インターネット新教会 さん プロフィール

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インターネット新教会さん: 悔い改めの礼拝とスヴェーデンボリ神学著作集の原典訳
ハンドル名インターネット新教会 さん
ブログタイトル悔い改めの礼拝とスヴェーデンボリ神学著作集の原典訳
ブログURLhttps://blogs.yahoo.co.jp/sinjerusalem
サイト紹介文スヴェーデンボリ神学著作集から信仰と悔い改めを学び、主への愛と隣人への愛のある礼拝を目指します。
自由文インターネット新教会は誰でもいつでも訪れて主を礼拝することが出来ます。
またこの世の金銭の献金は一切不要ですが、主のものである善と真理は十分の一とは言わず凡てを主に返してください。
自分が語り行ったどんな善い事も自分が行ったと思わず、自分を通して主が為されたことを承認して主を見上げ主に帰してください。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供960回 / 365日(平均18.4回/週) - 参加 2013/08/13 07:17

インターネット新教会 さんのブログ記事

  • 律法は真理である
  • 主は王として神的な真理により、全世界の全体的なものも個別的なものも治められ、また祭司として神的な善により全世界の全体的なものも個別的なものも支配される。神的な真理は主御自身の王国の凡ての秩序そのものであり、その秩序の法則が真理、即ち永遠の規則である。神的な善は秩序の本質そのものであり、その秩序の本質の凡てのものは慈悲である。これらの両方とも主に属性付けられる。(天界の秘義1728)主は真理によって全世 [続きを読む]
  • 12-1460-2意訳「天界の秘義」創世記Ⅰ
  • 12-1460-2意訳「天界の秘義」創世記Ⅰ[3]例えば、エゼキエル書においてもまた、「そして、私はあなた達の上に飢饉を加え、またあなた達にパンの支えを砕くであろう。そして、私はあなた達の上に飢饉と悪い野獣を差し向け、またそれらがあなたのものを奪うであろう。...そしてあなたの上に剣をもたらそう。」5.16,17、ここの「飢饉」は、天的な知識(概念)を奪うこととして、即ち善の知識(概念)を奪うこととして記述されている。 [続きを読む]
  • 14-1728〜1729原典訳「天界の秘義」創世記Ⅰ
  • 14-1728〜1729原典訳「天界の秘義」創世記Ⅰ1728. 'Et ille sacerdos': quod significet sanctum amoris, constat a significatione 'sacerdotis' in Verbo: sunt duo quae praedicantur de Domino, nempe quod sit Rex et quod sit Sacerdos; 'rex seu regium' significat sanctum verum, 'sacerdos seu sacerdotium' significat sanctum bonum; illud est Divinum spirituale, hoc Divinum caeleste. Dominus ut Rex gubernat om [続きを読む]
  • 霊的な飢饉
  • 「その地に飢饉があった」が、少年の時の主の許に依然としてあった知識(概念)の欠乏を意味することは、前に言われたことから知られよう。人間の許の知識は少年期において内的なものからは決して起こらないで、感覚の対象から起こる。特に、聞くことから起こる。というのは、前に言われたように、外なる人間の許に記憶と呼ばれる受け入れる容器があるからである。記憶は知識によって形作られ、誰にでも熟知されているように人間の [続きを読む]
  • 12-1459〜1460-1意訳「天界の秘義」創世記Ⅰ
  • 12-1459〜1460-1意訳「天界の秘義」創世記Ⅰ1459.十節、「また、その地に飢饉があって、そしてアブラムは、エジプトに滞在するためにエジプトに下った。なぜなら、その地に飢饉が激しかったからである。」「その地に飢饉があった」は、少年の時の主の許に依然としてあった知識(概念)の欠乏を意味し、「そしてアブラムは、そこ(エジプト)に滞在するためにエジプトに下った」は、聖言からの知識(概念)の中での教育を意味し、「 [続きを読む]
  • 14-1726〜1727原典訳「天界の秘義」創世記Ⅰ
  • 14-1726〜1727原典訳「天界の秘義」創世記Ⅰ1726. 'Rex Shalem': quod significet statum pacis quoad interiora seu rationalia, constat a significatione 'Shalem'; Shalem in lingua originali significat 'pacem,' ut et 'perfectionem,' ita statum pacis et statum perfectionis: status pacis est status regni Domini; in illo statu sunt caelestia et spiritualia Domini, sicut in sua aurora et suo vere, nam se hab [続きを読む]
  • 9翻訳の訂正
  • 「天界の秘義」の下記箇所を訂正してください。977.ここの章では、再生された人間について述べられるので、再生された人間は再生されていない人間に比べてどのようなものであるか少し述べておかなければならない。このことから、再生された人間がどのようなものか、また再生されていな人間がどのようなものか知られることが出来よう。再生された人間の許に、善と真理の良心があり、良心から善を行い、また良心から真理を考える。彼 [続きを読む]
  • 12-1458-2意訳「天界の秘義」創世記Ⅰ
  • 12-1458-2意訳「天界の秘義」創世記Ⅰ[3]エゼキエル書において、「神は私を神の幻の中でイスラエルの地に連れて来て、そして非常に高い山の上に私を置いた。またその山の上の南において大きな町の建物のようなものがあった。」40.2、ここでは新しいエルサレム、即ち主の王国について記述されている。なぜなら、「南において」は知恵の光と知性の光の中にあるからである。ダビデの書において、「エホバはあなたの正義を光の如く現し [続きを読む]
  • 14-1724〜1725原典訳「天界の秘義」創世記Ⅰ
  • 14-1724〜1725原典訳「天界の秘義」創世記Ⅰ1724. Vers. 18. Et Malkizedech, rex Shalem, eduxit panem et vinum, et ille sacerdos Deo Altissimo. 'Malkizedech' significat caelestia interioris hominis apud Dominum: 'rex Shalem' significat statum pacis quoad interiora seu rationalia: 'eduxit panem' significat caelestia et recreationem inde: 'et vinum' significat spiritualia et recreationem inde: 'et ille [続きを読む]
  • 12-1458-1意訳「天界の秘義」創世記Ⅰ
  • 12-1458-1意訳「天界の秘義」創世記Ⅰ1458.「南に向かって」が、善と真理の中へを意味すること、従って、内的なものに関して明快な状態の中へを意味することは、「南」の意味から知られよう。南が明快な状態を意味することは、他生において方位は時間と同様に何も存在せず、方位と時間によって状態が意味されることから起こる。理解の状態は時間の日と年の状態の如くそれを有す。更に方位もまたそれを有す。日の状態は夕、夜、朝、 [続きを読む]
  • 14-1720〜1723原典訳「天界の秘義」創世記Ⅰ
  • 14-1720〜1723原典訳「天界の秘義」創世記Ⅰ1720. Vers. 17. Et exivit rex Sodomae obviam illi, postquam reversus est ille a percutiendo Kedorlaomerum, et reges qui cum illo, ad vallem Shaveh, haec vallis regis. 'Exivit rex Sodomae obviam illi' significat malum et falsum quod se submiserit: 'postquam reversus est ille a percutiendo Kedorlaomerum et reges qui cum illo' significat liberationem et vindic [続きを読む]
  • 天的なものの中に居ることと天的な知識の中に居ることは異なったことである
  • 天的なものの中に居ることと天的な知識の中に居ることは異なったことである「ベテルが海側に、またアイが東側にあった」が、依然として不明瞭な主御自身の状態を意味すること、即ち、天的なものと霊的なものの知識(概念)に関して不明瞭な状態にあったことを意味する。というのは、天的なものの中に居ることと天的な知識の中に居ることは異なったことであるからである。幼児達と少年達は両親への愛と相互の愛の中に居るので、更に [続きを読む]
  • 12-1456〜1457意訳「天界の秘義」創世記Ⅰ
  • 12-1456〜1457意訳「天界の秘義」創世記Ⅰ1456.九節、「また、アブラムは南に向かって行かなければならず、また旅立たなければならず旅立った。」「アブラムは南に向かって行かなければならず、また旅立たなければならず旅立った」は、もっと先に進行することを意味し、「南に向かって」は、善と真理の中へを意味する。従って、内的なものに関して明快な状態の中へ進むことを意味する。1457.「また、アブラムは行かなければならず [続きを読む]
  • 14-1718〜1719原典訳「天界の秘義」創世記Ⅰ
  • 14-1718〜1719原典訳「天界の秘義」創世記Ⅰ1718. 'Et etiam Lotum fratrem suum et acquisitionem ejus reduxit': quod significet externum hominem et omnia quae illius, constat a significatione 'Loti' quod sit externus homo, de qua aliquoties: quid externus homo, vix hodie noscitur, putatur enim quod illa qua corporis sunt, solum constituant externum hominem, sicut ejus sensualia, nempe tactus, gustus, [続きを読む]
  • 創世記と出埃及記の解説書「天界の秘義」出版のご案内
  • このブログで翻訳中の「天界の秘義」の第一巻(創世記第一章〜第七章)がイーハトーヴ書店(http://scr.website-j.net/sites/ihv/)で発売中です。訳者まえがきより「本書は聖書の創世記と出埃及記の解説書であり、その解説の中に字義とは全く異なった聖言の内意が明らかにされています。聖書の聖言は内意を含んでおり、その内意が天界の秘義として本書で明らかにされています。この聖言の内意は原語や字義の分析をするような自然 [続きを読む]
  • 真実の試練
  • 外なる人間が試練の戦いなしに内なる人間と一致した者に戻され救われることが出来ることを信じる者は欺かれている。というのは、試練は悪と間違った原理を滅ぼすことの手段であり、更に諸々の善と諸々の真理を導き入れることの手段であり、また外なる人間の凡てのものを、内的な人間、即ち理性的な人間に役立つために服従の中へ戻すことの手段であり、またそれによって内なる人間を通して、即ち内なる人間を通して働いておられる主 [続きを読む]
  • 12-1453-2〜1455意訳「天界の秘義」創世記Ⅰ
  • 12-1453-2〜1455意訳「天界の秘義」創世記Ⅰ[3]エホバの箱がベテルにあって、またそこにイスラエルの子孫達が来て、エホバに尋ねたことも同様なことを意味する。士師記、20.18,26,27、サムエルⅠ、7.16,10.3、更にサマリアから連れてきた祭司達からの一人がベテルに定住して、彼らがエホバをどのように恐れるかを教えた。列王記Ⅱ、17.27,28、アモス(書)において、「アマジヤ(ユダの王ヨアシの子)はアモスに言った。神を見てい [続きを読む]
  • 14-1716〜1717原典訳「天界の秘義」創世記Ⅰ
  • 14-1716〜1717原典訳「天界の秘義」創世記Ⅰ1716. Vers. 16. Et reduxit omnem acquisitionem; et etiam Lotum fratrem suum, et acquisitionem ejus, reduxit, et etiam mulieres et populum. 'Reduxit omnem acquisitionem' significat quod Interior Homo redegit omnia quae in Externo Homine in statum convenientem 'et etiam Lotum fratrem suum, et acquisitionem ejus reduxit' significat Externum Hominem et omnia qu [続きを読む]
  • 主の力と人間の力の関係
  • 自分の力で善を行なうことと悪に抵抗すること、またそのように自分が救いに値されることを、もし確信するなら、その時、この結合された悪と間違った信念を生じ、そして善が悪であるように、また真理が間違った原理であるように為す。しかしそれでもなお、人間は言わば自分自身から善を行なわなければならないような秩序があり、またそれ故、もし私から善を何も行なうことが出来ないなら、私は神からの直接の善の流入を余儀なくされ [続きを読む]
  • 12-1453-1意訳「天界の秘義」創世記Ⅰ
  • 12-1453-1意訳「天界の秘義」創世記Ⅰ1453.「ベテルが海側に、またアイが東側にあった」が、依然として不明瞭な主御自身の状態を意味すること、即ち、天的なものと霊的なものの知識(概念)に関して不明瞭な状態にあったことを意味する。というのは、天的なものの中に居ることと天的な知識の中に居ることは異なったことであるからである。幼児達と少年達は両親への愛と相互の愛の中に居るので、更に無垢の中に居るので、大人達より [続きを読む]
  • 14-1713〜1715原典訳「天界の秘義」創世記Ⅰ
  • 14-1713〜1715原典訳「天界の秘義」創世記Ⅰ1713. 'Ille et servi illius': quod significet Rationalem Hominem et quae in Externo oboediverunt, constat a significatione 'illius,' hoc est, Abrami quod sit Interior Homo, de qua supra, et a significatione 'servorum' quod sint quae oboediunt. Omnia quae in externo homine, antequam hic liberatus est et vindicatus, dicuntur 'servi,' nam non aliter ac oboediu [続きを読む]
  • 外観上の善と真理にある闇
  • 「アブラムは夜に彼らの近くで自分達を分けた」が、外観上の善と真理にある闇を意味することは、「夜」の意味が闇の状態であることから知られよう。闇の状態は善と真理が現われているかどうか知られない時、或は本来の善と真理であるかどうか知られない時に言われる。誰でも外観上の善と真理の中に居る時、それが本来の善と真理であることを信じる。その悪と間違った原理が善と真理であると見えることが暗くすることであり、また闇 [続きを読む]
  • 12-1451〜1452意訳「天界の秘義」創世記Ⅰ
  • 12-1451〜1452意訳「天界の秘義」創世記Ⅰ1451.「ベテルの東から山へ移されること」が、愛の天的なものへの進行を意味することは、「山」の意味が前の795, 796番に示されたように、天的なものであることから知られることが出来よう。また「東」の意味もまた、前の101番に示されたように、愛に関してエホバ御自身で在られることから知られよう。エホバは「東そのものであり」、更に「ベテル」の意味が天的な知識(概念)であること [続きを読む]
  • 14-1711〜1712原典訳「天界の秘義」創世記Ⅰ
  • 14-1711〜1712原典訳「天界の秘義」創世記Ⅰ1711. Vers. 15. Et distribuit se super eos noctu, ille et servi illius, et percussit eos, et persecutus est eos usque ad Hobam, quae a sinistra Damasco. 'Distribuit se super eos noctu' significat umbram in qua fuerunt bona et vera apparentia: 'ille et servi illius' significat Rationalem Hominem et quae in Externo oboediverunt: 'et percussit eos' significat [続きを読む]
  • 12-1449〜1450意訳「天界の秘義」創世記Ⅰ
  • 12-1449〜1450意訳「天界の秘義」創世記Ⅰ1449.八節、「また、彼は続いてベテルの東から山へ移り、そして、天幕を張った。ベテルが海側に、またアイが東側にあった。そして、彼はそこでエホバの祭壇を作り直し、またエホバの御名を呼んだ。」「彼は続いてベテルの東から山へ移った」は、少年の時の主の第四の状態を意味する。即ち愛の天的なものへの進行を意味する。それが「ベテルの東から山へ移されること」である。「そして、天 [続きを読む]