常夜燈 さん プロフィール

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常夜燈さん: IL PELLEGRINAGGIO 古社寺巡拝記
ハンドル名常夜燈 さん
ブログタイトルIL PELLEGRINAGGIO 古社寺巡拝記
ブログURLhttp://koshaji.blog.jp/
サイト紹介文関西を中心に、神社仏閣の参拝記録と御朱印の紹介。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供69回 / 365日(平均1.3回/週) - 参加 2014/05/26 22:46

常夜燈 さんのブログ記事

  • 春日神社〔和泉市松尾寺町〕 松尾の山寺と春日四所明神
  • 四所明神 泉州松尾寺は「松尾の山寺」と称ばれ、最盛期には寺坊三百六十余を数えたという一山寺院。今やその面影はなくひっそりとした境内を、本堂や不動堂を過ぎて奥へ進むと、古びた石鳥居が現れる。ここから先は松尾寺春日神社の神域。◆春日神社 鳥居春日神社【かすがじんじゃ】鎮座地: 大阪府和泉市松尾寺町井戸山御祭神:天児屋根命【あめのこやねのみこと】比咩大神【ひめおおかみ】武甕槌命【たけみかづちのみこと】経津 [続きを読む]
  • 櫻井神社〔尼崎市南城内〕 櫻井松平氏の歴史と日本赤十字社設立
  • 創祀 尼崎の櫻井神社は尼崎藩主であった櫻井松平家の祖信定公を祀る霊社として、旧藩士を中心とする結社「信愛社」有志により創建された。 明治十三年(1880)五月に署名活動を始める。当時の櫻井家当主にして尼崎藩最後の藩主櫻井忠興は神社奉斎に反対していたが、尼崎城中で祀っていた信定公の神璽を元家老の堀家で預かり引き継いで奉斎していて、その継続という形で諒解を得た。 最終的に二千四百名を超える署名が集まり、明 [続きを読む]
  • 神明神社〔和泉市寺田町〕 神社合祀政策と失われた伝統
  • 寺田村鎮守 大阪府和泉市の寺田神明神社は、和泉国和泉郡寺田村の産土神として同村字井戸田に鎮座していた。◆神明神社 拝殿神明神社【しんめいじんじゃ】鎮座地: 大阪府和泉市寺田町三丁目3-24御祭神:天照皇大神【あまてらすすめおおかみ】天児屋根命【あめのこやねのみこと】品陀別命【ほんだわけのみこと】創建: 不詳社格等: 旧村社別称/旧称: 寺田神社 天照大神社 天照皇大神・天児屋根命(春日大神)・品陀別命(八幡 [続きを読む]
  • 八坂神社〔和泉市箕形町〕 牛頭天王と牛神
  • 合祀と復社 高塚山の麓を発して和泉市内を北流する松尾川。その流域を松尾谷と称ぶ。 松尾谷は古くから開けた土地で、その中でも最初に人びとが住み始めたのは、かつての和泉国府にも近い谷北部であった。六世紀頃には物部支族の韓国連【からくにのむらじ】がこの地に勢力を伸ばし始めたという。彼らが拠点とした唐国の北隣に位置する箕形の地に、八坂神社が鎮座する。 箕形町の北部には古代条里制の遺構がみられ、「三ノ坪」「 [続きを読む]
  • 春日神社〔和泉市春木町〕 物部の痕跡と弘法大師冬籠り伝承
  • ◆春日神社 拝殿松尾谷総鎮守 和泉市春木町に鎮座する春木春日神社は、古来松尾谷諸村の総鎮守といわれ、奈良時代の創建を伝える古社。 中世、松尾谷の一帯は春木荘と称して奈良春日大社の荘園となっており、その鎮守社として勧請されたものとみられる。◆春日神社 鳥居と社号標春日神社【かすがじんじゃ】鎮座地: 大阪府和泉市春木町冬堂615包括: 神社本庁御祭神:武甕槌命【たけみかづちのみこと】経都主命【ふつぬしのみこ [続きを読む]
  • 生國魂神社〔大阪市天王寺区生玉町〕 丁酉歳干支朱印拝受|淀殿の伝説
  • 御挨拶 恭んで新春のお慶びを申し上げます。 早いもので、このブログを立ち上げてから二年九ヶ月が経とうとしています。 当初思っていたようにさくさくと書き進められてはいませんが、じっくり腰を据えて続けていこうと考えております。これからもお引き立てを賜れれば幸いです。平成二十九年 初春  今年もいくたまさんにお詣りして来ました。丁酉【ひのととり】の御朱印です。◆生國魂神社 干支朱印 丁酉歳生國魂神社 干支 [続きを読む]
  • 三輪惠比須神社〔桜井市三輪〕 日本最初の市場を守る福の神
  • 最古の市神 海石榴市【つばいち】は現在の桜井市金屋付近にあった我が国最古といわれる市場で、奈良の都へ続く山の辺の道、飛鳥へ通じる磐余の道、大和と伊勢を結ぶ初瀬街道、二上山へと延び竹内街道につながる横大路といった幹線道路が交錯し、大和盆地を横断して河内に注ぐ大和川水運の終着地点でもあり、「海柘榴市の八十【やそ】の衢【ちまた】」と万葉歌に詠われた交通の要衝だった。 市の立つ日には多くの人びとで賑わい、 [続きを読む]
  • 石津神社〔堺市堺区石津町〕 陸の戎と浜の戎の式内社論争
  • 上石津のえべっさん 旧和泉国大鳥郡上石津村の産土神である石津神社は、小栗判官が土車に乗って熊野を目指したという小栗街道沿いに社地を構えている。 最古の戎神社と称するこの神社の創祀伝承は遥か神代に遡る。 恵美酒大神がこの地に降臨し、携えて来た五色の石を置いたのが始まりで、その故事により「石津」の地名が生まれたという。 その後、第五代孝昭天皇七年(BC469)八月十日に、勅によって恵美酒大神を奉祭する社殿が [続きを読む]
  • 高龗神社〔貝塚市脇浜〕 海から来訪した龍神と戎神
  • 高龗神社 和泉葛城山上に鎮座する八大龍王社(高龗神社)についての諸事を記した『葛城峯宝仙山萬覚帳』に、同社の縁起が次のように書かれている。 ある時、弘法大師と「しるびん大師」が法力対決を行った。しるびん大師が降雨を司る諸龍神を「摩訶」の二字を以て縛ったため、日本中が百日にわたる大旱魃に見舞われた。対する弘法大師は「般若波羅密多」と誦えて海の龍王に祈請した。すると八大龍王が泉州脇浜浦の、今では龍王島 [続きを読む]
  • 意賀美神社〔岸和田市土生滝町〕 太古の森に鎮まる古社と神宿る滝
  • ◆雨降の滝神の於わす山 南北に長い岸和田市のほぼ中央に位置する神於山【こうのやま】は標高およそ三百メートルの独立峰で、古来、その名の示す通り神の山として崇拝されてきた神体山、神奈備だった。 神於山を囲むように多くの神社が分布している。また中世には南麓に神於寺が栄え、最盛期には百八坊が建ち並ぶ大伽藍を誇ったという。神於山は常に信仰の中心として屹立してきた。 そんな山麓にある神社のうちのひとつが、西北 [続きを読む]
  • 傘堂〔葛城市染野〕 左甚五郎作とも伝わる一本足の奇妙な仏堂
  • ◆傘堂當麻路 二上山は死の山だ。 大和の太陽は三輪山から昇り、二上山に沈む。二上山の向こう、河内の磯長谷は「王陵の谷」とも称ばれ、多くの貴人の陵墓が密集する葬送地であり、二上山はその象徴として墓標のように聳える。山頂近くには悲劇の最期を遂げた大津皇子の墓が幽寂と佇む。仏教が伝来すると、阿弥陀如来のおわす西方浄土への信仰と結びつき、気高き中将姫の伝説も生まれた。 その懐に抱かれる當麻の里は、生と死の [続きを読む]
  • 鹿島神社〔香芝市下田西〕 市名の由来となった神社の源氏遺臣創祀伝承
  • 創祀の伝承 大和国葛下郡下田村(現奈良県香芝市)は古くから交通の要衝として栄えた。河内から国分峠を越え初瀬(長谷)を経て伊勢へ到る伊勢街道と、王寺から南に延びる當麻寺参詣道が下田の地で交わる。現代においても、国道一六五号線と一六八号線の交差点として交通量の多い場所だ。その下田交差点に鎮座するのが、平安末期の勧請伝承を持つ鹿島神社。◆鹿島神社 鳥居鹿島神社【かしまじんじゃ】鎮座地: 奈良県香芝市下田西 [続きを読む]
  • 葛城神社〔橋本市柱本〕 紀伊・河内国境の茅葺き職人の里
  • ◆葛城神社紀見峠 河内と紀伊の国境にある紀見峠の歴史は古い。 南海駅路の新道としてこの峠を越える道が開かれたのは、平安遷都から間もない延暦十五年(796)のこと。 その後空海が高野山を開創すると、京都・大坂からの参詣道として大いに賑わうようになっていった。葛城山脈を越える道としては、この紀見峠越えが最も標高が低く、通行の難が少なかった。紀州を一望できるこの峠を、数多の旅人が往き交った。 慶安元年(164 [続きを読む]
  • 片岡神社〔北葛城郡王寺町本町〕 大和川舟運拠点の地に鎮まる水と雨の神
  • 水の神 大和の西の玄関口と称ばれる王寺は、古くから交通の要衝だった。信貴・生駒山系と葛城・金剛山系の接点にあたり、大和盆地各地を流れる河川が集まり大和川となって、この地を経由して大阪へと注いでおり、水運の拠点となっていた。陸路では、河内から奈良へ至る奈良街道と、當麻寺を経て紀州へと続く道の分岐点にあたり、多くの人馬が往来した。 王寺という地名は古く、敏達天皇の第三皇女片岡姫が開創した片岡王寺に由来 [続きを読む]