しずか さん プロフィール

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しずかさん: 大河ドラマに恋して
ハンドル名しずか さん
ブログタイトル大河ドラマに恋して
ブログURLhttp://shizuka0329.blog98.fc2.com/
サイト紹介文大河ドラマの舞台を旅しています。今年は「おんな城主直虎」の舞台をメインに、歴旅も楽しんでいきます。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供368回 / 365日(平均7.1回/週) - 参加 2013/09/04 01:29

しずか さんのブログ記事

  • 興津と塩の道
  • 興津という地名は、興津の宗像神社祭神の興津島姫命(おきつしまひめのみこと)がこの地に住居を定めたことからとの説、また平安末期から興津氏が居住していたのでその名を地名にしたとの説もあります。昨年の夏、興津〜静岡をまわってきました。興津宿には本陣が2軒ありました。興津宿東本陣跡東本陣は、教敬山耀海寺を開いた市川法清を祖にもつ市川家が務めました。興津宿西本陣跡西本陣は手塚家が務めました。寛永12年(1635年) [続きを読む]
  • 香勝寺(ききょう寺)(3)
  • 香勝寺のききょう園をさらに進んでいきます。ききょう園といっても、紫陽花やユリまで植えられています。カップルでのお参りが多いようです。小高い丘まで登ってきたので、見晴らしが良いです。至福の鐘自由につくことが出来ます。にほんブログ村 歴史ブログランキングに参加しています。応援よろしくお願いします!にほんブログ村歴女日記ブログランキングに参加しています。ご協力お願いしますm(__)m歴女日記 ブログランキングへ [続きを読む]
  • 香勝寺(ききょう寺)(2)
  • 香勝寺は、別名「ききょう寺」とも呼ばれています。境内にある観音様のお告げから植えられたという「ききょう」は約4万株で、 見頃は、6月中旬から7月中旬そして9月上旬から中旬の年2回。 あいにく今年は桔梗も開花が遅れているそうで、私が訪ねた日はまだ開花したばかりの状態でしたが、桔梗の他にも紫陽花や花菖蒲も咲いていました。にほんブログ村 歴史ブログランキングに参加しています。応援よろしくお願いします!にほんブロ [続きを読む]
  • 香勝寺(ききょう寺)(1)
  • 香勝寺は、1545年(天文14年)、森町一宮字真田にある真田城の城主で、一宮庄代官・武藤形部が崇信寺(森町飯田)の8世・宣翁全忠を招いて開山したと伝えられています。本堂白龍頭観音堂札所本尊白龍頭観世音菩薩は、大正時代の中頃、草ヶ谷の観音坂をある行者が通りかかった時に、「この土中には観音さまが埋まっておられるので、すみやかに掘り出して供養なされるがよい」と申された。その地主は病に伏していたが、掘り出して供 [続きを読む]
  • 森町の極楽寺(あじさい寺)(2)
  • 赤い橋を渡って、極楽寺の本堂へ。本堂子安延命堂この御堂の天井は絵馬天井となっており、堂内には12年に1度、申歳の6月の一ヶ月間だけ御開帳される子安延命地蔵尊(聖徳太子作)、遠州七福神寿老尊天、遠州ぽっくり様などの仏像がまつられています。二俣城主・近江守昌長のゆかりの寺でもあり、 町の文化財「石ずりの戸」が残されており、 3枚の戸板に松が墨で描かれています。(堂内は撮影禁止)これは、徳川家康の嫡男・松平(徳 [続きを読む]
  • 森町の極楽寺(あじさい寺)(1)
  • 森町の極楽寺は、養老年間(712年ごろ)行基によって開創、ご本尊の阿弥陀如来は行基自らの作と伝えられています。また、行基が「極楽へゆく人の乗る紫の雲の色なるあじさいの花」と詠んだことにちなんで境内にあじさいが植えられ、東の鎌倉院、西の奈良寺と並び称されます。拝観券がわりに、この絵馬が渡されます。これはいいアイデアですね!(絵馬の下はこちらで買ったあじさいのハンカチです)平安時代には、天台宗の高僧・恵 [続きを読む]
  • 大洞院(2)
  • 森の石松の墓から赤い橋を渡って大洞院の境内へ。この石橋の辺りの青紅葉が美しい!6月というのに、まだつつじが残っていました。お掃除小僧さん?大洞院の開創は後小松天皇の応永18年(1411)時の高僧永平八世の嫡孫、恕仲天ぎん禅師は観音菩薩の教示により、はじめてこの地に錫を留めると、時の将軍足利義持公は禅師の高徳を慕い帰依して自らその荘園とその境内の地とを寄進し、禅師のために一大梵刹を創建し、これを橘谷山大洞 [続きを読む]
  • 大洞院(1)森の石松の墓
  • 森町の大洞院には、駐車場から大洞院へ向かう途中に「森の石松の墓」があります。はじめに昭和10年に墓が建てられましたが、石松の墓の石を持っていると「商売繁盛する」とか「勝負運が強くなる」という噂が広まり、昭和30年頃から墓石が削られ、変形してしまいました。変形してしまった墓石は、現在檻のような中に入れられています。昭和52年に2代目の墓石が建てられましたが、昭和54年には墓石ごと盗まれ、現在の墓石は3代目の墓 [続きを読む]
  • 森町歴史民俗資料館
  • 1885年に周智郡役所として建てられた建物が、現在地に移築され、農耕具や昔の生活用品、古文書などを展示する森町歴史民俗資料館として1979年に開館しました。牛車大八車山の仕事に使う道具行燈氷かき機これにはビックリ!こんな氷かき機があったのですね。武田軍と徳川軍との戦いで戦った武士が身につけていたかもしれないという兜と鎧森町出身で、氷砂糖の製造方法を発見した鈴木藤三郎氏関係の資料も展示されています。鈴木藤三 [続きを読む]
  • 蓮華寺
  • 静岡県周智郡森町の蓮華寺は、慶雲元年(704年)文武天皇の勅願により行基が開創したと伝えられる学問の寺です。円仁・慈覚大師が天長8年(831年)に一山三十六坊を建立、七堂伽藍の整備を行い観音堂を建立。これに伴い天台宗に改宗。法然上人が、阿闍梨上人を訪ねた際、この辺り一面に咲いた萩の花を見て、これはまさに萩の寺だと言ったことから「萩の寺」とも呼ばれています。戦国時代に武田の兵火により永禄年間に焼失。元亀2年 [続きを読む]
  • 小國神社(3)家康の立上がり石
  • 家康公の立ちあがり石徳川家康が、三方原合戦の前年、元亀三年九月願文と三条小鍛冶宗近の太刀を当社に奉りて開運を祈願し、大正2年4月、犬居城攻略の際に参拝し、この石に腰かけて休息されたとされているそうです。小國神社には、いくつかのパワースポットがあるのです。金運・良縁のパワースポット金銀石この石を撫で、願をこめながら松の幹を撫でれば、金運、良縁に恵まれるという言い伝えがあるそうです。願掛け松にほんブログ [続きを読む]
  • 小國神社(2)御神木〜拝殿
  • 小國神社の参道を進んでいきます。ここに、慶長年間の御神木の大杉の根株が祀られています。御神木このお賽銭の入れ方凄いですね!にほんブログ村 歴史ブログランキングに参加しています。応援よろしくお願いします!にほんブログ村歴女日記ブログランキングに参加しています。ご協力お願いしますm(__)m歴女日記 ブログランキングへ [続きを読む]
  • 小國神社(1)
  • 小國神社(おくにじんじゃ)は、静岡県周智郡森町に鎮座する神社で、大己貴命 を祭神としています。欽明天皇の16年(555)2月18日、現在地より6kmほど離れた本宮山に神霊が示現したので、勅命によりそこに社殿が造営されたとされています。皇族や武将の信仰が篤く、遠江国一宮として崇敬を受けました。境内には、今も勅使参道が往時のまま残っており、その両側には、樹齢数百年といわれるスギの大樹がそびえ立っています。神社でこ [続きを読む]
  • 金指近藤陣屋と普済寺の総門
  • 徳川家康遠江侵攻の功績により、引佐郡下を領地とした近藤氏は、元和元年(1615)旗本・近藤貞用(登之助)が金指に陣屋を建て、三河、伊那を結ぶ三信街道 (現国道 257号線) と東海道の脇往還の姫街道の交点にあたる要所として番所を設けました。貞用は、書院番,百人組頭を務め、明暦3年(1657)の大火で活躍。新田開発、放牧、製紙の振興などで金指の発展にも尽くしました。浜松市中区広沢の普済寺の総門は、気賀近藤氏の金指陣屋門を [続きを読む]
  • 宝林寺(2)金鳴石
  • 方丈正徳6年(1716年)に歴代住職の起居堂として建てらたもので、現在では中央仏間に独湛禅師の等身大の木像が祀られています。正面の「方丈」の扁額は独湛禅師の書です。 石仏五如来金鳴石独湛禅師が中国から持ってきたと伝えられる石。 叩くと澄んだ音がなることから「金鳴石」とよばれ、商売繁盛の石「お金の成る石」「宝くじが当たる石」といわれています。 まず、龍文さまに願い事をして金鳴石を叩くとその願い事が叶うといいま [続きを読む]
  • 初山宝林寺(1)
  • 初山宝林寺は、黄檗宗開祖隠元禅師と共に来朝した明国の僧独湛禅師が、旗本金指近藤家2代目近藤貞用(登之助)の尊崇をえて、1664年(寛文4年)に近藤家の菩提寺として開創された黄檗宗の寺院です。創建当時は、寺領100石を有し、黄檗禅の専門道場として栄え七堂伽藍も整い、5万坪を超える敷地に20棟余りの諸堂が建ち並んでいたそうです。明治になり、近藤家の庇護を失った当山は、廃仏毀釈により、数多くのお堂が倒壊しましたが、仏 [続きを読む]
  • 静岡の清水寺
  • 清水寺といえば、京都が浮かぶと思いますが、静岡市葵区音羽町にも清水寺があります。永禄2年、今川氏輝の遺命により家臣の朝比奈丹波守元長が創建。京都の清水寺に風景が似ていたところから、この名が付けられました。境内には慶長7年に徳川家康が建立した観音堂をはじめ、薬師堂、金毘羅神社、熊野神社などがあります。本堂、木造の鐘楼、庫裏は国の登録有形文化財に指定されています。今川氏と清水寺駿河の守護大名・今川氏輝は [続きを読む]
  • 宝台院 家康の側室・西郷局の墓
  • JR静岡駅北口から国道1号線沿いに徒歩10分、葵区常磐町二丁目に宝台院という浄土宗のお寺があります。山号は金米山。寺号は龍泉寺。宝台院は、1509年(永正6年)祐崇によって開かれた寺で、徳川家康の側室で、二代将軍・徳川秀忠の生母西郷局の菩提寺です。西郷の局は、天正14年(1586)家康とともに駿府城に入りましたが、天正17年(1589)38歳で亡くなり、龍泉寺(宝台院)に葬られました。寛永5年(1628)、秀忠は母の菩提を弔 [続きを読む]
  • 井伊谷に伝わる「風呂下井の伝説」と「首切り田」
  • ちょっとマニアックな場所に行って来ました。龍潭寺から南西に約1キロの風呂下井井伊谷の昔の処刑場の跡だそうです。竹藪の中に風呂下井戸(湧水井)があり、いい伝えによると、処刑された者を葬り建てた「ごりんさま」であり、処刑の血刀を洗ったとも伝えられているそうです。ここには、風呂下井の伝説というのが伝わっているそうです。案内板周辺を見ただけで、竹藪の中までは入りませんでした(..;)そして、龍潭寺の東に流れる井 [続きを読む]
  • 心造寺
  • 浜松の心造寺は、徳川家康が、1580(天正8)年7月に徳川秀忠の産土神(うぶすながみ)として五社神社を浜松城内から常寒山(とこさむやま)へと移し、その北側の隣接地に開いたお寺です。開山は讃誉智眼(さんよちげん)上人、開基は秀忠の母である西郷局。西郷局が奉納した鉄灯篭は、戦災で片方が失われ、現在は1つだけ残されています。西郷局(さいごうのつぼね)父は戸塚忠春。通称はお愛の方。徳川家康の側室であり、江戸幕府 [続きを読む]
  • 新緑の龍潭寺
  • 新緑のまぶしい龍潭寺へ出かけてきました。今日は庭園にスポットを当てて。本堂の北側の庭園は、小堀遠州作といわれ、江戸時代初期に本堂北庭として築かれた池泉鑑賞式庭園です。 中央に守護石、左右に仁王石、正面に礼拝石(坐禅石)が配され、数多くの石組みと築山全体で鶴亀が表現されています。 岩は地元で産するチャートが使われ、池の型は心字池となっていてます。昭和11年国指定の名勝となりました。四季折々の美しさがあり [続きを読む]
  • 駿河姫の菩提寺・金地院
  • 気賀の金地院は、駿河姫の菩提寺です。駿河姫は井伊道政の娘で、後醍醐天皇の皇子・宗良親王の妃。親王が足利軍との戦いで井伊谷より出陣の際、駿河姫も同道しましたが、この地で急逝しました。ミカン園になっている場所に「岩神」という石碑があり、それが駿河姫の墓と伝えられています。金地院は、定光山臨済宗妙心寺派。建武年間(1334〜1337)紀州興国寺の杲巌和尚の創建と伝えられています。明治9年(1876)火災により焼失、観音 [続きを読む]
  • 家康公祭り&家康楽市 2017(2)
  • 二日目の家康公祭り&家康楽市に出かけてきました。今日のメインは、大河ドラマプレミアムトークと題して、直虎で瀬名姫(築山殿)を演じている奈々緒さんでした。早くから大勢の人達が炎天下の中、席を確保していました。いや〜今日の浜松も暑かった(^_^;しか〜し、直前になって、撮影禁止とのアナウンス(゚Д゚)私もコンデジとムービーを用意してたので、ちょっとがっかりしました。昨年の藤岡弘さんのトークショーでは撮影OKだった [続きを読む]
  • 家康公祭り&家康楽市 2017(1)
  • 今年も春の家康公祭り&家康楽市が開催されました。?川武将隊をはじめ、岡崎や清洲からも武将隊の皆さんが参加され、殺陣、演技、歌、ダンスを披露してくれました。今年の主役は直虎さま!今年は家康くんに加え、直虎ちゃんのバルーンも登場!家康くん直虎ちゃんそして、今回もゆるキャラの元祖・ひこにゃんが彦根から駆けつけてくれました。彦根城築城410年の宣伝です。それから何と映画にも初出演するのですって!毎度お馴染みの [続きを読む]
  • 「おんな城主直虎 大河ドラマ館」来場者30万人を達成!!
  • 今年気賀にオープンした「おんな城主直虎 大河ドラマ館」は、開館から4か月余りが経過した5月26日(金曜日)、来場者30万人を達成!!これは当初予測より約1.7倍早いペースでの達成だそう。大河ドラマ館は、ロケ地や舞台セットなどの紹介や、撮影で使われた小道具、衣装等の展示により、ドラマの世界を体感できる施設。展示は、一部が模様替えされ、柳楽優弥さん演じる龍雲丸に関する展示が加わってたり、高橋一生さん演じる小野 [続きを読む]