天邪鬼 さん プロフィール

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天邪鬼さん: 天邪鬼独言独語
ハンドル名天邪鬼 さん
ブログタイトル天邪鬼独言独語
ブログURLhttp://amanojack.top/
サイト紹介文飾らず、ありのままの自分を。 その日、その時の思いを綴る。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供119回 / 365日(平均2.3回/週) - 参加 2014/02/11 16:36

天邪鬼 さんのブログ記事

  • 艱難も亦人を磨く
  • 苦しみ、失意、絶望、虚無。人は何度となく壁にぶつかる。正直、逃げ出したくなることもある。禍は、ないに越したことはないと思うわけだが、果たしてそうだろうか?と、自問してみる。艱難は、何も悪いことばかりではない。人としての自分を磨くチャンスでもある。歓迎すべし。天が与えてくれた良き機会と楽しんでしまえばいい。それを乗り越えたとき、おのずと自信もつくことだろう。どんな困難に遭遇しても、楽しむ心を忘れない [続きを読む]
  • 身を捨てて物事にあたる
  • 日常において、重要な仕事というのは案外と少ないものだ。大概は、流しておけば済む事案だろう。だが、時として困難な状況に直面することもある。そんなとき、どうするか?難しい仕事。難敵。ひとつ間違えば重大なリスクを背負うとき。まず大切なのはタイミングだが、人としての心構えとして、身を捨てるということがある。不思議なもので、身を捨てる覚悟で物事に臨むと、うまく行ってしまうもの。この原理は、なかなか解釈が難し [続きを読む]
  • 万年筆 インクと手書きの味
  • すっかりパソコンのキーボードで文章を書く習慣が定着してしまった。便利であるには違いない。これは、文字を書くというよりも、打つだ。ふと、手書きの味わいが恋しくもなる。万年筆。長年愛用してきた万年筆が壊れた。何度となく修理をしながら使い続けてきたのだが、もう限界のようだ。そろそろ休ませてあげる時なのかもしれない。万年筆はいい。インクが染みた不完全さに、人間味をおぼえるのだ。せっかく、こんな気持ちになっ [続きを読む]
  • グレン・グールドは特別な存在
  • 幼い頃から音楽を愛してきた。その理由も記憶に残っている。あれは3歳のとき、英兵のマーチング・バンドの行進を見たことがきっかけだ。以来、いろいろな音楽を聴き、触れながら、わたしは育った。だが、ピアニストは苦手だったのだ。幼い頃から音楽愛が芽生え、まずはクラシックをむさぼるように聴いた。お小遣いを一生懸命に貯めては、レコード屋へ足を運んだものだ。当時としては変わり者と呼ばれもしたが、ピアノも習った。男 [続きを読む]
  • ライバルは昨日の自分
  • みんな、自分と他人を比較し過ぎさ。考えてもごらんよ、それをはじめたら際限もないこと。人間として成長するためには、他人がどうであるかは関係なく、自分がどうあるべきかを中心に考えるべきだ。成長の速度は人によってそれぞれだ。だから、超スピードで突っ走る人あれば、亀のようにゆるりと歩く者もある。それでいい。昨日の自分よりも、一歩でも前進していれば合格だ。それでいいじゃないか。そのうち、釈迦や孔子とでも自分 [続きを読む]
  • 教養が邪魔をする
  • できることならば、純に生きたいものだ。シンプルに生きたいものだ。人が生きる真理とは、実は極めてシンプルなのかもしれない。それなのに、なぜ人は悩み、混乱し、判断を誤るのか。人生の真理。これは、自然に寄り添った生き方から生まれるようにおもえる。やたら学問ばかりして、頭でっかちになってしまうと、むしろ決断ができなくなる。教養が邪魔をするのだ。もっと、簡単に考えていいんじゃないか。もっと、シンプルに生きて [続きを読む]
  • 自分に厳しい人
  • 自らを律する。言うは易く、なかなか困難なものではある。ところで、自分に厳しい人というものが、この世にはあるようだ。それは、それでよいとして、気をつけたいことがある。自分に対して厳格な人というのは、他人に対しても往々にして多くを求めシビアな眼を向ける傾向にある。たとえば、物事を完璧にやらねば気が済まぬ性分を他人にも押しつけるのだ。これはよくない。厳しいのは、どうぞ自分へ向けてだけにしなされ。人にはお [続きを読む]
  • 正論の危うさ
  • 理詰めで来る人がいる。論客である場合も多い。寸分の隙もなし。これでは、太刀打ちできないというもの。だが、そこには大いなる危うさがある。だいたい、人間というものは、正論で屈服させられるほどに反感を抱くものだ。その理屈が正しいかどうかは、さほど関係がない。感情が拒否してしまう。その拒否反応は、正論であればあるほどに根深いものだ。正論とは、危うさを秘めている。よくよく注意すべし。他人を論破しようなどとゆ [続きを読む]
  • 朝の音
  • 田舎で生まれ育ったせいか、自然の音はごく普通のものとして受け入れている。カエルの合唱、秋になれば蟋蟀の囀りと。カーテン越しに朝の陽光がこぼれ入る。鳥たちの声が聞こえてくる。これが日課だ。鳥たちの声で朝を知るとは、考えてみれば贅沢なのかもしれない。以前は、早朝も早朝、近所にいる鶏が勢いよく鳴いていた。最近は、どうも聞かなくなったが、いなくなってしまったのだろうか。自然の音、自然の声。いいものだ。朝の [続きを読む]
  • 人望ばかりはなかなか身につくものではない
  • 知恵者だとか能吏というものは、ある程度の修練を経れば産まれるものであろう。理論も身につく。だが、いかんともし難いのが人望というやつだ。人望ばかりは、持ってうまれた者とそうでない者の間に天と地ほどの差異がある。カミソリのような明晰な頭脳をもった人物でも、最終的に大成しないならば、それは人望の欠如。人望ある人物のもとには、優秀な人材が自然と集まるから、物事を成し遂げることもできる。この差は大きい。では [続きを読む]
  • 人に頼る 人に頼らない
  • 人間、いいときばかりであるはずもない。失意もあることだろう。特に、現代社会は時間におわれ、全体、心の余裕を失っている。そんな中、ストレスを抱えて生きているうちに、心の安寧を乱されるケースも少なくない。調子がわるいときには、自分一人で解決しようとせず、周囲の助けを求めればいい。お互いさまさ。何も遠慮することなどないんだ。甘えられるのも才能のひとつなり。とはいえ、自分自身は、独りあろうと日々思案してい [続きを読む]
  • 何をやってもうまくいかないとき
  • よくないことというのは、連鎖するのだろうか。何もかもが、よくない方へと巡ることがある。今が、そのときのようだ。こんな時もあるさと達観するか。よくないことが、次々と起こるとき、あまりにじたばたすると、かえって糸が絡まるようにもおもえる。一人静かに、孤独に身をおいて過ごそうか。やがて、太陽ものぼる時がくるのだろうか。こういうマイナスの時というときには、むしろおもいきりネガティブになったほうがいいのかも [続きを読む]
  • 酒に酔うな
  • 酒は飲むならば、酔ってはいけない。一人さめていよ。我を亡くすこと、断じてあってはならず。人に交わり、酒席にあるならば、一緒に騒ぐはよし。それでも、心はさめていなければならない。全体、酒におぼれるのは一時の逃げでしかなく、先々を誤る元なり。周りが酔っているならば、あわせておけばいい。それくらいの芸当ができなければ、何をか為せる?酒に飲まれる輩などになってはいけない。飲むなら、とことん自分を冷たく見つ [続きを読む]
  • 知識のお化け
  • 世の中には、物知りがいるものだ。豊富な知識で、事象について論評をする。だが、他人の批評をするだけで、何ら事を為さざる人間をわたしは憎む。頭がいい人ですね。それで、おしまいだ。いや、頭がいいわけではあるまい。知識が豊富ですねというだけだよ。知力は、人間に必要なものだが、それではまだまだ足りまい。肝がなければいけない。さらには、行動する力だ。何も為さざる者が最も辛辣な批評者である。他人のことをあれこれ [続きを読む]
  • しんどい時もある
  • 生きていれば、しんどい時もある。辛いことだって沢山あるさ。そんなとき、うろたえないようにしたいものだ。しんどい時も織り込み済み。とおもえば、さほど動揺することもあるまいて。日々、何かと格闘している。おだやかに過ごしたいとおもうことだってある。それでも、物事は移り変わり、何かが起こっている。いざというとき、動じない自分をつくるには、日頃から心の修練をしておくべきなのだろう。そうありたい。しんどい時。 [続きを読む]
  • 失敗を人生の糧に
  • 躓く経験があってもいい。むしろ、そういう時を知っていればこそ、人間としての味わいに深みが出る。人は、口では「失敗を恐れずに進め!」という。だが、現実社会はどうだ?企業戦士、あるいは役人達は、日々失敗をしないようにと研鑽を重ねている。面白くない。チャレンジをするからこそ、時には失敗も生じるのだ。トライしない者に、面白味などない。お利口さんの増えたことよ。世の中というものの懐が狭くなったのか、昨今は一 [続きを読む]
  • 本を読む
  • インターネット全盛の時代。だからこそ、本の有り難みが分かる。心が落ち着く、気力がわいてくる。本を読むと、自分の体内が浄化されてゆくようにおもえるのだ。手元には、常に数冊の本を置いている。分野はそれぞれ。すぐ手に取れる場所に本があることが大切なのだ。わたしには、自分なりの読書法がある。これはおそらく、習慣めいたものだとおもう。比較的若手の作家が書いた現代小説を一冊。昔に読んだ本を読み替えるためのもの [続きを読む]
  • 他人の眼と自分を省みる眼
  • 人は、往々にして「他人からどう見られているか」を気にしすぎる傾向にある。評価されたいという気持ちが悪いとは言わないが、周囲の評判ばかり気にしていては、本物の人物にはなれないよ。大切なのは、自分はどうか?と、自省できる眼をもつことだ。正しきことを行っても、周囲からは理解されないこともあるだろう。たとえば、100年後になって、そのこたえが出る場合もある。どうも人間、目先のこと、他人からの評判ばかり気に [続きを読む]
  • 人間、強味もあれば弱味もある
  • そもそも、完璧な人間などあるのだろうか。完璧であるという時点で、それはもはや欠点ではないか?人間、誰しも強味もあれば弱い部分もある。それでいい。何かひとつでも得意を持て。万能であろうと思う必要はない。それらをひっくるめての人間力。得手を伸ばすべし。自分に足りないところがあれば、人に助けてもらえ。ただ、人に任せるからには責任だけはもて。言い聞かせたいことである。今日、一日を振り返って、自分はよく生き [続きを読む]
  • 身を退くことの潔さ
  • 出処進退、と言ったら、いささか肩肘張った響きに聞こえるかもしれない。進むときには人任せ、退く時は自ら決せよ。と言っていた先人もあった。身の引き際というものが見事な人というのは、実に痛快なものだ。昨今は、どうもそういった潔さを尊ぶ気風が薄らいでいるようにおもえる。何とも、往生際の悪い例の多いことよ。権力、地位。そんなものは、水泡の如し。いつかは捨てるときが来るのだ。最後くらい、自分の決断で退くべし。 [続きを読む]
  • 現実家と思想家
  • 人間には、どうやら現実家タイプと思想家タイプがあるらしい。体質と言っていいかもしれない。生きる上で、この体質の違いが、明確なコントラストの違いをもたらす場合がある。現実家は、物事の道理を理解し、理にかなった行動を取る。冒険心があったとしても、最終的にははめを外すことはない。思想家。ある種、夢見がちでなければ、これにはなれない。盲信的体質が宿っている者にのみ、思想家たる資質がある。さて、いずれがよい [続きを読む]
  • 儚さも
  • 今日も一日が終わろうとしている。どんな風に過ごした?そう、自分に問いかけてみる。夜な夜な、問いかけを続けていれば、少しはましな生き方もできようか。人は、ある種の儚さを抱き、時に苦しみ、時に哀れみ。ただ、この儚さというものも、受けとめようだと思うのだ。せっかくならば、いただいてしまおう。儚さも自分の餌にしてしまえ。そうすれば、面白い生き方も出来ようというもの。悩んでも物事が上手くいくわけでもなし。面 [続きを読む]
  • まだ見ぬ不安に今を台無しにしていないか
  • 恐怖心とか不安とか。人は怯え、先々への足かせとなっている。いや、足かせにしていると言ったほうが正確かもしれない。しかし、そういったことが未来に起こるか?など、あまりに不確定なのだ。もしかしたら、明日は最高の日になるかもしれない。幸せな日々が待っているかもしれないのだ。妄想するなかれ。まだ来ぬ未来への不安を抱くがために、今という大切な時間を台無しにはしていないか?だとすれば、実に勿体ないことだ。今を [続きを読む]
  • 言い訳をしない生き方
  • 昨今は、しっかりと反論できることが尊ばれる傾向にある。たしかに、それも必要だろう。だが、大切なのは、誰のために、何のために反論をするかだ。己の保身が目的ならば、それはもはや反論ではなく、言い訳となる。自分は、言い訳を由としない。そういう生き方は避けたいと願う。世の中には、いろいろ批判めいたことを言ってくる人々もいる。それは、ある意味仕方のないことで、ついてまわること。いちいち、気にしていたら、身が [続きを読む]
  • 物事がよく見える状態に
  • 心の曇りを消し去り、霞を払い、純度を保つ。さすれば、自ずと物事もよく見えてくることだろう。心の純度を限りなく高めるのだ。躯の中に鏡があるならば、磨き続ける必要がある。人の判断を鈍らせたり、惑わせるのは、邪念が入り交じっているからだ。それらを濾過し、清くしておくこと。心に曇りなければ、眼力、目のレンズも透き通ってくることだろう。そういった境地に至りたい。この境地に達するには、一朝一夕ではなし得ないか [続きを読む]