譲二 6世 さん プロフィール

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譲二 6世さん: 江戸御府内千社参詣
ハンドル名譲二 6世 さん
ブログタイトル江戸御府内千社参詣
ブログURLhttp://ameblo.jp/benben7887/
サイト紹介文稲荷を中心に23区内の神社仏閣千社余り全てを詣で、写真・由緒・狛犬・狐像・御朱印と周辺グルメを掲載。
自由文江戸を中心に極端なまでに多く祀られた稲荷の信仰の謎や特性を調る事を主眼に置き、ひいては府内1200余りの社を悉く詣で記していきます。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供134回 / 365日(平均2.6回/週) - 参加 2013/12/25 13:27

譲二 6世 さんのブログ記事

  • 第五一八回 三の輪白龍弁財天(南千住)
  • 今回の参詣は、荒川区南千住の三の輪白龍弁財天へ。ここは南千住にある都電荒川線始発停留所の三ノ輪橋駅。 三ノ輪橋商店街を抜けると乗車用停留所があり、その右片が通路になっている。10数メートル先に降車用停留所があってその手前に今回の白瀧弁財天がある。 何度もここを通って、何枚も写真を撮った気でいたのに、神社が映っているのはこの一枚のみ。赤い提灯や幟には「伏見稲荷大明神・里見稲荷大明神・御嶽大神・白龍 [続きを読む]
  • 第五一七回 稲荷社(南千住)
  • 今回の参詣は、南千住の稲荷社へ。ここは昭和通りの「大関横丁」交差点北側、公春院の南側。「近江屋」という定食屋があって、その建物の左側に鎮座していた。 今は近江屋は閉店。現在は違うお店がオープンしているが、このお稲荷さんが今もまだ祀られているかはわからない。近江屋ではなく、ビルの持ち主が祀ったものなら、まだそのままかもしれない。 写真はすべて、2016.3.12 撮影 備考社号祭神創建祭日末社社務所所在地 [続きを読む]
  • 第五一六回 稲荷神社(東日暮里)
  • 今回の参詣は、東日暮里にある稲荷神社へ。ここは明治通り「南千住一丁目」交差点にある”ミノワールド”の東側にある住宅街の中。 扉は解放されていて参拝は可能。社号標などは無く、稲荷社であること以外不明。 狐像右が吽形で左が阿形。持ち物は無くどちらも岩の上で跳ねる姿。 本殿 内陣 写真はすべて、2016.3.12 撮影 備考社号祭神創建祭日末社社務所所在地 東京都荒川区東日暮里1-6-5その他 [続きを読む]
  • 第一七〇回その4深川祭と宮神輿
  • 今回は、三年に一度の深川祭・本祭りを中心に、以前掲載できなかった富岡八幡宮の宮神輿を掲載します。写真はすべて平成26年(2014)のものです。 第一七〇回その1 富岡八幡宮第一七〇回その2 富岡八幡宮 境内遺構第一七〇回その3 富岡八幡宮 例大祭第一七〇回その4 深川祭と宮神輿 →今回 以上、4回に分けて掲載します。 深川祭 ふかがわまつりまず深川祭と言えば、山王祭・神田祭と並んで”江戸三大祭り”のひとつ。3年 [続きを読む]
  • 第五一五回 神明氷川神社(弥生町)
  • 今回の参詣は、中野区弥生町の神明氷川神社(しんめいひかわじんじゃ)へ。ここは中野通りと方南通りが交差する「南台」交差点のやや北東。わずか600m東に幡ヶ谷氷川神社(渋谷区本町)、1km北に本郷氷川神社(中野区本町)と、かなり近い距離に三つも氷川社がある。 玉垣右手前の社号標には「六百年記念 陸軍中将従三位勲一等功五級谷壽夫謹書」とあり、聞きなれない軍人だが、大正・昭和初期の陸軍軍人で、日露戦争、第一次世 [続きを読む]
  • 第五一四回 栄一稲荷神社(南台)
  • 今回の参詣は、中野区南台の栄一稲荷神社へ。ここは中野区弥生町と渋谷区本町に挟まれた地域で、町の北・東・南にそれぞれ中野新橋駅、西新宿五丁目駅、初台駅、幡ヶ谷駅があってほぼ中心にあたり、かえって何れの駅からも離れた住宅街。 今でこそ社号を示すものは無いものの、以前は鳥居に「栄一稲荷大明神」の神号額が掲げられ、「豊川?枳尼天」の幟が立て掛けられていた。 栄一この辺りの旧町名を「栄町通(さかえまちどお [続きを読む]
  • 第五一三回 藤神稲荷神社(弥生町)
  • 今回の参詣は、中野区弥生町の藤神稲荷神社へ。ここは地下鉄丸ノ内線中野新橋駅より南の「弥生町二丁目公園」の右隣り。 藤神稲荷神社当社玉垣に掲示されていた「藤神稲荷神社境内改修事業の奉賛金募集について」によれば、創建年代等不詳で、旧川島村の鬼門を守る神と伝えられ、商売繁盛・除災招福・家門繁栄のお稲荷様。また最近境内に隣接の借地が返還されたことにより、今後老朽化した参集殿、社務所並びに境内再構成される [続きを読む]
  • 第五一二回 八津御嶽神社(本町)
  • 今回の参詣は、中野区本町の八津御嶽神社(やつみたけじんじゃ)へ。「弥生町一丁目」交差点から神田川伝いに西に進むとほどなく見えてくる、この大きな台形の建物が八津御嶽神社。 寳生教当社は新宗教の寳生教(ほうせいきょう)の神社(神殿)。山梨県南巨摩郡南部町内船にある宝生山八津御嶽神社(ほうせいざんやつみたけじんじゃ)を御本宮とし、当社はその御分社だろう。また宗教法人としての本部施設は大阪市西区北堀江に [続きを読む]
  • 第五一一回 たから第六天堂(弥生町)
  • 今回の参詣は、中野区弥生町のたから第六天へ。ここは弥生町の東端に当たり、ほぼ中野・渋谷・新宿3区の区境に位置する。 このたから第六天は、山手通りを挟んだ対岸側にある「多宝山成願寺」の境外施設で、若干の移転はあるものの、お寺の創建当時からある。ここよりさらに西へ600mほどの所にある十二社(じゅうにそう)熊野神社も、明治以前は成願寺が別当。 たから第六天成願寺の山号”多宝山”をとってたから第六天と名 [続きを読む]
  • 第五一〇回 五郎久保稲荷神社(南長崎)
  • 今回の参詣は、豊島区南長崎の五郎久保稲荷神社(ごろくぼいなりじんじゃ)へ。 五郎久保東長崎のお寺「全昌院のブログ」によれば、このあたり一帯の旧地名を豊島郡長崎村字五郎久保といい、「五郎久保」は”ごろくぼ”と読むのだそう。また「東京長崎村」のHPによれば、当社は平成15年(2003)に命名式を行っており、そこではじめて五郎久保稲荷神社を称するようになった。ただ、それ以前の社号については触れられていない。 [続きを読む]
  • 第五〇九回 小城稲荷大明神(長崎)
  • 今回の参詣は、豊島区長崎の小城稲荷大明神(おぎいなりだいみょうじん)へ。ここは西武池袋線東長崎駅北口から「長崎十字会商店街」に入って、東へ600mほどのところにある住宅街。 小城稲荷大明神古くはこの地域周辺にあった山を「小城山(おぎやま)」と呼んだそうで、この地名を採って付けた神社だと言われている。 住宅と住宅の合間を縫うように参道が通り、10mほど進むとお社が見えてくる。参道や鳥居に対して社殿がズ [続きを読む]
  • 第五〇八回 八幡神社(長崎)
  • 今回の参詣は、豊島区長崎の八幡神社へ。ここは西武池袋線椎名町駅の北側、「区民ひろば長崎」より東に100mほどの住宅街。 境内横長の境内だった前回の千早御嶽神社に続き、長崎八幡神社は縦長の境内。当社は延宝四年(1676)の創建で、近隣に鎮座する「千早御嶽神社」、「西池袋羽黒神社」とで三社講を結成し、地域で守られ続けている。また御由緒にあった應仁天皇は、応神天皇のことと思われる。下記参照。 手水舎 狛犬右 [続きを読む]
  • 第五〇七回 御嶽神社(千早)
  • 今回の参詣は、豊島区千早の御嶽神社へ。東西に長い千早(ちはや)と長崎の、東側の境目に位置する住宅街の中。それほど起伏など無い地域なのに、当社や200mほど東側に羽黒神社と山岳信仰の神社がある。 とっても横長な境内。 櫛真智命(くしまちのみこと)という珍しい神名の祭神を筆頭に祀る神社で、同じ祭神を祀る武蔵御嶽神社(青梅市御岳山)の御分霊だろうか。 狛犬山岳信仰の神社らしさを感じさせる狼(だと思う)の [続きを読む]
  • 第五〇六回 天祖神社(目白)
  • 今回の参詣は、豊島区目白の天祖神社へ。ここは目白通りと山手通りが交わる「南長崎一丁目」の交差点の北側。 当社は文政十一年(一八一〇)頃の創建とされ、ここ大荒椎地域(オオアラシ/大和田・荒井・椎名町の略)の鎮守。 狛犬右が阿形で左が吽形。後ろ足を立て、臥せった形。 手水鉢この鉢に「文政十一年」とあり、そのことから当社がおよそ200年前の創建とされる所以。 御由緒境内掲示より字体改行などそのまま記載( [続きを読む]
  • 第五〇五回 長崎神社(長崎)
  • 今回の参詣は、豊島区長崎の長崎神社(ながさきじんじゃ)へ。当社は西武池袋線椎名町駅(しいなまち)の目の前に鎮座する、櫛名田比売命と須佐之男命を祀る神社。この地域の駅名は、長崎にあるのに椎名町だったり、長崎の西側にあって椎名町駅西側の次駅が東長崎駅であったりする。椎名町の方は昭和23年(1948)に当社の近くで起きた毒物殺人事件「帝銀事件」の舞台となった所以から町名としては消滅し、東長崎駅については、長 [続きを読む]
  • 第五〇四回 穴八幡宮(西早稲田)
  • 今回の参詣は、西早稲田の穴八幡宮(あなはちまんぐう)へ。新宿区の中央北側にあって豊島区との境目にほど近く、周囲三方を早稲田大学関連施設に囲まれていて、この西早稲田自体ほとんど同大学の一部のようなもの。 流鏑馬の騎馬像鳥居の下にあって、徳川吉宗による奉納をきっかけとして度々行われてきた流鏑馬を今に伝えるもの。なお、高田馬場流鏑馬は、新宿区指定無形民俗文化財に指定されている。 &nb [続きを読む]
  • 第五〇三回 池立神社(喜久井町)
  • 今回の参詣は、喜久井町の池立神社へ。前回の本妙山感通寺の向かい側の小道へ入って左に曲がった所にある喜久井町町民館の敷地内に鎮座する。 公民館自体は見た目一軒家だし、神社があるのは勝手口だった風。池立神社とは聞き慣れない社号ではあるも、江戸時代には津山藩松平家の下屋敷があった地で、ともすれば愛知県知立市(ちりゅうし)の池鯉鮒大明神(ちりゅうだいみょうじん)を祀る知立神社の御分霊だっ [続きを読む]
  • 第五〇二回 感通寺竹駒稲荷尊(喜久井町)
  • 今回の参詣は、新宿区喜久井町の感通寺竹駒稲荷尊へ。地下鉄東西線早稲田駅より夏目坂通りに入って300mほど南下すると見えてくる日蓮宗本妙山感通寺。「夏目坂通り」は、この坂の中腹に夏目漱石の生家があったため名づけられたものななのに、肝心な生家がどこなのか詳細を記した案内板が無いためイマイチ楽しめない。 この辺りは寺院が多く、ことに神楽坂から始まってこの早稲田まで、北は早稲田通りと南は大久 [続きを読む]
  • 第四回その2 大龍寺豊川?枳尼眞天(原町)
  • 今回の参詣は、2012年に掲載した第四回大龍寺豊川?枳尼眞天のつづき。原町に来た時、当寺のお稲荷さんの奉られている場所が移って、また更新するとしてそれっきりだったを思い出した。最初に訪れたのが2008年12月30日、掲載したのが2012年だから、5年ぶりの更新。第四回大龍寺豊川?枳尼眞天 →こちら 移られたのは、大龍寺南の門がある小道を入って武信医院(たけのぶ)の手前。稲荷の移転先をお寺さんに尋ね [続きを読む]
  • 第五〇一回 稲荷社(原町)
  • 今回の参詣は、新宿区原町の稲荷社へ。都営大江戸線牛込柳町(うしごめやなぎまち)駅より大久保通りに出て臨済宗の寺院法身寺へ向かう小路へ入ったところ。 ちょうど法身寺山門の向かい側に祀られている。 社号標原町貳丁目鎭守稲荷社とある。神仏分離の際に法身寺から独立して町内で護持しているものかとも思ったが、お寺さんは3丁目。 手水鉢火焔宝珠の浮彫り。奉納年などはない。&nbs [続きを読む]
  • 第五〇〇回その2 洲崎周辺
  • 周辺散歩新吉原に次いで大きな歓楽街だった洲崎。今回の洲崎神社を参詣するに当たって、今となっては片鱗も面影も無くなってしまった洲崎遊郭または戦後10年ほどあった洲崎パラダイスの旧地を辿ってみたい。 第五〇〇回 洲崎神社 →前回第五〇〇回その2 洲崎周辺 →今回 以上、2回に分けて掲載します。 地図1-① 東陽3-20-9辺りここは木場駅の東側、永代通りから「東陽町三丁目」交差点を [続きを読む]
  • 御府内稲荷番付(稲荷百番付)
  • 江戸稲荷番付信仰の多様化に広がりを見せた江戸時代も、その時その時の流行になぞらえて変化が起きた。江戸後期になると、大相撲の番付になぞらえて、「御祭礼番付」、「御料理番付」、「大橋番付」、「諸国温泉番付」、「玉子焼き番付」など様々なものを格付けする”見立番付”が盛んに摺られた。稲荷番付もそんな摺り物のひとつで、番付の判断基準は明確ではないものの、庶民の間で認知度や神社の規模、参詣人の多少によってラ [続きを読む]
  • 第五〇〇回 洲崎神社(木場)
  • 今回の参詣は、江東区木場の洲崎神社(すさきじんじゃ)へ。ここは地下鉄東西線木場駅から、三ツ目通りを南下して平木橋を渡り、手作りサンドイッチのサンテルードを左に曲がると大きな赤い鳥居が見えてくる。 第五〇〇回 洲崎神社 →今回第五〇〇回その2 洲崎周辺 →次回 以上、二つに分けて掲載します。 洲崎神社元禄年間(1688-1704)に富岡八幡宮の東側を塵芥で埋め立て、鎮守として大塚護持 [続きを読む]
  • 第四九九回 飯澄稲荷(両国)
  • 今回の参詣は、墨田区両国の飯澄稲荷へ。前回の吉良上野介屋敷跡の本所松坂町公園の向かい側に鎮座する。 初めて訪れた2008年も、7年後に訪れた前回も、特に変わり映えは無く、ずっとこんな感じのお稲荷さん。以前から御由緒が無く、社号の飯澄稲荷の読みもわからない。入れないし、狐像などの遺構なども無い。 写真は、2008.11.22(神社)、2015.5.4(神社周辺) 撮影 備考社号 飯澄稻 [続きを読む]
  • 第四九八回 松坂稲荷大明神(両国)
  • 今回の参詣は、両国の松坂稲荷大明神へ。ここはJR両国駅の南側、京葉道路を越え両国回向院の東側の路地を入ったところ。元禄十四、十五年(1701-02)の間に起きた赤穂事件により多大な損害を被った高家旗本の吉良上野介屋敷跡の一部であり、赤穂浪士四十七人討入りの事件現場でもある。 海鼠塀 なまこべい元禄時代に2,550坪あった吉良上野介邸の北側の一部、約29.5坪を昭和9年(1934)に地元有志が一画を購入し [続きを読む]