アリス さん プロフィール

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アリスさん: 親がボケたら読むブログ〜若年性認知症の介護
ハンドル名アリス さん
ブログタイトル親がボケたら読むブログ〜若年性認知症の介護
ブログURLhttp://ameblo.jp/ftd-kaigo/
サイト紹介文若年性認知症・前頭側頭型認知症の母と短期記憶障害の父のW介護するブログ
自由文もともと脳梗塞の後遺症で短期記憶障害になった父をサポートし続け、ある日頭がオカシくなった母。精神科へ医療保護入院してから、若年性認知症(前頭側頭型認知症)の診断がついたのは一ヶ月後。ある日突然、認知症のダブル介護することになった私は30代の子育て真っ盛り世代。悲鳴をあげながら毎日奮闘しています。
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供0回 / 365日(平均0.0回/週) - 参加 2014/06/02 08:01

アリス さんのブログ記事

  • 過去の記事 …
  • グループホーム退居
  • 母も父もお世話になった。何回、ここで泣いただろう。何回、ここで笑っただろう。何回、ここで支えられただらう。この扉をくぐるのは最後。この扉を、はじめて開いた日の事は忘れない。若い母は利用者の中で完全に浮いた存在だった。誰よりも若かった。でも誰よりも進行が早かった。そして次に父がお世話になった。父もかなり若い方だ。自分の親世代くらいの人たちとの生活。いろいろ、あっただろうな。退所の日を迎えた。母は容態 [続きを読む]
  • 女優
  • 娘がまだ小さく、母も健在だった頃。幼い子供に叱りつける私に母はよく言ったもんです。「あんた、子供の叱りかたも知らないの?そんなにガミガミ言っても逆効果でしょ!?ママはあんたを育てる時は感情的にならず女優になったもんよっ!!」とガミガミ言われました。そして、ボケた母と接する時は、自分に女優だと言い聞かせた日々。目をそらしたくても、そらさない。泣きたくても、泣かない。母の前では、私は女優。そして、母は [続きを読む]
  • ケアマネ協会
  • 知らんかったーほんまに知らんかったーケアマネ協会があるってグループホームの職員さんに教えてもらうまで、思いもつかなかった。父がお世話になったケアマネさん。母の異変にいちはやく気付いてくれたケアマネさん。私が地獄の淵にいたとき、親身になって助けてくれたケアマネさん。彼女が以前の事業所を辞めてしまい、もう連絡がつかないと諦めていた。世間話で、「お世話になったケアマネさんと連絡がつかなくって、残念やわー [続きを読む]
  • ケアマネさん
  • 2年前。母の言うことがおかしくなった。奇妙なことを口走ったり意味不明なことを叫ぶ、とかではない。とにかく私を責める。ヤクザ並のいいがかり。私に腹をたててる、というよりキレていた。あんなに優しかった母が、、、頭の病気かしら?と思えたら良かったのだけど。母のキレ具合はエスカレートする。感情が一気に爆発してくれたらよかったのに、日に日に爆発の規模が大きくなるものだから、こちらもヘンに母の爆発に少しずつ適 [続きを読む]
  • 探してないのに…
  • 見つけてしまう。認知症の人を。目についてしまう。もう特技としか言いようがない。人混みを歩くなか、あっあの人、、、、だって母と同じ顔をしてるから。母と同年代のその女性は、小綺麗な身なりで一人で人混みを歩いていた。笑わない、とか顔を動かさない、とかそんな簡単な表現では表せない。無表情なのだ。認知症の人の顔は見ればすぐ分かる。その女性はまだ60代前半だろう、もしかするとまだ50代かも知れない。キレイにお化粧 [続きを読む]
  • 初盆
  • 娘の小学生新聞(12日)に『お盆』について一面に記事が載っていました。今の小学生にとっては、お盆にお墓参りなんてイメージは少ないかも知れませんね。お盆は家族旅行っていう家庭も多いと思います。おじいちゃん・おばあちゃんの家へ、帰省とか田舎へというのでもなく、避暑地だったり海外旅行だったり。私も今年ははじめて、娘と精霊馬を作ってみました。キュウリに乗って来て、ナスで帰るんですよね、ご先祖さまが。ご先祖さ [続きを読む]
  • 母の日
  • もう3ヶ月も前のことだけど。母の日参りをしてきた。毎年母の日にはカーネーションを贈ってきたけど、もう母は亡くなっちゃったから、母の日に母に会いに行く。母の日参り。なぜ3ヶ月も経ってからわざわざ記事に?3ヶ月かかったんです。慌ただしく母をお墓に入れちゃったから、気持ちの整理に時間を要しました。3ヶ月もっ???季節は変わり、気持ちも変わり、事情も変わり、なんだか全部ひっくるめて、もうブログ書く必要もないか [続きを読む]
  • 母との別れは、悲劇的だった
  • 母との最後のお別れ。納骨。ずっと、ずっと、したくなかった納骨。お墓に入れちゃうのは、一年経ったらと決めていた。母方の親戚から「早く土に帰してあげて」と言われようと、父から「まだ納骨しないのか」と何度聞かれても、絶対に一年は私は母と暮らすと決めていた。7月31日。母が天国へ旅たった日。母の脱け殻くらい、いつでも抱けるように、近くに置いておきたかった。リビングの一番目につく場所に母の遺影と骨壷を置いて、 [続きを読む]
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