大川原英智(おおかわらえいち) さん プロフィール

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大川原英智(おおかわらえいち)さん: 差別と歴史上の人物
ハンドル名大川原英智(おおかわらえいち) さん
ブログタイトル差別と歴史上の人物
ブログURLhttp://eichi862.blog.fc2.com/
サイト紹介文歴史の人物エッセイ集です。歴史と基本的人権を融合し、人間の生き方の指針を探していきます。
自由文上から目線でなく、一般民衆の立場から、自由・平等を中心とする基本的人権の獲得を中心テーマにしました。歴史を見る視点を変えることによって、自由で心豊かに生き、差別意識から解放される人が一人でも増えることを願って書きました。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供53回 / 365日(平均1.0回/週) - 参加 2013/10/20 11:29

大川原英智(おおかわらえいち) さんのブログ記事

  • 第6章 19世紀の百年間 11 トルストイ
  •  11 トルストイ (1828年 〜 1910年)〜妻との不和から家出先で死亡したロシアの文豪〜 「自由になりたい・・・」 これが、世界的な大作家、文豪トルストイの本音ではないでしょうか。 裏を返せば、彼は自由でなかった、自由に生きることができなかったということになりますね。 地位も富も名声も手にし、家庭的には13人の子どもに恵まれ、誰からもうらやましがられるような人生を送ったであろうと考えられがち [続きを読む]
  • 第6章 19世紀の百年間 10 セシル・ローズ
  •  10 セシル・ローズ (1853年 〜 1902年)〜侵略と心労で戦争中に若死にしたイギリスの帝国主義者〜 「神は世界地図が、より多くのイギリス領に塗られることを望んでおられる。 できることなら私は、夜空に浮かぶ星さえも併合したい」 「ちょっと待ってください」 と言いたくなるセシル・ローズの有名な言葉です。 彼の帝国主義者、人種差別者としての生き方が、この一言に凝縮されていますね。 植民地争いの戦 [続きを読む]
  • 第6章 19世紀の百年間 8 メンデル
  •  8 メンデル (1822年 〜 1884年)〜権力保持で好きな科学に専念しそこなったチェコの司祭〜 「メンデルの法則」 という遺伝の法則を発見した偉大な科学者です。 中学校の理科や高校の生物で習ったことがあり、彼の名を聞いたことがあるという方も多いでしょう。 僕も詳しいことを説明する力はありませんが、現代では彼は「近代遺伝学の創始者」 とも言われています。 エンドウ豆の交配から大きな業績を残した [続きを読む]
  • 第6章 19世紀の百年間 9 李鴻章 (りこうしょう)
  • 9 李鴻章(りこうしょう) (1823年 〜 1901年)〜外交の心労で寿命を縮めた清の大臣〜 西洋の良いところを取り入れて、中国の近代化を推し進めた清朝末期の実力者です。 「洋務運動」 と呼ばれる、鉱山開発や鉄道の敷設、近代海軍、官営軍需工場の設立などに尽力しました。 半植民地化が進む中国を改革して立ち直り、安定した一時期をもたらしたので、この時期は後に「同治の中興」 と呼ばれました。 作家の司 [続きを読む]
  • 第6章 19世紀の百年間 7 フリードリヒ・ヴィーク
  • 7 フリードリヒ・ヴィーク (1785年 〜 1873年)〜名誉と富で家族から見放されたドイツの音楽教師〜 大作曲家、シューマンの妻の父親です。 ドイツのライプチヒで、一番の音楽教師と言われました。 シューマンやその妻クララのピアノの先生であり、強い信念と強烈な個性をもった優れた教育者でした。 ヴィークの練習曲集は今でも出版され、機械的な技術の習得だけでなく、情操と感受性を育てることを常に主張して [続きを読む]
  • 第6章 19世紀の百年間 6 ゾフィー大公妃
  • 6 ゾフィー大公妃 (1805年 〜 1872年)〜権威と息子たちとの狭間で揺れたオーストリア皇帝の母〜  ハプスブルク家は、ヨーロッパの名門中の名門として有名です。 歴史上数多くの皇帝や国王、皇妃や王妃を次々に出し、何か国にもまたがる広大な領地をものにしていました。 なぜこのような名家になれたのかご存知でしょうか。 それは「政略結婚」 です。 ハプスブルク家にとって、政略結婚は何代にもわたる得意 [続きを読む]
  • 第6章 19世紀の百年間 5 リンカーン
  • 5 リンカーン (1809年 〜 1865年)〜心労から奴隷解放を戦略の道具にしたアメリカの大統領〜 「人民の人民による人民のための政治」 リンカーンの有名な、ゲティスバーグの演説の中の言葉ですね。 民主主義の政治を誠実に実行し、奴隷解放宣言を行い、南北戦争を終結させた偉大な大統領として長い間語り継がれてきました。 アメリカ歴代の大統領の中でも、特に人気があった人物です。 僕も人権感覚に優れた大統 [続きを読む]
  • 第6章 19世紀の百年間 4 咸豊帝(かんぽうてい)
  •  4 咸豊帝(かんぽうてい) (1831年 〜 1861年)〜内憂外患のストレスから若死にした清朝末期の皇帝〜 僕が北京の故宮(こきゅう) に行ったとき、度肝を抜かされました。 その壮大さが、予想をはるかに超えていたからです。 数々の大きな建物が次々と現れ、まるで一つの城が一つの町のようになっていました。 中国の清(しん) 王朝の時代、ここは紫禁城(しきんじょう) と呼ばれる宮殿だったのです。 現 [続きを読む]
  • 第6章 19世紀の百年間 3 アルバート公
  •  3 アルバート公 (1819年 〜 1861年)〜優等生として私生活の心労に揺れたイギリス女王の夫〜 イギリス女王とは、世界史上有名なヴィクトリア女王です。 イギリスが空前の繁栄をしたときの、まじめな優等生の女王というイメージが広く定着しているのではないでしょうか。 アルバート公は、このヴィクトリア女王の母方の同い年の従弟にあたります。 即位3年目の若くて美しい女王の一目ぼれにより、女王の夫とし [続きを読む]
  • 第6章 19世紀の百年間 2 アレクサンドル1世
  • 2 アレクサンドル1世 (1777年 〜 1825年)〜望まぬ地位と重圧に押しつぶされたロシア皇帝〜 ナポレオンを敗走させたときのツァーリ(皇帝) として知られる人物です。 モスクワに攻め込もうとしているナポレオンのフランス軍に対し町を焼き払い、市民と食料もあらかじめ移動させておいたので、この町は空っぽの状態でした。 飢えとロシアの厳しい寒さで撤退するフランス軍に一撃をくらわせ、ナポレオン没落の第 [続きを読む]
  • 第6章 19世紀の百年間 1 ナポレオン
  • 1 ナポレオン (1769年 〜 1821年)〜コンプレックスと権力の狭間で揺れたヨーロッパの帝王〜 「わが辞書に不可能の文字はない」 と言ったとか、言わないとか。 世界史上、燦然(さんぜん) と輝く英雄の代表のような人気者です。 白馬にまたがり、右手を高く掲げて、雪のアルプスをまっしぐらに越え、イタリアに攻め込んだ勇敢なナポレオンの姿は、世界中で知られていますね。  しかし、実際にはロバに乗って [続きを読む]
  • 第5章 近世中期(17〜18世紀) 12 ジョージ3世
  • 12 ジョージ3世 (1738年 〜 1820年)〜多難な政局と私生活に発狂して廃人になったイギリス国王〜 イギリスをこよなく愛し、自ら「愛国王」 と呼び、王権の強化を図った国王です。 ハノーバー朝第3代目の国王で、有名なヴィクトリア女王の祖父にあたる人物でもありました。 アメリカ大陸でのフランスとの植民地争いに勝利し、広大な土地を支配下に収めています。 学問の振興に力を尽くし、芸術にも理解が深く、 [続きを読む]
  • 第5章 近世中期(17〜18世紀) 9 レオポルト・モーツァルト
  • 9 レオポルト・モーツァルト (1719年 〜 1787年)〜富と名誉で家族の健康を犠牲にした大作曲家の父〜 あの有名な大作曲家、天才モーツァルトのお父さんです。 レオポルトは、世界の音楽に大きく貢献した偉人と言えるでしょう。 姉のナンネルと弟のウォルガングという二人の天才音楽家を育てあげました。 音楽教育を目的とした、通称 「ナンネルの楽譜帳」 は、世界中で高く評価されています。 しかし、レオポ [続きを読む]
  • 第5章 近世中期(17〜18世紀) 8 フリードリヒ大王
  •  8 フリードリヒ大王 (1712年 〜 1786年)〜疑い深い老人として孤独死したプロイセンの大王〜 ドイツ北方の小国、プロイセンを強大化させ、ヨーロッパ列強諸国の一つに仲間入りさせたフリードリヒ2世。 この功績から、彼はフリードリヒ「大王」 と呼ばれています。 オーストリア継承戦争や七年戦争で、オーストリア帝国の女帝マリア=テレジアと争い、現在のポーランドにある、豊かで広大なシュレジエン地方を [続きを読む]
  • 第5章 近世中期(17〜18世紀) 7 ジョージ1世
  • 7 ジョージ1世 (1660年 〜 1727年)〜国民と家族から見放され発狂したイギリス国王〜 日本でいえば、江戸時代の中ごろにあたります。 当時のイギリスは、イングランドとスコットランドが合同して、大ブリテン王国が成立していました。 世界最強の軍事力をもち、政治や経済的にも安定して、世界の中心的な国家になっていました。 この輝かしい時代に、イギリス国王として君臨したのがジョージ1世です。 しかし [続きを読む]
  • 第5章 近世中期(17〜18世紀) 6 ニュートン
  • 6 ニュートン (1642年 〜 1727年)〜学会での権威と論争に疲弊したイギリスの大科学者〜 アイザック・ニュートンが世界的な大科学者であり、大天才であることはあまりにも有名ですね。 万有引力の法則をはじめ、微積分法、光の研究など、その輝かしい功績は世界中で認められ、人類の発展に大きく貢献しています。 彼が出版した「プリンキピア」 は人類の宝とまで言われています。 世界史上の偉大な人物であるこ [続きを読む]
  • 第5章 近世中期(17〜18世紀) 5 モンテスパン侯妃
  • 5 モンテスパン侯妃 (1641年 〜 1707年) 〜国王から見放され修道院で孤独死したフランス寵姫〜 国王とは、太陽王として世界的に有名なルイ14世です。 その第一寵姫として権力をほしいままにしたのが、モンテスパン侯妃です。 当時のフランスは絶対王政の黄金時代で、ヨーロッパ随一の強国とされていました。 ルイ14世は「朕は国家なり」 と宣言して、絶大な権勢を誇っていたのです。 第一寵姫は輝く金髪 [続きを読む]
  • 第5章 近世中期(17〜18世紀) 4 スレイマン2世
  • 4 スレイマン2世 (1642年 〜 1691年)〜長い監禁生活の犠牲になったオスマン帝国のスルタン〜 「金の鳥籠」 をご存知でしょうか。 オスマン帝国の女の園、ハーレムにあった監禁場所、つまり牢です。 ここに監禁されたのは、女性たちではなくスルタン(皇帝) の皇子たちです。 もっともそれ以前に、ハーレム全体がたくさんの女性たちを監禁している場所だったとも考えられますね。 その女の園の中に男性専用 [続きを読む]
  • 第5章 近世中期(17〜18世紀) 3 呉三桂 (ごさんけい)
  • 3 呉三桂 (ごさんけい) (1612年 〜 1678年)〜権力のために農民を見下し自滅に追い込まれた明の将軍〜 「農民の反乱軍に従うわしではない」 この一言に、呉三桂の生き方そのものが凝縮されているのではないでしょうか。 彼は明王朝の歴史に残る有力な将軍でした。 明の末期に清と戦ったときは、主力軍を率いて北京の北東にある山海関(さんかいかん) を守りぬきました。 清の時代になってからは平西王とし [続きを読む]
  • 第5章 近世中期(17〜18世紀) 2 シャー・ジャハーン
  • 2 シャー・ジャハーン (1592年 〜 1666年)〜タージマハルで見放され幽閉されたムガール帝国の皇帝〜 世界遺産として有名な、インドのタージマハルの建造者です。 その巨大な白い大理石の美しさに魅せられて、今も世界中から観光客が絶えません。 シャー・ジャハーンの内政は、ムガール帝国の最安定期の一つで、インド=イスラム文化の最盛期でもありました。 外政ではアフマドナガル王国を打倒・併合し、南イン [続きを読む]
  • 第5章 近世中期(17〜18世紀) 1 クロムウェル
  • 1 クロムウェル (1599年 〜 1658年)〜共和政と独裁の狭間で揺れたイギリス革命の指導者〜 清教徒革命(ピューリタン革命) の中心人物として、中学校や高校の教科書でもおなじみの人物ですね。 絶対王政を廃止し、共和政を打ち立てた事実はイギリスでも大きなできごとであり、その後の世界史にも大きな影響を及ぼしています。 同時に、クロムウェルは類(たぐい) まれな指導者か、それとも独裁者か、歴史的評 [続きを読む]
  • 第4章 近世前期(16〜17世紀) 11 イブラヒム1世
  • 11 イブラヒム1世 (1615年 〜 1648年)〜暗殺の不安からハーレムを荒らしたオスマンの狂人皇帝〜 「狂人イブラヒム」 「オスマンのネロ」 などと呼ばれ、異常な振る舞いが目に余ったオスマン帝国の第18代皇帝です。 父はアフメト1世、兄にオスマン2世とムラト4世、子にメフメト4世、スレイマン2世、アフメト2世がいる皇族の中の皇族でした。 イブラヒム1世が皇帝として即位した当初は、慈悲深く貧しい [続きを読む]
  • 第4章 近世前期(16〜17世紀) 10 万暦帝 (ばんれきてい)
  •  10 万暦帝 (ばんれきてい) (1563年 〜 1620年)〜内憂外患の心労に揺れた明の皇帝〜 日本の豊臣秀吉が、朝鮮を侵略したときの明の皇帝です。 秀吉は明を支配する手始めとして、朝鮮を侵略しようと文禄の役をおこしています。 これに対して万暦帝は、朝鮮の宗主国として援軍を送りました。 講和のやり取りも、らちが明きませんでした。 それは、互いに相手国とその間にある朝鮮を見下した差別者同士の戦いだ [続きを読む]