き継いで役場が作られたのだろう、とこの時は特に疑問も [続きを読む]
  • 第27回 気賀を我が手に
  • 中村屋(本田博太郎)と気賀の町衆は井伊谷を訪れ、気賀の城には大沢氏(嶋田久作)ではなく、直虎(柴咲コウ)に入って治めて欲しいと願い出る。瀬戸方久(ムロツヨシ)は井伊が気賀の港を押さえることでさらに商いの手を広げられると意気込み、まずは今川重臣の関口氏経(矢島健一)を懐柔しようと動く。そんな折、今川氏真(尾上松也)のもとに火急の知らせが飛び込む。武田・今川の同盟の要である武田義信が自害したというのだ [続きを読む]
  • 狐崎城 〜釜石一揆の舞台〜
  • 遠征2日目の第1城は、釜石市役所北東、釜石湾に面した山上にある狐崎城から。狐崎玄蕃によって築かれた城とされます。南側の商店から山に向かう道が城への入口ですが、地図を見るともう一段上の道まで車で入れるように見えたので頑張って車でトライ。南西側麓から。周囲にはあの3.11の津波被害の爪痕がまだ残っています。ここから地図とにらめっこして道路を進んでいきましたが、この先には駐車場はなく、通り抜けもできません。わ [続きを読む]
  • 1日目終了〜2日目開始
  • カッパ淵と安倍屋敷の見学を終え、本日のノルマは終了。あとは本日の宿営地探しですが、その前に猛暑の中1日中動き回っていたため体が汗でべたべた。一刻も早く風呂に入らないと不快で仕方ありません。この近くで立ち寄り湯はないかと検索すると、ここからちょっと東に「たかむろ水光園」という日帰り入浴ができる施設があるようなので行ってみます。美しい田園風景西日を背に車を走らせ、数分で到着。 [続きを読む]
  • 安倍屋敷 〜遠野の貞任伝説〜
  • カッパ淵のすぐ裏に説明板が設置されています。安倍(阿部)屋敷跡『遠野物語』第六八話に「安倍氏という家ありて貞任の末なりと云う。昔は栄えたる家なり。今も屋敷の周囲には堀ありて水を通ず。刀剣、馬具あまたあり」と記されている。昔からこの地は屯館と呼ばれ、平安時代後期に北上川流域に勢力を誇った安倍氏の一族(貞任の弟・北浦六郎重任)が屋敷を構えたと伝えられている。現在も堀の跡などの遺構が残り、この地に続く阿 [続きを読む]
  • カッパ淵(遠野遺産 第22号)
  • 遠野市立博物館を退出後、時刻は17時を回りましたが、今から遠野に来たからには行っておきたい場所・『カッパ淵』に向かうことにします。城下町を抜け、少し車を走らせるともう田園の広がる自然豊かな郊外です。地図に示されている「カッパ淵」該当地付近に駐車場の表示を発見。駐車場に到着。この地に降り立った瞬間からなんだか不思議な感覚にとらわれています。例えば後ろに見えるポスト。様子がおかしい。 [続きを読む]
  • 栃木・福島マニアックス
  • 7月初めの週末は、今年の夏のメインイベントの一つとして計画していた某所登山を行う予定でしたが、予定日の7/1(土)は全国的に雨予報。それでも天気が変わる可能性にかけて直前まで登山決行するつもりでしたが、木曜の時点で本格的な降雨がほぼ確実となりました。せっかく6/30(金)は世間で一向に浸透しないプレミアムフライデーまで取得して3連休にしたというのに。まあしかしせっかくの高山歩きはできるだけいいコンデション [続きを読む]
  • 第26回 誰がために城はある
  • 龍雲丸(柳楽優弥)が井伊の材木を取り返したことで、直虎(柴咲コウ)の謀反の疑いは晴れる。しかしその材木は数日後、今川の手によって気賀に運びこまれることになる。今川氏真(尾上松也)は商人の自治が許されてきた気賀に城を築き、家臣の大沢基胤(嶋田久作)に治めさせようとしているのだった。この動きに激怒した龍雲丸は、築城反対派とともにかく乱作戦に出る。混乱を鎮めるため、直虎は気賀に乗り込むが、民は築城賛成派 [続きを読む]
  • 遠野市立博物館
  • 鍋倉城探訪後、その麓にある遠野市立博物館へ。現時刻は16:23。間に合うか。市立博物館へ入館受付は16:30までということで、無事間に合いました。よかったよかった、ここはぜひ立ち寄りたかったところですからね。17時に閉館するという説明を受け内部へ。(入館料300円) [続きを読む]
  • 鍋倉城② 〜もう一つの「女城主」〜
  • 三の丸でのおじさんとの歓談で時間を消費し、現時刻は16時を回っています。この時期ならまだ2時間半は有効探索時間が残されていますが、この後見学予定している市立博物館の閉館時間が気がかりなので、ここからさらにスピードアップ。まずは残された本丸・二の丸の見学へ。三の丸からは本丸へ登る階段(大手口)がありますが、時間節約のため(あと暑いのでw)車で移動。結果論になりますが、二の丸はともかく本丸はここから直で [続きを読む]
  • 鍋倉城① 〜遠野の里を一望〜
  • 横田城から高善旅館跡を経由して鍋倉城へ。遠野中心街の南にある標高340mほどの山上に築かれたのが鍋倉城で、現在は鍋倉公園として整備されています。山上まで車道がつながっているので登るのはらくちんな城なのですが・・・ ここはドコ?               対向車が来たらアウツ進入路を誤り、遠野高校の裏側からほっそい山道を遠回りして鍋倉公園へ向かう羽目になりました。だいぶ迂回してしまいましたが、なんとか [続きを読む]
  • 第25回 材木を抱いて飛べ
  • 井伊の材木をまとめて買い取りたいという商人が見つかり、張り切る直虎(柴咲コウ)と方久(ムロツヨシ)。一方、井伊を去った龍雲丸(柳楽優弥)たち一味は気賀に戻り「龍雲党」を旗揚げする。駿府では今川氏真(尾上松也)が同盟を破った武田への対抗策として「塩止め」を行い、武田家と通じる商人の取り締まりを強化していた。そんな中、井伊家の材木の商い先である「成川屋」が三河の徳川に材木を流していることが発覚する。そ [続きを読む]
  • おまけ 「日本で海から一番遠い地点」到達認定証
  • 日本で海から一番遠い地点への到達、無事達成。後日ネットで他の人たちの到達記を参照していたところ、以下の案内マップを見つけました。佐久市観光協会発行 「日本で海岸線から一番遠い地点」への道のり大変詳しいガイドマップ。実際に自分の足で歩いた後であるため、書かれている一つ一つの説明にすべて頷くことができます。これをもって現地を歩きたかったな〜。このガイドではコースタイム80分とあります。うん、山歩きに慣れ [続きを読む]
  • 第5話 新海三社神社
  • 『踏破者限定特別企画』チェックポイント4 「二匹の龍? 新海三社神社 御魂代石」 水落観音を後にし、超狭路の山道を下り県道に復帰。3つ目のチェックポイントである「新海三社神社」(単に「新海神社」とも)を目指し西へ下ります。神社到着。デジカメの電池残量が相変わらず点滅状態なので、細かいところは飛ばします。 [続きを読む]
  • 最終話 五稜郭 であいの館
  • 新海三社神社からゴール地点の「佐久市歴史の里 五稜郭 であいの館」へ。五稜郭 であいの館日陰場所に駐車できてラッキー。すぐ隣には続100名城に選出された龍岡城があります。訪問するのは2008年11月以来、およそ8年8か月ぶり。とは言ってもスタンプが設置されたらまた訪問する必要があるので、今回あえて龍岡城には立ち寄りません。徒歩1分圏内にある龍岡城を横目で眺めつつ、施設に入ります。そういえばこの施設、前回訪問時に [続きを読む]
  • 第3話 雨川ダム
  • 「日本で海から一番遠い地点」への到達には成功しましたが、今回の目標はもう一つあります。導入でも紹介した「踏破者限定特別企画」に参加し、オリジナルピンバッチを入手することです。そのためにはpdfファイルにある5つのチェックポイントのうち3つ以上のポイントでの写真撮影が必要であるという。やるからには3つと言わず完全制覇を目指すのが私の常なのですが、改めてポイントを確認すると。チェックポイント2 「地下湖が見え [続きを読む]