みどりの木 さん プロフィール

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みどりの木さん: 歴史大好きみどりの木
ハンドル名みどりの木 さん
ブログタイトル歴史大好きみどりの木
ブログURLhttp://ameblo.jp/idryou/
サイト紹介文私の住んでいる近隣の名所や古城を 紹介しています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供365回 / 365日(平均7.0回/週) - 参加 2013/07/06 11:56

みどりの木 さんのブログ記事

  • 高知城の紹介1 歴史と詰門まで
  • 今日から高知城の紹介です。南北朝時代高知城のある大高坂山には、大高坂松王丸が居城したと言われています。松王丸は南朝方に付きます。延元3年(1338年)には後醍醐天皇の皇子である満良親王を迎えています。しかし、興国2年(1341年)には、松王丸は北朝方の細川禅定・佐伯経定と戦って敗北し、大高坂山城は落城します。その後、文献に名がなく廃城となります。安土桃山時代天正15年(1587年)に、長宗我部元親 [続きを読む]
  • 弘川寺 最終回 千本桜山と草花
  • 昨日の続きです。今日が最終回です。 今日は西行庵のある所から、弘川寺に下りるまでに撮影した、千本桜山と草花の写真です。 下の古絵図③の所を、上から撮影しました。 弘川寺とその奥の院善成寺の古絵図です。 左の谷は古絵図③から下に続く谷です。振り返ると桜が満開です。西行法師が極楽に行きたいという思いが、現世の極楽桜満開の時期と [続きを読む]
  • 弘川寺4 千本桜山と西行庵跡
  • 昨日の続きです。今日は橋のあった所からさらに登ります。 西方向の写真です。西には極楽があるとされていますが、西行庵からは西方向がよく見えます。ガスっているので、遠くまで見えません。遠くに小さく見えるPLタワーを拡大すると、 手前の住宅地は「さくら坂」です。遠くは霞んでいます。黄砂とか春霞でしょうか。さらに拡大すると 光学60倍に拡大しています。遠くの塔は堺の臨海工業地帯です。&nbs [続きを読む]
  • 弘川寺3 千本桜山と善成寺
  • 今日は姫路城に行ったので、更新が遅れました。外堀の門跡もほとんど見て歩きました。城北側の公園のぼたん桜が満開で、いい写真が撮れました。後日公開します。 昨日の続きです。西行の墓から、桜山に登りました。この桜山には1000本の桜が、1990年に植林されています。そして、今は無い善成寺の跡を探しました。 似雲の墓です。西行の墓と同じ平地にあります。 似雲の解説板です。江戸中期にも似雲法師が [続きを読む]
  • 弘川寺2 西行記念館と西行墓地
  • 昨日の続きです。今日は西行記念館からです。西行記念館から見た本坊です。桜の花びらが風で散っています。 本坊の写真です。 境内図です。 庭から撮影の桜と西行記念館です。 庭から撮影の桜と西行記念館です。 もらったパンフレットから引用すると西行法師像です。文覚は同時代の人なので、西行の顔が分かります。 西行法師の文書です。その他にも空寂上人木像や西行物語絵巻などがあります。&nbs [続きを読む]
  • 弘川寺1 歴史・本坊
  • 今日から大坂府南河内にある弘川寺の紹介です。歌人として有名な西行法師の終焉の地です。弘川寺は葛城山の麓にあり、天智天皇の4年に、役行者により開創されました。葛城六坊の霊場の第一でした。 弘川寺に行く途中にあった枝垂れ桜です。 天平9年には行基が修行しました。弘仁3年には空海が嵯峨天皇の命により、弘川寺を中興して、密教の霊場とします。文治4年に後鳥羽天皇が、御病気になります。当時の座主空寂上 [続きを読む]
  • 徳島城の紹介 後編
  • 昨日の続きです。昨日は本丸まででした。 本丸北門です。藩主お座敷の裏に隠された門で、藩主の脱出用の抜け道機能がありました。下れば助任川につながります。 徳島城の縄張図です。 本丸絵図と説明板です。木の陰で見えにくいです。 徳島城の外堀は天然の川でした。 現在の徳島城(徳島中央公園の地図)です。 本丸で咲いていた桜です。 本丸と手前が本丸西門のあった所です。 弓 [続きを読む]
  • 徳島城の紹介 中編
  • 昨日の続きです。今日は表御殿庭園からの紹介です。ボランティアさんの解説がありました。茶人の上田宗箇が作庭しています。 10.6mの青石の橋は日本一の長さです。7:3の位置で割れています。 ボランティアさんの話では、家政の嫡男至鎮が徳川家康のひ孫の嫁(家康が切腹させた長男信康の孫)を貰いますが、至鎮が毒をもられてジダンダを踏んで、7:3の位置で割ったという伝説があるそうです。豊臣家に味方され [続きを読む]
  • 徳島城の紹介 前編
  • 今日は四国お城バスツアーで、4月4日に徳島城に行きました。その紹介です。明石海峡大橋です。淡路島を通り、鳴門海峡大橋から徳島に入りました。 徳島城の歴史1385年に細川頼之によって現在の城山に築かれた砦が始まりで、渭津城(いのづじょう)と呼ばれていました。戦国時代になり守護の細川氏よりも、その家臣の三好氏が支配を強めますが、畿内に進出したために勢力が衰退し、1582年(天正10年)には土佐国の長 [続きを読む]
  • 二条城の紹介3  後編
  • 昨日の続きです。今日は本丸を出る所からです。 本丸から西に出る所です。 西橋から本丸を見たところです。外国からの観光客が目立ちました。 二条城の縄張図です。本丸から西に出たところ、現在地とある所にある地図です。ここからはピンクの線に沿って東大手門に行きます。 最初は土蔵です。 土蔵の説明板です。 さらに歩くと梅林になります。 本丸の天 [続きを読む]
  • 二条城の紹介2  中編
  • 今日は西行法師終焉の地である、弘川寺に行きました。いままで西行の墓までは行ったのですが、西行庵跡がそのさらに奥の山上にあるというので、登山して西行庵跡まで行きました。周囲は何百本もの桜が満開で、とてもきれいな所でした。写真は後日UPします。 昨日の続きです。今日は御殿から外に出て、本丸天守台まで行きます。 二の丸御殿の外に出て、二の丸庭園に行きました。右端が車寄せで、その左が遠待ちの屋根です [続きを読む]
  • 二条城の紹介1 修理が完成して公開されました。前編
  • 今日は修理が完成して公開された二条城の紹介です。以前の工事中の紹介のリンクはここです。1回から6回まであります。今回は修理が完成した、新しい大手門や二の丸御殿を中心に紹介します。二の丸御殿は内部撮影禁止なので、いただいたパンフレットからの引用です。二ノ丸内部を見学して驚いたのは、かなり以前に見学した時にあった、大政奉還の間に人形がありませんでした。この二の丸御殿は、江戸時代初期に建築された、国内の [続きを読む]
  • 京都府立植物園の花紹介 後編
  • 昨日の続きです。 最初はオカメという木の花です。 バラ科のオカメの木です。 花を拡大して撮影しました。 桜に似ています。 一重で下向きの花が咲きます。 ヒヨドリがオカメに来ていました。 ヒヨドリとオカメの花です。 ヒヨドリとオカメの花です。 京都府立植物園の現地マップです。 次は、上のマップにある、なからぎの森です。池に囲まれた所にあります。なからぎ(半木)神社です [続きを読む]
  • 京都府立植物園の花紹介 前編
  • 今日は京都府立植物園の桜など紹介です。大正6年(1917年)に着工し、同13年(1924年)1月1日に開園しています。90年以上の歴史がある、日本最古の植物園です。4月2日に見学しました。 正門入口です。 園内マップです。正門から北に歩いて桜林エリアに行きました。 正門の正面にある花壇です。 花壇の向こうには鏡池と大温室があります。 桜林のエリアはまだつぼみで、早咲きの桜だけが [続きを読む]
  • 京都平野神社と桜
  • 今日は京都平野神社と桜の紹介です。4月2日に拝観しました。枝垂れ桜は満開に近いですが、その他の桜はまだ咲き初めでした。今年は特別に桜の開花が遅いです。平安京大内裏から北方の平野の地に鎮座する神社です。平安京遷都頃まで創建が遡るとされる神社で、元々は桓武天皇生母の高野新笠の祖神として、平城京に祀られた神祠であったが、それが平安京遷都に伴って大内裏近くに移し祀られたことに始まると推測されています。古代 [続きを読む]
  • 京都府庁の旧本館と枝垂れ桜
  • 今日は京都府庁の旧本館と枝垂れ桜の紹介です。京都府庁の旧本館は一般公開されていて、火〜金の午前10時〜午後5時までと、奇数土曜日に公開されています。 京都府庁旧本館は、明治37年(1904)12月に竣工しました。昭和46年まで京都府庁の本館として、また、現在も執務室や会議室として使用されています。創建時の姿をとどめる現役の官公庁建物としては日本最古のものです。2004年12月10日に国の重要文化財に [続きを読む]
  • 醍醐寺の紹介5 伽藍エリア
  • 昨日の続きです。今日は伽藍エリアの紹介です。 西大門(仁王門)です。 ここが伽藍エリアへの門です。豊臣秀頼が再建しています。手前の道が桜馬場です。 現地にある案内板です。水色で囲まれた区画が伽藍エリアです。 桜馬場沿いにある枝垂れ桜です。 西大門(仁王門)です。 受付で入場チケットを見せて中に入ります。豊臣家の紋が入った、紅白の幕が張ってあり、豊臣秀吉の「醍醐の花見」の雰囲気が [続きを読む]
  • 醍醐寺の紹介4 三宝院本坊の紹介
  • 昨日の続きです。今日は本坊三宝院の歴史からです。左大臣 源俊房の子で醍醐寺14代座主勝覚が灌頂院(かんじょういん)として開き、後に仏教の三宝にちなんで現在の名に改めました。以来、醍醐寺座主の居住する本坊として、醍醐寺の中核を担ってきました。応仁の乱で三宝院が焼失し、廃寺同然となります。安土桃山時代に醍醐寺金剛輪院の院主であった義演は豊臣秀吉の信頼が厚かったため、同院を中心に有名な「醍醐の花見」が開 [続きを読む]
  • 醍醐寺の紹介3 三宝院本坊の桜
  • 昨日の続きです。霊宝館の南側に、子院跡らしきところがあります。江戸時代はたくさんの子院がありました。しかし、現在は本坊の三宝院しかありません。子院らしき跡は多くのお店が出て、お休み処・おみやげ処になっていました。 ②の霊宝館の南側に、子院跡らしき門があります。下図のように、①の駐車場と繋がっています。 境内マップです。(上が北) 門をくぐると常設の雨月茶屋の建物があり、多くの出店もあり [続きを読む]
  • 醍醐寺の紹介2 霊宝館の巨木枝垂れ桜
  • 2泊3日で四国のお城めぐりをしていました。今日の午後8寺頃に帰宅しました。更新が遅れて済みませんでした。今日は醍醐寺の2回目で、霊宝館の紹介です。 醍醐寺の駐車場です。下の境内図①の所です。 下図の⑤から③方向を見たところです。 境内案内図です。 醍醐寺霊宝館の入口です。上の境内図②の所です。 館内の展示お宝の代表的な一覧です。残念ながら館内撮影禁止です。 咲いていた桜です [続きを読む]
  • 観心寺の桜と梅の紹介 最終回
  • 昨日の続きです。第2梅林の梅からです。 水玉に梅の花が映っています。 同上 観心寺のマップです。 これは上の方の水玉です。 これは3つの水玉に映っています。 写真中央に水玉があります。 観心寺境内マップです。 右が牛滝堂で左が恩賜講堂です。梅がほぼ満開になっています。 牛滝堂です。 牛滝堂の辺りにある石仏です 背 [続きを読む]
  • 観心寺の桜と梅の紹介3
  • 昨日の続きです。昨日は観心寺の子院の旧惣持院跡にある、後村上天皇御旧跡に早咲きの桜が咲いていたところまででした。 旧惣持院跡の早咲き桜に来ていたメジロです。 境内マップです。 手水舎で写真を撮り、水滴撮影用に水を汲みました。 手水舎の水をストロボ撮影しました。 横にある拝殿の所に、 黄色いサンシュウの花が咲いていました。 サンシュウの花 サンシュウの花 次に、 [続きを読む]
  • 醍醐寺の紹介1 歴史
  • 醍醐寺の歴史は醍醐寺は聖宝理源大師が貞観16年(874年)に、上醍醐山上で地主横尾明神の示現により、醍醐水の霊泉を得、小堂宇を建立して、准胝、如意輪の両観音像を安置したのに始まります。 地主横尾明神です。 そののち醍醐・朱雀・村上三帝がご信仰されて、延喜7年(907年)には、醍醐天皇の御願による薬師堂が建立され、五大堂も落成するに至って上醍醐の伽藍が完成します。それに引き続くように下醍醐の地に [続きを読む]
  • 観心寺の桜と梅の紹介2
  • 昨日と今日は京都の桜見物に行ってきました。まだ早咲きの桜しか咲いていませんでした。後日紹介をUPします。昨日の続きです。 河内長野八景梅林の梅写真です。 休憩所です。 逆光で透けて見た八重咲梅の花はきれいですね。 梅の木の太い幹から出た蕾です。 梅園の周辺に猫柳の木がありました。 &nbs [続きを読む]
  • 観心寺の桜と梅の紹介1
  • 今日から大阪の観心寺の梅と桜の紹介です。大阪の観心寺は、空海が高野山を開いたときに、京都東寺と高野山を結ぶ経路として、東寺→奈良東大寺→飛鳥川原寺→観心寺→高野山をつくり、1日で40km歩き、東寺から高野山まで4日の行程でした。当時は高野街道も整備されていないので、お坊さんたちは、このような経路で、修行を兼ねて無料で宿泊しながら歩きました。             (観心寺パンフレットより引用)&nb [続きを読む]