ふらふら侍 さん プロフィール

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ふらふら侍さん: 歴史の舞台に立つ
ハンドル名ふらふら侍 さん
ブログタイトル歴史の舞台に立つ
ブログURLhttp://ameblo.jp/rekishinobutai/
サイト紹介文歴史上の人物が関わった史跡を撮影して時系列で紹介しています。史跡めぐりの際 役立つと思います。
自由文かなり相当史跡めぐりしました。城跡、古戦場跡、寺社などなど。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供368回 / 365日(平均7.1回/週) - 参加 2014/02/12 17:04

ふらふら侍 さんのブログ記事

  • 長慶寺
  • 右側にある無縫塔は大原雪斎のお墓。 【概要】人質時代の家康に兵法や帝王学の教育を行った人物として名高い大原雪斎。今川義元の軍師として今川家に貢献しました。晩年長慶寺に隠居し以降この地で安らかに眠っています。 【住所】静岡県藤枝市下之郷1225 [続きを読む]
  • 加藤図書屋敷跡
  • 【概要】今川家の人質として送られるはずの竹千代(のちの徳川家康)は、戸田康光の裏切りで織田信秀に送られます。このとき竹千代が預けられたのが加藤図書助順盛屋敷です。 【住所】愛知県名古屋市熱田区伝馬2-13-3 [続きを読む]
  • 安祥城(あんじょうじょう)
  • 【概要】松平清康(徳川家康の祖父)が岡崎に拠点を移すまで50年間松平家の拠点は安祥城でした。織田家と松平・今川連合軍の間で壮絶な奪い合いとなった城でもあります。竹千代(のちの徳川家康)の人質交換は、今川義元に生け捕りにされた安祥城城主織田信弘との人質交換だったのです。 【概要】愛知県安城市安城町 ※あんじょうと言うと安城を連想する私にとって安祥城(あんじょうじょう)という [続きを読む]
  • 大坂城残念石 その3
  • 大坂城に運ばれながら石垣になれなかった石は、城内で放置されるだけという運命になります。小豆島で採石されたと思われる石で大坂城内で放置されていた残念石が、400年の時を経て小豆島に里帰りすることになりました。歴史の重みが集結された残念石。歴史って素晴らしい。 大阪城里がえりの太閤石 【住所】香川県小豆郡土庄町 小海(おみ)甲909-1 [続きを読む]
  • 大坂城残念石 その1
  • 【概要】大坂城築城にあたって石垣に必要な石材が近郊の山・島から集められました。近郊の石切り場から巨石を採石し、大坂城に運ぶのですが、かならずしも運ばれた石が石垣になるとは限りませんでした。石垣になれなかった石は残念石と言われています。今日から4日間残念石の話をしていきたいと思います。 大坂城石垣 大坂城正面に展示されている残念石。 [続きを読む]
  • 船上城
  • 【概要】秀吉家臣の高山右近は秀吉から明石を拝領し、船上城を築城します。2年後キリシタン禁止令の際、信仰をとったため大名の座を捨て、紆余曲折を経て前田家の客人となりました。なお明石はその後秀吉の直轄領となるのです。 【住所】兵庫県明石市新明町 [続きを読む]
  • 千石堀城
  • 【概要】羽柴秀吉の根来攻めの際、総大将の羽柴秀次は約33000人の大軍で1000人の兵が守備する千石堀城を包囲します。予想外の苦戦を強いられますが落城に成功。泉州にある根来寺の出城は千石堀城落城後、相次いで落城することになるのです。 【住所】大阪府大阪府貝塚市橋本 [続きを読む]
  • 栗原山
  • 【概要】斎藤家の軍略家・竹中半兵衛は政務をないがしろにする斎藤龍興に失望、斎藤家を去り栗原山に隠棲します。豊臣秀吉は竹中半兵衛を自身の軍師にすべく何度も栗原山に足を運び説得、以降竹中半兵衛は豊臣秀吉の軍師として欠かせない人物になるのです。 【住所】岐阜県不破郡垂井町栗原 [続きを読む]
  • 花隈城
  • 本丸 【概要】有岡城を追われた荒木村重は花隈城に立てこもりますが、織田軍の猛攻を受け花隈城を捨て毛利の元に逃げ延びます。 【住所】兵庫県神戸市中央区花隈町1 神戸元町徒歩5分圏内にこんな公園があるなんて。 [続きを読む]
  • 安土相撲
  • 安土駅前にある土俵 【概要】鷹狩りと並び織田信長が好んだのは相撲。安土城でたびたび相撲大会を催したとのことです。 、相撲といえば鷹狩りと共に信長のお気に入りの趣味のひとつ。少年の頃から鍛錬の意味もこめて仲間内で楽しんでいたという話もあります。 [続きを読む]
  • 猿啄(さるばみ)城
  • 【概要】小牧山城を築いて美濃攻略の拠点とした織田信長は、東美濃にある猿 啄(さるばみ)城攻めを丹羽長秀に命じ落城させます。 【住所】岐阜県加茂郡坂祝町(さかほぎちょう)勝山字城山 ※猿啄城を攻略した織田信長は戦勝を記念して勝山城と改めます。ところで岐阜も織田信長が名付けたんでしたね。青字の地名は織田信長がつけた地名ということになります。岐阜県加茂郡坂祝町勝山字城山 [続きを読む]
  • 信長・秀吉・家康 番外編 続編
  • 2013年の冬、「信長・秀吉・家康 番外編」というテーマで関連史跡の写真および記事投稿をしましたが、続編という形で再度このテーマをとりあげてみたいと思います。信長・秀吉・家康の母君生誕地。小豆島の残念石。などをとりあげますが、小豆島の残念石は特にぜひ見ていただきたい内容に仕上がっています。それではこれから1ヶ月にわたる信長・秀吉・家康 番外編よろしくお願いします。 よかったら2013年公開した信長・秀 [続きを読む]
  • 斎藤道三特集を振り返って
  • 斎藤道三が歩んだ舞台を一通り史跡めぐりしてみたのですが、行動範囲がかなり狭いことに気づきます。 美濃国制覇と言えば聞こえがいいけど、実際は岐阜市制覇みたいなもの。岐阜市内の史跡だけでほとんど斎藤道三の生涯が語れます。例外は山県市の大桑城と一宮市富田の聖徳寺くらい。ちなみに山県市、一宮市富田は岐阜市の隣町。美濃国平定後、嫡男に家督を譲り隠居しますが「やり遂げた」ということでしょう。美濃一国で満 [続きを読む]
  • 斎藤道三 年表
  • ・長井新左衛門尉(のちに斉藤道三の父になる人物)は、かつての弟弟子の日蓮(常在寺住職)のツテを頼りに、美濃守護土岐氏小守護代・長井長広の家臣となり、その後著しい出世を遂げます。 1527年 父から家督を譲られた後、土岐家の家督争いに乗じて川手城を襲撃し、美濃守護・土岐頼武を越前に追放するというクーデターを成功させ、美濃土岐家の実権を握ります。 1538年 美濃守護代の斎藤利良が病死すると、その名 [続きを読む]