an east window さん プロフィール

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an east windowさん: an east window
ハンドル名an east window さん
ブログタイトルan east window
ブログURLhttp://eastwindow18.hatenadiary.com/
サイト紹介文イタリアのボローニャから東方を見つめて 日々聖書の御言葉を心に刻み込む人生
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供173回 / 365日(平均3.3回/週) - 参加 2013/09/23 04:17

an east window さんのブログ記事

  • 一瞬の光
  • 昼間でも薄暗い裏道に射し込む一瞬の光。反射光に霞む空気に、思わず立ち止まってしまう「何か」を感じる。記憶、存在。そして何事もなかったかのように、角を曲がって喧噪の中に入っていく。 [続きを読む]
  • バラクもエフタもいる
  • へブル11:32−3432 このほか、何を言おうか。もしギデオン、バラク、サムソン、エフタ、ダビデ、サムエル及び預言者たちについて語り出すなら、時間が足りないであろう。33 彼らは信仰によって、国々を征服し、義を行い、約束のものを受け、ししの口をふさぎ、34 火の勢いを消し、つるぎの刃をのがれ、弱いものは強くされ、戦いの勇者となり、他国の軍を退かせた。 『第一コリント』の13章が「愛の章」として知られ [続きを読む]
  • 雲ではなく、太陽を見つめて
  • へブル11:39−40;12:1−3(新改訳)39 この人々はみな、その信仰によってあかしされましたが、約束されたものは得ませんでした。40 神は私たちのために、さらにすぐれたものをあらかじめ用意しておられたので、彼らが私たちと別に全うされるということはなかったのです。1 こういうわけで、このように多くの証人たちが、雲のように私たちを取り巻いているのですから、私たちも、いっさいの重荷とまつわりつく罪と [続きを読む]
  • 雲ではなく、太陽を見つめて
  • へブル11:39−40;12:1−3(新改訳)39 この人々はみな、その信仰によってあかしされましたが、約束されたものは得ませんでした。40 神は私たちのために、さらにすぐれたものをあらかじめ用意しておられたので、彼らが私たちと別に全うされるということはなかったのです。1 こういうわけで、このように多くの証人たちが、雲のように私たちを取り巻いているのですから、私たちも、いっさいの重荷とまつわりつく罪と [続きを読む]
  • 私たちの前に置かれている競走
  • へブル11:39−40;12:1−3(新改訳)39 さて、これらの人々はみな、信仰によってあかしされたが、約束のものは受けなかった。40 神はわたしたちのために、さらに良いものをあらかじめ備えて下さっているので、わたしたちをほかにしては彼らが全うされることはない。1 こういうわけで、このように多くの証人たちが、雲のように私たちを取り巻いているのですから、私たちも、いっさいの重荷とまつわりつく罪とを捨て [続きを読む]
  • 七つの封印の巻物に関する「予告編」「本編」の解釈について
  • 終末の時代に起こること――患難時代封印の幻は一種の予告編私たちは、第七の封印の内容として七つのラッパがあり、第七のラッパの内容として七つの鉢があることを見ました。ここで、「封印」「ラッパ」また「鉢」の関係はどうなっているのかについて、もう一度詳しく見てみましょう。封印の幻は、預言の「巻き物」の外側の文字によるものであり、ラッパの幻は、内側の文字によるものです。つまり、封印の幻は"予告編"のようなもの [続きを読む]
  • 白い雲の上に座る人の子による刈り入れ
  • 黙示録1:7見よ、彼は、雲に乗ってこられる。すべての人の目、ことに、彼を刺しとおした者たちは、彼を仰ぎ見るであろう。また地上の諸族はみな、彼のゆえに胸を打って嘆くであろう。しかり、アァメン。 「見よ、彼は、雲に乗ってこられる。」という啓示は、御子自身がダニエル書の預言を引用して主の日に地上に再臨される時の様子を語った預言である。ダニエル7:13−1413 わたしはまた夜の幻のうちに見ていると、見よ、 [続きを読む]
  • 「主の日」に関する考察(2)
  • ゼカリヤ14:1−91 見よ。主の日が来る。その日、あなたから分捕った物が、あなたの中で分けられる。2 わたしは、すべての国々を集めて、エルサレムを攻めさせる。町は取られ、家々は略奪され、婦女は犯される。町の半分は捕囚となって出て行く。しかし、残りの民は町から断ち滅ぼされない。3 主が出て来られる。決戦の日に戦うように、それらの国々と戦われる。4 その日、主の足は、エルサレムの東に面するオリーブ山の上 [続きを読む]
  • ダニエル書の預言:大患難期に救われるイスラエルの民
  • ダニエル9:1−271 メデアびとアハシュエロスの子ダリヨスが、カルデヤびとの王となったその元年、2 すなわちその治世の第一年に、われダニエルは主が預言者エレミヤに臨んで告げられたその言葉により、エルサレムの荒廃の終るまでに経ねばならぬ年の数は七十年であることを、文書によって悟った。3 それでわたしは、わが顔を主なる神に向け、断食をなし、荒布を着、灰をかぶって祈り、かつ願い求めた。4 すなわちわたしは [続きを読む]
  • 調査のプロセス
  • 申命記13:12−1812 もし、あなたの神、主があなたに与えて住まわせる町の一つで、13 よこしまな者たちが、あなたがたのうちから出て、「さあ、あなたがたの知らなかったほかの神々に仕えよう。」と言って、町の住民を迷わせたと聞いたなら、14 あなたは、調べ、探り、よく問いたださなければならない。もし、そのような忌みきらうべきことがあなたがたのうちで行なわれたことが、事実で確かなら、15 あなたは必ず、その [続きを読む]
  • 「今、あなたがたは自分のなすべきことをよく考えるがよい」
  • ハガイ1:1−111 ダリヨス王の二年六月、その月の一日に、主の言葉が預言者ハガイによって、シャルテルの子、ユダの総督ゼルバベル、およびヨザダクの子、大祭司ヨシュアに臨んだ、2 「万軍の主はこう言われる、この民は、主の家を再び建てる時は、まだこないと言っている」。3 そこで、主の言葉はまた預言者ハガイに臨んだ、4 「主の家はこのように荒れはてているのに、あなたがたは、みずから板で張った家に住んでいる [続きを読む]
  • 神の子羊こそ、わが魂の慕うすべて
  • 黙示録7:9−179 その後、わたしが見ていると、見よ、あらゆる国民、部族、民族、国語のうちから、数えきれないほどの大ぜいの群衆が、白い衣を身にまとい、しゅろの枝を手に持って、御座と小羊との前に立ち、10 大声で叫んで言った、「救は、御座にいますわれらの神と小羊からきたる」。11 御使たちはみな、御座と長老たちと四つの生き物とのまわりに立っていたが、御座の前にひれ伏し、神を拝して言った、12 「アァメン [続きを読む]
  • 天を仰いで、星を数えることができるなら、数えてみなさい。
  • 創世記13:14−1714 ロトがアブラムに別れた後に、主はアブラムに言われた、「目をあげてあなたのいる所から北、南、東、西を見わたしなさい。15 すべてあなたが見わたす地は、永久にあなたとあなたの子孫に与えます。16 わたしはあなたの子孫を地のちりのように多くします。もし人が地のちりを数えることができるなら、あなたの子孫も数えられることができましょう。17 あなたは立って、その地をたてよこに行き巡りなさ [続きを読む]
  • 「永遠の神の計画」と「人間から見た時間の概念」
  •  歴史と時間の相関性を「螺旋構造」と見なす観点は、非常に興味深いと思うと同時に、時空を超えた永遠の霊なる神の観点はどうなんだろう、という思いが私のうちに生じた。 時間と空間の制限の中に生ける人間から見た「過去」「現在」「未来」を、御子のうちにすべて、そして完全に「保有する」(【保有】自分のものとして持っていること。ここでは、個人的には「統治」というニュアンスもイメージしているが、適正な表現が見つ [続きを読む]
  • 赤く見える「赤くないイチゴ」
  •  イチゴの実を実際に見たことがない人間がいたと仮定し、もしその人にこの写真を見せたらとしたら、いま私たちが確かに認識しているこの「赤」は「見えない」のではないだろうか。 つまりこの場合に私たちが経験するクオリアは、単なる「波長700ナノメートルの光(視覚刺激)が網膜を通じて脳に信号を与えた時に感じるもの」ではないことになる。 なぜなら今、現在私の目の前には、「波長700ナノメートルの光を放っているも [続きを読む]
  • あなたがたは偽りを捨てて、おのおの隣り人に対して、真実を語りなさい。
  • エペソ4:25こういうわけだから、あなたがたは偽りを捨てて、おのおの隣り人に対して、真実を語りなさい。わたしたちは、お互に肢体なのであるから。 この聖句において啓示されている教えは、ただ「偽りを捨てなさい」(「偽りを言ってはならない」とは書いていないことに注意。ただ単に偽証しないという次元よりもっと深い、偽りとの関係性に関わることではないだろうか。)と命じているだけでなく、「真実を語りなさい」と [続きを読む]
  • 新改訳聖書の著作権について
  •  通常利用している聖書検索ソフト e-Swordを再インストールして更新してみたところ、今まで日本語訳では「口語訳1955年版」しかなかったが、「新改訳」もリストに加わっていた。 ダウンロードのファイル名を見ると、[Japanese SS Japanese Shinkaiyaku Seisyo published in 1954,1955; public domain]とあるが、これは口語訳に関するもので、明らかに間違いだと思う。なぜなら新改訳聖書の発行年は1970年(第一版)19 [続きを読む]
  • ある姉妹の報告
  •  先日、ある東欧出身の姉妹から電話があり、婚約を解消した報告を受けた。この姉妹には色々な状況で相談を受けていたし、彼女の父親は自国で牧師をしていて、娘を訪ねてきたとき、言葉は通じないながらも共に祈る時をもち、霊の交わりを強く感じた経験をしたことがあった。非常に素朴な信仰をもつ家族というのが印象である。 彼女の報告を受けた時、私は内心、それまであった重荷が取れたようで、主なる神に感謝した。彼女もそれ [続きを読む]
  • 御子から見た肉体の死の後の魂
  • マルコ12:18−2718 復活ということはないと主張していたサドカイ人たちが、イエスのもとにきて質問した、19 「先生、モーセは、わたしたちのためにこう書いています、『もし、ある人の兄が死んで、その残された妻に、子がない場合には、弟はこの女をめとって、兄のために子をもうけねばならない』。20 ここに、七人の兄弟がいました。長男は妻をめとりましたが、子がなくて死に、21 次男がその女をめとって、また子をも [続きを読む]
  • 黙示録の中の二巻の巻物
  •  黙示録は聖書を構成する全六十六巻の中でも特別難解な書のうちに一つであり、その分、その解釈にあたって細部に至るまで読者の関心を引く書である。 ただ数多く使われているシンボリズムのディティールに囚われ過ぎて、大局的な見地を失いがちなのもまた事実である。だから一枚の大きな絵画を鑑賞するときのように、全体像を観て、次に細部をよく観察し、また距離を置いて全体像の中の細部として認識し直す必要がある。 先日、 [続きを読む]
  • 「御子イエスが与える水」「弟子たちが知らなかった食物」
  • ヨハネ4:31−3431 その間に弟子たちはイエスに、「先生、召しあがってください」とすすめた。32 ところが、イエスは言われた、「わたしには、あなたがたの知らない食物がある」。33 そこで、弟子たちが互に言った、「だれかが、何か食べるものを持ってきてさしあげたのであろうか」。34 イエスは彼らに言われた、「わたしの食物というのは、わたしをつかわされたかたのみこころを行い、そのみわざをなし遂げることである [続きを読む]
  • ゴルゴタの暗闇、十字架の光
  •  共和政ローマ末期の政治家、文筆家、哲学者であるキケロ(Marcus Tullius Cicero, 紀元前106年 - 紀元前43年)は、十字架の磔刑について、「最も残酷で嫌悪感を起こさせる処刑(crudelissimum taeterrimumque supplicium; Cic. Verr. 2.5.165)」とし、「それを施行するだけでなく、口にすることさえも、ローマ市民や自由人には相応しくない」((Rab. Perd. 16)と言って、強い嫌悪感を隠すことはなかった。 実際にローマ [続きを読む]