セバスティアン さん プロフィール

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セバスティアンさん: 御朱印、集めちゃいました
ハンドル名セバスティアン さん
ブログタイトル御朱印、集めちゃいました
ブログURLhttp://cinnabar.sblo.jp/
サイト紹介文何となく始めた写経と御朱印集め、だんだんハマって来たので、悟りを開くまで続けられたらいいな
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供49回 / 365日(平均0.9回/週) - 参加 2014/05/24 19:56

セバスティアン さんのブログ記事

  • 蓑毛山 宝蓮寺(2016年4月30日)
  • 仏乗院から南に山を下るとバスの通る県道に出ます。県道を挟んだ両側に宝蓮寺があります。鎌倉時代に創建されたお寺です。県道の南側の参道は、緑に囲まれて爽やかな雰囲気です。参道の先にある小さな橋は、多伽羅橋という名前が彫られていました。参道参道の途中左側に石碑がありました。文字が読めないのですが、文字数からみて俳句のように思えます。くずし文字が読めるようになりたい!石碑参道の少し先の右側には六地蔵と、掃 [続きを読む]
  • 高嶋山 歓喜寺 仏乗院(2016年4月30日)
  • 大山寺からはケーブルカーではなく、女坂の階段を大山阿夫利神社の下社まで登りました。大山阿夫利神社参道そこから大山山頂への登山道入り口を入り、上には登らずに左に行くと裏参道があって、その道を通って蓑毛の方へ下りました。裏参道は山の中の道で、道がないように見えながら、人が通りやすいようにちゃんと整備されています。ヤマビルもいるそうなので、ヒル避けの薬や服装など万全の用意をしていきましたが、薬の効果かあ [続きを読む]
  • 大山不動(2016年4月30日)
  • 大山寺にも二年ぶりの参拝です。前回は通常の御朱印をいただいていて、今回は関東三十六不動霊場の御朱印が目的です。ケーブルカーに乗り、途中駅の大山寺駅で降りたのですが、下車したのは私一人でした。駅からすぐのところに平和大観音があります。その隣には幸福の鐘もありますが、写真は撮り忘れました。平和大観音女坂の下から登ってくると参道の階段があり、階段の両側には童子が並んでいます。大山寺駅から行くとその上に出 [続きを読む]
  • 大山 茶湯寺(2016年4月30日)
  • 二年ぶりに小田急の丹沢・大山フリーパスを使って、厚木・伊勢原・秦野の辺りに行ってきました。大山へのバスの終点からケーブル駅の間にある茶湯寺にも、二年前に参拝していましたが、その時には人の気配を感じなかったことと、住職が高齢で御朱印を書いてないという情報があったことから、境内を簡単に見ただけでした。今回は、代替わりしたかどうかは分かりませんが御朱印があるという情報を見たので、再訪しました。こま参道の [続きを読む]
  • 新宿区の御府内八十八ヶ所(2016年4月6日)
  • 早稲田より東側の弁天町に多聞院があります。コンクリートの近代的な山門を建てている最中でした。過去の写真を見ると門柱だけで、屋根のある山門はなかったようです。山門上には鐘があるので、あえて分類すれば鐘楼門ということになるのでしょう。鐘楼花まつりの直前だったので、山門の右側には甘茶をかける釈迦如来が置かれていました。花まつりの釈迦如来参道の左側に、公園のようなスペースがあります。牛込四恩の杜という永代 [続きを読む]
  • 飯山観音(2016年4月2日)
  • 坂東三十三観音霊場には長谷寺と表記するお寺が3つあり、神奈川にある2つは「はせでら」、群馬のお寺は「ちょうこくじ」です。飯山観音の名前で知られる厚木の長谷寺では、あつぎ飯山桜まつりが開催されていて、多くの観光客が訪れていました。参拝の日はトレイルラン大会が行われていて、本堂の裏側などがコースになっていて一般客が通れないのが不便でした。山門の手前の小川に沿った参道は桜並木が続いています。桜並木シンプ [続きを読む]
  • 蓮馨寺、見立寺、大蓮寺(2016年3月20日)
  • 本川越駅からまっすぐ北に500mほどの、蔵造りの街のちょっと手前辺りに蓮馨寺があります。戦国時代の川越城主大道寺政繁の母親が、開基である蓮馨で、この後尋ねた見立寺と大蓮寺の開基も蓮馨です。参道入り口から入って右側に振り返った位置に鐘楼があり、横には売店があります。明治時代の火事で水舎と共に焼け残った建物です。鐘楼入って左側には、戦前風の講堂があります。葬儀などだけでなく、汎用のホールとして使われていま [続きを読む]
  • 星野山 無量寿寺 中院(2016年3月20日)
  • 喜多院から南の方へ少し行くと、南院跡地があり、石碑などが多く立っています。南院は明治時代に廃寺になっています。中院はそれよりも南側にあるので、どのような位置関係だろうと後で調べたところ、元々は現在の仙波東照宮の位置に中院があり、喜多院慈眼堂の位置に仙波東照宮があったということです。南院跡地中院の東の通りに面して、門が三つあります。一番北側は赤くて古い門です。門に貼られている説明によると、室町時代の [続きを読む]
  • 川越大師 喜多院(2016年3月20日)
  • 無量寿寺は平安時代に円仁が創建し、鎌倉時代の初めに尊海が元々のお寺を中院(仏地院)として、北院(仏蔵院)と南院(多聞院)も作りました。当初は中院が無量寿寺の中心的な存在でしたが、徳川家康の側近の天海が北院の住職となってから、名前を喜多院に変えて、最も栄えた寺院となりました。成田山別院の前からすぐに喜多院参道が見えますが、それは横の入り口で、表参道は東側にあります。山門は天海が建立したもので、喜多院 [続きを読む]
  • 成田山川越別院(2016年3月20日)
  • 小江戸として知られる川越の観光の中心というと、時の鐘や蔵造りの街が有名で、そこは本川越駅からまっすぐ北へ向かった辺りです。それよりも東側が川越城や大きなお寺がある地区になっています。成田山川越別院がある場所には本行院というお寺がありましたが廃寺になっていました。黒船来航の年に成田山新勝寺の別院として再興されて、本行院の名前も引き継いでいます。境内の東側に、大きな屋根の山門があります。山門山門の内側 [続きを読む]
  • 禅英山 了心院 宝泉寺(2016年3月2日)
  • 早稲田大学の南側に「早稲田大学に一番近い寺」宝泉寺があります。平安時代の初めに創建された古いお寺で、現在の境内はあまり広くはないですが、江戸時代までは早稲田大学のキャンパスの大部分が宝泉寺の土地だったそうです。隣接する唯一の寺ということで、早稲田マーク入りのお守りも売っています。(観音寺は道を挟んでいるので隣接ではないということのようです)江戸時代の富くじ(現在の宝くじ)発祥のお寺です。境内に入っ [続きを読む]
  • 観音寺と放生寺(2016年3月2日)
  • 早稲田大学の北側に接して、観音寺があります。境内は狭く、近代的な本堂が外からすぐに見えます。この本堂は、檀家の有名な建築家の設計だそうです。本堂2階の本堂の賽銭箱の前の地面には、四国の国名を書いた円盤が敷かれています。説明はなかったのですが、お砂踏みの意味かとも思いました。賽銭箱の前入り口の右側には恵比寿と大黒天の像があります。由来は分かりませんでした。恵比寿、大黒天その先には庚申塔があります。江 [続きを読む]
  • 護国寺(御府内八十八ヶ所)(2016年3月2日)
  • 護国寺には江戸三十三観音巡りに続いて2回目の参拝ですが、前回はほとんど写真を撮っていませんでした。徳川3代将軍家光の側室で、5代将軍綱吉の母である桂昌院によって創建されたお寺です。護国寺の参道である音羽通りには大奥の女中が店を構えて副収入を得ていたことや、桂昌院の名前であるお玉が玉の輿の語源になっていることなどを、つい最近のテレビで見ました。現在の境内の一番表には仁王門があります。江戸時代の、本堂 [続きを読む]
  • 本鏡山 常福寺(2016年2月27日)
  • 二年前に訪れた宗仲寺から北西に1km弱のところに常福寺があります。表の入り口が分かりにくいのですが、本堂の正面が表なのでしょう。そちら側の門は石造りのシンプルなもので、その下にある石の花瓶に花が生けてありました。石の門本堂は禅寺らしく、飾り気がなくて荘厳な雰囲気です。本堂本堂の前にある香炉の足元に、小さな人形などが多く置かれていました。香炉の足元境内はそれほど広くはないですが、普通の庭の中に石庭を融 [続きを読む]
  • 浅草から上野、御府内八十八ヶ所、その2(2016年2月13日)
  • 龍福院の門は扉が閉まっていたので、他に入り口があるのかとも思いましたが、左側の小さい扉は鍵がかかっていなかったので、そこを開けて中に入りました。門扉本堂は伝統的な様式をコンクリート造りで建てた、一昔前の近代的な建物という感じでした。本堂門の外には小林清親の墓についての案内板がありました。私はよく知らないのですが、明治時代に活躍した最後の浮世絵師だそうです。墓自体は非公開ですが、記念碑が本堂の前にあ [続きを読む]
  • 浅草から上野、御府内八十八ヶ所、その1(2016年2月13日)
  • 浅草寿不動では、関東三十六不動と同時に御府内八十八ヶ所の御朱印もいただきました。このお寺から上野にかけての地域には、御府内八十八ヶ所の札所が9ヶ所も密集しています。それらのお寺を巡る道順を書いた地図をもらったので、それに従って東から西へと順にお参りしました。威光院の本堂は、とても近代的な建物です。数年前に建て替えられているのですが、ネット上で見つけられる先代の本堂もかなり現代的なものです。ただしお [続きを読む]
  • 台東区の関東三十六不動(2016年2月13日)
  • 台東区循環コミュニティバスのめぐりんは、区内をほとんど網羅していて、一日乗車券が300円なので、寺社巡りや観光にとても便利です。これを利用して、関東三十六不動と御府内八十八ヶ所のお寺を回ってきました。江戸時代の遊郭として有名な吉原の西隣に飛不動こと正寶院があります。住職が本尊の不動像を背負って大和国に修行に行ったところ、江戸に残った信者の祈りに答えて不動様が一夜で江戸に飛び帰ったという伝説が、飛不動 [続きを読む]
  • 浄林寺(2016年1月16日)
  • 馬堀海岸駅から東側数百mのところに浄林寺があります。交差点からお寺の門まで、道路の歩道のない側を歩くのがちょっと怖いです。裏山には墓地があるみたいですが、それを除けば小さなお寺です。門の左側には庚申塔が並んでいます。門と庚申塔門の右側には観音像と石碑があります。石碑には「わざはひもなくて 命や長からむ この御佛を ○○○い乃ちは」(○は読めない)と書かれているので御詠歌のようですが、後で調べた浄林寺の [続きを読む]
  • 逗子大師(2016年1月16日)
  • 新逗子駅北口から橋を越えてすぐのところに逗子大師こと延命寺があります。奈良時代に行基が作った延命地蔵を本尊として創建されたことが、お寺の名前の由来です。空海がその地蔵を安置するための厨子を置いたことから、お寺がある地域が厨子と呼ばれ、後に逗子という文字が当てられたそうです。市街地としては境内は広々としていて、入り口の正面に本堂があります。本堂はお寺というよりお城のような建物です。ほとんどの建物は新 [続きを読む]
  • 岩殿観音(2016年1月16日)
  • 岩殿観音は逗子駅の北側の山の上にあり、最寄りのバス停からでも歩いて10分以上かかります。奈良時代初期に創建され、鎌倉で最も古い杉本寺よりもさらに古いお寺です。明治以降衰退したとのことですが、山の中腹にかなり広い境内を持っています。参道には、坂東三十三観音の各札所の御詠歌を彫った石碑が並んでいます。参道緩やかな階段の先に山門があります。写真では扉が開いていて見えませんが、扉に笹竜胆の紋が付いています。 [続きを読む]
  • 三崎の三御所(2016年1月15日)
  • 三浦半島の先端の三崎は風光明媚の地として昔から知られていて、源頼朝もそこに別荘のような場所として三箇所の御所を設け、少しづつ時期がずれた花を植えて楽しんでいたそうです。三つの御所の跡地は、その後いずれも寺院となっています。西側の海を見る位置にあるのが、桃の御所の跡地の見桃寺です。お寺の創建は、3つの中では最も新しい江戸時代初期です。入り口はお寺っぽくなくて、幟がなければ見逃してしまうかも知れません [続きを読む]
  • 九品仏(2016年1月11日)
  • 等々力駅から大井町線で2つ目が九品仏駅で、その近くに九品仏と呼ばれる浄真寺があります。鎌倉時代から戦国時代まで奥沢城があった場所に、江戸時代初期に創建されたお寺で、今でもかなり広大な境内を持っています。駅の近くから境内まで、参道が公園のように整備されています。参道参道の途中には、石仏や庚申塔などが置かれています。参道横の石仏。山門は、お寺全体の規模に比べると、こじんまりとしています。山門境内は広い [続きを読む]
  • 醫王寺と満願寺(2016年1月11日)
  • 駒沢オリンピック公園の少し南西の深沢不動交差点の角に深沢不動があります。入り口の前にはお堂があり、その中と外に庚申塔があります。庚申塔敷地の大部分は更地で、隅の方に不動堂が立っています。不動堂入り口の内側の横には百度石、石碑、祠などがありました。百度石、石碑、祠など深沢不動堂を管理しているのは、西隣にある醫王寺です。不動堂から歩くと、柵があって通れない門が見えてきます。山門だと思いますが、お寺とい [続きを読む]
  • 円覚寺の除夜の鐘(2015年12月31日)
  • 人生で初めて、除夜の鐘の体験に行きました。鎌倉では建長寺や本覚寺などが人数無制限で鐘を撞くことができます。円覚寺は制限はありますが約400人と十分に多く、駅からも近いので、とりあえず行ってみることにしました。北鎌倉駅の目の前に総門があり、夜10時台には多くの人が並んでいました。総門総門は10時50分頃に開かれて、奥の方の僧堂まで進みます。その間は整理する人がいないので、歩くのが早い人が抜かして行って、総門 [続きを読む]
  • 本覚寺と寿福寺(2015年12月26日)
  • 鎌倉駅の南東側すぐ近くにある本覚寺は、正月三が日の初えびす(えびす迎え)と10日の本えびすで知られていて、その準備の提灯が飾られていました。仁王門は江戸時代に作られた重厚なもので、最近修理されています。その右側に夷堂の屋根が見えます。写真の左下には、鎌倉十橋の夷堂橋の欄干が見えます。仁王門鎌倉・江ノ島七福神の恵比寿が祀られている夷堂は、源頼朝が建立したもので、日蓮が身延山に入る直前に夷堂に滞在してい [続きを読む]