naitoukonan さん プロフィール

  •  
naitoukonanさん: アヴァンギャルド精神世界
ハンドル名naitoukonan さん
ブログタイトルアヴァンギャルド精神世界
ブログURLhttp://blog.goo.ne.jp/naitoukonan
サイト紹介文冥想により、限りなき知性と底知れぬ優しさを。この世はドリームでもあり、リアルでもあり。
自由文本当のなつかしさ、本当のやさしさ、そういったしみじみとしたものだけが好みです。

気になるもの
錬金術、冥想、瞑想、オカルト、坐禅、気功、ヨーガ、オーパーツ、超能力、霊能力、前世記憶、PTSD、トラウマ、修験道、アトランティス、レムリア、ケルト、クンダリーニ,チャクラ、洗脳、情報操作、テレビっ子、個人主義、疎外、おひとり様、悟り世代、アセンション、無私、敬虔、清貧
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供367回 / 365日(平均7.0回/週) - 参加 2013/11/11 20:42

naitoukonan さんのブログ記事

  • 死体に入る
  • ◎ディテールは、グルあってこそ日本には、九相図というのがあり、墓地で腐乱が進む死体の有様を観察し、肉体の絶対でないことに直面するという修行法がある。OSHOバグワンが、“The alpha and Omega 第八”で、一歩進んで死体の中に入る修行に言及している。まずパタンジャリのヨーガ・スートラ「束縛の原因を緩め、その通路を知ることによって、心が他の人の身体に入ることができます」OSHOバグワンの説明:『スーフィは、この方 [続きを読む]
  • 悩み、苦しみを解決するには
  • ◎現実的努力、冥想、ドラッグ悩み、苦しみを解決するには、文字通り、悩み苦しみと現実的に逆の現象を起こさせて解消するやり方、悩み、苦しみそのものがなかったようにするやり方、そして悩み苦しみそのものが実体のないものであると知る空の悟りというようなやり方がある。3種のうち2種は冥想による。だが、日本人の大半は冥想という手法があることすら知らない。アメリカ人などは、冥想があることは、日本人より知っているが、 [続きを読む]
  • 性エネルギーと頭人間
  • ◎エネルギーの頭への集中と狂気現代人は、性に向かうべきエネルギーですらも、頭に向かう。人間のボディには複数の代表的エネルギープールがあって、それは、生殖器、腹、頭なのだが、現代では文化的要因により、エネルギーほとんど頭に向かう。その結果、人の頭の中は、昼は思考、思考、夜は、夢、夢と休むことがなくなる。手足も腹も頭に従属する機械に成り下がり、肉体では、頭だけが生きている。現代人は、頭人間である。だか [続きを読む]
  • 神人和合の特徴
  • ◎大神から人間への内流と諸悪莫作神人和合による人間の矯正についての出口王仁三郎の説明。大神とはアートマンの謂いだが、大抵の人間は、肉体と神が直接コンタクトせず、微細身経由で大神とコンタクトしている。つまり、人間は大神が微細身経由で肉体をコントロールしているというイメージがここにある。そして大神から直接流れ出る内流。神から人間に流れていくように書いてあるが、これは私の想像だが、神人合一を果たす前は、 [続きを読む]
  • 完璧な分断と絆幻想
  • ◎平時でも分断孤立した生活と意識大規模災害の後は絆がスローガンになる。それは、大規模災害で、ライフラインが破壊されると、生活は分断、孤立しがちになるもので、生存を維持するためには、食料、水、情報などの絆が要るということ。ところが、個々人の生活の分断は、ライフラインが整った日常にあっても既に常態化している。個人主義的生活とは、個々人が分離した生活スペースで暮らし、日常意識も他人と分離し、独立している [続きを読む]
  • 人の息を詰まらせ気晴らしを奪う
  • ◎日本的ライフ・スタイルと社会システムが精神病者を大量生産昔コンピューターセンターみたいなところに行って、二重三重のチェックを受けて入ると、そこは真夏でも空調のガンガン効いた空間であり、「ようやく入ったが、出るのも大変だな」などと心理的な息苦しさを感じたものだった。現代は、GPS、SNS、セキュリティの不幸のリンクにより、こうした心理障壁、物理障壁による空間が、至る所に置かれている。電車の中では、 [続きを読む]
  • 沢庵禅師の太阿記−3
  • ◎天下に比類なき名剣太阿記訓読の続き。『這箇を得んと欲すれば、行住坐臥、語裡黙裡、茶裡飯裡、工夫を怠らず、急に眼を着けて、窮め去り、窮め来たって、直ちに見るべし。月積み年久しくして、自然暗裡に灯を得るが如きに相似たり。無師の智を得、無作の妙用を発す。正にその時、只、尋常の中を出でず、しかも尋常の外に超出す。これを名付けて太阿という。』これを得ようと思うのならば、一瞬の気のゆるみもなく、目を見張って [続きを読む]
  • GPS、SNS、セキュリティの不幸のリンク
  • ◎ますます息の詰まる時代1970年代や80年代に比べると、2010年代の今の時代は誠に小さいことにうるさくなった。それこそ箸の上げ下ろしに至るまで細々と言い立てるのが当たり前になった。そうなると気は小さくなり、些細なことで気はふさぎ、気の循環はスムーズにはいかなくなりがちなものであり、世にうつ病者や、引きこもりが多数出現する主因となっている。これにはSNSの出現が大きく寄与しており、小人閑居して、他人の小悪 [続きを読む]
  • トースとダンテスの合体−3
  • ◎マニピュラからアナハタへダンテス・ダイジ座談の中で、ある来訪者に対し、人生の裂け目のことを表現するのに、『「戻ってこーい。戻ってこーい」と叫んでいるような何かを感得すること』というように表現し、かの来訪者もそれを感得するシーンがある。トース、あるいはトオオスの系流の行き方は、自己実現なき感情中心の意識世界からスタートし、社会で社会的役割を果たすことにより、自我を強化膨張させ、自己保存、我欲の虚し [続きを読む]
  • トースとダンテスの合体−2
  • ◎ダンテスの甘いささやきと悪影響ダンテスの系流に属する聖者たちは、アトランティス末期のダンティス・ケンタウロス、クリシュナ、臨済などがいる。彼らの主張は、ステップや方便を越えて単刀直入に「現実」に言動せしめること。つまり、時により、人により、状況によっては、冥想もいらない、宗教もいらない、戒律を守ることもいらないなどと語ることである。ところが、これにより、様々な倒錯や、誤解を実践に移す人が出たこと [続きを読む]
  • トースとダンテスの合体−1
  • ◎組織宗教と個人宗教、顕教と密教エジプト神話では、トースは出てくるし、アメンチーの名も出てくるが、何のことかは、想像すらもできないほどに。ダンテス・ダイジ座談では、アトランティスでは、神の宮という中央官庁兼最高神殿みたいなのがあり、その奥殿がアメンティ。そこにトースを中心とする12人の超人がいて、彼らは組織宗教的を体現していた。そしてもうひとりダンテス・ダイジは13番目の超人としてそこにいたが、彼は遊 [続きを読む]
  • 空海の病気治療と人間観
  • ◎地水火風の不調と悪霊のたたりと悪いカルマ空海の秘密曼荼羅十住心論序に病気治療観が書いてある。曰く、病気の原因は、地水火風の不調と悪霊のたたりと悪いカルマにしぼられる。そこで身体の病気を治す方法に8あり。温泉、散薬、丸薬、酒、針、灸、まじないといましめ(呪禁)。さらに薬ではたたりや悪い報いを退けることはできないが、呪法は、一切の病を治すことができるとまで言っている。一方心の病は五蔵(修多羅(しゅた [続きを読む]
  • 至人は己れなく、神人は功なく、聖人は名なし
  • ◎荘子とOSHOバグワン荘子の逍遥遊篇から。『若し夫(そ)れ天地の正に乗じて六気の弁に御し、以て無窮に遊ぶ者は、彼且(は)た悪(いずく)にか待たんとするや。 故に曰わく、「至人は己れなく、神人は功(いさおし)なく、聖人は名なし」と。』※六気:天地間に存在する六つの気。陰・陽・風・雨・晦(かい)・明。または、寒・暑・燥・湿・風・火。大意:『もし天意を体して、六気により世界をコントロールし、無窮に遊ぶ者は、 [続きを読む]
  • 最終解脱或いは最終的な解脱
  • ◎絶対的な孤立(カイヴァリヤ=独存)ヨーガでは、トランスから入る。そしてサマーディに入る。サマーディ(三昧)は、入我。ヴィヤーサは、有想三昧から無想三昧への移行について、有想三昧の最終段階に達した時に自ずと得られる照明(知恵)によって、絶対的な孤立(カイヴァリヤ=独存)が起こるとした。これは完全に空となった入我であり、ここでそれは、もはや経験とはいえない経験となる。なんとなれば、意識と世界の間には [続きを読む]
  • 利休百首
  • ◎茶はさびて 心はあつくもてなせよ利休百首に先んじて、紹鷗百首とか、利休五十首とかがあって、利休百首にまとめられたのは後代のことらしい。利休自身の悟境は怪しいが、世俗的功利的価値観や、闇を忌避するアポロン的価値観に一石を投じ、わびさびの形を万人に評価せしめたそのエネルギーは敬服に値する。その道に入らんと思ふ心こそ我が身ながらの師匠なりけり(発心の大事さを説く)一手前点るうちには善悪と有無の心のわか [続きを読む]
  • アメリカでの仏教文化
  • ◎ライフスタイルと文明の問題アメリカのテレビドラマや映画を見ていると、日本語の仏教用語がそのまま出てきて、ぎょっとさせられることがある。ZENなどは、その横綱クラスであって、IT関連商品を中心として、かっこいいという意味のZenを冠した商品はいくらでもある。それとちょっと地味なみたいなニュアンスのwabisabiもわりと頻出である。そしてSatori。これは、そのものズバリで、Sudden enlightenment。日本では、曹洞 [続きを読む]
  • 水爆の夢
  • ◎巨大な火の玉が無数に空で燃え上がる2017年9月3日北朝鮮が水爆実験を行ったと発表した。その後で、北朝鮮から発表された水爆の写真を見て目を見張った。くびれた型で、後方が延びればコカコーラの瓶の形ともいえよう。これと似た爆弾の打ち上がるのを、『巨大な火の玉が無数に空で燃え上がる』と幻視したのはダンテス・ダイジ。この話は、彼の座談の中に出てくる。予言というものは、実現が近づくと誰の目にも明らかになるものら [続きを読む]
  • 宗教改革と水の洗礼、火の洗礼−2
  • ◎耳で見て目できき鼻でものくうて 口で嗅がねば神は判らず宗教改革と水の洗礼、火の洗礼と言えば、キリスト教のヨハネとイエス。出口王仁三郎は、宗教改革のメインは、イエスでなくヨハネであって、ヨハネは、神界、幽界の修理固成の神業をなし、イエスはそのサポート役に過ぎないと見る。これを確証するには、『耳で見て目できき鼻でものくうて 口で嗅がねば神は判らず』などとタロットカードの吊るされた男ばりの世界の逆転が [続きを読む]
  • 宗教改革と水の洗礼、火の洗礼−1
  • ◎宗教の立替え立直しどの宗派でもそうだが、宗教改革には、見えにくい先行者と、後発だが大きな目に見える成果をあげる表向きの改革者がある。通常二人はペアであり、両方そろわないと、宗教の改革は成らない。日本で言えば、役行者が先行改革者であり、空海が後発改革者。宗教改革というものは、まず霊界でもってそのプロトタイプを作り上げ、そしてその土地土地の産土神、諸神霊をも改心させる。これが先行改革者の役割。一切を [続きを読む]
  • ナチスドイツのチベット探検隊
  • ◎外に求める時代の終わり先日、テレビを見ていたら、ナチスドイツが1938年チベットに探検隊を送り込んで、それをきっかけにチベットとの人的交流も行われていたことを伝えていた。それ以上の詳しいことは何も語られなかったが、ナチスドイツが国策の一環としてチベットのオカルティズムに関心を寄せていたことが明らかになった。ベルリン陥落時にヒトラーの居所の周辺にラマ僧の複数の死体が発見されたことを昔読んだことがあり、 [続きを読む]
  • 沢庵禅師の太阿記−2
  • ◎刀を用いずして人を殺し、刀を用いて人を活かす太阿記訓読の続き。『夫れ通達の人は、刀を用いずして人を殺し、刀を用いて人を活かす。殺すを要さば即ち殺し、活かすを要さば即ち活かす。殺々三昧、活々三昧也。是非を見ずして能く是非を見、分別を作さずして能く分別を作す。水を踏むこと地の如く、地を踏むこと水の如し。若しこの自由を得れば、尽(じん)大地の人、他を如何ともせず、悉く同侶を絶す』通達の人は兵法の達人のこと。 [続きを読む]
  • ギルガメシュの不死の探求
  • ◎不死とは、他者である神のものなのか。親友エンキドゥを失ったギルガメシュは、自分もエンキドゥのように死ぬのではないかと不安に駆られた。そこでギルガメシュは、不死を得た人物であるウトゥナピシュティムを訪ねて、太陽が日毎に通る門を見つけ、その中の暗闇のトンネルを12時間歩き、あらゆる食欲、肉欲、感覚刺激の享楽の誘惑も退け、死の海を越えて、ウトゥナピシュティムに出会うことに成功した。ギルガメシュは、彼にど [続きを読む]
  • 外国が同腹になりて
  • ◎一旦皆引寄して、其後で地震、雷、火の雨降らして「外国が同腹になりて攻めて来る」とは、外国が日本だけを敵とみなして一斉に攻めかかってくるということだが、これは、大本神諭に出てくる未来ビジョン(幻視)。これは、今まで実現などしたことがなかったかのように思われるが、実は一度あった。第二次世界大戦の末期1945年5月ナチス・ドイツが降伏して以降は、事実上日本一国だけが世界の敵として世界中を相手にして戦う、文 [続きを読む]
  • 沢庵禅師の太阿記−1
  • ◎活人剣太阿とは、活人剣のことである。悟りを以って世を渡るということであって、銃刀法に登録した名刀を持って時々振り回すことではない。沢庵禅師の太阿記の本文。『蓋し兵法者は勝負を争わず、強弱に拘わらず、一歩を出でず、一歩を退かず。敵、我を見ず、我、敵を見ず。天地未分、陰陽到らざる処に徹して、直ちに功を得べし』天地未分、陰陽到らざる処とは、第六身体、アートマン、密教でいう空のことであり、過去現在未来す [続きを読む]
  • 一路居士
  • ◎万事休すべし、如何なるか是れ一休一路居士は、一休和尚の数少ないわけのわかった友人の一人。一路居士は、もと仁和寺の門主をされた方だが、和泉の国境に草庵を結んでいた。その頃一休は、摂津の住吉におられ、一路居士を時々訪問していた。一休が問うに、『万法路(みち)あり、如何なるか是れ一路』一路『万事休すべし、如何なるか是れ一休』一路居士の草庵にはいつももっこが吊るしてあって、その中に道行く人の志を受け、手 [続きを読む]