Utaro さん プロフィール

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Utaroさん: Utaro Notes
ハンドル名Utaro さん
ブログタイトルUtaro Notes
ブログURLhttp://utaronotes.blogspot.jp/
サイト紹介文Utaroの文芸ブログ。書籍、音楽、映画、その他諸々、雑多なエッセイを不定期に投稿します。
自由文ヴォーカリストUtaroのホームページはhttp://www.dodidn.com/index.html
参加カテゴリー
更新頻度(1年)情報提供78回 / 365日(平均1.5回/週) - 参加 2014/06/03 06:04

Utaro さんのブログ記事

  • 映画『ミザリー』のこと
  • 【ロブ・ライナー監督の映画『ミザリー』】 若い頃に観たスティーヴン・キング原作物の映画を、何の因果か知らぬが、今頃になって頻りに好んで観ている。キング原作でロブ・ライナー監督の映画『スタンド・バイ・ミー』については既に書いた。その稿で私は映画『ミザリー』についてこう述べている。《同じロブ・ライナー監督&スティーヴン・キング原作の映画『ミザリー』(Misery)の方が映画としては好きで、その主演のキャシー [続きを読む]
  • 柳瀬尚紀のユリシーズ
  • 【柳瀬尚紀訳ジョイス著『ユリシーズ 1-12』】 今年の2月、新聞の文化面の書評記事で作家の円城塔氏がこんな書き出しをしていて思わず目に留まった。《まだまだ小さかった頃、同じ本に複数の翻訳版があることに戸惑いを覚えた記憶がある。言葉を正確に翻訳すれば、訳文は同じになるはずではないかと素朴に信じていたらしい》(朝日新聞朝刊2月5日付より引用) 《まだまだ小さかった頃》に、《複数の翻訳版があることに戸惑いを覚 [続きを読む]
  • ノヴェンバー・ステップス―腐蝕の音楽
  • 【武満徹作曲・小澤征爾指揮「ノヴェンバー・ステップス」】 前稿に引き続き、武満徹の作品評と私の個人譚。 高校卒業後、幾年か過ぎ、その筑摩の国語教科書の武満徹著「暗い河の流れに」を読んでからというもの、「ノヴェンバー・ステップス」についてはやや関心があった。しかし私はまだその時、彼の映画音楽的な、いわゆる映画の映像進行に寄り添った形での音楽として、音楽家としての評価に傾き、彼の作品を避ける傾向があっ [続きを読む]
  • 武満徹―暗い河の流れに
  • 【武満徹の随筆「暗い河の流れに」】 先月末の当ブログ「大阪万博と音響彫刻のこと」で記した、1970年大阪万博・鉄鋼館におけるフランソワ・バシェの「音響彫刻」に関して、あらためてここでご報告したいことがある。「音響彫刻」復元に向けてのクラウドファンディングの資金総額が先日、なんと目標金額200万円を上回ったとのこと(※現時点で300万円を超えた)。その急報を受け、復元実現への大きな一歩となることに安堵を覚え、 [続きを読む]
  • 僕は一角獣
  • 【WWF会報誌『地球のこと』「いきもの徒然草」】 ちょうど30年前の中学時代、山下達郎氏のアルバム『Melodies』(1986年)を学校に持参してきた友の、母親の闘病生活とそれに付随する経験について、4年前のブログに書いた(当ブログ「非常階段クラブ」参照)。友はその頃、山下達郎氏の音楽が好きだった。私もその影響を受けて、いつしか山下達郎を聴くようになった。このことはしばらく、私の心の中では遠い過去の風景として、小 [続きを読む]
  • 眠る人―ニュートンの『Pola Woman』
  • 【ヘルムート・ニュートンのポラ写真集『Pola Woman』】 ニュートンと言っても、アイザック・ニュートンのことではない。ベルリン出身の写真家ヘルムート・ニュートン(Helmut Newton)のことである。彼は1950年代後半以降、ファッション雑誌『ヴォーグ』(Vogue)などでセンセーショナルなフォトグラフを発表し続け活躍した。世界の著名なフォトグラファーの一人でもあり、私は彼の作品が好きである。当ブログ「フェティシズムの [続きを読む]
  • 音楽というパラダイム
  • 【丸善PR誌『學鐙』夏号】 もともと――という表現がこの場合好ましくないのを承知で、敢えて誤解を怖れずに書くけれども、もともと、ジェリー藤尾さんが1960年代に歌っていた永六輔作詞、中村八大作曲の「遠くへ行きたい」が、この55年もの間、変貌に変貌を遂げ、今も、日曜の朝の旅番組の主題歌としてそこで“歌われ続けている”ことを、私はたいへん幸せな心持ちで慈しむ。そういう毎週日曜の朝を迎えている。実によく、ここま [続きを読む]
  • スペース・シアター―大阪万博・鉄鋼館の記録
  • 【アルバム『スペース・シアター:EXPO'70 鉄鋼館の記録』】 かつて秋田の高校が“大阪万博”へと向かった修学旅行の話「高校生の万国博読本」とは少し趣を変えて、ここでは再び「大阪万博と音響彫刻のこと」に関連し、鉄鋼館の話に立ち返りたいと思う。 1970年“大阪万博”で前川国男設計の鉄鋼館だった建物は、今もその跡地、つまり万博記念公園のまったく同じ場所に現存している。現在は「EXPO’70パビリオン」と称し、“大阪 [続きを読む]
  • 高校生の万国博読本
  • 【『高校生の万国博読本』の表紙】 バシェの「音響彫刻」修復プロジェクト(当ブログ「大阪万博と音響彫刻のこと」参照)に鑑み、1970年の“大阪万博”関連の話題を増やしていきたい(※その他の万博関連の記事については、当ブログのカテゴリー・ラベル「万博」を参照していただきたい)。 5年前だったか、1冊の古本をオークションで入手した。日本万国博覧会教育研究会編『高校生の万国博読本』という小冊子。この本の発行年は [続きを読む]
  • 大阪万博と音響彫刻のこと
  • 【朝日新聞朝刊5月27日付より】 久方ぶりに個人的な“大阪万博”熱が再燃するような、そんな興味深い新聞記事に出合い、そのクラウドファンディングの主旨に賛同し、些かの支援の企てをウェブ上で取り計らった。このネット出資が功を奏するかどうかは現時点では分からない――。しかし、“大阪万博”に対する憧憬と抽象音楽への深い関心の交差は、紛れもなく私自身を一瞬にして突き動かした。このプロジェクトが無事に成功してく [続きを読む]
  • 素朴な感傷―アルルの女
  • 【幼い頃聴いていた「アルルの女」収録のレコード】 レコードが奏でる物悲しいメロディが、突如として想い出の地の記憶へといざない、可憐な少女の面影を重ね合わせる。かつて聴いていた古ぼけたレコードの「アルルの女」は、見上げるその建物の5階の、あの「部屋」の物語でもあった――。 ジョルジュ・ビゼーの「カルメン」に続き、密やかな郷愁の記憶が甦ったのは、同じビゼーの「アルルの女」(L'Arlésienne)である。厳密に [続きを読む]
  • 日下武史さんのこと―この生命は誰のもの?
  • 【演劇『この生命は誰のもの?』公演プログラムより①】 今月の15日、俳優の日下武史さんが亡くなられた――。新聞の記事によると、誤嚥性肺炎のため静養先のスペインで死去したという。86歳。 日下さんは劇団四季創設時のメンバーの一人で、演出家の浅利慶太さんとは慶應義塾の高等学校時代からの友人であり、慶應大でも文学部を二人とも中退している。彼らの演劇活動は、その大学時代から始まったのだった。 日下さんが主演し [続きを読む]
  • お菓子の「クールン」の話
  • 【日清フーズの商品「クールン」】 ある日、スーパーで買い物をしていると、懐かしい商品が目に飛び込んできた。日清フーズの“お菓子百科”「クールン レアチーズケーキ」である。これを小学生時代、年に一度ほど親に買ってきてもらい、自分で調理して食べるのが楽しみだったのだ。あの時の味と香りは、忘れることができない――。スーパーにてついに決断し、「クールン」に手が伸びた。もしかすると十数年ぶりになるのかも知れ [続きを読む]
  • 造形憧憬
  • 【『原色学習図解百科』第10巻「新しい造形と美術」】 幼児教育されているという感覚は、当の幼児にはなかった。そこに広がっていた「世界」は、視覚としての娯楽、聴覚としての豊かな娯楽であった。親から与えられたわけではなく、団地の家の中を徘徊し、片隅に設置された書棚の、何気なく美しいと思われた、ある「本」を手に取ったにすぎない。ただしそれは百科事典であった。「本」を読むというのではなく、その「世界」の閉じ [続きを読む]
  • グーグス・ダーダ―知られざる円弧の演劇
  • 【「果てとチーク」升味加耀・主宰挨拶】 初夏を感じる気持ちの良い晴天であった昨日の午後。東京・王子の花まる学習会王子小劇場にて、升味加耀主宰・脚本・演出による「果てとチーク」第2回公演 『グーグス・ダーダ なになにもなになにもない NO nothing nothing nothing』を観た。出演は江花渉(真空劇団)、川村瑞樹(劇団木霊)、高原久美子(劇団くるめるシアター)、福澤香織、升味加耀、秋谷悠太、伊佐敷尚子、島田利行、 [続きを読む]
  • 傘に隠された裸体―マーティン・ムンカッチ
  •  先稿の「フェティシズムの流儀―『奇妙な本棚』」で紹介したハンガリー出身の写真家マーティン・ムンカッチについて、ここでは掘り下げてみることにする。話の中心はもちろん、彼の有名な作品「Nude with Parasol」(1935年)。伴田良輔氏の本の装幀にもなっていたこの写真の、ある種感じられた「特異な秘匿性」について、しばし言語の幾許かを費やしてみたい。 マーティン・ムンカッチは1896年生まれ、トランシルヴァニアのコ [続きを読む]
  • 愛するカメラとは何か
  • 【玄関にあった鉢植えの花をテスト撮影①】 カメラが好きである。カメラのボディとレンズによる光学とその機構が好きである。若い時に銀塩写真の現像術を習わなかったことを、少し後悔したりもする。カメラを通じた光学と化学の関係、領域――。その両輪によって写真が生み出される過程そのものを、私は愛して已まない。 最近また、デジタルのコンパクト・カメラを買い換えたのだ。収集を繰り返してのカメラ狂だった昔はともかく [続きを読む]
  • フェティシズムの流儀―『奇妙な本棚』
  • 【伴田良輔著『奇妙な本棚』より】 ハンガリーの写真家マーティン・ムンカッチ(Martin Munkacsi)の写真「Nude with Parasol」が美しく綺麗にソラリゼーション化されて装幀になった本、伴田良輔著『奇妙な本棚』(芸文社・1993年刊)を何故自分が所有しているのか、よく憶えていない。にもかかわらず、この本の影響はとてつもなく大きい。本の帯を見ると、こう記されている。《世にも怪しい白昼夢 限りなく ピクチュアレスクな [続きを読む]
  • 銅鐸と勾玉―東京国立博物館
  • 【東京国立博物館・平成館の考古展示室】 去る4月4日。すっかり青空が広がり、上野の恩賜公園の桜の花がほぼ満開に咲き乱れたその日、私はなんとも久しぶりに東京国立博物館(略して東博)を訪れた。確か昨年訪れたのは8月の特別展『古代ギリシャ―時空を超えた旅―』で、そこで古代オリンピアの“競技者像”などを観たのだった。それ以来となるのだから半年以上、東博観覧から離れていたことになるのだが、私にとってそれはきわ [続きを読む]
  • 人生の明暗と描かれる夢―『星に願いを、そして手を。』
  • 【青羽悠著『星に願いを、そして手を。』】 先月、ちょうど私の手元に、青羽悠著『星に願いを、そして手を。』(集英社)の分厚い単行本が届いた頃、集英社のPR誌『青春と読書』3月号にて、青羽悠と朝井リョウの対談が掲載されているのを知った。この同社編集部が企画した、ある意味において残酷な、また別の意味では「愚直」そのものにも思える生身の若者同士の対面は、まさしく新旧青春作家の“最年少”対決であり、そういう言 [続きを読む]
  • グレース・バンブリーのカルメン
  • 【グレース・バンブリーによる歌劇「カルメン」】 私のカルメン狂、カルメン愛――。 先日、東京・上野駅の不忍口を出てすぐのスペイン料理店Vinuls(アトレ上野1階)を訪れようとしたところ、あいにく手持ちの“時間”の余裕がなく、入ることができずに午後の空腹を満たせず去ったのは、まことに嘆かわしい悲劇だと自ら思った。ああ、カルメン!闘牛場前のドン・ホセの最後の場面を思い浮かべる。次回は必ずあそこで食事を…と [続きを読む]
  • perrot第4回公演の過剰でとてもおいしい演劇
  • 【演劇『今日は砂糖の雨が降るから』】 観た演劇の面白さや感動を文章にして書くことは、とても難しい。難しい作業である。昨日観たばかりの演劇を、どう書いたらよいか。どう文字を連ねてよいだろうか。 外はしきりに雨が降っている。ともかく、適切な言葉が思い浮かばないのだ。そう、こんなのはどうだろう。「とてもおいしい演劇」。サクマのいちごみるくキャンディーを口に放り込んで、次第にそのイチゴ味が口いっぱいに広が [続きを読む]
  • ラフロイグのスコッチ
  • 【ラフロイグの10年物】 とある英字新聞で、“like a dog with a bone”という慣用句を知った。根気強い、粘り強い、という意。その新聞では、ある映画を紹介していて、“like a dog with a bone”はその映画の中の台詞である。“fuck you around”などという慣用句も出てきて、日常会話の英語を習うには、映画は最適な教材であろうと思った。 イングランド北東部の町で暮らす主人公の男。彼が失業手当を受給するため行政を相手 [続きを読む]