青梗菜 さん プロフィール

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青梗菜さん: qinggengcai
ハンドル名青梗菜 さん
ブログタイトルqinggengcai
ブログURLhttp://qinggengcai.blog2.fc2.com/
サイト紹介文馬鹿の世界の点景になりたい。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供246回 / 365日(平均4.7回/週) - 参加 2013/11/15 14:22

青梗菜 さんのブログ記事

  • 哲学は、不快
  • 反対に、なにより気分が悪いのは、問いがあって、答がないこと。答がない問いの答を考えること。自分で考える気がない人にとっては、これほど不快なことはない。答を教わることができないから。どこかに答があって、自分はそれを見つけてきて、理解すればいい、そんな作法を、考える、と呼んでいる人にとっては、答は、教えてもらうものである。スピは、答のない問いにも、正解を用意してくれている。答があるということは、とても [続きを読む]
  • 哲学は、現実
  • 気分がいい考えごとは、気分がいい。同語反復だから当然だ。        自分にとって気分がいいことを信じると、        信じる自分は気分がよくなる。何も言っていないくらいに、当たりまえなことだ。        スピを信じれば、ご機嫌になれる。        それだけでスピは、信じるに値する。みんな、ご機嫌に暮らしたいから、気分が悪いことなど、        誰だって、信じたくはない。     [続きを読む]
  • 哲学は、自分
  • その判断基準の、不合理性はさておく。スピが輪廻を信じたいのなら、信じればいい。        問題は、その当否を、        主体的に捉えようとしない、        自分のなさにある。オウムの実行犯は、生まれ変わりを信じて、他人の生命を、軽く扱うことができた。        しかし、自分の生命に、        危険が及ぶと、        逮捕を恐れて逃亡する。つまり、輪廻は他人事で、自分 [続きを読む]
  • 哲学は、主体
  • 本当の自分なんて、どこかに在るほうが困る。僕は、嘘の客体を、生きているつもりはない。本当の自分に、考えてもらえば、嘘の自分は楽ちんだろう。何も考えなくても生きられる。人は死んでも、何度でも生まれ変わる、そう思っている人とは、一緒に何かを考えられない。最初から、そんな言い訳だか、なぐさめだかを、隠し持っている人とは、一緒に生きて行けない。そんな人には、恋愛も、子育てもしてもらいたくない。クルマの運転 [続きを読む]
  • 哲学は、黙る
  • 僕たちが理解している世界など、幻想にすぎない。真実の世界は別にある。その通りだと思う。僕だって、そう思っている。僕の世界は、僕の誤謬の投影である。僕は、そこで、黙る。真実の世界があったとして、そんなものは、僕には語れない。誰かが真実の世界を語るのなら、真実で語られたその世界も、誰かの誤謬の投影に過ぎない。科学は、世界の解釈の一例で、世界の解釈は、いくつもある。僕だって、そう思っている。僕は、そこで [続きを読む]
  • 哲学は、遅い
  • 哲学は、もの分かりが悪い。スピがふつうに使っている、愛とか、真理とか、神とか、そんな言葉が解らない。だから、スピにとっては、心地よいフレーズが、哲学には、とらえどころがなくて、なんだか不快に思えてくる。それらは、哲学が、好んで取り上げる主題だが、哲学は、考えて考えて、恐る恐る定義する。自分の経験に基づいた心の内は、まだ言葉を与えられていない。だから、言葉は、ぎこちなく差し出される。心の内の言語化は [続きを読む]
  • 哲学は、疑う
  • 正しさを求める人は、自分の中に、正しさと疑わしさが、並存することを許容しない。だから、哲学は、スピを疑うわけではない。疑うに値しないくらいに、もとより、スピは不確かだから。哲学は、哲学を疑う。例えば、スピを信仰とするのなら、哲学も信仰ではないのか、などと疑うから面倒くさい。スピなど、相手にしていない。例えば、スピが不合理なら、哲学も不合理ではないのか、などと疑うから厄介だ。スピは、スピを、信じて疑 [続きを読む]
  • 哲学は、届く
  • スピの発想で生きている人には、哲学の発想で生きている人が、何を考えているのかを、まったく理解できない、そんな気がしている。つまり、僕が、この何日かで、何を考えて、何を書いているのかは、スピには、読み解くことができない、そう思っている。それでも、構わない。届いた先を宛先として、メッセージは届く。僕は、スピの発想の人たちを、宛先にはしていない。スピと対立したいわけではない。スピの発想を否定し、攻撃した [続きを読む]
  • 哲学は、吐く
  •         世の中には、        矛盾と不合理があふれている。この世界は、きっと、本当の世界ではない。        スピも、哲学も、        どちらも、そう思っている。スピは、現実を軽視する。現実は、虚構の世界だから。        例えば、高次の世界や、        霊性の世界を作って、それを本当の世界にする。現実の世界を語らない。        高次の世界は、        [続きを読む]
  • 哲学は、負け
  • 気分がいいことを、信じるのは気分がいい。同語反復だから当然だ。スピが与えてくれる物語は、解りやすくて、気が休まる。哲学は、解りにくい上に、たいていの結論は不愉快だ。損得でいえば、損である。勝ち負けでいえば、スピに負けている。どちらが正しいか、そんなことは知らない。もとより、損をしてまで、手に入れたくなるほどには、正しさに価値はない。間違いだらけの世の中で、正しいことを知っていても、何の解決にもなら [続きを読む]
  • 哲学は、異端
  • 「にほんブログ村」には、968568のブログが登録されている。ほとんどが更新されずに、放置されているとしても、参考にするには十分な数字だ。そのうち、「哲学・思想」のカテには、12064のサイトがある。96万8千に対して、1万2千、1%のマイナーなカテゴリー。「哲学・思想」のカテのうち、「哲学」のサブカテは、たったの511。残りは、「スピリチュアル・精神世界」の2335、「引き寄せの法則」の1059、など、ほとんどが、哲学以外 [続きを読む]
  • 宇宙に飛んで、時空を超えてろっ (。-`ω´-)ンー 4/4
  • 例えば、生命、が、地球だけに生まれたものなら、宇宙の側からしてみれば、        宇宙は僕たちを得て、        初めて宇宙を想うことができた。        僕たちが宇宙を想うことは、        宇宙が宇宙を想うこと。しかし、人が想う以外の宇宙は、人の思惑どおりの、在りかたをしているとは限らない。        異星人でも、神でも、何でもいい、        人以外の、その誰かの側か [続きを読む]
  • 宇宙に飛んで、時空を超えてろっ (。-`ω´-)ンー 2/x
  • 人は2通りに分けられる。その法則を、そのまま、宇宙の法則、とするか、あるいは、人の法則、とするか。僕が加えるオプションは、人の、とか、人間の、とか、人が考える、とか。人以外のものごとを扱うときに、僕は、人、をつけ加えて考える。宇宙の法則、なら、人の宇宙の法則、になる。人が考える宇宙の法則、それは、人の法則だから、人が何を考えても、僕は、一向に構わない。スピでも、宗教でも、自由にやってくれ。人が考え [続きを読む]
  • 宇宙に飛んで、時空を超えてろっ (。-`ω´-)ンー 1/x
  • 宇宙の法則、なんて言ったりする。いきなりで、びっくりするけれど。なんとなく言う。でかいことを言う。人によっては、大宇宙の法則、とか、宇宙の法則性、とか、痛いクルマのエアロパーツのような、オプションをつけたがる。僕もオプションを、つけ加えよう。何かを加えたときには、必ず何かが減らされる。たぶん、宇宙の法則、によって、人は2通りに分けられる。 [続きを読む]
  • 手紙は必ず届く
  • ラカンのテーゼ、「手紙は必ず届く」宛先には、届かないかもしれないけれど、手紙は必ず届く。届いた先を宛先として、手紙は必ず届く。     [続きを読む]
  • 僕は、馬鹿なのだろうか ―― 原理主義を否定しない (。-`ω´-)ンー
  • 正しさ、は相対的なもの、だから、絶対的な正しさは間違い、ここで終わりにできれば、どんなに楽ちんだろう。どんな命題でも、絶対に正しいということはない、そんな相対主義の主張は、直ちに相対主義を矛盾に追い込む。どんな命題でも、絶対に正しいということはない、その主張は絶対に正しいのか、絶対に正しいとは言い切れないのか。どんな命題でも、絶対に正しいということはない、その主張に、絶対主義の立場を取るのか、相対 [続きを読む]
  • 僕は、馬鹿なのだろうか ―― 何も解っていない (。-`ω´-)ンー
  • まつたく雲がない笠をぬぎ―― 『草木塔』/種田山頭火何ものにも捉われない、とか、何からも自由な、とか、嘘つけよっ。宇宙に飛んで、時空も超えてろっ。この句の意味は、苦笑い、ではないのか。この句の感想は、ひねくれてるなぁ、ではないのか。何も解っていない、と言われても、解ったふりはできないよっ、馬鹿だから。    ―― 山頭火句集/種田山頭火 著、村上護 編、―― 1996、ちくま文庫 [続きを読む]
  • 僕は、馬鹿なのだろうか ―― 平易に書く (。-`ω´-)ンー
  • 術語の多用、晦渋な表現、難解な言い回し。解りやすく、ミニなんかに喩えない。哲学書から引いてきて、結論を補強すれば、とりあえず、馬鹿と呼ばれることはないだろう。僕なら、そんなのを有難く思うような、軽薄なエリーティズムを、馬鹿にしたくなるけれど。    外では帽子をかぶらない。ひねくれかたが半端ない。まったく雲がない笠をぬぎ ―― 山頭火 [続きを読む]
  • 僕は、馬鹿なのだろうか ―― 馬鹿に仕向ける (。-`ω´-)ンー
  • ミニのホイールベースは、2035mm。1959年から変わらない。重心が低くて、まったくロールしないから、交差点でも、六甲山でも、くるくる曲がることができる。曲がることが得意なクルマなら、曲がることについては、もう考えなくてもいい。ミニは、うまく曲がれるから、まっすぐ走るように仕向けられている。常識的で、不幸な生い立ちもなく、ありふれた、どこにでもいる、取るに足らない、ふつうの僕なら、少し足りない知識と、うま [続きを読む]
  • 僕は、馬鹿なのだろうか ―― 馬鹿の測定 (。-`ω´-)ンー
  • 賢い人からは、馬鹿な人の、馬鹿さ加減がよく解る。馬鹿な人からは、賢い人の、賢さがよく解らない。馬鹿が単なる欠如だとすれば、たぶん、それで合っている。賢い人からは、馬鹿が測れる。馬鹿な人からは、賢さが測れない。馬鹿の物差しを越えている、馬鹿の規矩が届かない、だから、賢さが測れない、そんな説明になるのだろう。最初から、馬鹿を、欠如と決めてかかればそうなる。もしも、馬鹿が過剰だとしても、逆の説明は成り立 [続きを読む]
  • 僕は、馬鹿なのだろうか ―― 仲間がいるから (。-`ω´-)ンー
  • 馬鹿でも仕方がないけれど。そして、僕が賢いとしても、その僕の賢さは、往々にして、賢い人たちからは、馬鹿と呼ばれるような、そんな賢さだと思うけれど。仲間がいるから強くなれる、例えば、こんなフレーズに、イラっとくる人がいるだろうか。仲間がいるから強くなれる、説得もいらない、正当化もいらない正しさがある。しかし、このフレーズが絶望的なのは、そんな意識が仲間外れを作り出すことに、気づかせないからである。そ [続きを読む]
  • 僕は、馬鹿なのだろうか ―― みんな違って (。-`ω´-)ンー
  • 人それぞれ、とか、みんな違って、とかいうけれど。そんなふうに括ることができるのなら、人はそれぞれに大差がない。みんな、などと括られた以上は、みんなは、みんな以上でも以下でもない。人それぞれ、ってほどには、人はそれぞれになれないし、みんないい、ってほどには、人はそれぞれに違えない。人それぞれ、とか、みんな違って、とか、そんなフレーズに収めてしまうことで、もはや、それぞれ、ではなく、人は、みんなのメン [続きを読む]