青梗菜 さん プロフィール

  •  
青梗菜さん: qinggengcai
ハンドル名青梗菜 さん
ブログタイトルqinggengcai
ブログURLhttp://qinggengcai.blog2.fc2.com/
サイト紹介文馬鹿の世界の点景になりたい。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供235回 / 365日(平均4.5回/週) - 参加 2013/11/15 14:22

青梗菜 さんのブログ記事

  • 電球ソーダ
  •         旧車と、ワインと、電球ソーダ。    インスタっぽく載せてみる。 [続きを読む]
  • Soffocone
  •         http://www.suntory.co.jp/wine/special/bibigraetz/bibi-wine/soffocone.html        http://www.suntory.co.jp/wine/series/winery/003_006.html    トスカーナの赤、    ソッフォコーネ。    いいワインに違いない。        しかし、僕には、    うまいのだか、まずいのだか、    なにがなんだか分からない。        酎ハイカルピスが飲みたい。 [続きを読む]
  • シートの底が抜ける
  • ミニ、1997年、9万5千km。10万kmくらいで訪れるイベント。シートの底が抜ける。    視点が15cmくらい下がる。ほとんどの場合が、運転中に、突然に。    とりあえず、梱包材で修理した。そのうち、横方向にもう1本、縦方向に2本を加えよう。 [続きを読む]
  • 帰する所の善人
  • 自分を善人とは思っていない、なんて悪人ぶったもの言いも、結局は、自らの善人らしさを、周到にアピールしているに過ぎない。自分は、自らの道徳性を、厳しく評価することができる、つまり、自分は道徳的であり、ひいては、善人だと言っている。自らを善人と思い込んでいるわけでもない、自らを過大評価するほどの馬鹿でもない、つまり、自分は倫理的であり、ひいては、善人だと言っている。善人をアピっていても、逆に、悪人をア [続きを読む]
  • 思い込みの善人
  • 優しさや、誠実さや、まじめさや、寛容さ、それらの概念に比べて、善い、という概念は、括りが大きい。ぼんやりしていて、とりとめがない。普遍的であり、一般的であるゆえに、善い、だけを取り出そうとしても、僕には、まるで意味が抜け落ちてしまう。消え入りそうな意味しか読み取れない。善人を自称する人は、善を説明できるのだろうか。それとも、自らの思い込みを、自己申告しているだけだろうか。善人は、自らの正しさを疑わ [続きを読む]
  • 逡巡しない善人
  • 自分は善人で、心が広く、他人に優しい。そう考えて、疑うことがない。自分が考えていることが正しく、他人にとっても、それが善であると信じている。周りにいるのが、同じ考えの人ばかりなときは、聞き飽きたような意見や、形式化されたような行動でも、お互いにほめ合っているうちに、勘違いしてしまうのだろう。しかし、そんな人が、善人であるとは思えない。いくつもの選択肢が浮かび、自分の判断に確信が持てない。善も、悪も [続きを読む]
  • 悪気がない善人
  • 善は、道徳的な価値判断だが、善いとか、良いとか、好いとか、僕たちは、いちいち区別なんかしない。意味も、価値も、判断も、まったく副次的なことである。善とか、悪とか、正しいとか、間違っているとか、そんなことはどうでもよくて、ものごとがうまく機能していれば、それだけで、善になる、正しくなる。知ること、考えること、感じること、それらを分けることもない。知識と、思考と、感情は混同されて、他人の意見も、自分の [続きを読む]
  • 悪行を為す善人
  • 1時45分、リトルボーイを載せて、テニアン島からB-29が飛び立つ。エノラ・ゲイの乗務員は12名、全員がカトリック教徒。そして、もう1人乗組員がいた。George Zablecka、カトリックの従軍神父。善人なら、その良心は、大量殺戮を許さないだろう。しかし、神父が乗り込めば、原爆投下を躊躇しない。善人なら、悪行を為すためにも、良心が必要になる。8時15分、十全なる悪が為された。人は良心によって悪をするときほど、十全にまた愉 [続きを読む]
  • 説明不要の善人
  • 一人称の文章を作っているかぎりは、ほとんどが感情の表れであり、僕にとっては、間違えることはない。感情なら、人それぞれ、であり、思ってしまうものは仕方がない。ところで、愚考は、表さなければ愚考ではない。自ら表現することを、自ら許容するから愚考になる。愚考とは、愚かさの表れを許すことだ。みんなと同じ文章になるのなら、僕には表現する動機がない。例えば、誰もが正しいと思っていることなら、僕も、自分の言葉な [続きを読む]
  • 思考しない善人
  • 神が、それを悪とみなせば、吠えない、咬みつかない、殺さない。神が、それを善とみなせば、吠える、咬みつく、殺す。人は、宗教的確信に促されて、完璧に、喜んで、悪を為す。        人は良心によって悪をするときほど、        十全にまた愉快にそれをすることはない。自らに、善悪の、価値判断の基準がない者は、考えるということを知らず、善人にはなれても、人にはなれない。考えない人は弱い。人は、考える [続きを読む]
  • 犬のような善人
  • 善人になろうとする理由が、神にほめられることや、神の罰を避けることだとすれば、善人は、人ではない。気に入らない相手に吠えて、咬みついて、殺してしまうことが、神にほめられるときには、善人は、とんでもない悪を為すだろう。その善人は、人ではない。飼い犬みたいなものだ。 [続きを読む]
  • 嘘っぱちの善人
  • というわけで、善人、という人はいない。善が相対的なら、善人も相対に回収させて、当たりまえに帰結する。心の底から本気で、自分を善人と思える人は、宗教か、何かの思い違いか、その思いを支えるものは、いずれにしても、善ではない。善人たちは、人それぞれ、とか、みんな違ってみんないい、とか、寛容ぶったことを言うけれど、そんなのは、相対ではなく、思考停止のフレーズである。違っていい程度も、良いと思える範囲も、あ [続きを読む]
  • それぞれの善人
  • 善人は、正しい。しかし、正しさは、人それぞれ、なんて、正しいことを言うくせに、自分が善人になるのは矛盾する。        きっと、それぞれの正しさ、        なんて寛容さは、        善人は持ち合わせていない。人それぞれ、なんていう、自分の正しい意見は、ありがちな、みんなの意見の、コピーに過ぎないけれど、        それでも、自分は善人になって、        みんなを善人にさせ [続きを読む]
  • 悪人なおもて疲れさせる、いわんや善人をや
  • 善人は、正しい。善人は、自らの考えが正しく、その考えが他人にとっても正しいと、信じて疑わない。だから、善人は、自信を持って、善人になることができる。善人は、面倒くさい。悪意なら、そっけなく、はねつけることができるけれど、善意は、冷たくあしらえない。だから、善人は、自信を持って、善人らしくふるまうことができる。僕が、善人の善意を拒絶すれば、なぜか、悪人にされてしまう。善人の反対が、悪人なわけでも、善 [続きを読む]
  • 不代替なもの (`ω´)キリッ 7/7
  • 難しいのは、考えることではない。考えるなんて、簡単なこと。難しいのは、説明できないことを、無理にでも説明しようとする自分を、自分で抑え込むこと。分からないことを、分からないと言うこと。善、悪、善悪。それらは、まだ、中味が詰まっていない概念だから、空疎な概念は、空疎なままで扱う。空疎な概念から得られるものが、ふわふわの、つかみどころのない、さらに空疎な概念になってもそれでいい。善、悪、善悪。それらは [続きを読む]
  • 不代替なもの (`ω´)キリッ 6/x
  • 常識よりも、正直を優先させる。誰かが知っていることでも、自分が知らないのなら、知っているように扱わない。立派なことを考えて、誰かにほめてもらっても、自分は少しも立派にならない。善は、どこかに答があって、それを理解すればいい、というものではない。まだ答のない問いを、引き受けることである。自分の問いとして、立ち止まることである。原理主義者には、プリセットされた善があるのだろう。例えば、聖書原理主義者の [続きを読む]
  • 不代替なもの (`ω´)キリッ 5/x
  • 常識外れなままで、まだ続けてみる。善悪も知らなかった自分を、うまく扱い切れなくて困る。たぶん、答は出ない。善とは、共同体の利益になる行為で、対して、悪とは、共同体の不利益になる行為をいう。定義は、以上だが、そんな定義は、まるで役に立たない。その善を同じくする者の集まりが、その共同体であり、いくつもの共同体があるのなら、みんなで共有できる善など、ないと言っているに等しい。そして、差し迫った具体的な善 [続きを読む]
  • 不代替なもの (`ω´)キリッ 4/x
  • 常識外れな、もの言いだろうか。―― 読み返してみて、自分が書いたフレーズの、軽さと、儚さに驚く。質量がなくて、温度が低くて、感情的な余剰性がない。事実を事実としてなぞっているような、まるで他人事である。つまり、善悪は、意味を込めなければ、まだ善悪にはならない。そんなものは、およそ善悪ではない。人らしい言葉が与えられないうちは、善も、悪も、嘘である。 [続きを読む]
  • 不代替なもの (`ω´)キリッ 3/x
  • 善、それに対して、悪、それらは、きれいに二分されるものでも、必ずどちらかに、振り分けられるものでもない。常識外れな、もの言いだろうか。そして、善悪は対立しない。善、でなければ、すなわち、悪になるわけでも、悪、でなければ、すなわち、善になるわけでもない。非常識なもの言いをすれば、善も、悪も、相対的でさえないと思う。善悪など、何も言っていないに等しく、僕たちは、分かったふりをすることが、上手くなっただ [続きを読む]
  • 不代替なもの (`ω´)キリッ 2/x
  • 善、は相対的なもの。多くの人が常識的にそう思っているから、わざわざ書きたくなることでもない。        宗教か、何かの思い違いで、        絶対的に捉えたい人を除いて。善、が相対的なものだとすれば、善人も、悪人もいなくなるが、なぜか、僕たちはそう思えない。        理由はともかく、それは、        なぜか、常識的ではない。などと、外したことを、書いてしまいたくなるくらいに、非 [続きを読む]
  • 不代替なもの (`ω´)キリッ 1/x
  • 他人と違うことをする、それは、個性とか、独自性とか、そんな話に向かうけれど、        違うことをしているのなら、        違っていて当然で、しかし、        そんな分かりやすい話ではなく、他人と同じことをしているときに、違いが出てくるのが、個性や独自性だと思っている。        などと、外したことを、        書いてしまうのは、        僕が極めて常識的だから。他 [続きを読む]
  • しんせい
  •         古風なパッケージ。    小さくて、かっこいい。    きつくて吸い込めないから、    ふかしてしまう。    軽く、ゆっくり、    ていねいに吸ってみる。    線香花火みたいに。     [続きを読む]
  • 哲学は、趣味
  • スピは、宗教、哲学は、趣味。どちらも、必要ではない。なくても生きて行ける。        役に立つとか、        立たないとか、        そんなのは知らないし、        どっちでもいいし、やれと言われても、やらない人はやらないし、するなと言われても、する人はしてしまうし、        やり方を習っても、        やらなきゃできないし、        やり方を知らなければ、 [続きを読む]