にゃん太 さん プロフィール

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にゃん太さん: にゃるめる日記
ハンドル名にゃん太 さん
ブログタイトルにゃるめる日記
ブログURLhttp://leonyanko0514.blog.fc2.com/
サイト紹介文福音バプテスト宣教団栗山地の塩キリスト教会の牧師のブログです。キーワード:聖書、猫、教会
自由文日々考えていることや近況について綴っています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供54回 / 365日(平均1.0回/週) - 参加 2013/10/08 00:05

にゃん太 さんのブログ記事

  • 2017.9.16 以前、職場でものすごく悩まされることがあり、
  • 以前、職場でものすごく悩まされることがあり、当時お世話になっていた牧師に相談したことがあります。その時の答えは、だまされることを恐れず、誤解されることも恐れず、ただ神様の前に真実であることを求めなさい、というものでした。だまされること。誤解されること。どちらも、誰にとっても恐ろしい事です。しかし、それを恐れないために、あるただ一つの事を求めればいいのです。それは、神様との関係が断たれない、という事 [続きを読む]
  • 2017.9.9 昔のテレビゲームには
  • 昔のテレビゲームには時々質の悪いものがあり、次に進めないループにはまると、リセットボタンを押すしか解決がなくなる、というものがありました。テレビゲームの世界は、都合よくリセットボタンを押せば、いつでも初めからやり直せるという利点があります。しかし、それに対して、人生は一度間違ったらやり直せない。ある所まで落ちてしまえば、もうそこから這い上がることは不可能、などと言われたりします。本当でしょうか。信 [続きを読む]
  • 2017.9.2 ひとりの正しい者の持つわずかなものは
  • ひとりの正しい者の持つわずかなものは、多くの悪者の豊かさにまさる。こんな聖書の言葉があります。自分にできる事は本当にわずかだなと、いつも痛感させられます。なので、何をするにも、器用にはできなくても、せめて誠実にやりたいなと思います。誠実であるっていうのは、間違った時に、間違いをすぐに認めて、立ち返るべき場所に戻ることができる、っていう事です。できる事が小さくても、誠実にやれているのなら、自分のやっ [続きを読む]
  • 2017.8.26 創造主が確実に存在していると、
  • 創造主が確実に存在していると、見える形で示せるものは何もありません。この世界そのものと、その精密な成り立ちが、創造主の存在をそのまま示しています。しかし、創造主が姿形を表さないので、多くの人はその存在を信じません。しかし、だからこそ、創造主の存在を「信じる」事に、意味があるのだと思います。見えないからこそ、心を働かせて信じようとします。そして、自分がどうなっても、命を取られるような危機を感じながら [続きを読む]
  • 2017.8.19 神様は唯一の存在と考えるよりも
  • 神様は唯一の存在と考えるよりも、八百万の神と考えた方が豊かな多様性があり、自由で楽しいと思う人もいるのかもしれません。人間の自由な想像力によって、豊かに作られた神秘の領域は、魅力的かもしれません。そこには無限の自由があるようにも思えます。しかし、本当の自由って、確かな土台があって成り立つものです。私たちを創造した唯一の神様を、はっきりと信頼することができ、土台とするなら、その上に人間は無限の多様性 [続きを読む]
  • 2017.8.12 尾崎豊という歌手の歌った曲の中に、
  • 尾崎豊という歌手の歌った曲の中に、「核」というタイトルのものがありました。その歌詞の一部に、「愛という名のもとに俺は生きたい。 死ぬために生きるような暮らしの中で・・・」という部分がありました。死ぬために生きるような暮らし。自分自身の生活について、その様な捉え方をしてしまう人も、きっと少なくないと思います。私が尾崎豊の曲を好んで聞いていたのは、10代から20代にかけての頃でした。まさに、自分の生活のど [続きを読む]
  • 2017.8.5 スーパーマリオ、というテレビゲームが、
  • スーパーマリオ、というテレビゲームが、世の中に登場したのは32年前の事です。ものすごく評判を呼んだ、面白いゲームでした。このゲームの完成度はすごいものでしたが、現代に生きる私たちにとって驚くべき事実があります。それは、「スーパーマリオ」のゲームの全プログラムが、一枚の写真大の画像データの容量と同じくらいだという事です。それくらい少ない容量で、あの大ヒットしたゲームは作られました。勇気づけられる話だな [続きを読む]
  • 2017.7.29 自分には価値がないと思うとしたら
  • 自分には価値がないと思うとしたら、それは絶対嘘です。断言します。それは嘘です。聖書にこう書かれています。「それはあなたがわたしの内臓を造り、母の胎のうちで私を組み立てられたからです。」(詩篇139篇13節)「誰かが自分を目的を持って作った」という事、この事を「前提」として考えたら、生きる事がとても楽になるでしょうし、生きている事、そのこと自体を、喜びとすることができます。普通に生きていて、「自分に価値が [続きを読む]
  • 2017.7.22 毎週土曜の朝に
  • 毎週土曜の朝に、読む人が教会の日曜礼拝に参加する動機づけになる事を、ここに何か書こうと勝手に心に決めて、この1年くらいやって来ました。最近は前の日の夜に準備するようにしていますが、昨日は気持ちが激しく鬱々としていて、何も書くことが思いつきませんでした。こんな風に書くと、なんだかカッコ悪い気がします。何かに負けてしまったようにも思えてきます。しかし、自分はカッコ悪くていいんです。神である方が強いのな [続きを読む]
  • 2017.7.14 暑い日が続いています。
  • 暑い日が続いています。つい半年前は、とても寒かったです。熱さとか寒さとか、一年単位で繰り返されている事ですが、人間はこの気温の変化に、毎度のごとく一喜一憂します。そして、この時期少しでも快適に過ごせるよう、クーラーをつけたり、扇風機をつけたりします。半年前には同じように、ストーブを燃やしました。しかしそんな、冷房とか暖房とかない時代から、人間は生活していました。快適でありたいと人間は思いますが、快 [続きを読む]
  • 2017.7.8 はじめて教会の祈り会に参加した時から
  • はじめて教会の祈り会に参加した時から、私は教会に行くことをとても大切な事として、生活の中に位置づけることとなりました。その時は難しい事は何もわかりませんでした。何かがわかって腑に落ちて教会に行くようになった、という訳では全くなくて、とにかく良くわからないけれど、そこに行くと元気になって力が出るという事を体験しました。ただ確かなのは、そこに行くと、こんな自分を大切に思ってくれる人がいる、という感じは [続きを読む]
  • 3027.7.1 「殉教」という言葉があります。
  • 「殉教」という言葉があります。信仰の故に迫害を受けて死ぬという事をそう呼びます。聖書に書かれている、イエス・キリストの事を宣べ伝えた初期の頃の人たちは、ことごとく酷い死に方をしました。日本でクリスチャンになった人達は、豊臣秀吉の時代にたくさん殺されました。客観的に見て、その様な死に方は、幸せには見えないかもしれません。しかし、人間にとって幸せってなんでしょうか。毎日を快適に過ごせることでしょうか。 [続きを読む]
  • 2017.6.24 この世界の起源について
  • この世界の起源について、誰かが見て確かめたわけではないので、何が真実という事は言い切れないと思います。ただ、この世界の起源について、こんな風に考えたらスッキリする、という考え方があります。それは、人間の頭で思いつかない領域の何者かが、「意志を働かせて」この世界を創った、という考え方です。この世界の精密な秩序は、私たちが「意志を働かせて」モノを作りだすのと同じように、何者かが意志を働かせて作ったのだ [続きを読む]
  • 2017.6.17 どうしても解消できない不快なことがありながら
  • どうしても解消できない不快なことがありながら、毎日喜んで過ごすという事はできるでしょうか。できると思います。但し、考え方として取り込まなければならないことがあります。それは、自分の欲求が満たされるという事の他の、別の価値を認めるという事です。子どもを持っているお母さんであれば、「わが子のために」苦難を耐え忍ぶ、という事ができるかもしれません。自分が辛くても、子どもが幸せであることを、価値ある事とし [続きを読む]
  • 2017.6.10 昨日、テレビを見ていたら、
  • 昨日、テレビを見ていたら、貴乃花親方のご子息が靴職人をされている、という話をされていました。貴乃花親方の息子の優一さんは現在21歳で、アメリカ留学やイタリアでの職人修行を経て、現在靴職人としての仕事をされているそうです。番組の中で、優一さんの生い立ちが紹介されていました。それを見ていて思ったのは、優一さんははっきりとした自分の考えを持っていて、それを自分の原則として、周りの状況に流されず行動する事が [続きを読む]
  • 2017.6.3 建物が揺るがされないためには
  • 建物が揺るがされないためには、しっかりした土台が必要です。どんなに素敵で魅力的な家も、土台がしっかりしていなければ、災害があれば簡単に崩れます。私たちは、自分の人生が、華やかで、他人が見て魅力的ななものであることを、願うかもしれません。しかし、どんなに魅力的に見える生き方も、土台がしっかりしていなければ、簡単に崩れます。逆に、土台がしっかりしていれば、地味な生き方であっても、揺るがない充実感に満た [続きを読む]
  • 2017.5.27 中学生の頃、文通という事をしていました。
  • 中学生の頃、文通という事をしていました。多きときで、10人くらいの人と手紙の交換をしていましたが、1年も経たないうちに、誰からも返事が返ってこなくなりました。その当時の自分の良識の無さとか、相手の気持ちを察することのできない無神経さとか、そういうものが原因だったのかなと思います。今想い出すととても恥ずかしい事だったなと思います。聖書の言葉の中に、「値なしに義と認められる」というものがあり、自分がどう [続きを読む]
  • 2017.5.20
  • 今日は、早天祈祷会に来訪者があり、朝から祈りと交わりの時が与えられ、感謝でした。祈り会の中で、コリント人への手紙第一の10章13節の御言葉が示されました。「ですから、立っていると思う者は、倒れないように気をつけなさい。」この一週間、楽しく過ごせました。しかし、楽しく過ごせてよかったね、で終わりじゃなくて、その背後で自分を守って下さっている方がいると知っていると、毎日が守りの中にあるという事が、感謝だな [続きを読む]
  • 2017.5.13 私たちは日常的にお金を使います。
  • 私たちは日常的にお金を使います。そして、大抵の場合、何かを買うにしても、払うべき値段というのはあらかじめ決められています。売る側が提示している値段というのがまずあって、基本的に、値段に相当するお金を支払って、物やサービスを購入しています。しかし、自分に必要なものを、自分自身で生産できず、代価を払って誰かから買い取るという行為には、本来、様々な「心の交換」が伴うものです。必要なものを与えてくれる人へ [続きを読む]