Sausalito さん プロフィール

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Sausalitoさん: 成田に吹く風
ハンドル名Sausalito さん
ブログタイトル成田に吹く風
ブログURLhttp://narita-kaze.jp/
サイト紹介文古いものと新しいものが混在する成田。空港、成田山、祭り・・成田近郊の神社仏閣や風物を写真と共に紹介。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供24回 / 365日(平均0.5回/週) - 参加 2014/03/25 23:27

Sausalito さんのブログ記事

  • 大木に囲まれた静寂の空間〜久能の「駒形神社」
  • 今回は、富里・久能の「駒形神社」を訪ねます。「駒形神社 旧村社 <祭神>駒形神(こまがたのかみ) <主要建物>本殿・亜鉛板葺流造一坪、弊殿・同一五坪、社務所・同六坪 <境内坪数>五三八.五七坪 <氏子>一〇〇戸<神事と芸能>一月二〇日備社。 四月三日と八月二八日に獅子舞(三匹獅子・羯鼓舞)を奉納する。」 (「千葉県神社名鑑」昭和62年)御祭神の「駒形神(こまがたのかみ)」とは、あまり聞き慣れない神 [続きを読む]
  • 歴史の彼方にチラリと見える「成田五郎」とは誰か?そして何処に眠るのか?
  • 成田総鎮守「埴生神社」の御由緒書きの中に、「 歴史的に年代が出てくるのは、まず仁安3年(西暦1168年)に成田五郎頼重という埴生郡を領していた武士が鉱物を奉納したと言うことが書かれてあり、成田という文字が出てくる最初と言われております。」というくだりがあります。今回は、ここに出てくる「成田五郎頼重」という人物を追いかけてみます。三年前に「埴生神社」についてこのブログで取り上げたときは、「成田五郎頼 [続きを読む]
  • 奈土の名刹、「紫雲山 昌福寺」
  • 奈土にある名刹、「昌福寺」を訪ねます。「昌福寺」は天台宗のお寺で、「釈迦如来」をご本尊としています。山号は「紫雲山」、院号は「来迎院」です。参道に面して四基の石仏が並んでいます。左端の石仏は如意輪觀音です。台座には「十九夜講」と刻まれていますので、十九夜待の「月待塔」です。補修のため紀年銘がほとんど読めませんが、「享」「四」「子」の三文字が辛うじて読めます。この三文字から推理すると、享のつく元号で [続きを読む]
  • 堀之内の森に佇む「西福寺」の「不動堂」
  • 今回は、堀之内の「西福寺」を訪ねます。「西福寺」は天台宗のお寺で、山号は「不動山」。本尊は「阿弥陀如来」です。本堂は民家風の建物で、周りには何もありません。お寺の境内の雰囲気は、本堂の手前左側にある「不動堂」に残されています。参道の入口には小さな大師堂があります。門柱には「不動山西福寺」と刻まれ、裏面には「平成十三年」とあります。門柱の左右に立つ、地蔵菩薩と観音菩薩。地蔵菩薩には享保十一年(172 [続きを読む]
  • いろいろな顔を持つ、成田山西側の「幸町(さいわいちょう)」
  • 安政五年(1858)に刊行された「成田參詣記」の中にある「成田山全圖」を見ると(「現代語訳成田參詣記」 平成10年 成田山新勝寺 P488から489)、境界は明確ではありませんが、今の幸町あたりは「上甼内横甼」と書き込まれています。昔は「横町」と呼ばれていたようです。幸町の散策は、薬師堂のロータリーから始めます。幸町の東端は、表参道の台の坂の右側にある数軒の店舗です。***********「表参道開 [続きを読む]
  • 延長二年(924)創建の「一ノ宮神社」と「長見寺」跡
  • 栄町の利根川河畔に鎮座する「一ノ宮神社」を訪ねます。「一之宮神社   祭神 経津主命(ふつぬしのみこと) 本殿・亜鉛板葺流造二.二五坪、拝殿・亜鉛板葺寄棟造九坪 境内神社 浅間神社  境内坪数 九二〇坪  氏子 五五戸由緒沿革 延長二年九月十九日に奉斎」  (「千葉県神社名鑑」 昭和62年)延長二年は西暦924年、ほぼ1100年前になります。ご祭神の「経津主之命(フツヌシノミコト)」は香取神宮に祀 [続きを読む]
  • 三百年にわたって多くの学僧が巣立っていった「飯高檀林」
  • 今回は匝瑳市の飯高寺の「飯高檀林跡」を訪ねます。飯高寺(はんこうじ)には、天正八年(1580)から明治七年(1874)までの約300年にわたり、「飯高檀林」と呼ばれる法華宗(日蓮宗)の学問所が置かれていました。総門、鼓楼、鐘楼、講堂等は国の重要文化財に指定され、鬱蒼とした森に覆われた境内は県の指定史跡となっています。檀林(だんりん)とは、僧侶の集りを栴檀(せんだん)の林に例えた「栴檀林」の略で、仏 [続きを読む]
  • 伝承によれば2100年の歴史〜式内社の「老尾神社」
  • 今回は匝瑳市にある式内社の「老尾神社」です。「式内社(しきないしゃ)」とは、延長五年(927)にまとめられた「延喜式(えんぎしき)」の巻九と巻十の「延喜式神明帳」に記載されている全国2861社の神社のことで、平安時代からの由緒ある神社です。「延喜式」は、延喜五年(905)に醍醐天皇によって当時の律、令、格についての施行細則を記したもので、その完成には22年を要しました。旧下総国内では、「香取神宮」 [続きを読む]
  • 再訪〜改修なった「成田山・額堂」
  • しばらくお休みしていましたが、久しぶりに更新します。まずは、あまり歩き回らずにすむ成田山の「額堂」の再訪から始めます。更新は、以前のようなペースにはなかなか戻れませんが、これからもお付き合いください。改修なった成田山の「額堂」を訪ねます。今回は、大本堂の後ろの階段を登る通常のコースではなく、裏門側から外周路を登ります。外周路の急坂をあえぎながら登っていると、何となく視線のようなものを感じ、ふと上を [続きを読む]
  • 再訪〜七百年以上の歴史ある古刹、船形の「薬師寺」
  • 今回は二年以上前(平成26年8月)に一度ご紹介した、船形の「薬師寺」を再び訪れます。「薬師寺」は真言宗のお寺で、山号は「船形山」、本尊は「阿弥陀如来」とされています。「千葉縣印旛郡誌」には、「薬師寺」が次のように紹介されています。「船形村字船形にあり眞言宗にして東勝寺末なり本尊を阿彌陀如來とす元は麻賀多神社の別當にして今も船形北須賀二ヶ村の?願にて二百年前船形の文書にも別當とありしと云ふ堂宇間口六 [続きを読む]
  • 西国・秩父・坂東の観音霊場をひとまとめ〜「安食百観音」
  • 「安食百観音」は、前回紹介した「大乗寺」への参道の入口にあります。観音経では、観音菩薩は衆生救済のために人々の機根に応じた三十三の姿に変身するとされています。(「機根=きこん」とは、仏の教えを理解したり、修行できる能力のことです。)この三十三の変化に因んで、各地に三十三ヵ所の霊場を巡礼する風習が生まれました。その代表的なものが、「西国三十三ヵ所」「秩父三十四ヵ所」「坂東三十三ヵ所」の霊場です。秩父 [続きを読む]
  • 慶安五年の創建〜安食の名刹「大乗寺」
  • 今回は栄町の「大乗寺」を訪ねます。「大乗寺」は天台宗のお寺で、山号は「安榮山」、院号は「實相院」。左に「照一隅」、右に「宝道心」と刻まれた山門前の灯籠は昭和46年に設置されました。この立派な山門については、後述の「千葉縣印旛郡誌」に記載がありませんが、江戸時代末期の建立と伝えられています。屋根には鯱が乗った四脚門です。山門をくぐった正面に池を挟んで大きな本堂が見えています。「千葉縣印旛郡誌」は、「 [続きを読む]
  • ちょっとしたスポット〜不思議な光景の「中里道祖神」
  • 今回は、ちょっと変わったスポットを紹介します。中里の「楽満寺」から七沢の八坂神社方向に抜ける旧道(今は寸断されてほとんど消えていますが・・・)に「中里の道祖神」と呼ばれる場所があります。「道祖神」は、主に昔の村の境界や道の辻、三叉路などに祀られている神で、村の守り神であり、子孫繁栄や旅の安全を守ってくれる神様として信仰されていました。呼び方はいろいろあって、成田近郊ではドウロクジン(道陸神)と呼ば [続きを読む]
  • 五百年前の開山〜西大須賀の「昌福寺」と七福神
  • 西大須賀の「昌福寺」は浄土宗のお寺です。 山号は「雲通山」、ご本尊は阿弥陀如来です。永正十一年(1514)の開山と伝えられています。***参道の入り口に立つ二基の「地蔵菩薩」。境内に入ってすぐ左手に「青面金剛」があります。明治九年(1876)のもので、六臂像です。隣には欠けた二基の板碑があります。正徳の元号だけが読めますので、約300年前のものです。右側の大師堂にはやや小さめの大師像が安置されてい [続きを読む]
  • 梵鐘が歴史を語る〜大須賀川べりの「浄土寺」
  • 前回の「大戸駅」の近くにある「浄土寺」を訪ねます。「浄土寺」は浄土宗のお寺で、ご本尊は「阿弥陀如来」、山号は「遍照山」です。山門の掲額には「徧照山」となっていますが、各種の史料には「遍照山」となっています。(徧は遍の異体字です。)浄土宗千葉教区ホームページには、「浄土寺」について次のように書かれています。「寺伝によれば、天正7年(1579)矢作城主・国分大膳胤政を開基に、奥州磐城の生れ、存把上人の弟 [続きを読む]
  • 駅舎も無い無人駅〜JR成田線「大戸駅」
  • 「大戸駅」はJR.成田線の無人駅です。踏切の際から、跨線橋を上り、ホームに直接下ります。駅舎も、改札口もありません。踏切から佐原方面の景色です。駅の看板(?)は跨線橋にあります。「大戸駅」はJR東日本の成田線の駅で、大正十五年(1926)の開業です。今年で開業90年になります。跨線橋の上から成田方面を見ています。こちらは佐原方面です。跨線橋からホームに下りたところに改札口代わりのゲートがあります。** [続きを読む]
  • 千二百年前に建立された古社〜小菅の「側鷹神社」
  • 今回は二年前に「三里塚街道を往く その壱」でちょっと立ち寄った、小菅の「側鷹神社」です。「千葉縣印旛郡誌」には、「側鷹神社について次のように記述しています。「村社 側鷹神社 小菅村字中小菅にあり彦火々出見尊を祭る大同三年九月廿八日建立社殿間口三尺奥行三尺拜殿間口三間奥行二間境内二百三十三坪官有地第一種あり神官は宮崎廣重にして氏子六十戸を有し管轄廳まで九里二十五町一間一尺あり境内一社あり即一天神々社 [続きを読む]
  • 前林・「諏訪神社」の回り舞台と「妙見神社」の妙見菩薩
  • 前林にある「諏訪神社」と「妙見神社」を訪ねます。「千葉県神社名鑑」には、「諏訪神社」について次のように書かれています。「諏訪神社  祭神 建御名方神(たけみなかたのかみ) 本殿・亜鉛板葺流造一.七五坪拝殿・亜鉛板葺二四坪 境内坪数 一七七.五坪 氏子一八五戸」「由緒沿革 創立年代は不詳。 今の社殿は、建築様式から推して享保年間にものらしく、彫刻の精巧華麗な建物である。 御祭神が開拓の神であることからす [続きを読む]
  • 清水が湧き出る山裾に五百年〜前林の「医王院」
  • 今回は旧大栄町前林の「医王院」です。「医王院」は曹洞宗のお寺で、山号は「前林山」。500年近い歴史を持っています。立派な山門は宝暦年間(1751〜1764)のものとされています。およそ260年の間、風雪に耐えてきました。山門の脇には数基の石造物が並んでいます。手前の石塔は天明二年(1782)のもので、 「三界萬霊等」 (等は異体字)と刻まれています。この世のあらゆるものの霊を供養するという意味で建て [続きを読む]
  • 年代確認できる最古の下総型板碑〜香取市の「地福寺」
  • 今回は、香取市の「地福寺」を訪ねます。前回の「大戸神社」の近くにあります。「地福寺」は臨済宗妙心寺派のお寺で、山号は「大戸山」。ご本尊は「地蔵菩薩」です。深くえぐれた谷のような場所にあるので、道路からは何も見えません。 中央は享保八年(1723)********** 曲がりくねった急さかを下りた、境内の入り口に並ぶ石仏群。13基の内4基が月待塔で、他は戒名のようなものが刻まれていますので、もともとは [続きを読む]
  • 1900年前に勧請された「大戸神社」
  • 香取神宮の攝社である香取市の「大戸神社(おおどじんじゃ)」を訪ねます。攝社(せっしゃ)とは、「本社と末社の間に位し、本社の祭神にかかわりをもつ神などを祭った神社。」 (歴史民俗用語辞典 日外アソシエーツ)のことです。 「十二代 景行天皇40年(111年)日本武尊東征の時、蝦夷征討祈願のため勧請。現在の香取市大戸の地に遷座し、幾度かの遷宮の後、三十六代 孝徳天皇白雉元年(650年)現在地に宮柱造営され [続きを読む]
  • 下金山の「龍金寺」と「七星神社」
  • 下金山の「龍金寺」を訪ねます。天台宗のお寺で、山号は金峰山、ご本尊は阿弥陀如来です。「龍金寺 下金山村字西前にありて天台宗に屬す金龍山と號す阿彌陀佛を本尊とす由緒不詳堂宇間口二間奥行二間寺院間口五間奥行八間半境内二百七十三坪官有地第四種にして管轄廰まで八里十八町なり寺院明細帳」(下線の部分で山号が「金龍山」となっているのは誤りで、正しくは「金峰山」。)「千葉縣香取郡誌」中の「中郷村誌」に、「龍金寺 [続きを読む]
  • 1200年の歴史〜幡谷の「香取神社」と「浅間神社」
  • 幡谷の「香取神社」と「浅間神社」は道を挟んで並んでいます。 香取神社浅間神社 「香取神社」から見てゆきます。木製の鳥居は控柱の付いた両部鳥居です。社号標は昭和51年の建立です。鳥居の脇に二つの手水盤が置かれています。手前は明治三十一年(1898)、奥の小さい方には「天明六丙午」と刻まれています。天明六年は西暦1786年になります。     神  額   ***   拝 殿 内 部「千葉県神社名鑑」によ [続きを読む]