KD さん プロフィール

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KDさん: 城館探訪記
ハンドル名KD さん
ブログタイトル城館探訪記
ブログURLhttp://kdshiro.blog.fc2.com/
サイト紹介文城めぐり探訪記です
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供284回 / 365日(平均5.4回/週) - 参加 2013/06/25 18:44

KD さんのブログ記事

  • 第37回 武田が来たりて火を放つ
  • 元亀3年(1572)秋、井伊谷は近藤康用(橋本じゅん)の治世のもと、平穏な日々を取り戻していた。還俗し一農婦として生きていく道を選んだ直虎(柴咲コウ)は、龍雲丸(柳楽優弥)とともに新しい生活を送っていた。また方久(ムロツヨシ)はあやめ(光浦靖子)の刺しゅうの腕にほれこみ、ある提案をする。そんな折、堺で新たな商売を始めた中村屋(本田博太郎)から龍雲丸に誘いの便りが届く。龍雲丸は直虎に一緒に堺に行って [続きを読む]
  • 二俣城 〜岡崎次郎三郎信康自刃の地〜
  • 直虎紀行part.2の旅2日目、光明城の次に訪れたのがここ二俣城。駐車場にあった各種説明板のうちの一つ・「北遠の山城」前日登城した高根城や、本日これまでに攻城した犬居城・光明城、さらには次の予定地である鳥羽山城といった城も表示されています。・・・あ、すみません。実際の登城順通りに掲載していませんけど、もういまさらいいですよね。掲載しやすいやつからどんどん行きます。 [続きを読む]
  • 第36回 井伊家最後の日
  • 徳川家康(阿部サダヲ)と今川氏真(尾上松也)の間に和睦が成立し、遠江一帯の混乱がいったん落ち着きを見せるなか、直虎(柴咲コウ)は井伊家の再興に向けて動き出すべきか悩んでいた。家を再興することが家臣たちを再び戦に駆り出し、新たな悲劇を生んでしまうと考えたのだ。そんな折、松下常慶(和田正人)が直虎のもとを訪れ、井伊家嫡男の虎松(寺田心)を松下家の養子として迎えたいと願い出る。井伊家の再興をあきらめきれ [続きを読む]
  • 高根城① 〜月さえて 昔を偲ぶ〜
  • 青崩峠からR152に復帰し一路南下。この途中で「浜松市まで六十ナントカ?」とかいう青看板を見た気がするが、はて、ここはもう浜松市の市域に入っているはずだが。仮に浜松市の中心部までの距離だとしても、いくらなんでも同じ市内で遠すぎやしないかい。うん、きっと自分の見間違いだったのだ。そうにちがいない。快調に南下を続け、水窪町の中心部に到着。水窪橋で水窪川東岸に渡り、川沿いの道をしばし進むと高根城の案内表示が [続きを読む]
  • 青崩峠(後編)
  • 前編ラストの林道終点部分。正確にはこの先にもう少しだけ車道は続いていますが、少し進むと未舗装の道となってしまいます。この峠については、ナビなしの先代プリウス号(→参照)に乗ってた頃に常に携帯していた愛用の昭文社マップルに「あまりの崩落の激しさに日本のトンネル技術が敗退」と記されていたのが印象深く、敬意をもって最終区間くらいは徒歩で踏破したいと考えこの場所からのスタートです。 [続きを読む]
  • 青崩峠(前編)
  • 兵越峠を越えて遠州入りし、一気に高度を下げながら南下。信州側よりもカーブはきつくないものの、道幅は相変わらずの1.5車線で運転には気を使います。こういう逃げ場のない一本道では対向車が来るよりもむしろ目の前に遅い車が現れ前方が塞がれるほうがイヤなものですが、峠区間を通じてそういう車が全くいなかったのは運がよかった。しばらく下ると急に道が高規格道路並みになり、草木トンネルが現れます。草木トンネル(くさぎ [続きを読む]
  • 第35回 蘇えりし者たち
  • 徳川家康(阿部サダヲ)は大沢基胤(嶋田久作)に乗っ取られた気賀の堀川城を攻略するにあたり、まずは城内に捕らえられた民を逃がすことを方久(ムロツヨシ)に約束していた。しかし徳川家臣の酒井忠次(みのすけ)はこの約束を破り、大沢への見せしめのため気賀の民を惨殺してしまう。しらせを受けた直虎(柴咲コウ)は気賀に駆けつけるが、そこには瀕死の状態の龍雲丸(柳楽優弥)の姿があった。生死の境をさまよう龍雲丸に懸命 [続きを読む]
  • 兵越峠
  • 話は前回の記事の1日前、8月25日に遡ります。いや、1日目については後回しにすると表明したばっかりで、私もそのようにするつもり満々だったのですが、どうも1日目に探訪した兵越峠〜高根城周辺がそろそろ大河本編で登場しそうな気配に満ちてきたので、この区間部分だけでも先に掲載しておく必要がどうしても生じてしまいました。ということで時間軸が行ったり来たりで申し訳ありませんが、直虎紀行part.2は1日目の遠山郷探索終了 [続きを読む]
  • 刑部城 〜金襴の蛇〜
  • 前回の記事で書いた1か所寄っておきたかった場所というのがこの刑部城。阿王山紫城とも呼ばれるこの城は、三方を都田川で囲まれた要害の地に築かれました。都田川の支流越しに眺めた刑部城。すぐ北側には都田川の本流が流れています。永禄11年(1568)12月、この地の人々がここに城柵を築いて立てこもり、徳川家康の軍と戦い敗れました。現在、県道の北側に位置する城址には、今までも当時の犬走りや井戸が残っています。姫街道の [続きを読む]
  • 直虎さまに導かれて
  • 現在の日時は2017年8月26日の11:00。場所は遠州鳥羽山城の駐車場。先ほど主郭からローラースライダーを敷物なしで一気に滑走したため、臀部に多大なるダメージを負ってしまい、車内にてしばし回復に努めているところ。恐怖のローラースライダー [続きを読む]
  • ここのところ
  • 公私ともにかつてないほど忙しいのでただでさえ溜まりまくっている探訪記の在庫を消化するのが困難な状況になっていますが、私にとって探訪記を書くのは現実に城の攻略をするのと同等の(あるいはそれ以上の)重要度があるので、誰に頼まれるでもなく自らの意思で執念で全公開しますのでしばしお待ちを。 [続きを読む]
  • 直虎紀行part.2 三遠南信編プロローグ
  • プロローグに入る前に、出発前の記事で少し触れたミッションについて、ここで明かしておきましょうか。まずmission1、これは「青崩峠に到達せよ!」というもの。青崩峠ミッション達成。ただしこのミッションは現地で修正が入り第2プランとして用意していたもの。そのためこのミッションの達成度は50%といったところ。当初の第1プランミッションは「池の平 幻の池に到達せよ!」詳細は追って説明します。 [続きを読む]
  • 第34回 隠し港の龍雲丸
  • 政次(高橋一生)を失い放心状態の直虎(柴咲コウ)は現実を受け入れることができずにいた。一人で碁を打ち続ける直虎を心配そうに見守る南渓(小林薫)。一方、徳川家康(阿部サダヲ)の軍勢は井伊谷を通り抜け遠江を攻め進み、今川氏真(尾上松也)のこもる掛川城へと迫りつつあった。これに対し、今川勢も粘りを見せ、徳川軍は苦戦を強いられることとなる。戦の波は気賀の方久(ムロツヨシ)や龍雲丸(柳楽優弥)たちの目前にも [続きを読む]
  • 三遠南信へ
  • 直虎紀行part.1からおよそ半年。再出陣の機は熟しました。・・・というか先週までの冷夏が嘘のように今週突然暑さが復活してきたので、本当は暑さの和らぐ10月くらいに訪問したかったのですが、その後の記事公開の都合を考えて前倒しで出陣することにしました。大河放送期間中に関連する探訪記は掲載完了させておきたいですからね。 [続きを読む]
  • 第33回 嫌われ政次の一生
  • 徳川と内通していた直虎(柴咲コウ)と政次(高橋一生)は、約束通り徳川勢の井伊谷への進軍を受け入れようとするが、その軍勢に向かって突然矢が放たれる。徳川の先導役を務めていた近藤康用(橋本じゅん)の罠であった。徳川勢に弓を引いた罪を政次に押しつけ、井伊谷をわがものにしようと企んだのだ。政次の潔白を主張する直虎は牢に閉じ込められるが、そこに現れたのは他でもない徳川家康(阿部サダヲ)だった。家康は騒ぎに対 [続きを読む]
  • 霊峰富士 弾丸登山とパワースポット
  • 立山登山に続き、山城完全オフシーズンを利用しての本格登山第2弾この年での富士山日帰り弾丸登山というのは可能なのだろうか?今無理ならもう今世での達成は無理だろうという考えが頭をよぎった8月中旬、仕事終わりに準備もそこそこに群馬を飛び出し、深夜に富士スバルライン入口駐車場に到着。ほぼ徹夜というこの状況で日本最高峰に挑む。そして翌朝、ここ1か月ほどずっとさえない天気が続いていた中で奇跡的に天候に恵まれる。 [続きを読む]
  • 第32回 復活の火
  • 信玄(松平健)と家康(阿部サダヲ)による今川攻めが避けられない状況になる中、政次(高橋一生)は虎松(寺田心)の偽首を差し出すことで氏真(尾上松也)の信頼を得ることに成功する。政次と裏で手を結ぶ直虎(柴咲コウ)は家康に書状を送り、徳川の遠江侵攻に協力する代わりに井伊家を復活し家臣の列に加えてほしいと願い出る。そんな中、ついに武田による駿河侵攻が始まる。その破竹の勢いに今川国衆の寝返りが相次ぎ、氏真は [続きを読む]
  • 根城① 〜北奥羽を治める「根の城」〜
  • 八戸城の次に向かうは日本100名城の一つ・根城!訪問するのは2012年9月の第1次北東北遠征以来4年ぶり。特段の事情がないかぎり同じ城館の再訪は極力しないというのが大原則(というか新規登城を優先させると必然的にそうなるだけ)ですが、この城に関しては本公開する前に写真データが消滅してしまったので、再訪優先順位は比較的高かったところ。個人的には記事を作成してようやく攻略完了扱いなので、これまで半分未訪状態だった [続きを読む]
  • 八戸城 〜丘に佇む八戸藩2万石の居城〜
  • おがみ神社からすぐ西側にある三八城公園(みやぎこうえん)へ移動。祭りでもあるのか、公園周りには朝から屋台がセッティングされています。三八城公園の碑三八城とは三戸郡八戸城という意味であり、八戸城跡が三八城公園となっている。1644年(正保元年)、南部氏第28代の重直が盛岡で没するが、嗣子がいなかったためにその遺領10万石は、盛岡8万石と八戸2万石に分封され、盛岡は重直の弟である重信が継ぎ、八戸は末弟の直房が領 [続きを読む]