akira さん プロフィール

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akiraさん: 民話 語り手と聞き手が紡ぎあげる世界
ハンドル名akira さん
ブログタイトル民話 語り手と聞き手が紡ぎあげる世界
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/akira2215
サイト紹介文語り手のわたしと聞き手のあなたが 一緒の時間、空間を過ごす。まさに一期一会。
自由文2010(平成22)年に民話に出会い、そこから民俗(昔の人の暮らし)に興味を持つようになりました。ここでは民話を中心に「次世代に伝えたいもの」はなにかをさぐっていきたいと思っています。
趣味、ギター、囲碁・将棋、太極拳、朗読、エッセイ。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供181回 / 365日(平均3.5回/週) - 参加 2013/11/08 22:05

akira さんのブログ記事

  • 十返舎一九 ―― 自分の死を笑いのタネに その3
  •  「江戸の定年後」 ご隠居に学ぶ現代人の知恵 中江 克己 光文社文庫 1999年 十返舎一九 ―― 自分の死を笑いのタネに その3 ベストセラー作家なのに貧乏暮し その1 一九に幸運の風が吹いてきたのは、享和2年(1802)、38歳のときだ。この年に出した滑稽本『東海道中膝栗毛』がよく売れ、一躍人気作家になったのである。 これは、江戸に住む弥次郎兵衛と喜多八の二人が、おもしろおかしく東海道を旅する物語で、当時 [続きを読む]
  • 十返舎一九 ―― 自分の死を笑いのタネに その2
  •  「江戸の定年後」 ご隠居に学ぶ現代人の知恵 中江 克己 光文社文庫 1999年 十返舎一九 ―― 自分の死を笑いのタネに その2 入婿を二度しくじった洒落男 その2 ふたたび江戸に舞い戻ったのが寛政6年(1794)、30歳のとき。江戸でなにをする当てもなかったから、通油町(東京都中央区日本橋大伝馬町)の蔦屋重三郎方へころげこみ、食客として暮らしはじめた。 蔦屋重三郎は地本問屋、いまでいう出版社を経営していた [続きを読む]
  • 十返舎一九 ―― 自分の死を笑いのタネに その1
  •  「江戸の定年後」 ご隠居に学ぶ現代人の知恵 中江 克己 光文社文庫 1999年 十返舎一九 ―― 自分の死を笑いのタネに その1 入婿を二度しくじった洒落男 その1 死はさまざまで、生きたようにしか死ねない、ともいわれる。死という厳粛な瞬間に、その人の生き様が集約して現れる、ということなのだろうか。 その厳粛な死を演出し、笑いのタネにした男がいた。『東海道中膝栗毛』で知られる戯作者、十返舎一九である。 [続きを読む]
  • 「江戸の定年後」 中江克己
  •  江戸時代も後期になると、親孝行を売り物にする輩も出てくる。嘉永6年(1853)にまとめられた『守貞漫稿』には、「親孝行」と称する門付けを紹介している。「天保末(1844)、江戸ではある男が衣服を着せた張りぼての人形を胸につり、孝行者が親を背負っているように見せかけていた」 そのようにして、「親孝行でござい」と大声でいいながら歩き、家々の前に立っては、手に持った扇子で銭をもらったのである。なかには、本当に [続きを読む]
  • 「カチカチ山」 マイ・エッセイ 29
  •    カチカチ山                                                                                                   今年の春、中央生涯学習センター秋の文化祭に、朗読の会で一緒に習っている女性と二人で朗読を発表することになった。選んだ作品は、太宰治が戦争中防空壕の中で書いた『 カチカチ山』。タヌキを三十 [続きを読む]
  • 「ういろう売りのせりふ」 その6 鈴木 棠三
  •  「ことば遊び」 鈴木 棠三(とうぞう)1911年生まれ 講談社学術文庫 2009年 「ういろう売りのせりふ」 その6 舌もじり・早口文句の集成 P-71 ういろう売りのせりふの構成は、最初にういろう薬の歴史と本舗を紹介する。次に薬効のいろいろ、特に口がよく廻るという奇効があると述べ、その実演に入る先に、音韻の基礎知識について、ちょっと学のあるところを示して煙にまく。「あわや咽・・・唇の軽重」がそれで、これは音 [続きを読む]
  • 「ういろう売りのせりふ」 その5 鈴木 棠三
  •  「ことば遊び」 鈴木 棠三(とうぞう)1911年生まれ 講談社学術文庫 2009年 「ういろう売りのせりふ」 その5 団十郎の創出 P-67 感激した団十郎は、報恩のため舞台の上から霊薬の名を広めたいと申し出たが、意仙は同家従来のしきたりを守って固辞した。それでも、人助けのためであるからとの団十郎の強い望みに押し切られて、ついにその申し出を承諾した。これがういろう売りの舞台化するまでの経緯であると、外郎家で [続きを読む]
  • 「ういろう売りのせりふ」 その4 鈴木 棠三
  •  「ことば遊び」 鈴木 棠三(とうぞう)1911年生まれ 講談社学術文庫 2009年 「ういろう売りのせりふ」 その4 団十郎の創出 P-66 ういろう薬が天下に名を知られたのは、東海道を上下する旅人によって口コミ的に名が広まり、また土産に買い求めて帰国した者が実物による宣伝に協力したことが第一の理由で、外郎家自身は最後まで武士の商法的なやり方で終始し、希望者には売るといった態度を変えなかったということである [続きを読む]
  • 「ういろう売りのせりふ」 その3 鈴木 棠三
  •  「ことば遊び」 鈴木 棠三(とうぞう)1911年生まれ 講談社学術文庫 2009年 「ういろう売りのせりふ」 その3 ういろう由来 P-65 これを、銀粉をまぶした丸薬に変えたのが今の形で、このように代わったのは比較的早くからのように思われる。天文9年(1540)に成った荒木田守武の俳諧連歌『守武千句』に、「大きなりけり小さかりけり」の句に「不二のねはとうちんかうを麓にて」と付けているのは、もちろん小田原移住後の [続きを読む]
  • 「ういろう売りのせりふ」 その2 鈴木 棠三
  •  「ことば遊び」 鈴木 棠三(とうぞう)1911年生まれ 講談社学術文庫 2009年 「ういろう売りのせりふ」 その2 ういろう由来 P-64 永正元年(1504年)、五代目外郎藤右衛門定治(1470〜1556)の時、北条早雲の招きにより小田原に下って同家に属し、高1800貫を領した。北条氏滅亡の時、七代目光治は籠城軍に加わっていたが、特に許されて城下に止まり、以後は医薬に専心した。その後は城主大久保・稲葉両氏から保護されて [続きを読む]
  • 「ういろう売りのせりふ」 その1 鈴木 棠三
  •  「ことば遊び」 鈴木 棠三(とうぞう)1911年生まれ 講談社学術文庫 2009年 「世の中はすむと濁るの違いにて、刷毛に毛があり禿に毛が無し」。平安以来、歌詠みも、連歌作者も、俳諧の宗匠も、ことばの動き、その変わり身の様々な相を追求した。「回文」「早口言葉」「しゃれ」「地口」「なぞ」「解きと心」・・・百花繚乱の言語遊戯を誇る日本語。ことばの可能性を極限まで発掘しようとする行為としてのことば遊びの歴史を [続きを読む]
  • 「全身翻訳家」 鴻巣 友季子
  •  「全身翻訳家」 鴻巣 友季子 (こうのす ゆきこ)1963年生まれ ちくま文庫 2011年 食事をしても子どもと会話しても本を読んでも映画を観ても旅に出かけても、すべて翻訳につながってしまう。翻訳家・ 鴻巣友季子が、その修行時代から今に至るまでを赤裸々かつ不思議に語ったエッセイ集。五感のすべてが、翻訳というフィルターを通して見える世界は、こんなにも深く奇妙でこんなにも楽しい。(推薦文) 文庫版あとがき  [続きを読む]
  • 「なにぶん老人は初めてなもので」 その4 中沢 正夫
  •  「なにぶん老人は初めてなもので」 その4 中沢 正夫 柏書房 2000年発行 中沢正夫 紹介 1937年群馬県に生まれる。精神科医。「探検隊」員として椎名氏らと怪しき活動を行う。 日本に老人文化は開花するか――隠居の条件 その3 P-14 それでもそのうち隠居ができるだろうと楽観している。その場合の「隠居」ぐらしとして私のイメージできるのは次の4っつである。隠居とはいずれも何をする人かではなく隠居の条件である [続きを読む]
  • 「なにぶん老人は初めてなもので」 その3 中沢 正夫
  •  「なにぶん老人は初めてなもので」 その3 中沢 正夫 柏書房 2000年発行 中沢正夫 紹介 1937年群馬県に生まれる。精神科医。「探検隊」員として椎名氏らと怪しき活動を行う。 日本に老人文化は開花するか――隠居の条件 その2 P-13 お邪魔にならぬよう片隅でそっと生き、ひそかに趣味や技能をみがくのを隠居学とはいえないだろう。また、老いを否定して現役を圧倒してしまうほど若々しさを前面に出して、変わった生き [続きを読む]
  • 「なにぶん老人は初めてなもので」 その2 中沢 正夫
  •  「なにぶん老人は初めてなもので」 その2 中沢 正夫 柏書房 2000年発行 中沢正夫 紹介 1937年群馬県に生まれる。精神科医。「探検隊」員として椎名氏らと怪しき活動を行う。 日本に老人文化は開花するか――隠居の条件 その1  P-11 前略 (だから)昔の老人は、今よりはるかに頑健であったといえる。5人に1人は死ぬという乳幼児期をくぐりぬけ、結核や赤痢でも死ななかった個体であった。その上、今よりもはるかに [続きを読む]
  • 「なにぶん老人は初めてなもので」 その1 中沢 正夫
  •  「なにぶん老人は初めてなもので」 その1 中沢 正夫 柏書房 2000年発行 中沢正夫 紹介 1937年群馬県に生まれる。精神科医。「探検隊」員として椎名氏らと怪しき活動を行う。 はじめに 老いは誰にとってもはじめての体験である。老いについて書かれた万巻の書を読み、千人の先輩の言を聞いていても自分の老いは、はじめての体験である。この世に一人として同じ人間がいない以上、それぞれの老いも別々であって当然であ [続きを読む]
  • 「大放言」 その20 百田尚樹
  •  「大放言」 その20 百田尚樹  新潮新書 2015年 環境を変えれば自分が見つかるのか P-38「自分探し」の秘密がだんだんとわかってきた。どうやら彼らは自分を取り巻く環境を変えれば、「自分」が出てきて見つかると思っているようだ。外国放浪はそのために必要だったのだ。そして、これまで眠っていた「本当の自分」は、これまでの自分とは比べ物にならないほど素晴らしい存在であると信じているらしい。 一見、納得できる [続きを読む]
  • 「大放言」 その19 百田尚樹
  •  「大放言」 その19 百田尚樹  新潮新書 2015年 「自分」は日本以外の世界中にある P-37 一時期のブームは過ぎたとはいえ、「自分探し」は相変わらず一部の若者のあいだでは根強い人気があるようだ。 若者たちは「自分」を探しにぞくぞくと日本を旅立つ・ある者はアメリカに、ある者はヨーロッパに、ある者は東南アジア、ある者は中国、ある者は南米へと「自分」を探しに旅に出る。どうやら探すべき「自分」は世界の至る [続きを読む]
  • 「大放言」 その18 百田尚樹
  •  「大放言」 その18 百田尚樹  新潮新書 2015年 自分を探すバカ P-35 世にも奇妙な会話 先日、私の目の前でこんな会話があった。あるテレビの制作会社の事務所でのことだ。 会社を辞めたいという若い社員(20代後半)と社長(60代後半)の会話だ。この業界は人の出入りが激しいから、若い社員が辞めるのは珍しくない。「なんで会社を辞めるんや?」したいことがあるんか?」「自分探しの旅に出ます」「お前はここにおる [続きを読む]
  • 「大放言」 その17 百田尚樹
  •  「大放言」 その17 百田尚樹  新潮新書 2015年 いいように誤解されるケースはある P-33 これまで「他人の評価というものはズレが少ない」と書いてきたが、実は例外もある。それはプラスの評価の場合だ。 つまり本当は仕事ができないのに「できる奴」と思われている男性や、本当は陰険なのに「優しい人」と勘違いされている女性がたまにいる。 しかしこれは周囲の人にそう思わせた彼(女)の勝利である。前にも言ったよ [続きを読む]
  • 「大放言」 その16 百田尚樹
  •  「大放言」 その16 百田尚樹  新潮新書 2015年 隠れている自分は自分ではない P-31 しかしそれでも「いや、自分は周囲にまだ本当の姿をみせていない。だから、皆、本当の私を知らないのだ」と反論する向きもあろう。また「本当の気持ちは違うのに、うまく発言できなかったり、うまく行動できないために、誤解されてきた」と主張する人もいるかもしれない。あるいは「ふだんの日常生活では敢えて本当の自分を出さずに生き [続きを読む]
  • 「大放言」 その15 百田尚樹
  •  「大放言」 その15 百田尚樹  新潮新書 2015年 自分は誤解されているというバカ その2 P-30 他人の目は正しい「他人は自分を正しく見ていない」という認識こそ、人が犯す最も大きな過ちの一つである。実は、他人くらい自分を正しく見ている者はいない。 もちろん人間だから誤解や勘違い、好き嫌いによる思い込みというものはある。しかし仮に周囲の人間10人の意見を総合して、その大半の意見が一致すれば、その人物評 [続きを読む]
  • 「大放言」 その14 百田尚樹
  •  「大放言」 その14 百田尚樹  新潮新書 2015年 自分は誤解されているというバカ その1 P-29「誰も俺のことをわかってくれない」「みんな、私のことを誤解している」 こういうことを口にする人は実に多い。気の置けない友だち同士で飲む時の愚痴の半分くらいはこれではないかというくらい、よく耳にする言葉だ。実際に面と向かって相談を受けたこともある。 そんな時、私はいつもこう思う。「それは大きな勘違いである [続きを読む]
  • 「医学不要論」 その2 内海 聡
  •  「医学不要論」 その2 内海 聡(うつみ さとる) 三五館 2013年 <消火器ガンの手術について> P-139 私とまったく同意見ではないのだけれど、非常に示唆に富む意見を紹介しよう。『医者ができること、してはいけないこと』(小澤博樹)より、やや長くなるが、重要な箇所なのでそのまま引用する。 (以下 引用) ガンをはじめ、すべての病気は「人体の酸化現象」としてとらえることができる。したがって、人体を構成 [続きを読む]
  • 「医学不要論」 その1 内海 聡
  •  「医学不要論」 その1 内海 聡(うつみ さとる) 三五館 2013年 なぜ人は健康を求めるのか―――これについて、私には一つの提言がある。この世の医学者、治療家、セラピストをすべて敵に回す考え方である。 それは、「健康でないことこそが人間として当然である」という考え方である。 人間は常に不調を感じ、愚痴をこぼし、その不調とつき合いながら自然に生き死んでいくものである。これは医学不要論を提唱するうえ [続きを読む]