an east window さん プロフィール

  •  
an east windowさん: an east window
ハンドル名an east window さん
ブログタイトルan east window
ブログURLhttp://eastwindow18.hatenadiary.com/
サイト紹介文イタリアのボローニャから東方を見つめて 日々聖書の御言葉を心に刻み込む人生
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供173回 / 365日(平均3.3回/週) - 参加 2013/09/23 04:17

an east window さんのブログ記事

  • 心が騒ぎ立つとき
  • 詩篇621 聖歌隊の指揮者によってエドトンのしらべにしたがってうたわせたダビデの歌わが魂はもだしてただ神をまつ。わが救は神から来る。2 神こそわが岩、わが救、わが高きやぐらである。わたしはいたく動かされることはない。3 あなたがたは、いつまで人に押し迫るのか。あなたがたは皆、傾いた石がきのように、揺り動くまがきのように人を倒そうとするのか。4 彼らは人を尊い地位から落そうとのみはかり、偽りを喜び、その [続きを読む]
  • 神の栄光の希望の確かさ
  • ローマ5:1−8(新改訳)1 ですから、信仰によって義と認められた私たちは、私たちの主イエス・キリストによって、神との平和を持っています。2 またキリストによって、いま私たちの立っているこの恵みに信仰によって導き入れられた私たちは、神の栄光を望んで大いに喜んでいます。3 そればかりではなく、患難さえも喜んでいます。それは、患難が忍耐を生み出し、4 忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み [続きを読む]
  • 二つの問いかけ
  • ルカ10:25−3725 するとそこへ、ある律法学者が現れ、イエスを試みようとして言った、「先生、何をしたら永遠の生命が受けられましょうか」。26 彼に言われた、「律法にはなんと書いてあるか。あなたはどう読むか」。27 彼は答えて言った、「『心をつくし、精神をつくし、力をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ』。また、『自分を愛するように、あなたの隣り人を愛せよ』とあります」。28 彼に言われた [続きを読む]
  • 「取税人や罪人の友」
  • ルカ7:31−3531 だから今の時代の人々を何に比べようか。彼らは何に似ているか。32 それは子供たちが広場にすわって、互に呼びかけ、『わたしたちが笛を吹いたのに、あなたたちは踊ってくれなかった。弔いの歌を歌ったのに、泣いてくれなかった』と言うのに似ている。33 なぜなら、バプテスマのヨハネがきて、パンを食べることも、ぶどう酒を飲むこともしないと、あなたがたは、あれは悪霊につかれているのだ、と言い、34 [続きを読む]
  • 恥をもいとわないで十字架を忍び
  • へブル12:2信仰の導き手であり、またその完成者であるイエスを仰ぎ見つつ、走ろうではないか。彼は、自分の前におかれている喜びのゆえに、恥をもいとわないで十字架を忍び、神の御座の右に座するに至ったのである。 「恥をも厭わないで」(新改訳:はずかしめをものともせずに) 「恥 【αι?σχυ?νη / aischune¯】」の日本語の意味は、「1.恥じること。自分の欠点・失敗などを恥ずかしく思うこと。」または [続きを読む]
  • 「わたしたちはどこからパンを買ってきて、この人々に食べさせようか」
  • ヨハネ6:1−71 そののち、イエスはガリラヤの海、すなわち、テベリヤ湖の向こう岸へ渡られた。2 すると、大ぜいの群衆がイエスについてきた。病人たちになさっていたしるしを見たからである。3 イエスは山に登って、弟子たちと一緒にそこで座につかれた。4 時に、ユダヤ人の祭である過越が間近になっていた。5 イエスは目をあげ、大ぜいの群衆が自分の方に集まって来るのを見て、ピリポに言われた、「どこからパンを買っ [続きを読む]
  • 豊かな実を結ぶ種
  • ルカ8:4−154 さて、大ぜいの群衆が集まり、その上、町々からの人たちがイエスのところに、ぞくぞくと押し寄せてきたので、一つの譬で話をされた、5 「種まきが種をまきに出て行った。まいているうちに、ある種は道ばたに落ち、踏みつけられ、そして空の鳥に食べられてしまった。6 ほかの種は岩の上に落ち、はえはしたが水気がないので枯れてしまった。7 ほかの種は、いばらの間に落ちたので、いばらも一緒に茂ってきて、 [続きを読む]
  • 生ける水が川となって流れ出るであろう。
  • ヨハネ7:37−3937 祭の終りの大事な日に、イエスは立って、叫んで言われた、「だれでもかわく者は、わたしのところにきて飲むがよい。38 わたしを信じる者は、聖書に書いてあるとおり、その腹から生ける水が川となって流れ出るであろう」。39 これは、イエスを信じる人々が受けようとしている御霊をさして言われたのである。すなわち、イエスはまだ栄光を受けておられなかったので、御霊がまだ下っていなかったのである。 [続きを読む]
  • 牧師・長老・監督の適性(4)「悪魔の罠」
  • Ⅰテモテ3:1−71 「もし人が監督の職を望むなら、それは良い仕事を願うことである」とは正しい言葉である。2 さて、監督は、非難のない人で、ひとりの妻の夫であり、自らを制し、慎み深く、礼儀正しく、旅人をもてなし、よく教えることができ、3 酒を好まず、乱暴でなく、寛容であって、人と争わず、金に淡泊で、4 自分の家をよく治め、謹厳であって、子供たちを従順な者に育てている人でなければならない。5 自分の家を [続きを読む]
  • 聖霊によって目の前に描き出された「十字架につけられたイエス・キリスト」
  • ガラテヤ3:1ー5(新改訳)1 ああ愚かなガラテヤ人。十字架につけられたイエス・キリストが、あなたがたの目の前に、あんなにはっきり示されたのに、だれがあなたがたを迷わせたのですか。2 ただこれだけをあなたがたから聞いておきたい。あなたがたが御霊を受けたのは、律法を行なったからですか。それとも信仰をもって聞いたからですか。3 あなたがたはどこまで道理がわからないのですか。御霊で始まったあなたがたが、い [続きを読む]
  • ニネべの東
  • ヨナ3:10;4:1−113:10 神は彼らのなすところ、その悪い道を離れたのを見られ、彼らの上に下そうと言われた災を思いかえして、これをおやめになった。1 ところがヨナはこれを非常に不快として、激しく怒り、2 主に祈って言った、「主よ、わたしがなお国におりました時、この事を申したではありませんか。それでこそわたしは、急いでタルシシにのがれようとしたのです。なぜなら、わたしはあなたが恵み深い神、あわれみ [続きを読む]
  • 神のあかし: 「これ以上、なんの証拠がいるか。」
  • ルカ22:66−7166 夜が明けたとき、人民の長老、祭司長たち、律法学者たちが集まり、イエスを議会に引き出して言った、67 「あなたがキリストなら、そう言ってもらいたい」。イエスは言われた、「わたしが言っても、あなたがたは信じないだろう。68 また、わたしがたずねても、答えないだろう。69 しかし、人の子は今からのち、全能の神の右に座するであろう」。70 彼らは言った、「では、あなたは神の子なのか」。イエ [続きを読む]
  • 解釈の基本原理:霊的シンボリズムと実践的教え(第一コリント5章の例)
  • Ⅰコリント51 現に聞くところによると、あなたがたの間に不品行な者があり、しかもその不品行は、異邦人の間にもないほどのもので、ある人がその父の妻と一緒に住んでいるということである。2 それだのに、なお、あなたがたは高ぶっている。むしろ、そんな行いをしている者が、あなたがたの中から除かれねばならないことを思って、悲しむべきではないか。3 しかし、わたし自身としては、からだは離れていても、霊では一緒 [続きを読む]
  • ブログをはじめて4年
  •  5月20日で、このブログをはじめて丸4年が経過した。記事の総数は1021、PVの総数は235000。 大きな試練の時期にはじめたブログであったが、時には「憑りつかれた」ように、時には悪戦苦闘しながら、それでも気負わず、御子の恵みのうちにある自分に自然なかたちでブログと向き合ってこれたと思う。 継続して読んでくださっている世界各地の読者の方々にも、感謝の思いで一杯である。 これからどのくらい書き続け [続きを読む]
  • テストーニ通りでみかけた情景
  •  通りがかったテストーニ通りのある建物の入り口から見た情景。廊下の奥から射し込む光が、モザイクの床面に青白く映り込んでとても美しい。ちなみに床面にある「Salve」は祝福の挨拶「幸いあれ」、もしくは口語的な使い方で「こんにちは」というニュアンスをもつ。 この建物があるところは、「ミッレ」と呼ばれている12世紀頃の城壁に隣接していた場所で、近くには「Porta Nuova ポルタ・ヌォーヴァ」という城門が残っている [続きを読む]
  • 「あなたがたは神々である」に関する検証
  • ヨハネ10:30−3930 わたしと父とは一つである」。31 そこでユダヤ人たちは、イエスを打ち殺そうとして、また石を取りあげた。32 するとイエスは彼らに答えられた、「わたしは、父による多くのよいわざを、あなたがたに示した。その中のどのわざのために、わたしを石で打ち殺そうとするのか」。33 ユダヤ人たちは答えた、「あなたを石で殺そうとするのは、よいわざをしたからではなく、神を汚したからである。また、あな [続きを読む]
  • 「永遠の命にあずかるように定められていた者」に関する検証
  • 使徒13:38−4938 だから、兄弟たちよ、この事を承知しておくがよい。すなわち、このイエスによる罪のゆるしの福音が、今やあなたがたに宣べ伝えられている。そして、モーセの律法では義とされることができなかったすべての事についても、39 信じる者はもれなく、イエスによって義とされるのである。40 だから預言者たちの書にかいてある次のようなことが、あなたがたの身に起らないように気をつけなさい。41 『 [続きを読む]
  • フリーソフトInterliner Scripture Analyzer について
  •  以前から Interliner Scripture Analyzer (ISA3 basic)というフリープログラムを他の聖書研究のツールと併用していたのだが、最近そのプログラムの中で使われている聖書の翻訳バージョン(Concordant Literal Version 2.1 CLV)が独特の傾向をもつことに気が付き、また他のバージョンを追加することができない、つまりCLVしか使えないことを発見し、調べてみた所、このバージョンの翻訳を手掛けたAdolph Ernest Knochの神学的立 [続きを読む]
  • 安息日に関する考察(15)神の安息
  • へブル4:1−111 それだから、神の安息にはいるべき約束が、まだ存続しているにかかわらず、万一にも、はいりそこなう者が、あなたがたの中から出ることがないように、注意しようではないか。2 というのは、彼らと同じく、わたしたちにも福音が伝えられているのである。しかし、その聞いた御言は、彼らには無益であった。それが、聞いた者たちに、信仰によって結びつけられなかったからである。3 ところが、わたしたち信じ [続きを読む]
  • 安息日に関する考察(14)だれにも批評されてはならない
  • コロサイ2:16−1716 だから、あなたがたは、食物と飲み物とにつき、あるいは祭や新月や安息日などについて、だれにも批評されてはならない。17 これらは、きたるべきものの影であって、その本体はキリストにある。 以前『幼稚な遊び』という記事でも書いたが、上に引用した聖句の文脈を無視し、「モーセの律法に基づいて、食物と飲み物や、祭や新月や安息日など尊守しているあなたがたは、それを守っていない異邦人に [続きを読む]
  • 安息日に関する考察(12)主イエスと使徒パウロ
  • マタイ12:9−109 イエスはそこを去って、彼らの会堂にはいられた。10 すると、そのとき、片手のなえた人がいた。人々はイエスを訴えようと思って、「安息日に人をいやしても、さしつかえないか」と尋ねた。マルコ1:21それから、彼らはカペナウムに行った。そして安息日にすぐ、イエスは会堂にはいって教えられた。マルコ6:1−21 イエスはそこを去って、郷里に行かれたが、弟子たちも従って行った。2 そして、安 [続きを読む]
  • 安息日に関する考察(11)会堂司の教訓
  • ルカ13:10−1710 安息日に、ある会堂で教えておられると、11 そこに十八年間も病気の霊につかれ、かがんだままで、からだを伸ばすことの全くできない女がいた。12 イエスはこの女を見て、呼びよせ、「女よ、あなたの病気はなおった」と言って、13 手をその上に置かれた。すると立ちどころに、そのからだがまっすぐになり、そして神をたたえはじめた。14 ところが会堂司は、イエスが安息日に病気をいやされたことを憤り [続きを読む]
  • 安息日に関する考察(10)人の子は安息日の主である。
  • マタイ12:1−81 そのころ、ある安息日に、イエスは麦畑の中を通られた。すると弟子たちは、空腹であったので、穂を摘んで食べはじめた。2 パリサイ人たちがこれを見て、イエスに言った、「ごらんなさい、あなたの弟子たちが、安息日にしてはならないことをしています」。3 そこでイエスは彼らに言われた、「あなたがたは、ダビデとその供の者たちとが飢えたとき、ダビデが何をしたか読んだことがないのか。4 すなわち、神 [続きを読む]