譲二 6世 さん プロフィール

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譲二 6世さん: 江戸御府内千社参詣
ハンドル名譲二 6世 さん
ブログタイトル江戸御府内千社参詣
ブログURLhttp://ameblo.jp/benben7887/
サイト紹介文稲荷を中心に23区内の神社仏閣千社余り全てを詣で、写真・由緒・狛犬・狐像・御朱印と周辺グルメを掲載。
自由文江戸を中心に極端なまでに多く祀られた稲荷の信仰の謎や特性を調る事を主眼に置き、ひいては府内1200余りの社を悉く詣で記していきます。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供137回 / 365日(平均2.6回/週) - 参加 2013/12/25 13:27

譲二 6世 さんのブログ記事

  • 御府内稲荷番付(稲荷百番付)
  • 江戸稲荷番付信仰の多様化に広がりを見せた江戸時代も、その時その時の流行になぞらえて変化が起きた。江戸後期になると、大相撲の番付になぞらえて、「御祭礼番付」、「御料理番付」、「大橋番付」、「諸国温泉番付」、「玉子焼き番付」など様々なものを格付けする”見立番付”が盛んに摺られた。稲荷番付もそんな摺り物のひとつで、番付の判断基準は明確ではないものの、庶民の間で認知度や神社の規模、参詣人の多少によってラ [続きを読む]
  • 第五〇〇回 洲崎神社(木場)
  • 今回の参詣は、江東区木場の洲崎神社(すさきじんじゃ)へ。ここは地下鉄東西線木場駅から、三ツ目通りを南下して平木橋を渡り、手作りサンドイッチのサンテルードを左に曲がると大きな赤い鳥居が見えてくる。 第五〇〇回 洲崎神社 →今回第五〇〇回その2 洲崎周辺 →次回 以上、二つに分けて掲載します。 洲崎神社元禄年間(1688-1704)に富岡八幡宮の東側を塵芥で埋め立て、鎮守として大塚護持 [続きを読む]
  • 第四九九回 飯澄稲荷(両国)
  • 今回の参詣は、墨田区両国の飯澄稲荷へ。前回の吉良上野介屋敷跡の本所松坂町公園の向かい側に鎮座する。 初めて訪れた2008年も、7年後に訪れた前回も、特に変わり映えは無く、ずっとこんな感じのお稲荷さん。以前から御由緒が無く、社号の飯澄稲荷の読みもわからない。入れないし、狐像などの遺構なども無い。 写真は、2008.11.22(神社)、2015.5.4(神社周辺) 撮影 備考社号 飯澄稻 [続きを読む]
  • 第四九八回 松坂稲荷大明神(両国)
  • 今回の参詣は、両国の松坂稲荷大明神へ。ここはJR両国駅の南側、京葉道路を越え両国回向院の東側の路地を入ったところ。元禄十四、十五年(1701-02)の間に起きた赤穂事件により多大な損害を被った高家旗本の吉良上野介屋敷跡の一部であり、赤穂浪士四十七人討入りの事件現場でもある。 海鼠塀 なまこべい元禄時代に2,550坪あった吉良上野介邸の北側の一部、約29.5坪を昭和9年(1934)に地元有志が一画を購入し [続きを読む]
  • 第四九七回 本法寺の熊谷稲荷(寿)
  • 今回の参詣は、台東区寿の本法寺熊谷稲荷へ。ここは浅草の南に位置する地域。銀座線田原町(たわらまち)駅の北側には浅草東本願寺があり、駅の南側が寿に当たる。 本法寺は駅より浅草通りに出て”ことぶきこども園通り”を入ってすぐのところ。赤い三角屋根が目印。 石垣もっとも、当寺でひときわ目に付くのが沢山の噺家たちの名前が刻まれた石塀。向かって左側の名前は、企業や個人、また歌 [続きを読む]
  • 第四九六回 高岩寺の小僧稲荷(巣鴨)
  • 今回の参詣は、巣鴨高岩寺の小僧稲荷(こぞういなり)へ。ここは東西に広い豊島区の中でも東端にあたり、北は飛鳥山、南は小石川植物園と昔からの行楽地の間にあって当寺もまた昔からの名所。なにより「とげぬき地蔵」で知られ、JR巣鴨駅からお寺へと続く巣鴨地蔵通商店街は、通称”おばあちゃんの原宿”として有名。 お年寄りの多さで言うと、柴又帝釈天の題経寺とその門前の参道商店街も多いが、とりわけこの [続きを読む]
  • 第四九五回 西之宮稲荷神社(足立)
  • 今回の参詣は、足立の西之宮稲荷神社(にしのみやいなりじんじゃ)へ。当社は、北千住から東武スカイツリーラインで荒川を越えた先、JR五反野駅の南東に鎮座する足立地域の中でも大きな神社。 玉垣に目をやるとこの地域は三田姓が多いよう。「大衆割烹三田」は創業43年のお店。 由来当社は京都伏見稲荷の御分霊を祀って天正二年(1574)に創建したと伝わる稲荷神社。周辺には東之宮、本田宮、 [続きを読む]
  • 第四九四回 装束稲荷神社(王子)
  • 今回の参詣は、北区王子の装束稲荷神社(しょうぞくいなりじんじゃ)へ。当社鎮座地は、王子駅北口から北本通りを200m程北上して、「ほりぶん」という真っ黄色でシンボリックな地元密着スーパー(なんだかんだで営業再開)へ、そこから東の対岸にある大きな狐面が目印の「丸一堂陶器店」左脇の路地を入ったところ。 写真右側が丸一堂。こちらのお店は装束稲荷の旧鎮座地であり、神社由来の榎があったところ。お [続きを読む]
  • 第四九三回 三崎神社(三崎町)
  • 今回の参詣は、千代田区三崎町の三崎稲荷神社(みさきいなりじんじゃ)へ。古くはこの辺りが神田川にせり出した岬だったからとか、日比谷入江がこの辺りまであり、同様に岬の様子をしていたから起きた地名だという。当社は東京ドームの南側、神田川に架かる水道橋を越えると右手に見えてくる、通称三崎神社の名前で親しまれる宇迦之御魂神・須佐之男神・大市姫神・大物主神を祀る神社。 鳥居下の社号標には「内 [続きを読む]
  • 第四九二回 烏森神社(新橋)
  • 今回の参詣は、新橋に鎮座する烏森神社(からすもりじんじゃ)へ。ここはJR新橋駅のSL広場(西口広場)。JRから、都営・メトロ両地下鉄、ゆりかもめと4社9路線の乗り入れがある大型駅。ここよりニュー新橋ビルの西側を進み、中程を右へ入ったところに当社が鎮座する。駅から参道を渡ってお参りをしたい人は、社号が由来の烏森口から、ショートカットして社殿へ直接お参りしたい人は、日比谷口から西へ向かった方が楽。   [続きを読む]
  • 第四九一回 古壽老稲荷神社(高輪)
  • 今回の参詣は、高輪の古寿老稲荷神社(こじゅろういなりじんじゃ)へ。ここは港区の白金と高輪の間を通る桜田通りの「清正公前」交差点。かつてあった曹洞宗松久寺の花城天神が祀られていたことから名づけられた天神坂を登ってゆく。 坂を上り始めて20m程度の所に鎮座。東京に坂は付きものといえど、なかなかの急勾配っぷり。 手水舎右側面に「日比谷公園三橋亭 京橋布袋家 麹町三番町伊勢忠 [続きを読む]
  • 第四九〇回 十番稲荷神社(麻布十番)
  • 今回の参詣は、麻布十番の十番稲荷神社(じゅうばんいなりじんじゃ)へ。このあたりは、高台には高級マンションが建ち並び、低地にはオシャレなカフェやレストランががずらりと並ぶ街。1984年に登場したバブル時代を象徴するディスコ「マハラジャ」も当社にほど近い鳥居坂下に開店、僅か数年だったが社会現象を巻き起こすほどのブームをけん引した時代があった。 麻布十番地名からすると、きっと麻布一番から九 [続きを読む]
  • 第四八九回 朝日神社(六本木)
  • 今回の参詣は、六本木の朝日神社(あさひじんじゃ)へ。六本木交差点から芋洗坂を下りた五叉路の南に鎮座する。古くこの窪地を指して麻布北日ヶ窪町と呼んだ。現在の六本木の賑やかさからは想像もつかないが、近代までは細民窟だった地域。 芋洗坂の中腹に鎮座。日ヶ窪の町名由来は、窪地であったがよく日の当たることから”日下窪”と呼び、後に日ヶ窪になったという。当社も古く地名を採って日ヶ窪稲荷といい [続きを読む]
  • 第四八八回 久国神社(六本木)
  • 今回の参詣は、六本木の久國神社(ひさくにじんじゃ)へ。六本木一丁目(六本木二丁目交差点)より西側、アメリカ大使館宿舎前に鎮座する。当社は、太田道灌奉納の太刀「久國」に因んだ社号の稲荷神社。 当地は江戸時代に武具を掌る具足奉行の別名”御箪笥奉行(おたんすぶぎょう)”に由来し、御?笥町(おたんすまち)と呼ばれた武家地で、近代では麻布箪笥町と称し、隣の麻布谷町と合わせて谷箪町(たにたん [続きを読む]
  • 第四八七回 須賀神社(須賀町)
  • 今回の参詣は、新宿区須賀町の須賀神社(すがじんじゃ)へ。新宿区の南東部に位置する当社は、古く牛頭天王を奉祀し四谷天王などと呼ばれた四谷地域の鎮守。明治より祭神を建速須佐之男命とし、須賀神社と改め今日に至る。 須賀神社をグーグルで検索すると、当社参道の階段の写真が先ず出てくるので不思議に思って調べててみると、昨年(2016)話題になったアニメ映画『君の名は』のラストシーンで瀧と三葉がすれ違う階段と [続きを読む]
  • 第四八六回 水稲荷神社(西早稲田)
  • 今回の参詣は、新宿区西早稲田にある水稲荷神社(みずいなりじんじゃ)へ。ここは都電荒川線面影橋駅と早稲田駅の中間に位置し、当社は早稲田大学キャンパスの西側、旧御三卿清水徳川家の屋敷「甘泉園」に鎮座する。新宿区の稲荷神社では、花園神社に次いで大きい。 堀部安兵衛之碑階段を登った先には、赤穂四十七士随一の剣客堀部武庸(安兵衛)の記念碑がある。最も有名なのは”仮名手本忠臣蔵”の題材となっ [続きを読む]
  • 第四八五回 榊神社(蔵前)
  • 今回の参詣は、台東区蔵前の榊神社(さかきじんじゃ)へ。 ここは江戸通り「須賀橋交番前」交差点を東へ50mほどのところ、東京工業大学の前身蔵前工業学園の跡地に鎮座する”第六天”を祀る神社。 手水舎天然石をくり貫いたもの。 第六天神社当社は、神仏習合の時代に関東を中心に存在した第六天信仰の神社のひとつ。天上界のうち、未だ欲望に捉われている六つの天界を六欲天といい、その最高位 [続きを読む]
  • 第四八四回 柳森神社(神田須田町)
  • 今回の参詣は、千代田区神田須田町の柳森神社(やなぎもりじんじゃ)へ。当社は秋葉原駅から南へ50m、神田川を越えた川岸に鎮座する稲荷神社。 私が初めて訪れたのは、かれこれ10年以上前かと思うのだけど、その頃からすでに当社には有志鉄線が巡らされていて、ずいぶん変わった神社だと思ったのを思い出す。ネコ除けなのか泥棒除けなのか。 鳥居をくぐった先に下りの階段があり、周囲の建物か [続きを読む]
  • 第四八三回 常盤稲荷神社(日本橋本町)
  • 今回の参詣は、中央区日本橋本町の常盤稲荷神社(ときわいなりじんじゃ)へ。ここは小舟町交差点の北側、小規模なオフィスビルやマンションが立ち並ぶエリア。常盤稲荷の鎮座する日本橋本町(にほんばしもとまち)一・二丁目は、古く常盤町といい、寛永年間(1624-1644)に埋め立てられ久宝寺という寺院の建立され、元禄年間(1688-1704)に起立した町。 もともと当社はここより50mほど北西の、江戸橋の北 [続きを読む]
  • 第四八二回 佐賀稲荷神社(佐賀)
  • 今回の参詣は、江東区佐賀にある佐賀稲荷神社(さがいなりじんじゃ)へ。ここは隅田川大橋の東詰で、隅田川を挟んだ対岸は日本橋箱崎町。清澄白河駅から1km程の距離であるも、交通量や人通りも多くはなく、静かな街というイメージ。 佐賀稲荷神社 さがいなりじんじゃ幾つかの本を探してみても、当社についての記載はない。佐賀の町名由来は、このあたりの地形が肥前国佐賀湊に似ていたから。湊に因んだ名前とい [続きを読む]
  • 第四八一回 黒船稲荷神社(牡丹)
  • 今回の参詣は、江東区牡丹の黒船稲荷神社へ。ここは、深川の門前仲町駅から清澄通りを200mほどの南の住宅街。門仲の賑やかさから打って変わって静かな地域。牡丹を栽培する者が多く住んだことに因んだ地名であったが、現在では造園業や生花店らしきものは見当たらない。 黒船稲荷当社の創建は不明で、旧地が浅草黒船町(現:台東区寿)にあった稲荷神社。参拝客の姿は見られないものの、江戸稲荷番付に「東之方 前頭 [続きを読む]
  • 第四八〇回その2 石濱神社(南千住)
  • 今回は、前回の石浜神社の続き、同社の境内摂末社。 第四八〇回 石濱神社第四八〇回その2 石浜神社摂社真先稲荷 →今回 以上、2回に分けて掲載します。 摂末社本社殿並び右側にあり。右から宝得大黒天、寿老神、妙義八幡神社、北野天満宮、江戸神社の五社。この中で江戸神社のみ摂社で、ほか四社は末社。 宝得大黒天 末社浅草名所七福神の寿老神は、非公開だったものの、大黒 [続きを読む]
  • 第四八〇回 石濱神社(南千住)
  • 今回の参詣は、荒川区南千住の石浜神社(いしはまじんじゃ)へ。ここは隅田川の西岸、今戸・清川・橋場(はしば)の近くとあって台東区のイメージが強い。当社は、中世から戦国時代まで江戸氏や千葉氏が拠点とした石浜城があったとされる場所のひとつ。また当社は、23区内でもここしかないと思われる神道墓地を運営されている。 第四八〇回 石濱神社 →今回第四八〇回その2 石濱神社摂社真先稲荷 →次回 [続きを読む]
  • 第四七八回 吉原神社(千束)
  • 今回の参詣は、台東区千束の吉原神社(よしわらじんじゃ)へ。 ここは、地下鉄日比谷線三輪(みのわ)駅から南東へ700mほどのところ、江戸時代初期から大正時代まで、日本最大の歓楽街だった吉原遊郭があった地。 吉原神社かつては「お歯黒どぶ」と呼ばれる真っ黒に濁ったお堀が遊郭全域を囲い、遊里と娑婆とを隔絶していた。当社はその外側にあたり、廓内にあった四つの町内稲荷と大門の前に [続きを読む]