常夜燈 さん プロフィール

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常夜燈さん: IL PELLEGRINAGGIO 古社寺巡拝記
ハンドル名常夜燈 さん
ブログタイトルIL PELLEGRINAGGIO 古社寺巡拝記
ブログURLhttp://koshaji.blog.jp/
サイト紹介文関西を中心に、神社仏閣の参拝記録と御朱印の紹介。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供52回 / 365日(平均1.0回/週) - 参加 2014/05/26 22:46

常夜燈 さんのブログ記事

  • 八幡神社(天祖神社)〔堺市南区畑〕 丘の上に鎮まる八幡さんとお伊勢さん
  • 広野新田 旧河内国大鳥郡畑村(現堺市南区畑)の鎮守八幡神社は、明治四十一年(1908)三月五日櫻井神社に合祀されたことが記録に残っている。 その後の経緯は詳かでないが、こんもりと緑が繁った丘の上に、畑八幡神社は今も鎮座している。◆八幡神社 鳥居と社殿八幡神社鎮座地: 大阪府堺市南区畑勘田199御祭神:誉田別命【ほんだわけのみこと】天照大神【あまてらすおおみかみ】創建: 不詳社格等: 旧無格社別称/旧称: 天祖 [続きを読む]
  • 観心寺〔河内長野市寺元〕 国宝如意輪観音御開帳
  • 千二百年の眼差し 毎年四月十七日と十八日の二日間、大阪府河内長野市の観心寺において、秘仏如意輪観世音菩薩(国宝)の厨子が開扉される。 平成二十九年(2017)四月十八日、仕事の休みが合い、念願のその姿を拝むことができた。◆観心寺 金堂檜尾山観心寺【ひのおさんかんしんじ】所在地: 大阪府河内長野市寺元475宗派: 高野山真言宗御本尊:如意輪観世音菩薩創建: 大宝元年(701)開山: 役小角寺格等: 高野山真言宗遺跡 [続きを読む]
  • 湊川神社〔神戸市中央区多聞通〕 悲劇の英雄楠木正成〈後編〉
  • 前編はこちら湊川神社〔神戸市中央区多聞通〕悲劇の英雄楠木正成〈前編〉楠木正成終焉の地 湊川神社の鎮座地は楠木正成が最期を迎えた場所と伝わる。 境内の西北隅に、玉垣で囲われ門が設えられた一角がある。石標には「史蹟 楠木正成戦歿地」と刻まれている。この場所こそ、延元元年(1336)五月二十五日、楠木正成が将士七十余人とともに殉節を遂げた地だという。 また、正成の墓所は境内の東南隅にある。◆湊川神社 楠木正成 [続きを読む]
  • 湊川神社〔神戸市中央区多聞通〕 悲劇の英雄楠木正成〈前編〉
  • 神戸の楠公さん 湊川神社は南北朝時代の英雄楠木正成を祀る霊廟として明治五年(1872)に創建された。 南朝方に属した皇族や武将を祭神とする建武中興十五社の一つであり、国家の為に功労のあった人臣を祀る神社の社格として設けられた別格官幣社に列した最初の神社。 また生田神社・長田神社という二つの古社とともに神戸三社に数えられる。◆湊川神社 拝殿湊川神社【みなとがわじんじゃ】鎮座地: 兵庫県神戸市中央区多聞通三 [続きを読む]
  • 皇大神宮社〔宇治市広野町〕 街道の分岐点広野新田
  • 広野新田 永井信濃守尚政が山城淀十万石の藩主として淀城に入ったのは大御所徳川秀忠の死の翌年、寛永十年(1633)のこと。尚政は十六歳で秀忠の小姓となって以来秀忠の側近として仕え、老中まで務めた。同じく老中井上正就・京都所司代板倉重宗と共に秀忠近侍三臣と称された。 三代将軍家光にとって尚政の淀藩入部は、京・大坂の治安を守るのみならず、西国諸大名へ睨みを利かせる意味においても重要だったものと思われる。 尚 [続きを読む]
  • 麓神社〔宮津市難波野〕 悪逆の雄略天皇と仁愛の顕宗天皇・仁賢天皇
  • 逃避行 急な出立だった。 明日の朝、この村を出て三重谷へと向かう手筈になっていたので、道中召し上がっていただこうと村人たちは夕刻から餅米を蒸し、小豆を炊いてぼた餅を作る準備をしていた。それが急遽夜のうちに出発することになり、仕方ないので蒸しあがったばかりの米に小豆を投入して軽く混ぜ、丸めて竹皮に包むことにした。 日下部連使臣【くさかべのむらじおみ】と吾田彦【あたひこ】の父子が一人の女性とその子であ [続きを読む]
  • 春日神社〔和泉市松尾寺町〕 松尾の山寺と春日四所明神
  • 四所明神 泉州松尾寺は「松尾の山寺」と称ばれ、最盛期には寺坊三百六十余を数えたという一山寺院。今やその面影はなくひっそりとした境内を、本堂や不動堂を過ぎて奥へ進むと、古びた石鳥居が現れる。ここから先は松尾寺春日神社の神域。◆春日神社 鳥居春日神社【かすがじんじゃ】鎮座地: 大阪府和泉市松尾寺町井戸山御祭神:天児屋根命【あめのこやねのみこと】比咩大神【ひめおおかみ】武甕槌命【たけみかづちのみこと】経津 [続きを読む]
  • 櫻井神社〔尼崎市南城内〕 櫻井松平氏の歴史と日本赤十字社設立
  • 創祀 尼崎の櫻井神社は尼崎藩主であった櫻井松平家の祖信定公を祀る霊社として、旧藩士を中心とする結社「信愛社」有志により創建された。 明治十三年(1880)五月に署名活動を始める。当時の櫻井家当主にして尼崎藩最後の藩主櫻井忠興は神社奉斎に反対していたが、尼崎城中で祀っていた信定公の神璽を元家老の堀家で預かり引き継いで奉斎していて、その継続という形で諒解を得た。 最終的に二千四百名を超える署名が集まり、明 [続きを読む]
  • 神明神社〔和泉市寺田町〕 神社合祀政策と失われた伝統
  • 寺田村鎮守 大阪府和泉市の寺田神明神社は、和泉国和泉郡寺田村の産土神として同村字井戸田に鎮座していた。◆神明神社 拝殿神明神社【しんめいじんじゃ】鎮座地: 大阪府和泉市寺田町三丁目3-24御祭神:天照皇大神【あまてらすすめおおかみ】天児屋根命【あめのこやねのみこと】品陀別命【ほんだわけのみこと】創建: 不詳社格等: 旧村社別称/旧称: 寺田神社 天照大神社 天照皇大神・天児屋根命(春日大神)・品陀別命(八幡 [続きを読む]
  • 八坂神社〔和泉市箕形町〕 牛頭天王と牛神
  • 合祀と復社 高塚山の麓を発して和泉市内を北流する松尾川。その流域を松尾谷と称ぶ。 松尾谷は古くから開けた土地で、その中でも最初に人びとが住み始めたのは、かつての和泉国府にも近い谷北部であった。六世紀頃には物部支族の韓国連【からくにのむらじ】がこの地に勢力を伸ばし始めたという。彼らが拠点とした唐国の北隣に位置する箕形の地に、八坂神社が鎮座する。 箕形町の北部には古代条里制の遺構がみられ、「三ノ坪」「 [続きを読む]
  • 春日神社〔和泉市春木町〕 物部の痕跡と弘法大師冬籠り伝承
  • ◆春日神社 拝殿松尾谷総鎮守 和泉市春木町に鎮座する春木春日神社は、古来松尾谷諸村の総鎮守といわれ、奈良時代の創建を伝える古社。 中世、松尾谷の一帯は春木荘と称して奈良春日大社の荘園となっており、その鎮守社として勧請されたものとみられる。◆春日神社 鳥居と社号標春日神社【かすがじんじゃ】鎮座地: 大阪府和泉市春木町冬堂615包括: 神社本庁御祭神:武甕槌命【たけみかづちのみこと】経都主命【ふつぬしのみこ [続きを読む]
  • 生國魂神社〔大阪市天王寺区生玉町〕 丁酉歳干支朱印拝受|淀殿の伝説
  • 御挨拶 恭んで新春のお慶びを申し上げます。 早いもので、このブログを立ち上げてから二年九ヶ月が経とうとしています。 当初思っていたようにさくさくと書き進められてはいませんが、じっくり腰を据えて続けていこうと考えております。これからもお引き立てを賜れれば幸いです。平成二十九年 初春  今年もいくたまさんにお詣りして来ました。丁酉【ひのととり】の御朱印です。◆生國魂神社 干支朱印 丁酉歳生國魂神社 干支 [続きを読む]
  • 三輪惠比須神社〔桜井市三輪〕 日本最初の市場を守る福の神
  • 最古の市神 海石榴市【つばいち】は現在の桜井市金屋付近にあった我が国最古といわれる市場で、奈良の都へ続く山の辺の道、飛鳥へ通じる磐余の道、大和と伊勢を結ぶ初瀬街道、二上山へと延び竹内街道につながる横大路といった幹線道路が交錯し、大和盆地を横断して河内に注ぐ大和川水運の終着地点でもあり、「海柘榴市の八十【やそ】の衢【ちまた】」と万葉歌に詠われた交通の要衝だった。 市の立つ日には多くの人びとで賑わい、 [続きを読む]
  • 石津神社〔堺市堺区石津町〕 陸の戎と浜の戎の式内社論争
  • 上石津のえべっさん 旧和泉国大鳥郡上石津村の産土神である石津神社は、小栗判官が土車に乗って熊野を目指したという小栗街道沿いに社地を構えている。 最古の戎神社と称するこの神社の創祀伝承は遥か神代に遡る。 恵美酒大神がこの地に降臨し、携えて来た五色の石を置いたのが始まりで、その故事により「石津」の地名が生まれたという。 その後、第五代孝昭天皇七年(BC469)八月十日に、勅によって恵美酒大神を奉祭する社殿が [続きを読む]
  • 高龗神社〔貝塚市脇浜〕 海から来訪した龍神と戎神
  • 高龗神社 和泉葛城山上に鎮座する八大龍王社(高龗神社)についての諸事を記した『葛城峯宝仙山萬覚帳』に、同社の縁起が次のように書かれている。 ある時、弘法大師と「しるびん大師」が法力対決を行った。しるびん大師が降雨を司る諸龍神を「摩訶」の二字を以て縛ったため、日本中が百日にわたる大旱魃に見舞われた。対する弘法大師は「般若波羅密多」と誦えて海の龍王に祈請した。すると八大龍王が泉州脇浜浦の、今では龍王島 [続きを読む]