井之亀 さん プロフィール

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井之亀さん: 竹取物語の謎を「うら」読みで解く
ハンドル名井之亀 さん
ブログタイトル竹取物語の謎を「うら」読みで解く
ブログURLhttp://ameblo.jp/taketori-no-nazo/
サイト紹介文竹取物語の謎。なぜ、かぐや姫という名前か?竹から生まれて月に帰るとは?5人の貴公子の宝物の意味は?
自由文竹取物語の独自研究を、雑誌に発表させて頂きました。ブログでも少しずつ公開しています。竹取物語は、アマテラスなど記紀神話に関係がありそうです。日本神話に関係するという先学のお説はありますが、記紀神話に直接関係するとの説は管見の及ぶ限りありません。解読方法を「うら」読みと呼んでいます。古典には「うら」が、読者と筆者の共有知識を使って隠されていることがあるようです。皆様のご意見を賜われれば幸いです。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供49回 / 365日(平均0.9回/週) - 参加 2013/08/13 22:19

井之亀 さんのブログ記事

  • かぐや姫の嘆きから連想される漢詩 2
  • かぐや姫が月を見て嘆いた7月15日→お盆→供物の瓜→瓜時・瓜州という連想で、瓜州(敦煌)の陽関が出てくる王維の漢詩「元二の安西に使いするを送る」を取り上げています。 陽関と玉門関は、前漢の武帝が設置した西域への関所です。 武帝の西域政策といえば、シルクロードを開いたといわれる張騫(ちょうけん)が思い出されます。彼は、漢を脅かす匈奴に対抗する同盟を結ぶため、武帝が送った使者ですが、その派 [続きを読む]
  • かぐや姫の嘆きから連想される漢詩 1
  • かぐや姫が月を見て嘆いた7月15日。この日がお盆だったことから、供物の瓜が連想されました。また、中国では、地方官の赴任の時を瓜時といい、瓜州は陽関・玉門関のある西域への分岐点にあたる土地でした。 陽関や玉門関は、日本でも古来、漢詩で親しまれてきた地名です。 陽関と聞けば、思い出される漢詩とは。 …元二の安西に使いするを送る               王維 渭城(いじょう)の朝雨 軽 [続きを読む]
  • 月を見て嘆くかぐや姫 9
  • かぐや姫が月を見て嘆いた陰暦7月は、漢語で「瓜時」といって、地方官の赴任の時という意味がありました。 地方では、ウリという字で表される「瓜州(カシュウ)」という地名があります。瓜州って、どこ? という感じですが、今の敦煌(トンコウ)と聞けばご存じの方も多いでしょう。中国からシルクロードで西域に出ていく、その分岐点となる土地です。 現代は巨大な洞窟と仏像の莫高窟が有名ですが、西域への関所とな [続きを読む]
  • 月を見て嘆くかぐや姫 8
  • お盆の供物として思い出される 瓜 * 。かぐや姫が月を見て嘆いた7月15日がお盆であることから、ウリを取り上げましたが、そもそも陰暦7月のことを、漢語では「瓜時」というそうです。『漢辞海』には、次のようにみえます。…瓜時(カジ)①ウリの熟する時期。②陰暦七月。③「及瓜(キュウカ)」ともいう。任期満了による交代。  注:春秋時代、斉候は地方官をウリの熟するころに赴任させ、翌年のウリの熟するころに交代さ [続きを読む]
  • 月を見て嘆くかぐや姫 7
  • かぐや姫が月を見て嘆いた旧暦7月15日といえば、お盆の供物としての 瓜 * が思い出されます。 瓜については日本語でも、よく似ていること、特に親・兄弟の容貌がそっくりなことを「瓜二つ」といいます。 『漢辞海』によると、漢語には「瓜葛(カカツ)」という言葉があり、…ウリとクズ。ともにつる草であることから、親類・縁故の親しい関係のたとえ。…だそうです。 また「瓜瓞(カテツ)」という言葉 [続きを読む]
  • 月を見て嘆くかぐや姫 6
  • かぐや姫が月を見て嘆いた七月十五日は、お盆。盂蘭盆は、釈迦の筆頭弟子である目蓮が、亡き親の苦しみを見て嘆いた故事に由来します。 また目蓮には、竹林に通じるところがありました。竹林* については、「弟媛」で紹介したように、「皇族」という意味があります。 そして、宮中では、天皇が盂蘭盆の拝礼を行なって祖霊の供養を行なう習慣になっていました。かぐや姫も天皇を思わせる振る舞いをしています。 …画 [続きを読む]
  • 月を見て嘆くかぐや姫 5
  • かぐや姫が月を見て嘆いた七月十五日は盂蘭盆。ご存じのとおり、この行事は、そもそもが祖霊感謝祭です。そのいわれが、盂蘭盆経というお経に描かれているそうです。 …釈迦の十大弟子の一人、目蓮は、亡き母が餓鬼道のなかで倒懸(さかさまにかかる)の苦しみにあっているのをみました。目蓮は泣いて、この苦を救うことを仏に乞いました。仏はいいます。「七月十五日、七世の父母、厄難中の者のために飯と五果等を供えて供養 [続きを読む]
  • 月を見て嘆くかぐや姫 4
  • 引き続き、盂蘭盆の行事とかぐや姫の関連について、です。 かぐや姫は七月十五日に「いでゐて」いました。内から出て座っていることです。 当時の姫君は部屋の奥深く、御簾の中にいるもので、外に出てくることは稀でした。かぐや姫もそうであって、成人したあとで多くの男たちが垣間見をしようとしたときにも、帝のお使いが顔を見ようとしたときも、決して姿を見せませんでした。 部屋の外に出てきているとは、激変 [続きを読む]
  • 月を見て嘆くかぐや姫 3
  • かぐや姫が月を見ていっそう物思いにふけっている様子だったのは、七月十五日でした。この日付がわざわざ書かれているのも、少々気になるところです。 七月十五日は、平安時代でも盂蘭盆の行事が行われていました。宮中での行事について、『平安朝の年中行事』の内容を要約すると、次のようになります。 …十四日朝、米やウリ・ナスなどの供物が用意される。 御前に運びおき、お盆のものは長櫃の上にすえられる。紙 [続きを読む]
  • 月を見て嘆くかぐや姫 2
  • 七月十五日の月に、かぐや姫はひどく物思いにふけっている様子です。 さて七月十五日ですが、旧暦なので満月です。そして、この日は…、お盆ですね。 「平安時代にもお盆はあったのか」というと、ありました。盂蘭盆(うらぼん)として、宮中の行事になっていたのだそうです。 …画像:かわいいフリー素材いらすとや 様よりフリーのイラストをお借りしました… 『平安朝の年中行事』によると、盂 [続きを読む]
  • 月を見て嘆くかぐや姫 1
  • 帝の結婚申し込みを断ってから三年ばかりして、かぐや姫は月を見て物思いをするようになりました。このとき「月の顔見るは忌むこと」と言われたことを巡って、このブログでは長いこと考察をしてきました。 「うら」読み* をすると、ヤマトタケルの妃ミヤズヒメや、日本書紀の景行天皇と弟媛の話につなげるための表現ではないか、と考えられました。おそらく、平安時代に一般的な意味で、月を見るのをタブー視する考えが 表立 [続きを読む]
  • かぐや姫が竹から生まれた理由
  • 日本書紀の「景行天皇と弟媛の話」は、検討の結果、竹取物語の下敷きの一つだと考えられました。弟媛は、天皇の求婚を拒否して竹林に逃げ込みます。 ここで、かぐや姫は竹から生まれたとする設定が思い出されます。 …画像:PAKUTASOぱくたそ/フリー写真素材「見上げる緑の竹林」すしぱく 様よりお借りしました… 漢籍の故事によると、「竹林」には「皇族」という意味が含まれます。弟媛の話では、他にも「 [続きを読む]
  • 弟媛はかぐや姫のモデルの一人 2
  • 景行天皇の求婚を拒むために弟媛が逃げ込んだのは、竹の林でした。 『漢辞海』には次のことがみえます。…竹園①たけやぶ。たかむら。竹を植えた庭園。②天子の子孫。皇族。 注:前漢の文帝の第二皇子である梁の孝王が庭園(兎園)を造り、たくさんの竹を植えたことから。… すなわち、漢籍では「竹がたくさん植わっているところ」とは、「皇族」を意味する場合があるわけです。 そして、弟媛の話は、「鯉」→「竜 [続きを読む]
  • 弟媛はかぐや姫のモデルの一人 1
  • 気がつけば、ずいぶん長いこと弟媛の話を考察していましたが、「天皇の求婚を拒否した姫のところに、天皇自らがやってきた、それでも妃にならなかった」という筋は、竹取物語とそっくりです。しかも、弟媛が身を隠したのは竹林でした。 弟媛がかぐや姫のモデルの一人であることは、間違いのないところでしょう。 その弟媛は、鯉→竜の子から、帝王の血筋と繋がりがありました。すると、竹の林に、ある意味が出てくるので [続きを読む]
  • 景行天皇と弟媛 11
  • 竹取物語の下敷きになった話として、景行天皇と弟媛を考察しています。 結婚を拒否する弟媛を鯉によっておびき出したくだりは、「帝王の子の手紙が遣わされた、そして弟媛は出てきたところを捕えられた」と「うら」読みすることができました。 ここの「帝王の子」は、天皇とは別人です。なぜなら、弟媛は天皇の誘いは拒否していて、「帝王の子」の手紙になら反応するのですから。 すると弟媛は、天皇のいうことは聞 [続きを読む]
  • 景行天皇と弟媛 10
  • 景行天皇は、結婚を拒む弟媛をおびき出そうと、「くくりの宮」で鯉を池に浮かべて遊んだ、という話。わざわざ「鯉」を持ち出してくる理由を「うら」読みしています。 一つ目に、「鯉」とは「竜の子」を表しているので、帝王の子を指していると思わました。二つ目に、「鯉」には「手紙」の意味がありました。 「うら」読みでは、竹取物語に 掛詞 * が多用されていることに注目してきました。掛詞は、一つの言葉に複数の意 [続きを読む]
  • 景行天皇と弟媛 9
  • 鯉は中国の神仙の話によると「竜の子」。竜は帝王の象徴ですから、「帝王の血筋」を指している可能性がありました。 さらに、鯉は別な意味も持っています。『漢辞海』には次のように記されています。 …鯉①コイ科の淡水魚。口に短いひげが二対ある。②書信。手紙。たより。コイの腹中から絹布に書かれた手紙が出てきたという故事から。…  鯉とは、手紙を指すというのです。そうだとすれば…。 ? ● お読 [続きを読む]
  • 景行天皇と弟媛 8
  • 景行天皇が鯉を持ち出してくるからには、ひげを持つだけのただの魚とは思えません。鯉は「竜の子」の意味でしょう。 そして、天皇と竜がセットになれば…。そう、竜は帝王の象徴ですね。つまり、竜の子とは、天皇の血筋の子を指している可能性があります。 こうなると一気に、弟媛の求婚話には「うら」が隠されている気がしてきます。しかも、鯉には別な意味もありまして…。? ● お読みいただき、ありがとうござ [続きを読む]
  • 景行天皇と弟媛 7
  • 赤い鯉が竜の子という琴高の話をしました。そこには「潜」「浮遊」の字がみえ、景行天皇と弟媛の用語「くくり」「浮かべて遊ぶ」が対応していたと考えられます。弟媛が鯉を見に来たのも、琴高の故事をなぞっています。 鯉に乗って昇天した子英の話でも、ひげのある鯉に角や翼が生えたと記されていて、竜の子が暗示されていました。 登竜門は、「竜門という急流を登り切った魚は竜になる」伝説からきている言葉ですが、こ [続きを読む]
  • 景行天皇と弟媛 6
  • 景行天皇は弟媛を得るために「くくりの宮で鯉を池に浮かべて遊んだ」のでした。これは、「赤い鯉」に乗って昇天した仙人、子英の話を連想させました。 そして、「赤い鯉」にはこんな話もあります。…琴高(きんこう)という人は、よく琴を弾き、術を実践して、地方を二百年ほど浮遊(目的地なしに歩き回ること)していた。 のち、川に潜って竜の子を取ってくると、弟子たちと約束した。当日、弟子たちは、いわれたとおり [続きを読む]
  • 景行天皇と弟媛 5
  • 前回は、鯉に乗って昇天した子英という仙人の話をご紹介しました。これは、景行天皇と弟媛の話に「本話取 *」されていると思います。 弟媛を得るために、天皇は「くくりの宮で鯉を池に浮かべて」いました。 「くくり」には「泳」の字があてられていますが、「潜り(くぐり)」に通じます。潜りは、奈良・平安時代は「くくり」と読んだそうです。 子英は「潜」が得意で、赤い鯉を捕まえ、それを池で飼ったので [続きを読む]
  • 景行天皇と弟媛 4
  • 景行天皇と弟媛の話で気になったのは、「くくりの宮で鯉を池に浮かべて遊ぶ」くだりでした。なぜ、わざわざこういう状況をいう必要があるのか、と気にするのが「うら」読みです。 最も印象的な言葉が「鯉」です。鯉といえば、中国では仙人が鯉に乗る話があるそうです。 …子英という人は水に潜って魚を捕らえるのが得意だった。赤い鯉を捕まえてから、色がみごとなのが気に入り、持ち帰って池で飼った。 鯉は一年も [続きを読む]
  • 景行天皇と弟媛 3
  • 天皇に召されても結婚を嫌がる弟媛。続きをどうぞ。 …弟媛は、天皇にお願いします。「私は、性分として交接の道を望んでおりません。今は天皇のご命令が畏れ多さに勝てず、しばらく帷の中にめされました。 ですが、意は不快ですし、姿も穢く、永く後宮にお仕えするにたえません。 ただ、私に姉がおり、名を八坂入媛と申します。容姿美麗で、志もまた貞潔です。後宮にお召しくださいませ」  天皇はお許しにな [続きを読む]
  • 景行天皇と弟媛 2
  • かぐや姫を連想させる弟媛の話、続きをどうぞ。 …(景行天皇の輿が来ると聞いて竹林に身を隠した弟媛。天皇は図って) 泳宮(くくりのみや)にいらっしゃり、鯉を池に浮かべて朝夕にご覧になってお遊びになりました。 ときに弟媛、その鯉の遊ぶのを見たいと思って、ひそかに来て池を見ました。 天皇はすぐ引き留めてお召しになりました。ここに弟媛は考えます。「夫婦になる道は古今の則だが、私には不便なことだ [続きを読む]
  • 景行天皇と弟媛 1
  • かぐや姫とヤマトタケルの妃ミヤズヒメの共通点を論じてきましたが、ヤマトタケルの話が載っている景行天皇紀に、もう一つ、かぐや姫を連想させる話があります。というより、ミヤズヒメのようにいろいろ考えないと繋がっているとは気づかない話ではなくて、明らかにかぐや姫と似ている話があるのです。では、ご紹介してまいりましょう。 …景行天皇(ヤマトタケルの父)が、美濃(岐阜県)にお出でになったときに、奏上があり [続きを読む]