インターネット新教会 さん プロフィール

  •  
インターネット新教会さん: 悔い改めの礼拝とスヴェーデンボリ神学著作集の原典訳
ハンドル名インターネット新教会 さん
ブログタイトル悔い改めの礼拝とスヴェーデンボリ神学著作集の原典訳
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/sinjerusalem
サイト紹介文スヴェーデンボリ神学著作集から信仰と悔い改めを学び、主への愛と隣人への愛のある礼拝を目指します。
自由文インターネット新教会は誰でもいつでも訪れて主を礼拝することが出来ます。
またこの世の金銭の献金は一切不要ですが、主のものである善と真理は十分の一とは言わず凡てを主に返してください。
自分が語り行ったどんな善い事も自分が行ったと思わず、自分を通して主が為されたことを承認して主を見上げ主に帰してください。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供955回 / 365日(平均18.3回/週) - 参加 2013/08/13 07:17

インターネット新教会 さんのブログ記事

  • 目的が最も重要
  • 何が内なる人間と外なる人間の相応と調和を為すか、また何が不調和を為すかが知られるためには、単に支配する目的に関して反省されるだけで知られる。即ち同じことであるが、支配する愛に関して反省されるだけで知られる。なぜなら、愛は目的であるからである。というのは、何でもそれが愛されるからであり、目的として考慮されるからである。このように生命がどのようなものであるか、また死後の将来がどのようなものであるか知ら [続きを読む]
  • 13-1568-2〜1569意訳「天界の秘義」創世記Ⅰ
  • 13-1568-2〜1569意訳「天界の秘義」創世記Ⅰ[3]何が内なる人間と外なる人間の相応と調和を為すか、また何が不調和を為すかが知られるためには、単に支配する目的に関して反省されるだけで知られる。即ち同じことであるが、支配する愛に関して反省されるだけで知られる。なぜなら、愛は目的であるからである。というのは、何でもそれが愛されるからであり、目的として考慮されるからである。このように生命がどのようなものであるか [続きを読む]
  • 15-1828〜1831原典訳「天界の秘義」創世記Ⅰ
  • 15-1828〜1831原典訳「天界の秘義」創世記Ⅰ1828. Vers. 10. Et accepit sibi omnia illa, et partitus est illa in medium, et dedit quamvis partem suam obviam alteri, et volucrem non partitus. 'Accepit sibi omnia illa' significat ita factum: 'et partitus illa in medium' significat Ecclesiam et Dominum: 'et dedit quamvis partem suam obviam alteri' significat parallelismum et correspondentiam quoad caeles [続きを読む]
  • 自己愛の楽しさと隣人愛の楽しさ
  • これらから、外なる人間の許に存在する多くのものが内なる人間と一緒に住むこと、即ち調和することが出来ることが知られよう。しかし、内なる人間と調和しない多くのものもまたある。即ち内なる人間と一緒に住むことが出来ない多くのものがある。例えば、それらは自己愛と世俗愛から噴出する凡てのものである。なぜなら、それらの凡てのものは目的として自分自身を考慮し、またこの世を目的として考慮することからあるからである。 [続きを読む]
  • 13-1567〜1568-1意訳「天界の秘義」創世記Ⅰ
  • 13-1567〜1568-1意訳「天界の秘義」創世記Ⅰ1567.六節、「また、(その)地は彼らが一緒に住むことに耐えなかった。なぜなら、彼らの持ち物が多かったからである。従って彼らは一緒に住むことが出来なかった。」「その地は彼らが一緒に住むことに耐えなかった」は、内なる天的なものは彼らと一緒にあることが出来なかったことを意味し、「なぜなら、彼らの持ち物が多かったからである。従って彼らは一緒に住むことが出来なかった」 [続きを読む]
  • 15-1825〜1827原典訳「天界の秘義」創世記Ⅰ
  • 15-1825〜1827原典訳「天界の秘義」創世記Ⅰ1825. Quod 'triennis' involvat omnia Ecclesiae quoad tempora et status, constat a significatione 'trium' in Verbo; tria significant plenum tempus Ecclesiae ab origine ejus usque ad finem, ita omnem ejus statum; ultimum tempus Ecclesiae ideo significatur per 'diem tertium,' et per 'septimanam tertiam,' et per 'mensem tertium,' et per 'annum tertium,' et per [続きを読む]
  • 13-1564〜1566意訳「天界の秘義」創世記Ⅰ
  • 13-1564〜1566意訳「天界の秘義」創世記Ⅰ1564.「羊の群れと牛の群れ、および天幕があった」は、外なる人間がそれらに満ち溢れることを意味することは、「羊の群れと牛の群れ、および天幕」の意味から知られることが出来よう。これらについては以下において直ぐ後に述べられる。それらのものはここで外なる人間の財産を意味する。なぜなら、前に言われたように、「ロト」によって主の外なる人間が表象されているからである。外なる [続きを読む]
  • 15-1824原典訳「天界の秘義」創世記Ⅰ
  • 15-1824原典訳「天界の秘義」創世記Ⅰ1824. Quod 'vitula' significet illa quae sunt repraesentativa caelestium exteriorum, 'capra' illa quae sunt caelestium interiorum, et 'aries' illa quae sunt caelestium spiritualium, constare potest a sacrificiis, de quibus, ex Divina Domini Misericordia, in sequentibus ubi de sacrificiis. Sunt caelestia exteriora et caelestia interiora, tum caelestia spiritualia; [続きを読む]
  • 外なる人間の喜びと楽しさ
  • これらから、形体的なもの、世俗的なもの、および現世の凡てのものを目的として考慮するに応じて、外なる人間の許で、その時、霊的な真理と調和することが出来ない科学的な(事実に基づく)ものと知識(概念)を入り込ませ、また天的な善と調和することが出来ない喜びと楽しさを入り込ませることを除いて、決して異なって為されることが出来ないことを知られることが出来よう。それらが目的として考慮される場合、その時、外なる人 [続きを読む]
  • 13-1562〜1563意訳「天界の秘義」創世記Ⅰ
  • 13-1562〜1563意訳「天界の秘義」創世記Ⅰ1562.五節、「そして、アブラムと一緒に行ったロトにもまた、羊の群れと牛の群れ、および天幕があった。」「そして、アブラムと一緒に行ったロトにもまた」は、主の許の外なる人間を意味し、「羊の群れと牛の群れ、および天幕があった」は、外なる人間がそれらに満ち溢れることを意味し、「羊の群れと牛の群れ」は、外なる人間の財産であり、「天幕」は、内なるものから分離したその(外な [続きを読む]
  • 15-1821〜1823原典訳「天界の秘義」創世記Ⅰ
  • 15-1821〜1823原典訳「天界の秘義」創世記Ⅰ1821. Vers. 9. Et dixit ad illum, Accipe tibi vitulam triennem, et capram triennem, et arietem triennem, et turturem, et pullum. 'Dixit ad illum' significat perceptionem: 'accipe vitulam triennem, et capram triennem, et arietem triennem' significat illa quae repraesentativa sunt caelestium Ecclesiae, 'vitula' caelestium exteriorum, 'capra' caelestium interi [続きを読む]
  • 真の礼拝
  • もし内部にある天的なものから或る種の活動的なものが存在するようにならなければ礼拝そのものがない。天的なものそのものが、決して活動的なものなしに存在することが出来ない。礼拝は天的なものの最初の活動的なものである。なぜなら、天的なものはそれ自身をそのように現すからである。なぜなら、その中に喜びを認識するからである。愛と仁愛の凡ての善は本質的な原動力そのものである。(天界の秘義1561)天的なものである主へ [続きを読む]
  • 13-1558〜1561意訳「天界の秘義」創世記Ⅰ
  • 13-1558〜1561意訳「天界の秘義」創世記Ⅰ1558.四節、「初めてそこで祭壇を造った場所へ(行き)、そしてそこで、アブラムはエホバの(御)名を呼んだ。」「祭壇の場所へ(行った)」は、神聖な礼拝を意味し、「初めて造った」は、それ(その礼拝)を少年の時に持ったを意味し、「そしてそこで、アブラムはエホバの(御)名を呼んだ」は、その状態における内なる礼拝を意味する。1559.「祭壇の場所へ行った」が、神聖な礼拝を意味 [続きを読む]
  • 15-1820-2原典訳「天界の秘義」創世記Ⅰ
  • 15-1820-2原典訳「天界の秘義」創世記Ⅰ[4] similiter:同様に、似ている、contra:〜に対して、〜に反対して、affectiones:情愛、veri:真理、quae:それらは、そのことらは、faciunt:行なう、造る、conscientiam;:良心、自覚、ut primum:〜すると直ぐに、〜や否や、〜次第、appercipiunt:認める、気付く、aliquid:何か、若干の、conscientiae:良心、自覚、qualecumque:何でも、どんな種類でも、sit,:ある、ex:〜から、 [続きを読む]
  • 無知の自覚
  • 主を除いて凡ての人間の許で、神聖なものは無知の中以外宿ることは出来ず、もし無知でなければ神聖なものはない。最高の知性と知恵の光の中に居る天使達までもまた、神聖なものは無知の中に宿る。というのは、天使達は自分達自身からは何も知らず、何でも主から知ることを知り、また承認するからであり、更に彼らの凡ての知性と知恵の知識(科学)は、主の無限に比べて無の如くあること、そのように無知であることを知り、また承認 [続きを読む]
  • 13-1556〜1557意訳「天界の秘義」創世記Ⅰ
  • 13-1556〜1557意訳「天界の秘義」創世記Ⅰ1556.「かつて、彼の天幕があったその場所に至るまで行った」が、知識(概念)により教えられる前にあった神聖なものを意味することは、「天幕」の意味が信仰の神聖なものであることから知られよう。そのことについては、前の414, 1452番に言われたことから、また今しがた言われたことから知られよう。前の第12章の8節に言われている「また、アブラムは続いてベテルの東から山へ移り、そし [続きを読む]
  • 15-1820-1原典訳「天界の秘義」創世記Ⅰ
  • 15-1820-1原典訳「天界の秘義」創世記Ⅰ1820. 'Ex quo cognoscam quod hereditabo illam': quod significet tentationem contra amorem Domini, qui voluit certus fieri, constare potest ex dubitatione quae in ipsis verbis est; qui in tentatione est, is in dubio est de fine; finis est amor, contra quem pugnant mali spiritus et mali genii, et ponunt sic finem in dubio, et eo magis in dubio, quo magis amat; ni [続きを読む]
  • 知性と知恵の違い
  • 知性のあることに知恵があるのではなく、知性のあることが知恵に導くのである。なぜなら、知性のあることは真理と善が何かを理解することではあるが、真理と善があることではなく、賢明であることが真理と善があることであるからである。人間がそのように賢明であることは生命についてのみ属性付けられる。(天界の秘義1555)人間の意志が自己愛の欲望である時、理解にどれほど信仰の真理があってもそれは知恵ではなく、単なる記憶 [続きを読む]
  • 13-1555意訳「天界の秘義」創世記Ⅰ
  • 13-1555意訳「天界の秘義」創世記Ⅰ1555.「南からまたベテルまで」が、知恵の光の中の知性の光からを意味することは、南の意味が知性の光、即ち同じことであるが、内的に照らされた状態であることから知られよう。そのことは、前の1458番を参照。また「ベテル」の意味が知識(概念)から発した天的な光であることからも知られよう。そのことは、前の1453番を参照。知性の光は信仰の諸真理の知識(概念)と信仰の善によって獲得され [続きを読む]
  • 15-1816〜1819原典訳「天界の秘義」創世記Ⅰ
  • 15-1816〜1819原典訳「天界の秘義」創世記Ⅰ1816. 'Qui eduxi te ex Ur Chaldaeorum': quod significet primum statum Externi Hominis, constare potest ex significatione 'Ur Chaldaeorum'; maternum quod Dominus ex nativitate accepit, seu hereditarium ex matre, est quod hic significatur per 'Ur Chaldaeorum': quale hoc fuit, prius descriptum est: ex materno hoc seu hereditario a matre est, e quo eductus, quo [続きを読む]
  • 13-1552〜1554意訳「天界の秘義」創世記Ⅰ
  • 13-1552〜1554意訳「天界の秘義」創世記Ⅰ1552.「および金」が、真理からの善を意味することは、今しがた示されたことから、更に前の113番に示されたことから知られるように、「金」の意味が天的な善であること、即ち知恵と愛の善であることから知られよう。ここの節の「金」が真理からの善を意味していることは、前の章において主が天的なものに理解の真理を結合されたことから帰結される。1553.三節、「そして、彼はその旅に従っ [続きを読む]
  • 15-1814〜1815原典訳「天界の秘義」創世記Ⅰ
  • 15-1814〜1815原典訳「天界の秘義」創世記Ⅰ1814. Vers. 7. Et dixit ad illum, Ego Jehovah, Qui eduxi te ex Ur Chaldaeorum, ad dandum tibi terram hanc, ad hereditandum illam. 'Dixit ad illum, Ego Jehovah' significat Internum Hominem Domini Qui Jehovah, unde perceptio: 'Qui eduxi te ex Ur Chaldaeorum' significat primum statum Externi Hominis: 'ad dandum tibi terram hanc ad hereditandum illam' significa [続きを読む]
  • 10翻訳の訂正
  • 「天界の秘義」の下記箇所を訂正してください。848. Peractis:完成された、終了された、tentationibus:誘惑、試練、est:ある、quasi:〜のように、〜と同様に、fluctuatio;:波に揺さぶられている状態、動揺、et:また、そして、si:もし〜なら、たとえ〜でも、tentationes:誘惑、試練、spirituales:霊的な、sunt,:ある、est:ある、fluctuatio:波に揺さぶられている状態、動揺、inter:〜の間で、〜の間に、verum:真理、e [続きを読む]
  • 人間の固有性
  • 人間の父から、即ち人間の父の種から産まれる人間は、自分自身から試練の中で戦う時、自己愛と世俗愛を除いて他の愛からは、決して戦うことは出来ない。従って、天的な愛から戦うのではなく、地獄的な愛から戦う。なぜなら、父からの彼の固有性、更に実際に獲得された自分自身の固有性はそのようなものであるからである。それ故に、自分自身から悪魔に対して戦うことを信じる者はとんでもなく欺かれている。同様に、自分の力で自分 [続きを読む]
  • 13-1551-2意訳「天界の秘義」創世記Ⅰ
  • 13-1551-2意訳「天界の秘義」創世記Ⅰ [4]ヨエル書において、「あなた達は私の銀と私の金を取り、また私の望ましい善きものをあなた達の神殿に運び込んだ。」3.5、ここではツロ、シドン、およびペリシテについて記述されており、それらによって知識(概念)が意味され、それらは金と銀であり、それらを彼らは自分達の神殿に運び込んだ。ハガイ書において、「凡ての諸民族の選択が生じるであろう。そして、私はこの家を栄光で満たし [続きを読む]